随筆かも知れない

日本教?

9月13日

春夏秋冬、この明確な特徴を持つ四季が、その移り変わりが人間の情緒にどのような影響を及ぼしてきたのでしょうか。あるいは及ぼさなかったのでしょうか。

四苦といわれる生老病死、これが四季と重なるように思えてなりません。そして四季が巡ることが、いわゆる輪廻というものを発想する根本にあったのではないでしょうか。何の根拠もなく、ただそんなことをふと思うだけなのですが、周囲の自然環境が人間に何も影響を持たないとは考えがたいわけです。

この輪廻ということですが、どうも私達が思っているのは仏教のもともとのものとは違ったもののようです。詳しいことは専門書でも読んでみなければ分かりませんが、悪いことをしたら地獄に堕ちる、それじゃ「地獄」というところが実体的に存在することになる。そうではないんだというお話を以前に確かなことをおっしゃる先生からお聞きしたことがあります。「地獄の獄という字をみてみなさい。獣と獣のあいだに言葉があるでしょ。これは喧嘩ですね、獣だから角つきあわせて吠えあっている姿を表しているんです。人間だとどうなるかというと、相手の言うことを聞かないでお互いに自分の言いたいことを言い合っている、わめき合うと言うんでしょうか、そういうことは現実に生きている我々がしていることで、地獄というのは死んでから行くところではない、ここに現実にあるんです」

今回の「お寺の掲示板」からは話が随分それてしまったようですが、仏教の三つの根本原理の一つの「諸行無常」ということを我々は「無常観」として受け入れた、そこのところに春夏秋冬の移り変わりが我々の情緒に及ぼした影響が関係しているのではないかと感じるわけです。確かに夏が終わり、さて、秋が来るのではない。夏のうちに秋を孕み秋のうちに冬を孕むのでしょう。そもそも我々の感覚と認識の産物にすぎないとまでいうと、今回断りもなしに転載させてもらったお寺の方に申し訳ないことになってしまいます。


オウム真理教の騒ぎの時、「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静」の三つが教義にしっかり入っているかどうかをみたら、その宗教が仏教かどうかははっきりするんだと言っている人がいました。例えば「諸行無常」と「無常観」は別物ですから、殆どの日本人が受け入れている仏教は厳密には仏教とは言えないのでしょう。するとそれは何か。さしずめ「ヒンズー教」にたいして「日本教」とでも言えばいいんでしょうかね。

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