随筆かも知れない

罰があたった

1月20日

19歳の学生さんが「そんなことをしていたら罰があたる」と言うのを聞きました。もちろん何気なく、つまり殆ど意味を考えることもなくこの言葉を使ったのでしょうが、久しく聞かない言葉を19歳の人の口から聞き、少し驚きました。

もしかりに仏罰ということがあるのであれば、それはすでに我々すべてに与えられているのではないでしょうか。仏罰があるのであればという仮定の話ですが、「絶対者」の存在を認めるとき、この仮定が導くのが「原罪」ということになるのでしょう。

四苦といいます。これは生・老・病・死であるといわれています。この中の生を因とし老病死を果とする考え方は間違っています。いつか書いたことのある因果関係の「間違った常識」の一つの例でしょう。生があったから老病死があるのではありません。もしそうなら生老病死の四つをして四苦といえなくなります。

生が苦であるということになじめないところに、これを因とし老病死を果とする解釈ができてくるのではないかと考えます。生が苦である所以は様々に説明されていますが、一つの考え方として、我々が煩悩を持つようにならざるを得ない人間、老・病・死を苦としか受けとめさせない煩悩を内から兆さざるを得ない人間として生をうけるが故に生もまた苦であるということも成り立つのではないでしょうか。生まれ、老い、病み、死するという順序の問題ではないはずです。さらにいえばもともと覚者の眼による人間の四苦であり、四苦とは覚者が人間の人間たる所以を明らかにした言葉であったはずです。

我々は「(仏)罰があたる」ということを自分で作り出しました。これもまた煩悩の所為であるわけですから、我々はすでに「(仏)罰」をうけているのです。「罰があたった」から生老病死がただただ苦でしかあり得ないのです。

生・老・病・死は業であります。すべて縁あってのことです。縁によれば自業は自得です。私の得る業を苦としてしまうところから、せめて少しだけでも横様に離れて業を業と見るご縁をいただきたいと願います。


一月ももう下旬になります。「謹賀新年」とか「賀正」という掲示のままになっているお寺が多いので、言葉をみつけるために足をのばしました。本当にご紹介したいと思ったわけではないというと大変な失礼になりますが、正直であるのもまたよいことだと思いました。こんなことを言い、また「かく語り賜いにき」をなまけている私に「罰」があたるでしょうか?

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