随筆かも知れない

不信にあらずや

平成13年12月3日

請うなかれ、求むるなかれ、汝、何の不足かある、
もし不足ありと思はば、これ汝の不信にあらずや。

これは今年年頭にあるお寺のご住職からいただいた年賀状に記されてあった清沢満之先生のお言葉です。重い言葉です。

気がつけば、既にすべてをいただいていた。生が因としてあってその果として死があるのではなく、生ある時に既に死をもいただいていた。こんなふうなことを総じて言えば、既に阿弥陀さまの願をいただいていた。

私が個としての命を賜る以前から、阿弥陀さまは私一人のために願を発こされ、私というものはその阿弥陀さまのお働きの中に命のご縁を賜った。私が命のご縁をいただいたのはお念仏の世界であった。命あるものも命ないものもすべからく自然法爾に生かされている。

生も死も等しく既にいただいていた。つまり、請い願い求め願う私がいるのではあるけれども、その私ながらに、生死をはなれた智慧のお念仏のなかで、なお不思議にも吐く息の次のその一瞬に吸う息がある。法爾自然に生かされている。さらに何の不足があるのか。

たとえば家族や親しい友人を亡くされた方に、上の清沢先生のお言葉は酷なのでしょうか、それとも最も相応しいのでしょうか。

いつ、どこでかは忘れたのですが、肉親を亡くして泣きくれている人の心にほんの少しでも安らぎを与えられるなら、それこそが宗教の本望であるという内容の文章を読んだ覚えがあります。私は決してそんなふうに思わないのですから、人それぞれに宗とする教え(宗教)があるという表現が可能な宗教と、宗(むね)である教え(宗教)によっていつの時代のいかなる人もへだてなく等しく導かれる宗教がある、こんなふうなことが言えるのではないかと思います。




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