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聞思して遅慮することなかれ

竊かに以みれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。しかればすなわち、浄邦縁熟して、調達、闍世をして逆害を興ぜしむ。浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまえり。これすなわち権化の仁、斉しく苦悩の群萠を救済し、世雄の悲、正しく逆謗闡提を恵まんと欲す。かるがゆえに知りぬ。円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は、疑いを除き証を獲しむる真理なりと。しかれば、凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径なり。大聖一代の教、この徳海にしくなし。穢を捨て浄を欣い、行に迷い信に惑い、心昏く識寡なく、悪重く障多きもの、特に如来の発遣を仰ぎ、必ず最勝の直道に帰して、専らこの行に奉え、ただこの信を崇めよ。ああ、弘誓の強縁、多生にも値いがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かえってまた曠劫を径歴せん。誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。

東本願寺で残業代未払い 僧侶2人に660万円

引用 ここから

真宗大谷派(本山・東本願寺、京都市下京区)が非正規雇用で勤務していた男性僧侶2人から未払いの残業代の支払いを求められ、2013年11月〜今年3月までの計約660万円を支払っていたことが26日、分かった。

ここまで 引用

sourceは

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG26H6X_W7A420C1CR8000/


問題は、いろいろあると思います

もとより「同胞会運動」などというものは、弊害でしかなかったんだと思います

歓喜

町役場から、来年度の国民健康保険保険証が送られていたらしくて、不在通知が郵便受けに入っていました。新聞をとらなくなって、郵便受けも毎日は見なくなっています。

気がつけば、このサイトの更新も1月の31日から滞っていて、毎日何をしているのやらという感じです。それでも季節は移り変わって、もうすっかり春ですね。

今年も竹との格闘の毎日が来ようとしています。昨日は刈り込み鋏と竹切り鋸を買ってきました。普通の日常生活の中で、草や木と人間が関わるというのは、これは田舎ならではのことになりつつあるのでしょうか。

草や木が教えてくれることというのは、頭ではなくて手や眼という身体が覚えることが多いようで、それを伝えようとするときに初めて頭を使って言葉にするのではないかと、そんなふうに思います。

歓喜という言葉があって、それを詳しく分ければ身を歓ばせ心を喜ばせるということらしく、なるほど身が歓んで心が喜ばないということも身が歓ばず心が喜ぶということもないのでしょう。

歓喜は歓喜であって、だからそれは本来は仏さまのものであって、我々はそれを仏さまからいただくんだろうと、そんなふうに思います。

「ニコニコ動画」

今年に入って、更新もしないままに今日になってしまいました。年々時のたつのが早くなっているような気がします。つまりは、私の方がそれだけ年をとったということなんですが。

この冬は例年にまして寒いように感じるのは私だけでもないのでしょうが、今日(1月19日)などは家の中の一番外に近い部屋では室温が3度で、何だか用事をする気も失せてしまいます。

どなたかが仰っていた、「天気に負けたら歳とった証拠」と言う言葉が身にしみるのですが、部屋にこもって、最近あたらしく見つけた楽しいことに没頭しています。

「ニコニコ動画」というのがあることはずいぶん前から知ってはいたのですが、会員登録したのは去年の9月か10月のことでした。お坊様が出ておられる放送があると聞きまして、見てみたいと思ったのがきっかけで、もちろん自分が放送を配信するなどという気はありませんでした。

甥っ子から使っていない web カメラを貸してもらって、初の配信が確か1月16日だったと思います。ただ雑談をしたり、PCをいじったりしているだけで、来てくださる方もほとんどいないのですが、この歳で配信しているのが珍しいのか、「じいさん何歳?」とかコメントをくれる人がいたりします。

まだまだ「老後」というのは早いのでしょうが、こういう現の抜かし方もいいかと、言い訳がましく自分にいってみたりしながら、どこの誰かも知らない方と他愛もないことを話したりしています。

現を抜かす

一ヶ月間更新もせず、ブログも書かずに過ごしてしまいました。どうもサーバーの調子(phpスクリプトの処理)がよくないようで、何だかやる気を削がれてしまっています。

この間、12月2日には「秋の法要」があり、9日には第2日曜のお講さんもありましたので、書くこともあったのですが、今となってよくよく思い直してみれば、書かなくてもよいことばかりです。

よそ様のサイトも久しぶりに見て回ったりしたのですが、今これだけはどうしても伝えておきたいというような内容を掲載してらっしゃる所は皆無です。私にはそう思えます。

「現を抜かす」という表現があって、調べてみると、何かに心を奪われている状態を言うようです。こういう辞書的な解釈では、たとえば会社勤めで毎日一生懸命仕事をしている人は現を抜かしてはいないことになるのでしょう。

しかし、現にあるのは如来のおはたらきであるのですから、会社勤めで毎日一生懸命仕事をしている人も、お念仏もうせないのであるなら、それはやはり現を抜かしていることになるのではないかと思ったりします。

真宗僧侶も、やれ法事だ葬儀だと「仕事」に一生懸命だと、それはやはり現を抜かしていることになるんでしょうね。

目に鱗

前回書いたことの関連です。

浄土宗の檀家である私の叔母の場合、戒名というか法名というのか、七文字なんですが、願い寺の和尚さんの説明によるとその中の二文字が「戒名」で、全体としては「法名」と言うとのことで、それが正解だとして、ネット上にある情報って何なんでしょう。

いわゆる「お寺さん」の発言はネット上にたくさんあって、その多くはその方の宗派以外を考慮に入れないことが多いと思っているのですが、一般的な情報として、たとえば wikipedia (でしたっけ?)などにある記述は公平というか、一般的というか、正確であると思っていたんですが、そうでもないんですね。

・・・最近特に「御伝抄」に書かれてあることに疑問を覚えることが多いです。ですから、御絵伝の絵解きなどというのも信用できないことが多くて、少なくとも学問的にご開山のご生涯を知る上での資料として御伝抄は除外すべきではないかと思ったりしています。

どこかのサイトで得た情報によると、絵解きというのは明治時代に禁止されたとか。それがどういう理由に依るのかは知りませんが、たとえば六角夢想のところの絵解きの解説にはまったくいただけないものがあって、それがまた最近そのままで説明なさっていたりするとか聞くと、首をかしげざるを得ないわけです。

で、他人様のなさることはその方のご判断としておいて、問うべきは自分がどうかということです。私に再興されるべき浄土の真宗というもの、これを如来の智眼はどうご覧になるのか。

眼から鱗が取れるという表現があって、これはキリスト教の聖書からできた言葉らしいですが、それはともかく、鱗のあるお魚さんの眼にはじめから鱗ってあるんでしたっけ?

