随筆かも知れない

名宛人不明

平成13年9月24日

私、ならびに人間というものの業の深きこと、さらなる悪業を重ねるばかりの身であることを腹の底に思い知らされるこの頃であります。

お念仏申し、本願念仏のみ教えのお聞かせをいただく一門にあって、末席を汚すだけの身ではありますが、いささか所懐を申し述べさせていただきたく存じます。

自然の道理の中に生かされながら、その事実に無自覚なままに独自の論理を立てることが人間の常のようで、人間の歴史というものは、自然の道理からの乖離の歴史であると言えるのかも知れません。我々は自らの傲慢、不遜に気づけなくなっておりますが、或いは自然の道理のままに生かされることに満足できず、それを「支配」であると考えるが故に気付きたくないという思いを心底に持つためであるのかも知れません。

自然の道理は、その裡に生かされながらそこからの逃避を計るばかりの者に、具体的に南無阿弥陀仏という智慧の念仏として働きかけるのでありますが、この智慧に依れば、我々の論理によって自と他と区別され、彼と此と差別されるすべてのものが、ともに一如より来たり一如に帰するのであり、仮にいま縁あって相反し敵対し互いの生命を奪おうとさえする二者も、実にはひとつのいのちを生かされていることは言うに及ばず、命あるものも命なきものもすべてがすべてでひとつのいのちを生かされているのであります。

いま少し言葉を重ねるならば、業縁の催しによってあなたがなさったことは、同時にあなたが為されたことであり、業縁の催しによりあなたがなさるであろうことは、同時にあなたが為されるであろうことであります。自業自得とは本来こういう意味合いの自然の道理であり、また、あなたが自省によって業報と受けとめるべきあらゆることがらの原因は、他ならないあなたのなさったことにしかないという意味をも併せ持つものであります。

いかに逃避を企てようとも、人間がやはり自然の道理の中に生かされる者であることに変わりがないのは申すまでもないことであります。我々自身もまた自然の道理そのものであるわけであり、我々のあらゆる苦悩は、自身の本来的なあり方からの乖離に原因するものであります。このことに目を覆ったままで、苦悩をなくすために我々が為すすべてのことが我々に何をもたらすかは人間の歴史が雄弁に語っております。

自然の道理の世界、本願念仏の世界に生を受けられたあなたが本当に望むことは、すでにあなたに届けられてあります。あなたが願うことではなく、仏から、或いは本来的なあなたからあなたが願われていることがあなたの願いでありますことを念ずるばかりであります。




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