随筆かも知れない

不可説

10月8日

特に気にもせず暮らしているが、昼間明るいのは太陽のお陰だ。空に雲がはびこっていても夜ほどに暗くはないし、月がないほどに夜は暗くはない。ふっと気がつけば月が夜道を照らしていてくれるのだ。こういったお話はよくお聞きするように思います。

煩悩障眼雖不見
大悲無倦常照我

日月は雲にさえぎられると見えません。同じように大悲は煩悩にさえぎられると見えません。困ったことに雲に隠れてもその雲の上に日月があることを知っているけれど、煩悩というものにさえぎられると大悲が分からない私です。

しかしながら、このことが明らかにしてくれることがあります。つまり、日月は私の外にあるけれど大悲は我が裡にあるということです。煩悩の身の裡にあるが故に分からなくなるということです。

私たちは私を照らして下さる大悲というものが私の外にだけある、外にだけあって私を照らして下さるとばかり思いがちなのではないでしょうか。

すでに私の裡にお念仏があります。また、新たに私にお念仏がうまれて下さいます。お念仏は因でもあり果でもあり、さらには縁でもある。三様にして一体である。

お念仏申せ、こう呼びかけて下さって、煩悩の身の極重の悪人の私がその身ながらにふっとお念仏が申される。他ならないお念仏のお働きです。私というものがあるとすれば呼応するものとしてある。

なるほど「煩悩障眼雖不見、大悲無倦常照我」の先に、「我亦在彼摂取中」ということがある。更にいえば「極重悪人唯称仏」がまだその先にあります。親鸞聖人は「空」を説かれなかったということですが、「お念仏」をいただかれていたのです。


「私」というものをほかに仮定するところに、お念仏が総体でなくなり、時に道具にもなる。また、「お念仏」を人が「説く」時、そのものは説けないから時々に一面を説くことになるのではないでしょうか。

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