随筆かも知れない
自覚平成24年2月5日唯識と言われる大乗の仏教では、心というものを心(芯)・意・識という3層から成り立つものと考えるようですね? 唯識などというのはまったく分かりもしないのですが、「心」を心(芯)・意・識と区別すると、自覚に種類が二つあることになるのではないかと思います。 図式的に言えることでもないのでしょうが、意と心(芯)との交際から生まれる自覚と、意と識との交際から生まれる自覚の二種類です。我々が普通に自覚という時には後者を言っているのではないでしょうか。 ここに書いたように、「自覚こそが大切だというのなら、お念仏もうすということは、極言してしまえば、なくてもよいことになるのではないかと考えます」というようなことを私は言っていて、ここで言っている自覚も意と識との交際にあるものです。 他所のお寺の方のサイトやブログなどに見受けられる自覚という言葉も、殆どすべて識による意での自覚であるように思われ、そんなもの(こと?)は少しも大切ではないと私は思うわけです。 大切なのは、心(芯)に呼び覚まされたところに、自覚に先立って(自覚の有無にかかわらず)もうさせていただくお念仏であって、心(芯)と意との交際に生まれる自覚だと思います。法蔵菩薩さまのおはたらきであるからです。 心(芯)に呼び覚まされたことを意は常に遅れて、後になって自覚するのでしょう。これは比べるようなことではないのですが、たとえば「念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき」は常に自覚に先立つのですから、心(芯)と意との交際に生まれる自覚も、やはりお念仏もうすことより大切だとは言えないですね。
|
以前の掲載一覧 | |
|
199 相依相待 198 世間・出世間 197 功徳 196 至心廻向 195 ただ信ずべし 194 信心 193 本願 192 大悲無倦 191 報土・化土 190 安養に帰する 189 一念相応 188 開入 187 光明名号 186 値遇 185 円満の徳号 184 生死即涅槃 183 ご信心に因る 182 楽邦に帰す 181 敢えての説明 180 真如法性 179 大宝海 178 回向 177 無碍光 176 自然 175 応報 174 大乗無上 173 応機 172 本願念仏 171 聞信 170 横超 169 獲信 168 心光 167 回入 166 不断煩悩 165 本願海 164 冥土 163 本願名号 162 重誓 161 気づけば 160 (無題) 159 畢竟衣 158 自身 157 空過 156 偽り 155 極楽 154 不死 153 ナムアミダ仏 152 逆説 151 覚悟 |
150 冥土 149 遍満 148 道 147 無題 146 如来 145 おはたらき 144 血縁 143 慈悲 142 無上尊 141 いのち感覚 140 苦悩の衆生 139 教法ましませど 138 成仏 137 問われる 136 意味の後付け 135 (無題) 134 (無題) 133 後世 132 無縁ということ 131 「私」を見よ 130 我々の事実-2- 129 我々の事実 128 机上の現実 127 満足 126 (無題) 125 省みるな 124 草刈りをしながら 123 糖衣錠はのみやすい 122 寂静 121 無常 120 無我 119 基本 118 無明闇と明無闇 117 平和 116 うまれる 115 誰のもの 114 一念一心 113 真宗 112 (無題) 111 (無題) 110 人身 109 蛸壺のなか 108 愚痴身 107 愚態 106 ご回向 105 聞法 104 勤行 103 門徒 102 非僧非俗 101 仏事、俗事 1-100まとめ かも知れない検索 (別窓で開きます) | |