・・・鱗なんてない眼に鱗を付けていて、それで物事を見て分かったように思っていて、ある日あるとき目から鱗が落ちても、鱗が落ちたと思って見ているその眼に鱗が付いているのが私なんでしょうね。

真宗門徒

今月4日に叔母がお浄土に還らせていただかれまして、明日は二七日です。浄土宗のお葬式でした。私も参列していたのですが、葬儀式のなかでお導師さん(浄土宗でもそれでいいんでしたっけ?)が「法名」と仰ったので、隣に座っていた義兄(真宗の住職)に「今、法名っていわはったな?」と確認したのですが、「うん」と。

ですからおそらく「法名」と仰ったのは間違いないのですが、調べてみても浄土宗では派に関係なく法名という言い方はしないようで、明日の二七日にお参りして尋ねてみようかと思っています。

で、調べて分かったのですが、「観阿弥」「世阿弥」というのは、お能を大成なさったこのお方たちのお名前は「法名」なんですね。時宗(当時はまだ時衆)でもやはり戒名とは言わず法名と言い、男の人の法名には「阿弥陀仏」が付いたんですね。

入弥陀位と言ったらしく、今では使われないようですが、たとえば観阿弥さんは観阿弥陀仏を省略した言い方らしいです。さらに阿弥陀仏を省略して観阿とも言うようで、時宗の教えによるのでしょうが、何かもったいない感じがしますね。

うちのお寺では去年ご正当の報恩講に団体参拝しまして、参拝者さんの中のたくさんの方がおかみそりを受けられました。本山嫌いの私が寺役をしていた間には上山は一度もしませんでしたので、本山で法名をいただきたいという方が沢山になっていたのでしょう。

法名をいただいたから安心だと、つい本音をもらされる方もあります。法名をいただいて、仏弟子としてのこれからが大切なんだというのは、確かに間違いなどないのでしょうが、「教科書」そのままのような気がします。実際のところは教科書のようにはいかないのが常です。

何をもって真宗門徒というのか。こういうことは、はっきりと教えに聞き、私に思い続けるべきことだと思います。

報恩講、お講

この二十日・二十一日は報恩講さん、二十八日はお講さんでした。

報恩講さんには何十年と欠かさずお参りして下さって、毎月二回のお講さんにもほぼ毎回お参りして下さっていた方のお二人が今年の報恩講さんにはお参りに来られませんでした。

お一人は一人暮らしの方で、今年の夏くらいから家の中で歩くのも怖いようです。もうお一人は息子さん夫婦やお孫さん達と暮らしてらっしゃるのですが、夏の終わりくらいから軒まわりを散歩なさるのがやっとのようです。お二方とも九十才を越えておられます。

お一人は結婚によってこの在所に来られたときから、お姑さんにつれられて報恩講さんや永代経さん(今は春の法要・秋の法要といっています)、お講さんなどにお参りするようになったとおっしゃっていた方で、もうお一人はうちのお寺のご門徒さんの家の生まれでうちのお寺のご門徒さんと結婚なさった方で、新家だったのですが、幼い頃からお寺参りは当たり前のことで、特にお母さんの晩年の頃にはその手を引いてお参りなさってました。

うちのお寺のご門徒さんのなかには、本山に上山なさること百回以上という方、推進員の近畿連区(というんでしたっけ?)の役員をなさっていた方がおられまして、このお二人は男の方でしたが、だいたいが女性の方が聞法ということについては熱心です。

いろいろな事情によって、いつもお念仏もうしておられるお姿を見ることができなくなるのは致し方のないことですが、まだまだお元気でお寺にお参りしてくださる方のなかに、いつもお念仏もうしておられるという方が少なくなるのは、さて、致し方のないことなのでしょうか。

・・・いつも通りの夕方のお勤めは済ませたのですが、今日はこれからもう一度お勤めすることにします。

お手本

うちの報恩講さんは 10 月の第 3 土日となっています。今年は二十日・二十一日で、立華は前日の十九日、その前日には役員さん数名が材料を集めて下さいます。材料集めというのはかなり大変な作業で、これが終われば立華は半分済んだようなものです。

半分済んだようなものと言っても、去年は立華ということに慣れておられない方が手を二針縫うを怪我なさったりしましたので、慣れた方にとってはということになるのでしょう。慣れておられない方ばかりだとしたら、おそらく 3 倍ほどの手間がかかるでしょう、華ができあがるとして。

いつの頃の書物かは分からないのですが、立華の手順を絵入りで説明した古い書物がありまして、いろいろな「型」が説明されています。うちのお寺にある幹は、たぶん 50 年ほど前にそのなかにある一つの型を仕上げるように作ったものだと思うのですが、その型の立華を説明したところをコピーしたカンニングペーパーがありまして、立華に不慣れな方はそれを頼りになさいます。

カンニングペーパーだけを頼りにしていてもある程度は仕事は進められるのですが、慣れていてカンニングペーパーなど見なくてもよい方の華と比べてみると明らかな違いが出てきて、甚だしい場合は一からやり直しということになります。一からというのは花瓶の込み藁に幹を差すところからということで、ですから、慣れていて、立華ということが分かっていて、華のあるべき姿というものが頭の中にある方の立てておられる華と見比べるのが遅くなると悲惨なことになるわけです。

こういうことは立華に限ったことではないのでしょう。むしろ、何事にも通じるところがあると言う方があたっているのではないかと思います。


さて、去年私が転んで怪我をしたのは今頃です。お内仏の華の幹に使う松を新しくしたのですが、その松の枝とナイフをもって、両手がふさがった状態で赤ん坊が転ぶように見事に顔からコンクリートの地面に転びました。昼間なにやかやと準備をして疲れていて、暗くなってからのことでした。

今年は一週間ほど早くても構わないことから準備に取りかかろうかと思います。

拝顔

いつものように朝のお勤めに本堂へ行きまして、中尊前の上卓にお仏飯をあげたのですが、ふと気がつきました。

初めてではないのです、そういえば今までにも何度か気がつくことはあったのですが、私はご本尊さまの眼が見られません。お顔でさえ、殆ど見られません。お足下をのぞき見するようなことばかりです。

たとえば、まったくお恥ずかしい話ですが、ネットの世界では「やけに肌色の多い画像」などというものは見ようと思えばすぐに見られるわけで、そういうものを見て「おっぱい、触ってみたなぁ〜」などとしばし夢想するようなことを、この歳になってもするわけです。

考えてみればもう30年以上女性の手さえ触ったことがないので、恥ずかしながらときどき「やけに肌色の多い画像」を見たりするわけです。

あるいは、次に法要があっていくらかの「おとき米」がいただけるのは来月下旬なのですが、もうお米を入れたお櫃が空になっていて、おそらく去年春にいただいたお米を炊いているのですが、それも残り少なくなっていまして、このところお仏飯をあげに行くときにはそれをつい考えてしまいます。

そういうことでなくても、たとえば他人様のサイトをみていて、自分を省みもせず、明らかにおかしい、ご開山の教えはそんなことではないぞなどと一人憤慨してみたりした後などでも、ご本尊さまのお顔は見られません。

特にそういうことの後でなくても、私はご本尊さまのお顔を殆ど見ていません。お足下をのぞき見するようなことばかりです。真っ正面から拝顔するなどということは、いつかできるようになるのだろうかと思ってしまいます。

私は阿弥陀さまの眼を見ることができないのだけれど、阿弥陀さまの智恵の眼は、それができない私を見ていてくださいます。阿弥陀さまの智恵の眼には、ありのままの私の姿がさらされているのに、私の方は何かしら隠したい、できることなら見られたくないと思うわけです。

で、今度はそれを恥じるわけですが、恥じる自分が自分を何とかできるのかと言えば、何ともできないのです。だから、ただお念仏なのだとあらためてお示しをいただくんだと思います。

そんなふうなことを思いながら、いつの間にかいつもより大きな声で、今朝もまた大経をお勤めさせていただきました。

ひまわり

庫裏の東側の草だらけの場所にひまわりの花が咲いたのは8月の中頃でした。暑くて外回りの仕事をする気になれず、やけに茎が太くて引っこ抜くのに大変だと思っていた「草」は、ひまわりでした。

花が咲いてはじめてひまわりだと分かったのですが、思い切って暑い中草刈りをしていたら、ひまわりなんだけれども、私の中では「草」で終わってしまっていたに違いありません。

うちの村では3年ほど前から5月にひまわりの種を各家に配って、それを育てて丈を競うようなことが始まっていまして、村からいただいたひまわりの種を庫裏の東側にまいておいたのですが、花が咲くまで種をいただいたことも種をまいたことも、まいた場所も忘れていました。


仮に花が「果」で種が「因」だとして、普通の考えでは因があって果があるということになっていて、それは確かにそうに違いはありません。違いはないのですが、花が咲くという「果」がないとき、「因」は因としてあるのでしょうか。事実、一昨年去年も種をまいたはずなのですが、何かの具合で花が咲くのを見ていないのです。

