随筆かも知れない

(奇妙な反省文)

5月26日

近所のお寺の掲示板に書いてあることを見て回って書き始めたのがこのHPの『山のお寺の掲示板』でした。今もあちこちのお寺の掲示板は必ず見ています。

見てはいるのですが、実は『山のお寺の掲示板』に書くことは最近では私の言葉の方が多いのです。実際の掲示板に書かれている言葉の意味が判断できないからです。

例えば「死は人生の終わりではなく、人生の完成である」と書いておかれたお寺があり、私には分かりません。それを書かれたお寺のご住職にお尋ねすれば分かるのでしょうか。

愚鈍すぎるうえにいちいちを分かりたいと思う気持ちもあまりありません。恐らくお話をお聞きしても分からないだろうという気持ちが先にたちます。それは違うのではないかと議論する気はもとよりありません。

どうやら私は無力すぎるようです。行動を起こす力に欠けています。身の回りに起こることに十分に対処することもできません。当然のことながら声を大にして何かを言うなどできないことです。

また私は姑息すぎるようです。こんなことを言いながらやはりどこかで自分を正当化しています。例えば確たる裏付けのない行動はむしろ慎むべきなのだと。

そればかりではありません。小慈・小悲ばかりを慈悲だとして大悲を捨て置いている仏教の現実が脳死・臓器移植を実現させてしまったのだ、それ見たことかと思ったりするのです。

何ともお恥ずかしい限りなのは、この文脈からお分かりいただけることでしょう。まったく慚愧に耐えないのですが、私は鉄面皮でもあるようで時代おくれなままこのHPを続けたいと思っています。


法制度はむしろ現実を追いかけることが多いのです。いかなる現実が私たちの最先端の現実なのでしょう。

最新の掲載へ  101回からの掲載へ

以前の掲載一覧
100 自燈明
99 (無題)
98 (無題)
97 不信にあらずや
96 大地
95 教訓
94 名宛人不明
93 具体
92 益・無益
91 大自覚
90 出来た人
89 お講の風景
88 いわずもがな
87 放言-3
86 放言-2
85 放言
84 宿業
83 不可思議
82 不思議
81 自我と我執
80 慚愧
79 報謝
78 感想文
77 余計なお世話
76 ある確認-3
75 ある確認-2
74 ある確認-1
73 (無題)
72 今にある歴史
71 とわれるもの(2)
70 問われるもの
69 証道の歴史
68 そのうえの念仏
67 中中おろかなり
66 大悲無蓋
65 無生の生、往生
64 「おめでとう」
63 称名
62 救い
61 いのちである言葉
60 信楽受持甚以難
59 家族の真宗
58 詮ずるに愚痴
57 無碍光如来
56 光明無量
55 非行非善
54 仏法聞き難し
53 (無題)
52 さるべき縁
51 いそぎ仏になりて
50 遺伝
49 無生
48 構造
47 迷い
46 (転載)
45 奇妙な反省文
44 現在
43 念仏、お念仏
42 (無題)
41 お聞かせ
40 謝すべし
39 相続
38 自縄
37 我が身
36 立所
35 心の向かうところ
34 不可説
33 個性
32 癒し
31 (無題)
30 ただ称える
29 輝く
28 有量
27 光と闇
26 深い闇
25 ただ一つ
24 離れる
23 意味の奥底
22 梅の花が
21 念ずる方向
20 穴の中
19 罰があたった
18 掌を合わす
17 悪人たる所以
16 極点に立つべし
15 大海
14 奇妙な酔っぱらい
13 ばあちゃんの避難訓練
12 無智
11 芸術の秋
10 仮想現実
日本教
ベクトルでもない
転んだら立ち上がれば...
京都の五山の送り火は
今回は関西弁で


「じねん」と読むらしいです
HEAVYってどういうこと?

かも知れない検索
(別窓で開きます)