随筆かも知れない

慚愧

平成12年11月17日

木の葉が風に舞って落ちてゆくのを見たりしますと「無常」ということを感じもするのですが、では春先に蕗のとうが顔を出したのを見て「無常」と感じるかといえば決して感じない。諸行無常ということわりをも身勝手にしか受け止められず、仏教の根本の教えを「無常感」という、いわば風流の世界に貶めております。

お念仏だご信心だと言っておりましても、心の有り様を垣間見させていただくと垢だらけ。やはり依然として往生は未来往生であり、臨終現前というところへ行き着かざるを得ないのではないかと思われます。いわば「浄土教」があって「真宗」が未だ私に興らないのであります。

いや、そのままでいいのだ。そのままで、ただお念仏申させていただくのだ。そういう者をも、そういう者をこそ救わずにはおかれないのが阿弥陀さまだ、摂取不捨のお誓いだと自分に言い聞かせましても、気休めにもならないのであります。こういうことは仏智疑惑であります。いや、仏智を少しもいただかない者に仏智への疑惑はないでしょう、ただの我執、ただの自力根性と言うべきでした。

死んだら間違いなくお浄土へ行けるから今は我慢をしなさい。生きているうちに悪い行いをしたら死んでからお浄土へ行けなくなるから、他人様に迷惑をかけず、よい行いをしなさい。そういう教えでないと困るとお講の席で仰有る方があって、いろいろと言葉を返しております時に、いかにして「真宗」という教えが興ったのかということを不図思いました。ご開山が仏教を「浄土真宗」と確認されたのはなぜなのかと。

まことに希有なことにお念仏の中で生活をされた先人の金言を、生活の中でお念仏する私がいただけずに捨て置くならまだしもであります。私はもう何をも言わず、たとえそれが自力根性のままであっても、ただお念仏だけさせていただくべきなのです。


私が「お念仏と生活とが離れて別にあるのでない」と言うとき、長い間「生活の中にこそお念仏がなくてはならない」と考えていたように思います。大変な間違いをしていました。で、舌の根も乾かぬうちに言うのですから厚顔無恥も甚だしいのですが、ご開山のお言葉としての「六道輪廻」などは、むしろこういう意味あいと受け止めるべきなのでしょうね?

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