我々が普通だと思っている因果というのは、かなりおかしな代物です。少なくとも仏教でいう因果とは、果というものから因縁を憶念するということ、仮に果とするものごとをもたらすことになった因縁を憶念するということだとお聞きしています。それ以外に因果はないのです。

私というものは、如来に願いをかけていただいている身である。如来にお念仏もうせよと願われている身である。その如来の願いというのは本願成就の果である。ところが、私にはその果というものがわからなくて、その如来の願いというものは見えません。だから何故如来がこの私一人をめあてにご本願を成就して、お念仏を廻向していてくださるのかを憶念することがありません。

十年ほど前からかなり衰えてきてはいるのですが、有り難いことに私は見える眼をいただいています。見える眼をもっているということは有り難いことなのですが、同時に、見えるものしか見ないということでもあるのだと、つくづくと思います。如来のご本願成就の因はこの私にあるのです。

異なり、間違い

ある門徒さんから、その方がご親戚宅の法事にお参りなさったときのことをお聞きしました。そのご親戚宅というのも真宗大谷派のご門徒さんで、お聞きしたかなり長いお話の要点を簡単にまとめますと、だいたい次の2つになります。

一つは、お参りになった「お寺さん」が、正信念仏偈同朋奉讃のお勤めの和讃について、弥陀成仏のこのかたは〜仏光照曜最第一は、「これはあかん」といって他のもの(たぶん十方微塵世界のからの六首)になさったが、私らが普段お勤めしている「弥陀成仏のこのかたは〜仏光照曜最第一」が「あかん」とはどういうことなんだろう。

二つには、お勤めの後のお話しが難しくて分からず、おまけに長くて午後1時になっても終わらないからご親戚宅の方がそろそろ終わってもらえないかとお願いなさって、それから15分ほどしてやっと終わったけれど、遅くても12時半くらいには終わるのが常識じゃないんだろうか。

大体そんなふうなことで、そのご門徒さんが私にお話なさった時間が長かったのは二つ目についてでしたが、私としてはこちらの方についてはここに書くことは何もありません。

一つ目について、思い浮かんだのは曽我先生が「真宗の眼目」第一講で
(ここから)
我等の祖先は第十八願の欲生というものを持余して居った。欲生とさえ云えば自力だと考えられた。十八願の欲生を他力の欲生だ、強いてこういうけれども心の中では自力だ、だから欲生を苦心惨憺して、いろいろさまざまに言葉をあっちへ廻しこっちへ廻して、なければよいのだけれどもあるものだから、あるものを消す訳にいかないものだからして、それを何とかして、痛いところへ触らぬようにして居った。欲生我国がないものならよいけれども、願文にあるものだから仕方がない。
(ここまで)
と言っておられることです。

直接関係はありませんが、第十八願の欲生というものを自力だと考えるから欲生我国がないものならよいけれども、願文にあるものだから仕方がないとなるのと同じで、「業繋」であるとか「三塗の黒暗」というような言葉を「持余して」、弥陀成仏のこのかたは〜仏光照曜最第一ではない和讃を使われたのではないかと思えました。

「なければよいのだけれどもあるものだから、あるものを消す訳にいかないものだから」というのは、たとえば第三十五願などもそんなふうに思う方がおられるのではないかと思ったりします。

異なり、間違いがあるのは常に「私」である。

(なお、この文章は、自分が忘れないためにここに書いておくだけのことです。)

昨日のこと

自分の身体の調子のこともあり、ほんの半時間程度の法要に来寺なさるお客さんのために、この暑いなか、このところ全く使っていない客間の畳をから拭きしたり、廊下を水拭きしたりする準備作業が大変な苦痛で、愚痴を言いながら、仕方なしにしていました。

汗だくになって、何とかスリッパを出し終えて、明日にならないとできない仕事だけを残して夕方のお勤めをしていると、笹箒で境内の砂地をはく音がしました。

いつ頃からかはわからないのですが、気がついたのは去年の秋の頃です、日曜日にこのあたりを散歩なさる方のお一人が境内の掃除をしてくださるのです。お礼を言おうと出て行くと逃げるように帰られますので、いまだ挨拶もできないままでいるのですが、うちの門徒さんでないのは確かです。

縁もゆかりもないお寺の掃除をするのに何か理由でもあるのかどうかはわかりませんが、私の勝手な考えでは、ただ散歩のコースにあるお寺の境内に笹の枯れ葉なんかが散らかっているから掃除をするというようなことではないかと思っています。

おっと、また来てくださった。そうか、今日は日曜日なんだと思いながら、愚痴を言いながら仕方なしに掃除をしていた自分は何なんだと思うと、疲れと汗の不快感でだらけていたお勤めの姿勢も声もしっかりとしました。

総出でした

今日7月21日、今年二度目の総出でお仏具のおみがきと草刈りをしていただきました。

お盆前ということですが、お盆になるころには草はまた伸びますので、本当はもう少し遅い時期がよいのものの、他の地域の行事などと重なるためにこの時期になります。

三日ほど前には真夏日となって、この町でもお歳をめした方がお一人熱中症で亡くなられたそうで、気候を心配したのですが、今日はシャツ一枚では肌寒いくらいでした。

きれいにしていただいた境内の写真でも載せられればいいのでしょうが、カメラも携帯電話もありません。

刈ってくださった草は、隣の元々は田んぼだったところに持ち主さんのご厚意でまとめて捨てさせていただいているのですが、どれくらいの量なんでしょう。

5月に草刈りをしていただいて7月にはもうすごい嵩になります。都会のお寺や町中のお寺では想像もできないことでしょう。

我々、そう言うと的が定まりませんね、私というものですね、いくら身なりを整えてみたり、教養として知識を詰め込んでみたり、他人様にご迷惑をかけないようにしようとしてみたりしてもダメだと、つくづくと思い知らされます。

お墓参り ?

子供さんとお墓参りに帰省なさった方が、おもしろい場面に出くわしたと写真を撮って私に見せて下さいました。まるで亀がお墓参りしているようだとおっしゃるのですが、たしかにそんなふうに見えますね。

tortoise


墓地のそばには川があり、水路もすぐそばまで来ていますから、亀はたぶん産卵のために水から出てきているんだと思います。うちの境内にもいくつも穴が掘られています。この墓地でも亀の産卵は毎年のことなのでしょう。

うちのお寺のある在所のこの墓地では、だいたい30年ほど前くらいから10年ほど前まででしょうか、お墓の整備をして墓石を新しくなさる家が多かったように思います。相談を受けることもあまりなかったのですが、新しい墓石には「〜之墓」というのはほとんどありません。

「お参りをしているように見える亀さん」の他に興味深いところがあると思いまして、わざわざ添付画像付きのメイルを送信してもらって画像をいただきました。

お役所仕事

うちのお寺の本堂は、切り立った崖からほんの数メートルのところにあります。もともと山の斜面だったところに、斜面の一部を削って平して本堂を建てたのだと思います。

本堂裏の崖には竹も生えますが、強風で倒れて本堂の屋根を壊したりすると困りますので、崖に脚立をかけて竹竿を持ってのぼり、丈の高くなったタケノコの状態のうちにへし折っています。これがまた結構大変な作業でして、今もまだ二三日おきに見回っています。

ひどい雨ふりの後には崖の下、崖と本堂との縁を切る道の崖側の地面の所々から水が噴き出します。吹き出すというといかにも大げさなようですが、水道の蛇口を開けっ放しにしているような水が音を立てながら排水路に流れ込みます。

