随筆かも知れない

念仏、お念仏

4月26日

信仰は生活と不離一体である。生活を離れて信仰があるのではない。そういう言い方を私はしてきました。そういう言い方をするとき、先ず生活があり、そこに信仰があるというように考えるともなく考えていたように思います。

いまそれが間違っていると気づかせていただいたように思い、言い直せば、信仰がありそこに生活がある。これは単にものを言う順序の問題などではない大切なことです。

いつか「凡夫のままでは浄土はないと受けとめている」というようなことを書いたように思いますが、「凡夫道は究竟して涅槃に至ることあたわず、常に生死に往来す」と行の巻にすでに書かれてありました。

つまり一事が万事こういうことなのではないかと気づかせていただいたのです。

思いをめぐらせば、親様に願いをかけられて命を賜った私でありました。南無阿弥陀仏と言えもしない時から南無阿弥陀仏に生かされていた私なのでした。

我執にとらわれて親の呼び声を聞かない不実の私が信心賜る、私が信じる信心ではないご信心を賜る。南無阿弥陀仏にお出逢いし、あまりにもお粗末ながらお念仏の生活をさせていただくのであれば、信仰があって生活があるのです。

そもそもお念仏の他に真実なるものはないのですから、不実な人間の生活があって信仰があるのではありません。生活と共に信仰があると言うのは私が念仏すると思っている証左なのでした。


「我が念仏を誇る」ということが、どういうところから出て来るのでしょう。まことに「真宗遇いがたし」であります。

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