随筆かも知れない

いそぎ仏になりて

8月19日

「浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもって、おもうがごとく衆生を利益するをいうべきなり」。(歎異抄第四節抄出。下線、管理人hide-me)

溺れる者は藁をもつかもうとするから、正面から助けようとすると溺れている人につかまれて助けようとする者も溺れることになる。浮き輪などを用意して、後ろへまわって助けるのがよい、というようなことが新聞の投書欄に書かれていました。

「助ける」ということは難しいことのようですが、「助けてもらう」のとどちらがより難しいのでしょうか。また、「助ける」・「助けてもらう」というのと「助かる」というのとはどのように違うのでしょうか。

「ボーダーレス」ということが言われたのはもうだいぶん前のことですが、それがあまり言われなくなった今となっては、例えば慈善と宗教の「かわりめ」もなくなっている状況ができあがっているような気がします。

それでよい、いや寧ろそうあるべきなのだという教えもあるのでしょうが、「浄土真宗」と名のりをあげられた教えでは、さて、どうなのでしょうか。

我ありと思うのが人間であってその人間の為すことすべてが偽りである。それをお見通しの五劫思惟であり、だからお念仏がただ一つの真実としてある。だから慈悲の行いといってもつまるところはお念仏のほかにないと、これは私がそう思うのです。

「助ける」人も「助けてもらう」人も実は濁流にのまれている、濁流の中にあって「助かる」道はお念仏しかないと思うのです。注目しなければならないのは、抄出した歎異抄第四節に下線を付けた「べき」で、実に意味深い「べき」であると思います。


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