2年前だったように思いますが、県事務所の方がみえて急傾斜地にあたるとのことで、いろいろと説明を聞いたことがあります。

詳しいことは忘れたのですが、本堂は普段は人が住んでいるところではないので問題はないけれど、本堂の東側に隣接する客殿は危険な場所にある建物に相当するということでした。客殿も普段人が住んでいるところではないのですが、とにかくそういうことなのだそうです。

県が少しは補助を出すから、崖が崩れたときに土砂をせき止める何かを設置しなさいとでも言われるかと思ったのですが、そうではありませんでした。ただ単に急傾斜地に建物があって、この建物は危険な建物ですという指定をしたということでした。

お役所のなさることにはよくわからないことがあるのですが、さて、こんなふうなお役所仕事は、お役所だけのなさることでしょうか。

たとえば、お念仏のいわれをお聞きしてもお念仏もうせないままでいる、自身のことにならない聞き方をしているのはどうでしょう。雨が上がった今日の朝、本堂の裏でそんなふうなことを思いました。

今日はお講さん

このところ斜面にへばりついての笹刈りで、身体中すっかり疲れてしまっています。特に足と肩、それから腰が痛く、第二日曜のお講さんの準備もなかなか捗りませんでしたが、今日は何とかお講さんを終えさせていただきました。

朝から山道を掃いて目立つ草だけは引いたのですが、それが精一杯で、当番の方達が早くから掃除をして下さいました。私よりはるかにお年をめした方達のお世話になり、申し訳ない限りです。

おまけに、二人の方からたくさんの玉ねぎをいただいて、あわせると中くらいの大きさの段ボール箱にいっぱいになりました。午後からそれを4つずつ紐で縛って竹竿に吊しました。

お講さんのあとでお茶をいただきながら話しておられるのを聞いていますと、やはり足が痛い、腰が痛いという方が多く、やっぱり同じなんだなと思うと同時に、この歳での足腰の痛さと皆さんのお歳での痛さは違うのかなとも思えてきました。

若いときは身体も強くて柔らかく、同じ仕事をしても捗るし疲れも少ないんでしょうね。もっとも、若いときには境内の草を引いたり、裏山の斜面の笹を刈るなどということはあまりしないのでしょう。そういうのは、ある程度歳を重ねて、初めてしなくちゃいけないと思える仕事なんでしょう。

若いときは何かと自分のことを棚の上に上げる。身体も柔らかだから、簡単に腰を伸ばして棚の上に上げられる。それで、そこそこ歳を重ねて、裏山の斜面の笹刈りなどということが気になり始める頃には、もう足腰に痛みがあったりして、若いときに棚の上に上げた自分というものに気がついても、もうそれを易々とは下ろすこともできない。

自分というものが棚の上に上げられているのが見える程に眼がよければまだよいものの、老眼もすすんでなかなかものが見えない。眼鏡はかけているんだけれども、ひどく眼が悪いから眼鏡のレンズの汚れが見えない。眼鏡の掃除をして、きれいなレンズで見ているつもりが、かけている眼鏡はやはり汚れているから棚の上の自分というのが見えない。

大体がそんなふうなことでないかと思えます。我々、いくら「自分」を見る、「自分」に気がつくと言っても、棚の上の「自分様」は決して下ろせないままでろくに見えもしない汚れた眼鏡で見えるだけのことを見て、気がつくだけのことに気づいている。

見るということ、気づくということは、これはやはり如来のおはからいをこそ言うのでしょう。

泥のお風呂

世間では、人の振り見て我が振り直せということをおっしゃる方があって、それは確かにそうも言えるのだろうとは思うのです。

反面教師とでもいえばいいのでしょうか、そんなふうなことだと思うのですが、よく思い直すと、少なくとも仏法ではあたらない言い方だと思えます。

仏法にあっては、問われるのは常にこの私であって、何かしらおかしなことをなさる他人様を見ても、そこに如来のおはからいに背いてばかりのこの私を見させていただくのです。

そうでなければ、煎じ詰めればマナー・道徳の域をでないわけで、他人様のよからぬ様を私は演じまいと心得て、いわば飾った「私」をつくり出すだけのことです。

どこやらで「仏教は心のオシャレです」などという戯言を見たことがありますが、この私が問題にならないままなのであれば、泥だらけの身体で泥のお風呂に浸かって、そうしてオシャレな服を着るようなことになります。

実には泥だらけながら、それはさておいておいて、けれども何とか見栄えを飾って他人様に不愉快な思いをさせないようにいたしましょうという「仏教」に慣れてくると、どうなるのでしょう。

つながり

「つながりを生きる」という言葉は、どこかで眼にした覚えがある。そこにこめられた意味は、残念ながら詳しくは知らない。

また、「私たちは多くのつながりの中で生きている。親子の関係はもちろん、学校や地域における人間関係など、はかりしれないつながりの中で支えられながら生きている」と、ある本に書かれている。

残念ながら推測に過ぎないけれど、「つながりを生きる」という言葉の意味や、「私たちは多くのつながりの中で生きている。」ということは、お釈迦さまの『縁起の理法』をわかりやすいように、あるいは今風に言い換えたものと思われる。

仏道(念仏道)と世間道とをはっきりと分かつのは我々の習い性で、もともとは、あるいは仏道(念仏道)からすれば不一不二なのだろうけれど、お釈迦さまの『縁起の理法』ということが世間道からの理解ばかりになっていて、それは、いわば仏教の根本の世俗化とは言えないだろうか。

世間道からの理解というのは、たとえば縁起によらない「私」、ありえない「私」を「私」と仮定して、その「私(たち)」がつながりの中で生きていると言うようなことで、そうとしか聞けない、あるいは読めない言葉が大勢を占めているように思える。

「ご縁をつくる」ということを言う人がいて、ご縁というのは人間がつくれるものでないと「かも知れない」に書いたのがいつだったかは忘れたけれど、因果転倒の世間道で人間が作るのは虚仮ばかりであって、ご縁はすべて如来から賜る。

もっとも、すでに人間がつくるものも「ご縁」というのが一般的になっているのかも知れない。

山を歩く

桜の花が例年より2週間ほど遅かったので筍も遅いかと思っていたら、1週間ほど早かった。自分が料理したりもらっていただいたりするだけでは追いつかず、このところ連日10本ほども切り倒している。

地の面が人間様の通り道になっているとか、倒木や倒れた枯れ竹に覆われているとか、そんなことは竹の根が知るはずもなく、筍は根の張っている地中から地面を割る。

もともと面倒くさがり屋で、近年体力の衰えた私が切り倒すのは、もし大きくなって倒れたときに建物にかかる場所や通り道、次の年に筍をとるのに通るであろうところに出ている筍だけなのだけれど、だいたい1時間ほどかかる。

一人暮らしの悪癖で気がつけば独り言を言っているのには自分でも気がついているのだけれど、身体にこたえる作業をしていると独り言も多くなる。「すまんなぁ」と筍にいいながら切り倒すのだからたちが悪い。

たちが悪いと思っても、やはり明日になればまたすまんなぁと言いながら切り倒す。

ある本に曰く、「自分自身を深くかえりみる心が湧き起こって」きて、「自分自身を悪人であると教えられて、よく知ることができ」て、「ともにたすけあって生きている世界に生きていこうと歩み出す」ことによって、「私たち一人ひとりの身に、『本当の人間』(=仏ということであるらしい。hide-me註)になっていく人生がはじまる」などというのはまったくの絵空事、戯言である。

阿弥陀さまの「願をおこしたまう本意」は何であるのか、と、そういうことが何度も頭に浮かんできて、独り言しながら昨日も今日も、明日があればたぶん明日も山を歩く。なかなかお念仏はでて下さらない。

