随筆かも知れない

京都の五山の送り火は・・・

8月10日

年末年始、ゴールデンウィーク、そしてお盆、各地の幹線道路が渋滞します。道路の渋滞というのが好きな人がいて、あの混雑に出会ってはじめて休みだという気になって、毎日の仕事などから解放された自分を楽しめるのだそうです。人それぞれです。

以前は私も京都へよく出かけました。いやに道路が混んで、気が付くと葵祭りだったり、祇園祭だったりということがありました。それぞれの土地にそれぞれの伝統行事があり、例えばそれが「祭り」だったりするわけですが、京都というところは古の都ですから当然なのでしょうが、特に行事が多いようです。祇園祭も終わり、今度の行事といえば俗に大文字焼きなどといわれる五山の送り火です。鴨川あたりは特にまた賑わうのでしょう。

この五山の送り火を説明するときには「京都の仏教行事」とは決して言わず、「伝統行事」と言っています。テレビのニュース番組や新聞でも毎年報道されているのでしょうが、うっかりしているものですから気が付きませんでした。これは特定の宗教の名称をあげるのを嫌ってのことではないようです。仏教行事ではないから仏教行事とは言わず、伝統行事と言っているものと考えられます。クリスマスはいちいち「キリスト教行事」とは言っていませんが、これは日本のクリスマスが殆どの人にとってキリスト教行事ではないからでしょう。もとより「伝統行事」でもありませんから、説明のしようがないのかも知れません。

「送り」をするということは、その前に必ず「迎え」があるはずです。この「迎え」と「送り」をするのが「お盆」で、地方によって言い方は違うのでしょうが、この間、先祖の霊魂は「精霊棚」に座していて、そこに様々な霊御前をお供えするのです。お供えをする品が決まっているところもあるようです。そしてお盆が終わる日に先祖の霊魂が座していた精霊棚を川などに流すのが精霊流しであり、焼くのが送り火であり、その代表とも言えるのが京都の五山(京都五山とは別)の左・右大文字、妙法、船形、鳥居の送り火でしょう。このお盆の行事が仏教行事ではないとすれば、どういった宗教による行事なのでしょう。そもそも宗教とは関係がないのでしょうか。お盆に行われるのに、特定の宗教と関係がなく、はるか昔から行われているから「伝統行事」なのでしょうか。

私などは「お盆にはお坊さんが下駄を履く暇もなく裸足で走りまわる」と聞かされていましたし、事実、お寺によってはそれに近い情景がみられますから、お盆やその終わりの精霊流し、送り火は仏教の行事だとばかり思っていました。しかし、少し調べたり詳しい人に訊いたりすると、様々な要素が複雑に込み入っていて、もともと一括りにできないので、一概には仏教行事であるともないとも言えないようです。「お盆」というのは本当の言い方は「盂蘭盆」で、これはもともと仏教のものですが、迎え・精霊棚・霊御前・送りなどは仏教のものではなく、仏の教え以前の人間の「情」に端を発する民間信仰による行いが道教、儒教、仏教などの教理をない交ぜにして吸収しながら慣習化して「しきたり」となったもので、後にそれを仏教の側の一部が逆に取り入れたことがことを複雑にしているようです。しかしいずれにせよ五つの山に篝火を灯すのは、迎え・精霊棚・霊御前・送りなどを取り入れた一部の仏教が始めたことでもないらしいのです。

京都の五山の送り火は「俗習」を取り入れた仏教に言わせても「仏教行事の方便形」もしくは逆に「仏教行事の俗習化したもの」ということになるのでしょうし、それを取り入れていない仏教が何と言うかは容易に推察できますから、「伝統行事」、「京の風物詩」であって「仏教行事」ではありません。これは私の今までの常識を覆すものです。「除夜の鐘」を決してつかないお寺もあるらしいのです。これも驚きです。仏教といっても様々なようです。大げさに言えばひとつの民族にある宗教が根付くということはその宗教の不純化である、民族が宗教を受け入れると同時に宗教が民族を受け入れることでもあるようです。同様のことが宗教に限らず、また個々人においても言えるのではないでしょうか。

今回の「お寺の掲示板」に書かれていたことによるならば、仏教のなかでは「霊魂」という言葉の存在自体が不合理になります。存在しないはずの言葉です。そういう言葉が仏教のなかに厳として肯定的に存在するという事実が物語るのは、仏教との関係の有無を問わず、人それぞれである「人間」というものの誰しもの「現実」に違いありません。


「お盆」に霊魂が迎えられて来て送られて行くなら、人間の行き来だけでさえ大変な混雑を引き起こすのに、さらに一層の混雑は避けられないものになるでしょう。混雑するのは人間と人間の妄想だけで結構だという気がします。

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京都の五山の送り火は
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