随筆かも知れない

例年ですと時期がもっと早いのです。久しぶりに雨の降った日の夕刻に車で家へ帰ってきて、いつものようにバックで庭の砂地を通りかかった時に何か黒くて動くものがあるので、慌ててブレーキをかけました。車を降りて見てみると亀でした。亀が産卵のために川から上がってきていたのでした。梅雨が亀の産卵の時期だということをすっかり忘れていましたが、亀の方は例年より少し遅れたものの忘れてはいなかったようです。雨が降りしきり、地面が柔らかくなっているはずのこの時期が産卵には都合がいいのでしょう。今年は梅雨に入って晴天が続いたので、雨が降るのを待ちわびていたのでしょう。

前足で砂をかき、土をかく力はその小さな体からは想像できないほど強いものです。人の指の爪ほどの小石や土塊が数メートルは飛びます。朝早くに、また夕方に彼らは小一時間もかけて地面に穴を掘ります。ひょうたん型の穴です。前で人が見ていてもお構いなしです。穴を掘らなければならないから穴を掘る、他のことには構っていられないといった感じです。そうして一生懸命に穴を掘るのですが、だからといって必ずそこに卵を産み落とすわけではありません。穴だけを掘って、まだ卵を抱えたまま、また川に帰っていくことの方が多いのです。次に来たときには前に掘った穴をまた掘れば良さそうなものなのに、場所を変えます。庭を歩き回って穴を掘る場所を選び、必ず違う場所に穴を掘ります。亀の姿を見なくなるまでに、庭には穴が十カ所以上は掘られます。

亀の産卵というと、ほとんどの人が海亀を思い浮かべるのではないでしょうか。それを観光の売り物にしているところもあるようですし、テレビのニュースなどでも取り上げられることがあります。家の庭に来る亀が何という種類の亀なのか知りませんが、産卵の様子は全く同じです。ただ産み落とす卵の数は海亀より少ないようです。穴を掘る亀の姿はよく見るのですが、実際に卵を産んでいるところはあまり見かけません。あまり見かけないというより、見ようと思ってよほど根気強く機会をうかがっていない限り見られないのかも知れません。

亀の産卵もあまり見られないのですが、卵から孵ったばかりの子亀はそれ以上に見られません。私が見たのはたったの一度です。それも親亀が掘った穴から孵ったのではなく、金網をかぶせたプランターの土から出てきた子亀です。十年ほど前のことでした。たまたま家の改築に来ていた大工さんが使っていないプランターを利用してそんなものを作って、そこに移しておいた卵のうちの二つが無事に孵ったのです。えんどう豆ほどの小さい甲羅、そこから出ている足の何ともいえない弱々しさ、頭の大きさに不釣り合いなぱっちりした目、夜店で売っているミドリガメなどのかわいさとはまったく違うかわいさでした。それを手のひらにそっと乗せて川まで連れていき、放してやったのです。今年来ている亀は、その時の亀かも知れません。

実はここから先はあまり書く気がしないんです。川から上がってくる亀が苦労して穴を掘って卵を産む、そんな和やかな田舎のとある家の庭を思い浮かべていただくだけにしたいんです。でも、それでは「かも知れない随筆」にもなりませんよね。私もそれほど繊細な人間ではないんですから書いてしまえばいいんでしょうし、だいいちそんなに大層なことでもないんです。けれど、それでもやはり書く気にはなれないんです。あんなかわいい子亀を手のひらに乗せて川に放してやって、元気に泳ぐのを見たからなんだと思います。だから、亀の産卵を相当に根気強く、むしろ執念深く、息を殺して草むらの中からうかがっているものがいると言うにとどめます。多くの場合その体躯に似合った執念深さは目的を達成してしまうのだと言うだけにします。(今回のは「かも知れない随筆」でも何でもなくて、何かもうわけが分からないことをただ書いただけ。「いつもそうじゃないか」なんて言わないでね、そんなことでもグサッと来そうな気分になってるんだから、いま)


「慈悲」という言葉は「慈、悲、喜、捨」という「仏の四無量心」というのからできた言葉なんだそうです。私達は人間ですから本当の慈悲は持ち得ないんでしょうね。大工さんは亀に親切だったんでしょうが、罪なことをしたもんです。もちろん、私にとってもですよ。

最新の掲載へ  101回からの掲載へ

以前の掲載一覧
100 自燈明
99 (無題)
98 (無題)
97 不信にあらずや
96 大地
95 教訓
94 名宛人不明
93 具体
92 益・無益
91 大自覚
90 出来た人
89 お講の風景
88 いわずもがな
87 放言-3
86 放言-2
85 放言
84 宿業
83 不可思議
82 不思議
81 自我と我執
80 慚愧
79 報謝
78 感想文
77 余計なお世話
76 ある確認-3
75 ある確認-2
74 ある確認-1
73 (無題)
72 今にある歴史
71 とわれるもの(2)
70 問われるもの
69 証道の歴史
68 そのうえの念仏
67 中中おろかなり
66 大悲無蓋
65 無生の生、往生
64 「おめでとう」
63 称名
62 救い
61 いのちである言葉
60 信楽受持甚以難
59 家族の真宗
58 詮ずるに愚痴
57 無碍光如来
56 光明無量
55 非行非善
54 仏法聞き難し
53 (無題)
52 さるべき縁
51 いそぎ仏になりて
50 遺伝
49 無生
48 構造
47 迷い
46 (転載)
45 奇妙な反省文
44 現在
43 念仏、お念仏
42 (無題)
41 お聞かせ
40 謝すべし
39 相続
38 自縄
37 我が身
36 立所
35 心の向かうところ
34 不可説
33 個性
32 癒し
31 (無題)
30 ただ称える
29 輝く
28 有量
27 光と闇
26 深い闇
25 ただ一つ
24 離れる
23 意味の奥底
22 梅の花が
21 念ずる方向
20 穴の中
19 罰があたった
18 掌を合わす
17 悪人たる所以
16 極点に立つべし
15 大海
14 奇妙な酔っぱらい
13 ばあちゃんの避難訓練
12 無智
11 芸術の秋
10 仮想現実
日本教
ベクトルでもない
転んだら立ち上がれば...
京都の五山の送り火は
今回は関西弁で


「じねん」と読むらしいです
HEAVYってどういうこと?

かも知れない検索
(別窓で開きます)