桜満開

無理難題という言葉があるけれど、これは人間が作り出すもの。自分が作り出して、自分がそれに頭を抱えさせられる。

無理難題というほどのことでもないのだけれど、ちょっと考え事をしながら、明日が空き瓶の回収日なので、少しばかりの空き瓶を持って収集場へと歩いていた。

突然に後ろから「こんにちは」と声を掛けられ、それが私に向かってなのかそうでないのかもわからないまま、見たところ中学生かと思える自転車に乗った女の子の後ろ姿に「おかえり」と声を返した。

咄嗟にとる行動というのは明快であることが多い。思慮深い行動というのは、どんなに洗練されていたとしてもその思慮のゆえに鼻につくことが多い。人間の思慮というのは、臭いものらしい。

ただお念仏もうさせていただく。けれども、それでは生活が成り立たない。そうではなく、お念仏ということをそういう狭い意味に閉じ込めるのではなく、そういう人間の思慮のうえでのことでなく、ただお念仏もうさせていただく。

それは、たとえば時期が来れば花を咲かせる桜のもつ業ように、あるいは呼びかけられたと感じて咄嗟にする返事のように、明快なものだ。

春の法要

3月の28日はお講さん、昨日はいわゆる永代経。今年の「春の法要」が終わりました。

うちのお寺では「永代経」と言わずに「春の法要・秋の法要」と言うようにしているのですが、それが何年ほど前からかは忘れました。

昨日の法要の法話には、県内の少し離れたお寺のご住職が来てくださったのですが、以前に真宗大谷派の儀式概要にない「永代経」というものの起こりについて調べていたときに参考になる文章をネットにあげておいて下さったお寺のご住職でした。

今日は少し気が抜けていたせいか朝起きるのも遅かったのですが、それでも7時には朝のお勤めがさせていただけました。かなり豪華版(?)の立花のままで、やはり気持ちのよいものですね。

特別な法要があるときだけが仏法をお聞かせいただくときではありません。毎朝毎夕のお勤めや毎日の生活のなかで「お聞かせ」をいただくのが仏法です。生かされているということはお聞かせをいただくということです。

まかせる

「まかせる」というのは難しい。

たとえば「大根買ってきて〜」と誰かに任せたとしたら、みずみずしくて美味しそうな大根を買ってきてくれても水気のなくなった萎びた大根を買ってきても、それをありがとうといただくのが「まかせる」ということ。

それを、萎びた大根を見ながらよりによってこんなものを買ってきてと文句を言って腹でも立てるのが私。

そもそも私は往々にして「まかせる」相手を間違えるし、「まかせる」ことがらを間違える。

なむあみだぶつとおまかせしたつもりが、おまかせできていない。

なむあみだぶつとお念仏もうしていて、それで毎日の生活のなかで何か自分に不都合な出来事でもあれば、「なんでやねん」と。

けれども、そういう私を私に見せて下さるのは、またなむあみだぶつの他にないのです。

山が呼ぶ

3月になりました。

今日のように少し寒さが緩むと、山が呼びます。伸びた笹や枯れた竹が、何とかしろよと、私に呼びかけます。

こういうのを「受」と言うんでしたっけ?忘れてしまったのですが、これはもちろん実際に山が呼ぶわけではなく、山の仕事をしなければならないという私の思いが、山が呼んでいるように感じさせるわけです。

阿弥陀さまのおはたらき、呼びかけというのは、うまくは言えないのですが、私の思いに依るのではありませんから、「山が呼ぶ」のとはまったく別のことなのでしょう。

私に言えるのは、私と別に、私の外に、私と離れて、阿弥陀さまのおはたらき、呼びかけがあるのではないということです。

矛盾と撞着

矛盾というのは、たとえば「無明」とその対立概念(「明」?)の間に第三の概念が入る余地がない。撞着は、そうでない。と、そう私は記憶している。だから、矛盾と撞着は、少し違う。

自らが仏になる(自利)ということと一切の衆生をすくう(利他)ということには、普通に考えれば撞着がある。一切衆生をすくえないなら仏にはなれないし、仏でなければ一切衆生をすくえない。もっともこれは大乗だけの話になるのかも知れない。

こちらで「浄土教の美しい思想・・・還相の菩薩」ということを考察しておかれて、興味深い。ちなみに、そこには曾我師の言葉も少し引用なさっている。

法蔵菩薩さまが阿頼耶識かどうかなどということは私には判断しようもないが、阿弥陀さまが還相の法蔵菩薩さまとなられて、今ここに、いつでもどこにでも在さないのであれば、自利と利他はまったく矛盾する。阿弥陀さまの十劫正覚は絵空事になり、我々がすくわれることもない。

今はどこにあった言葉かは忘れたけれど、確か曾我師が「阿弥陀さまが南無なされる」というようなことをおっしゃっている。阿弥陀さまがまるまっこいお念仏・本願念仏を成就してくださったのであり、法蔵菩薩さまとなってくださった。

だから撞着が撞着でなくなったと考えるのが我々の習い性なのだろうが、もとよりそこに撞着などなかったのであろう。

法蔵菩薩さまが私となっていてくださる。それを「浄土教の美しい思想」と言うべきかどうかを私は知らない。確かに感じるのは、まるまっこいお念仏、南無阿弥陀仏は「思想」でも「概念」でもないということだ。

撞着

昨日は第二日曜で、うちのお寺のお講さんでした。組内の比較的お若いご住職方の「お話し」の練習の場として、うちのお講さんを提供するようになって、どれくらいたつんでしょう。

練習の場を提供していてもあまりお越しいただけないのですが、昨日は40歳くらいでしょうか、初めてお会いするご住職が来てくださいました。

緊張してあがっておりますとおっしゃって始められたお話しは、そのお歳の方にはめずらしく(?)、ご自身の生活から感じ取られたことのお話でした。

奥さんと共に、奥さんに叱られながらの子育てと、子に育てられていらっしゃるご様子が伺われ、それはそれで耳にすんなりと入るお話しでした。

お隣の臨済宗のお寺で、何かのご法要の後に「余興」として落語などをなさったところ、お参りもたくさんだったようで、ご門徒さんから「うちの寺でもやろう、若いおねぇちゃんの演歌歌手でもよんだらみんな参りに来るに違いない」というようなことを頻りにいわれ、少し困っているとのこと。

いろいろな意味での「経営」(?)ということを、お寺も考えなくてはならない時代なのでしょう。こういうことは、しかしながら(江戸時代以後?)いつの時代も常にあったのでしょう。

お参りがなければ話にならないし、お参りが多くてもお念仏の教えがなければ話になりません。

矛盾ということと撞着ということは少し違うわけで、これは撞着ですね。

因るところ

つまるところ「自覚」というのは自力の心しかなかったと思い知らされることを言うのではないかと思います。

何に因って、どこに思い知らされるのかと言えば、心(芯)によって意に思い知らされる。

「識によって意に」であれば、それは「思い知る」わけで、「思い知らされる」のとは意味が違います。

思い知ることも一応は受動であるのでしょうが、それが識によって惹起されたものであるかぎり、意にあっては「私が思い知る」ことになります。

思い知った「自覚」も自覚と言われる、というか、思い知った「自覚」が自覚と言い慣わされているのが世間というところなのでしょう。




「かも知れない」に自覚ということについて書いたのですが、それが200回目の駄文となりました。

うちのお寺で毎月発行している「寺報」の文章を私が書かなくなってからめっきり更新の頻度が落ちていますが、何しろ暇人で、裏山の枯れ竹の後始末くらいしかすることがありませんので、書きたいことがあればこれからも書こうかとは思っています。

