随筆かも知れない

奇妙な酔っぱらい(第二稿)

11月22日

「私が子供の時分は、おじいさんとかおばあさんとかに連れられて、お寺の『報恩講さん』(ほんこさん)にお参りしてた、足がしびれてしびれて、それでもあっちのお寺こっちのお寺と電車に乗って行かんならんような遠いお寺まで参ってた」と、ある席で一人の年行きのご婦人がおっしゃった。「報恩講」というのは眞宗寺院で毎年一度宗祖親鸞聖人のご苦労を偲びつつ、我々がこうむっているところのご恩に報わんとして行われる行事である。

だれかが「『ご恩』はもう死語ですね」と書いていた。言葉は人間が使うものであり、人が使わなくなった言葉を死語というなら、言葉が死ぬということもあるのであろう。しかし、「ご恩」という言葉に関しては、いささか事情が違うのではないか。この言葉は軽率に我々が主体となって扱える言葉ではないのではないか。言葉によって初めて人間が人間たり得るということもあるのだ。

広く世間一般の人が使っていたのはいわゆる封建制度の根幹にあった「ご恩・奉公」に端を発する「ご恩」であり、その意味での「ご恩」はもはや死語であるとも言えるのであろう。そもそも我々が軽率に使う「ご恩」は見返りを予定したものだから「貸し」というべきで、貸借に「ご恩」という言葉を使うから「恩を売る」などという表現ができあがったのではないか。売った恩はたいていが仇で返されるのである。恩の主より情けの主とも言い、恩の腹は切らないが、情けの腹は切るとも言う。この意味においてはそれは当たり前のことであろう。

師のご恩とも言う。師という言葉は学校の先生だけを指すものではないが、学校というものがある今日、幼いながらも自我というものを持った人が最初に出会う師は学校の先生であるのがほとんどであるにちがいない。これを例としてあげれば、学校の先生はすでに生徒という人を育てる「親」ではなく、知識を紹介する「兄姉(きょうだい)」になり、また時として「友」になっている。そのこと自体には特に何も言わないまでも、真に師と仰ぐ人と出会う尊い経験を得る芽が摘まれ、師という人との邂逅を知らないままの人が多い原因がここにあることは否めないだろう。肩を組み、握手することは大いに結構であるが、頭を下げることを忘れ、掌をあわせることを知らなくなると結構とは言って居れない。原体験と追体験のどちらにおいても「師のご恩」の変質化も現に進行している。注意すべきは死語化ではなく、あくまでも変質化であることだ。

本当の「ご恩」は、見返りを予定せず絶えることなく与え続けて下さるものであり、だから我々は頂く一方のものである。見返りを予定しないということでは師の恩もこちら側だろうが、絶え間なく与え続けて下さるかどうかという点では本当の「ご恩」とは隔たりを持つ。

この本当の「ご恩」はいわば「未生語」である。死語にはなり得ないのである。確かに先人が「ご恩」とおっしゃった、だから我々も「ご恩」と言っているのであろうが、先人がお出会いになってご恩といただかれたものに出会ってはじめて「ご恩」という言葉が私に生まれる。出会わない人に「ご恩」という言葉は生まれない。厳としてご恩といただかれた人が居られ、そこにご恩という言葉が厳としてある。それが死語であると言うとき、ご恩という言葉を死産させているのであり、例えれば、報恩講に参りもせず足を痛がっているのである。

お参りもしないのに足が痛いなどというのは酒にでも酔って感覚が麻痺しているいる証拠だ。それも飲みもしない酒に酔っているのだ。本当に骨がくだけるほどにお参りするところに「ご恩」という言葉が初めて本当に誕生して下さるのである。

なるほど酒に酔った人は酔っていないと言い、酔っていない人が酔ったという。


この文章は、「ご恩」が私に真に誕生して下さることを願っている私が「『ご恩』は死語ですね」を読んで、書いた人をどうこういうのではなく、私自身のこととして確認するために書きしるし、更新したものである。恐らくは飲みもしない酒に酔って、踊りだしてしまっている私なのであろう。

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