随筆かも知れない

大地

平成13年11月8日

この大地のどこかに、かつて生命が生まれたことのない場所があるのだろうか。この大地のどこかに、かつて生命が果てたことのない場所があるのだろうか。

私たちからすれば業道自然に生かされているということになるのだろうけれど、私たちを生かす法が実体としてあるわけではない。言い方はおかしいのだけれど、だからこの大地は法の大地なのだろう。南無阿弥陀仏があるからこそ具体的なものである。業道自然に、例えば「因」が「因」として固定されてあるはずもなく、「果」が「果」として固定されてあるはずもない。すべてむき出しの「いのち」があるとでも言えばよいのだろうか。

私たちは逆順に、いつの間にか南無阿弥陀仏を抜きにして、もともと具体的な大地に何ものかを見出す。何ものかを見出したが故に、人間はその何ものかによって「保証」(証明?)せられたものになる。そうして例えば「万能の神」を戴きながらもその「万能の神」を見出した人間こそが万能なのだと思っている。「私の信心」を見出して、私に智慧があるように思っている。思わなくても思っている証拠に、何故に保証(証明?)などというものを要するのかということを問わなくなっている。

喩えて言えば海の上を歩くようなもので、一歩踏み出した右足のまさに海面につく瞬間にそこが陸になる。今度は左足を踏み出して、その左足がまさに海面につくその瞬間にそこが陸になる。足がつく海面のその部分が陸になる保証を足がする。こういうことの繰り返しに「因」が「因」と固定され「果」が「果」と固定されるのだろう。

けれど、それが法爾自然の「因果」であろうはずがなく、しかも業道自然の「因」でも「果」でもない。「因果」も「因」も「果」も私たちの経験則から言えるものではない。それを、それこそが因果であると海を歩きつつある私たちが声高に言っている。ついでに言えば、やれ創造だやれ発展だとも言っている。因果が循環であるとして、その循環は我々に断ち切れるものでない。我々に断ち切れる循環を因果とは言わない。縁は我々に作れるものでない。我々が作れるものを縁とは言わない。

譬えは譬えに過ぎないけれど、綱渡りなら綱はある。しかし、海を歩くその海には綱の一本もない。もっとも、虚ろなる自性は海水に浮くかも知れない。虚仮なる自性が海水に浮かんで雑多な風に流されて、それを以て海を渡ったと言うのなら、それはそれでよいのかも知れない。

道なき道に道はなくても大地がある、それは南無阿弥陀仏によって具体的に大地がある。その南無阿弥陀仏によって具体的な大地の、なきに等しかったであろう道を歩まれた先人があるから、私たちにはもうすでにそこに道あり、念仏の道ありということが南無阿弥陀仏によって明らかだ。


毎日ぼんやり過ごしています。日付は忘れましたが、毎日新聞の記事、その翌日にはコラムに、アメリカの報復に抗議して「僧侶」が「断食」を行ったことが報じられていました。それを結局そういう事実があったというふうにしか私には理解できなかったのですが、ぼんやりと考えていた時に思った別のことを、ここに書いてみました。

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