自信教人信−3

自信教人信とは善導大師の「往生礼讃」にある言葉である。親鸞聖人はこれを「教行信証」に引用なさっている。自ら信じ、人を教えて信ぜしむるという意味である。

教科書的な説明としてはそれでいいのだろうけれど、少なくともこの自力の垢にまみれきった私は、それではどうしても腑に落ちない。

もう二十年ほども前に組の推進員研修会の席で「自信教人信とはどういう意味ですか」と質問された推進員さんがあった。

おそらく当時70歳くらいのその方も、自ら信じ人を教えて信ぜしむるということが他力の教えと相容れないように感じてのご質問だったに違いなく、当時の組長さんの教科書的な回答を聞かれても、納得できないご様子だった。

私は識らずして自信ということ、教人信ということ、こういうことをわがものとする。

そもそも、如来のご廻向でないもの・ことなど何ひとつない。

「仏世はなはだ値いがたし」。しかしながら、阿弥陀さまもお釈迦さまも今現在説法していてくださる。

「人、信慧あること難し。遇希有の法を聞くこと、これまた最も難しとす」。私は法に行ぜられてありながら法にお遇いしていない。

だから、当然のことながら「自ら信じ人を教えて信ぜしむること」という往相と還相のご廻向、総じて如来のおはたらきということは、この一人の身を通してということとなると「難の中に転たまた難し」。

「大悲弘く普く化するは、真に仏恩を報ずるに成る」。つまり、如来の大悲によってこの我慢我執の身が化される=教化せられる、転ぜられるときには、すなわち仏恩を報ずるに成る。

本願力にお値遇するなら、そこに「私」というものなどあるのだろうか。

自信教人信−2

自信は往相のご廻向である。だから、自分が(衆生が)信じるということでない。あくまでも私(衆生)となっていてくださる法蔵菩薩さまのおはたらきである。つまり、能信でなく所信。

この部分の言葉だけを取り出して、字面を追うならば、自信は自分が信じるということにもなるのだろうけれど、そうではない。

教人信は還相のご廻向である。いったいどこかの誰かがご信心いただいて、その人が他の誰かに「教えて信ぜしむる」などということがあり得るだろうか。

往相のご廻向をいただいて一心にお念仏もうす姿に、曾我師はそれを「後ろ姿」とおっしゃったようだけれど、他の人が感じとるところが何かある。それはいわば法蔵菩薩さまと法蔵菩薩さまの仏仏相念であり、念と念との念念相続である。

往相廻向も還相廻向も体はひとつの如来のおはたらきである。自分(衆生)が何らかのはたらきを作すのでなく、自分(衆生)は如来のおはたらきをいただく身としてある。

自信教人信−1

自信教人信

「自信教人信 難中転更難 大悲普化 真成報仏恩」
(善導大師「往生礼讃」)

「自信教人信 難中転更難 大悲普化 真成報仏恩」
(智昇大師「集諸経礼懺儀」)

また云わく、仏世はなはだ値い難し、人信慧あること難し。たまたま希有の法を聞くこと、これまた最も難しとす。自ら信じ人を教えて信ぜしむ、難きが中に転た更難し。大悲、弘く普く化する、真に仏恩を報ずるに成る、と。(「教行信証」信巻)

また云わく、仏世はなはだ値いがたし。人、信慧あること難し。遇希有の法を聞くこと、これまた最も難しとす。自ら信じ人を教えて信ぜしむること、難の中に転たまた難し。大悲弘く普く化するは、真に仏恩を報ずるに成る、と。(「教行信証」化身土巻)


真宗大谷学園存立の精神
http://www.otani.ac.jp/sinsyu_gakuen/nab3mq00000130tk.html

清沢満之師「真宗大学開校の辞」

本学は他の学校とは異りまして宗教学校なること、殊に仏教の中に於て浄土真宗の学場であります。
即ち我々が信奉する本願他力の宗義に基きまして、我々に於て最大事件なる自己の信念の確立の上に、其信仰を他に伝へる、即ち自信教人信(じしんきょうにんしん※2)の誠を尽すべき人物を養成するのが、本学の特質であります。

(じしんきょうにんしん※2)の注釈文
「自信教人信」とは、親鸞が主著『教行信証』において、善導の『往生礼讃』より引用した言葉である。教育(「教人信」)は、自己を知る(「自信」)ことにおいて成立する。「自己を知る」とは、我々が根底に持つエゴイズムの自覚である。それは、近代的理性のみを是とする瑜瓩雖瓩諒顕修悗竜い鼎でもある。「真宗の精神」は、このような人間凝視を可能とするものである。それは教育の実践において、自己を問い続け、有限なる自己(理性の有限性)を再認識することで「共生」の世界に立つことである。このような実践者を、「自信教人信の誠を尽すべき人物」と称するのである。

薄皮

この私というもの、たとえば諸法無我ということをいただくについても我がでしゃばって、頭が言葉として理解する。

諸法無我という道理は私の我を破ってはくださらない。

もちろん、私にそれは破れない。

我は薄皮で包まれていて、ほんの薄皮なのだけれども、しかしその薄皮ほど破れないものはない。



破るのでなく、破れる。

破れるとは破っていただく、如来が破って下さる。その如来は、どこか私の外にいらっしゃるのでない。

私の内なる如来は、私となっていて下さる如来である。

願生

もちろん私という一個人を主体とするのでないだけでなく、いまだすくわれず、いまだすくわれないが故に必ずすくわれるべき人間というものを主体とするのでもない。

たとえば、慈悲ということの主体を私とするなら、慈悲とはどういう意味になるだろう。また、慈悲ということの主体を人間とするなら、どういうことになるだろう。

四無量心とは仏の心である。その主体がいつの間にか人間になり、私になると、慈悲から慈も悲もなくなる。慈も悲もない慈悲が慈悲になると、慈悲は使い古される。

小慈悲だの衆生縁だのという言葉の問題ではない。仏の教えをわからなくしているのは私であり、人間である。

私という個人、また人間の妄念妄想をもとにした知恵で仏の教えを解釈し、いわば再構築するから、仏の教えがわからないものになる。




他力の教えの根本にあるのは、信心であって、それは如来のご信心である。

第十八の願には「十方衆生、至心信楽、欲生我国、乃至十念」とあり、本願成就文には「諸有衆生、聞其名号、信心歓喜、乃至一念。至心廻向。願生彼国」とある。

願生彼国の主体は誰なのかということ、これはよくよくお聞かせをいただかなければならないことだと思う。

国土

「国土ということは全く自然無為の一如の体相であって、人間の創造ではなく、一切生命の根元母体として誠に大切なことである。」(曾我師、『行信之道』より抄出)

土ということ。ものではなく、こと。一切生命がそこに根源を持ち、そこから生まれ来たった。それは場所でないから「こと」である。

たとえば「浮き草にとっての土は水である」と言うとして、それは水が土であるというのでなく、いま浮き草といういのちの相を持つものの根源が水という土であるということである。

いのちの相が土をつくるのではない。

「阿弥陀仏の本願が人間的分別作為を超えて、純粋に自然法爾の所生なる道理が、浄土の体相というものである」(曾我師、『行信之道』より抄出)

真と仮

求める時に得られるのは仮あるいは化である。

これを、そうであることが多いと言わなければならないならば、世間道の話になる。

求めて得られるものは本来求めるべきものでない。

求める時に得られるのは、本来求めるべきものを求めていないからである。

求め、求め、求めてもいただけない。あきらめることなく求め、しかし決していただけないと知らしめられて、その時、求めずしていただくのが真である。

報土と化土

たとえば、西方十万億土にお浄土があって、そこは真実報土と方便化土とに分かれている。「切符」によっては方便化土止まりだったり、真実報土まで行けたりする。

こんなことは、お経をいただいても、その釈をいただいても、頭が文字をいただいているから言うことである。

頭が文字をいただくと、身証ということが欠落する。だから実は「いただいている」とは言えないのだろう。

我々が頭で文字を解釈して、頭が論理を組み立てて、さて、できあがるのはせいぜい「化」であり、「権」であり、「方便」ではなかろうか。

方便は真実を生まない。真実は、方便を方便と知らしめる。

真実報土と方便化土とは同じではない。




身証というのは、たとえば釈尊なら釈尊が、あるいはご開山ならご開山が、その身に積み重なったご縁において、これこそが如来からのいただきものだと感じられたところにある歓喜であるとは言えまいか。

