随筆かも知れない

有量

6月14日

様々な意味で、人は信じることによって生かされています。無意識的であっても、例えば「家族」があるのは「血縁」を信じるところであり、「日常性」を信じるところに「生活」がある。(むしろ逆だと言えることも多いのでしょうが。)

さて、いったい何を信じるところに「私」があり、「自分」があるのでしょう。もともと「私」・「自分」というものは「他」との区別であったのでしょうが、ひどく立派な「私」・「自分」というものを作り出しているように思います。

命というものを総体的にみて個を矮小化するのは間違いでしょう。個(=私・自分)にとらわれて総体としての「いのち」を見ないのはもっと大きな間違いでしょう。

限りある命を生かされている私には、「限りのないいのち」は想像することも難しいのですが、いま私と言っているこの命が私に始まって私に終わらないということ、それは何も親がいて子がいるということだけではないはずなのですが、そのことに気かがつかなければなりません。

それに気がつけば、何を信じるところにひどく立派な「私」・「自分」があるのかが分かるのではないでしょうか。


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京都の五山の送り火は
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