随筆かも知れない

証道の歴史

平成12年4月6日

意識に仮設された「私」が認識するところにある世界は「穢土」である。例えば、それがいかに人間愛にあふれた世界であっても穢土である。

私たちの認識において、一枚の紙の一方が表なら他方は裏である。空に太陽がある時間が昼ならば、ない時間は夜である。これら認識の範囲内のことと同様であるはずがないのに、表があれば裏があり、昼でないならば夜なのだから、私が認識する世界ではない世界があり、それを認識しようとするのが私たちの常ではないだろうか。

想像や仮定を想像・仮定として認識するのでなく、実体や真実としてすでに認識のなかに取り込んでいるに違いない私たちが『「浄土」とは何か』と問うところに、さまざまな経典の中に「浄土」があのように説かれる所以があったのではないだろうか。

人間の歴史は「我(我執・我所執)」の歴史である。仮設された「私」のままに生きる私の現に離れられない我執・我所執の歴史であり、無始以来「穢土」を流転し続ける私の歴史であり、私の宿業である。それはつまりとりもなおさず如来の大悲の歴史であり、念仏の歴史である。

お念仏に救われ、往生成仏していく人間の証道の歴史の、そのまっただ中にいるのが私である。如来の大悲はこの私ひとりをおめあてなのである。その私が、ただお念仏させていただくだけの私が、いまさらいったい「浄土」とは何かをやはり問わねばならないものなのだろうか。


人間とは何か。転倒せざるご縁のお働きの、いのちのご方便が人間である。人間は如来の子であり、大悲が裡にあるが故に本能として(お念仏に値遇し、ご信心いただき)救われるのである。人間の歴史はわが宿業であり、宿業は宿縁であるが故に(お念仏に値遇し、ご信心いただき)救われるのである。そうは言えないだろうか。
とは言いながら、すでにお気づきのように、こういったことを言葉にしているところに私hide-meの(人間の?)論理にならない論理、戯論があることも間違いのないことです。

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