歓喜あるところに真実報土がある、そうして、真実報土が方便化土を方便化土と名付けるとは言えまいか。

地獄

ある人は、地獄の「獄」を獣(けものへん)と獣(獣を表す犬)とが頭を付き合わせて怒鳴りあっている(間にある「言」が怒鳴り声)姿だとおっしゃる。この地上にある相だと。

またある人は、現実に無明の私(衆生)がつくっている世界だとおっしゃる。

またある人によると、それは宿業の大地であるという。この宿業の大地ということは説明ができない。個人が純粋な感情として感得するものである。

いずれにせよ、当然ながら、地獄は死後に魂(または霊魂)が行く世界という一般的な解釈はあてはまらない。

地獄が死後に魂(または霊魂)が行く世界という解釈が一般的になってしまっている状況は、地獄のように恐ろしい。

自分に迷惑をかけない

自分に迷惑をかけない。

迷惑をかけないという言い方をすると、「迷惑」が仏教語としての意味を失うのかも知れないが、やはり仏教の言葉としての迷惑を自分にかけないということ。

自分に迷惑をかけないということは、自分というものの本当の主体とでも言うべきものが明らかにならない限り、できない。お念仏の智慧に、自分に迷惑をかけずに歩ませていただく道がひらかれる。

自分の本当の主体が明らかになるのは、機が(機として)はたらく時であって、だからやはり他力のご廻向に因ってである。




世間では他人さまに迷惑をかけるなと言う。

けれども、世間では誰もが他人さまに迷惑をかけ、誰もが他人さまから迷惑をかけられて、しかもそれを許され、それを許して暮らしている。

世間では自分に責任を持てとも言うが、どうして自分に、つまりは本当の主体に迷惑をかけずして自分に責任が持てるというのだろうか。

法蔵菩薩 (11)

まぁこれは喩えに過ぎません。喩えに過ぎないけれども、お念仏の道というのは阿弥陀さまがひらいて下さったんです。これは決して喩えなどではなく、法蔵菩薩さまはこの私を背負って阿弥陀さまのお浄土へ歩んでいて下さいます。私というものはそれがわからない。遇いがたい教えにであっても、その道を自分が歩くものだと思っています。だから、やはり自分は死に向かって歩いている、そう思っています。お念仏の教えにおであいしながらも、やはり自分は死に向かって歩いているとしか思えないから、お浄土もまた死んだ後に行くところになります。死ぬということはどうもやはりマイナスな感じですね。先ほどの話で言えば私は電気で、生まれるのはプラス、死ぬのはマイナスで、やはりプラスからマイナスへ向かって歩いている。だからどうしても暗い。何かで大儲けでもして大金を持ったとしても、本当には喜べない。笑いが止まらないような嬉しいことがあっても、死に向かっているから、本当には喜べない。悲しいことばかりしかない、辛い思いをするばかりだ、いっそのこと死んでしまおうか。私らは時々そういうことを思う。いや、思わん人もいるかも知れないが、いっそのこと死んでしまいたいというのも、自分で歩むその歩みを止めてしまおうということでしょう。笑いが止まらんような人でも死んでしまいたいと思う人でも、私が私の足で歩いているんだと、同じことを思っているわけです。「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり 法身の光輪きわもなく 世の盲冥をてらすなり」。穢土というか、娑婆世界、私らの暮らす世界は暗い。妄念妄想の私らが寄ってたかって暗くしている。世の盲冥をつくっている。その妄念妄想の盲冥のなかを、私というもの、それが泣いていようが笑っていようが、みな法蔵菩薩さまの背に背負われている。生まれるのがプラス、死ぬのがマイナスではないんです。プラスもマイナスもないんです。私が私と思っているその私を主体としていると、妄念妄想によってプラスもあればマイナスもあることになる。私が泣こうが笑おうが、私は死に向かって歩まねばならない。そうでない。ただあるのは私となっていてくださる法蔵菩薩さまの歩みがある。南無阿弥陀仏という本願念仏がある。仏願の生起の本末を聞きて疑心あることなし。お念仏がお念仏を生むその根本は南無阿弥陀仏という一切衆生がそれによってすくわれるところの本願念仏の成就にある。それが仏願の生起の本である。分かつことは本来はできないが、あえて分ければそこに仏願の生起の本がある。本があって末がない道理がない。その成就された本願念仏、南無阿弥陀仏という法をもって、法蔵菩薩さまは今この私となって、いまだすくわれないこの私と一体となって、私のつくりとつくる悪を一身に引きうけて、私を背負って歩んでいて下さる。お念仏という大道を絶えることなく歩み続けていて下さる。仏願の生起の末とは、あえて分けて言うところの末とは何か。この五逆の悪衆生であるこの私がご本願を信ぜしめられ、お念仏もうす身としていただくことである。本願を信じ念仏もうさば仏となる。仏とならせていただくときには私などおりません。だから言ってみれば、仏となられるのは私となっていてくださる法蔵菩薩さまである。この私の我執というものはどこまでも強い。どこまでも強いから私が仏となるんだと思う。そういう思い、妄念妄想は絶つことができない。だから絶たなくてよい、絶たなくてよいからお念仏もうしなさい。仏になるのが私なのか法蔵菩薩さまなのか、そういうことは私がわかろうとしてわかるものでない。ただ、お念仏もうすのである。仏教とは本願を信じ、念仏もうさば仏になるという教えです。

今日は漠然と法蔵菩薩さまのお話しをさせていただこうと思っていまして、それが何やかやと思いつくことを言うから筋道もないし、いつの間にやら灯油だ電気だというような話までしてまして、けれども考えてみますと筋道なんてものがもともとないのが我々です。いや、これは言い訳ではなく。しっかりとした筋道というものがあるのは法蔵菩薩さま。如来が筋道をつけておいて下さるその筋道を歩んで下さるんですね。予定していた時間も少し、少しではないですね、かなり過ぎました。話というのは尽きないものでして、明日も明後日もずっとお話しできればよいんでしょうね、法蔵菩薩さまのおはたらきのように。けれども今日は今日でだいたいのことはお話ししたように思います。これで終わらせていただきます。

法蔵菩薩 (10)

仏教というのは、「本願を信じ、念仏もうさば仏になる」教えです。これは親鸞聖人がご生涯をかけてご確認なさった。親鸞聖人がご確認なさったから、仏教とは南無阿弥陀仏であると、そう言うのではありません。どうもうまく言えませんが、いわば仏教がその歴史をもって、お釈迦さまに始まるのでない仏教の歴史を通して、仏教とは南無阿弥陀仏であると示しているのです。「円融至徳の嘉号は悪を転じて徳を成す正智」、これ、本当は「難信金剛の信楽は、疑いを除き証を獲しむる真理なり」とひとつの文章としては続くのですが、今日は「円融至徳の嘉号は悪を転じて徳を成す正智」ということだけしか言いません。円融至徳の嘉号、すなわち本願念仏、南無阿弥陀仏は悪を転じて、つまり一切衆生の悪という悪すべてを転じてくださる。そうして徳を成す、お念仏もうす身とならせてくださる、そういう仏の正智である。人間の知恵はすべて悪知恵ですが、この正智というのはそうでない。これは仏の智恵である。だいたい言えばそういうことになると思いますが、円融至徳の嘉号が一切衆生をお念仏もうす身としてくださるということは、つまりお念仏がお念仏を生むということ。本願念仏がお念仏を生むということは、念と念とが相続するということです。お念仏もうす身とならせていただくというと、何かしらこの私というものが徳と言うか善と言うか、そういうものを成すように聞こえますが、そうでない。なるほどお念仏は円融の至徳である、これに勝るべき善はない。しかし、お念仏をもうす私が徳を成し、善を成すのでない。私というものは、これはあくまでも本願念仏によって転じられるべき悪である。徳を成すというのは、本願念仏が、円融至徳の嘉号がお念仏を生む。お念仏もうす身というのは、そこにはもう「私」というべきものはおらんのです。「私」というべきものがおらんようになって、ただお念仏がお念仏を生んでいく。「私」と言っていたものは、では、どこへ行ったか。どこへも行かない、私が私だと思っているような私というものは始めからおらなかったのである。それが分からせていただけるということが転じられるということ。転じられて初めて、始めからこの身はただお念仏もうすことを願われている身であった。私が私だと思っていた私というのは始めからおらず、おったのはただお念仏もうすこの身であった。お念仏がお念仏を生む念と念との相続の中に、ただ、ただというのは必ずということ、ただすくわれていくのがこの身であるという道理が明らかになる。

私は理科といいますか、化学は昔からさっぱり分からないのですが、学生の頃に、中学か高校かの時分に電気のことを習ったのは覚えています。電気が流れなかったらいくら灯油があっても火はつかないんです。火がつかないから少しも暖かくならないんです、冬場に停電になって、こういう電気を使うストーブしかなくて困ったことがあるんではないですか。ここにあるこのストーブ、今も火花を飛ばして灯油に火を付けているのは電気です。その電気というのはプラスからマイナスへと流れる。間違ってたら、詳しい方、指摘してください。電気はプラスからマイナスへ流れるんだけれども、実際には、というか正確には電子というものがあってそれがマイナスからプラスへと移動するのを電気が流れると言っているわけです。私は電気だ、大いに流れて灯油に火を付けて燃やしてやろうじゃないかとね、私らはそう思っているんですよ。ところが実はそうではなかった。電気は確かに流れている。それはそうだけれども、実には電気ではなくて電子というものが、つまり法蔵菩薩さまがおはたらき下さるから、電子というものがいわばお浄土へ向かって勇猛精進志願無倦、和顔愛語先意承問、血の涙をお流しになって、それでも血の汗をおかきになりながら、血の涙を流させるばかりのこの一人を必ずすくうんだとおはたらきくださるから電気が流れていたんです。電気というのは、このストーブもそうですが、電線を流れる。この畳の上にあるこのコード、これをずっと辿っていけば発電所に行き着くんでしょう。法蔵菩薩さまのおはたらきというもの、これは眼に見えないから眼で見て辿るのでないが、辿っていけば阿弥陀さまに辿り着くんです。阿弥陀さまのお浄土に辿り着くんです。阿弥陀さまから、そのお浄土からこの穢土といわれる世界にあって妄念妄想を作って法蔵菩薩さまに血の涙を流させるばかりのこの一人まで、ただひとつの一本道がある。それは眼には見えない。見えません。大信によってひらかれた大道であって、言ってみれば見渡す限りがその道であるから凡夫の眼では逆にそれが一本道だと見えない。阿弥陀さまのご信心によってひらかれた道、それを念仏道というのです。

法蔵菩薩 (9)

話をもとに戻します。戻しますが、今申しました正信偈さんのなかでも親鸞聖人はお釈迦さまが世に出られた所以ということをおっしゃっています、ただ阿弥陀さまのはかりしれないご本願を説かんがためであったと。親鸞聖人はまたご和讃などでお釈迦さまや阿弥陀さまを慈悲の父母とおっしゃっています。私ども普段生活するなかでそんなふうなことを思うことがありますかね、お釈迦さまは父であり母である。阿弥陀さまも我が父であり、また母である。そういうことを思いますかね、思わないで暮らしていますね。そうでしょう、親鸞聖人がおっしゃるからということでなく、今は詳しくお話しする時間もないのですが、お釈迦さまが我が父であり母である、阿弥陀さまも我が父であり母である。実の父母にもまして父母であるのですが、そんなことは爪の先ほども思うことがないですね。五逆罪というのがあって、そのなかには物騒な話ですが父を殺す、母を殺すというのがあります。実の父母にもまして父母である方を少しも、これぽっちも父だとも母だとも思わない、まったく父母でないものにしている。言い方が大げさかも知れませんが、これは殺害父母と言えなくもないですね。また五逆の罪のひとつに仏身から血を流させるということがあるのですが、私のすることすべて、法蔵菩薩さまが血の涙を流されるようなことばかりです。五逆の罪を犯すものは決してすくわれることがないと一般には言われます。けれども、だからこそ、この私、実の父母にもまして父であり母である方をなきものにして、それだけでなくて今ここでご苦労くださっている法蔵菩薩さまをなきものにしているこの五逆の悪衆生である私が決してすくわれないものであるからこそ、だから法蔵菩薩さまはこの私の罪という罪すべてを背負って血の汗を流しておはたらき下さるのである。法蔵菩薩さまの血の汗とは何か。お念仏である。本願念仏である。

法蔵菩薩さまの本願念仏、これを親鸞聖人は円融至徳の嘉号とおっしゃっています。勤行本の82ページに「聖句」というのが掲載されていますが、これは教行信証の総序の最後の数行が省略されたものです。その82ページの終わりの方に「円融至徳の嘉号は悪を転じて徳を成す正智」とありますね。そのすこし後ろ83ページのはじめには「大聖一代の教、この徳海にしくなし」とあります。お釈迦さまがご一生にわたって説かれた法というものは数知れないほどあるけれども、お念仏のはかりしれない徳に及ぶものではないと、これは親鸞聖人がそう言い切っておられる。仏教とは、南無阿弥陀仏である。そうおっしゃっているとも言えます。お釈迦さまが悟りを得られて、初めてお分かりになったことがあった。それは自分、つまりお釈迦さまに始まるのでない仏教、仏道というものがすでにあるということであった。今日はそれを詳しくお話しはできないのですが、仏説無量寿経にある法蔵菩薩さまの物語というものは、五十三仏の歴史に始まります。五十三仏の次に世自在王仏がおられて、その時に法蔵と名乗る比丘が無上殊勝の願をおこされた。それがいわゆる四十八願であり、その四十八のご本願を法蔵菩薩さまが成就なされて阿弥陀仏となられた。こんな簡単に言えることではないのですが、法蔵菩薩さまの物語というのは言ってみればそれだけのことです。法蔵菩薩さまというのは物語の中の登場人物である。いわば作り話の主人公である、そんなことを言う人もある。しかし、決してそんな浅はかな人間の考えで判断できるものではない。そうでしょう、だいたい物語というものは、言葉で語り得ないことがらを伝えるためにあえて物語として語ったものでしょう。言葉で表現できないもの、言葉で説明できないことをまさに「ものがたる」のが物語であって、たとえば浦島太郎の物語にしても、浦島太郎と法蔵菩薩さまを一緒にすることはできないけれども、物語というのは、そういうものでしょう。法蔵菩薩さまの物語にある言葉で表現できないもの、それは何か。それは何かと言っても、これだと言えるものでない。もともと言葉で説明できないものを言葉で言えるはずがない。それをですね、長い歴史の中で先達たちは何とかして明らかにしようとしてこられたわけです。それぞれの時代時代の中で、何とか言葉にしてこられたわけです。正信偈さんのなかにお名前のある七人の高僧方だけでなく、名もない方達がこぞって法蔵菩薩さまの物語とは何か、法蔵菩薩さまとはいったいどういう方であるのかと問い続けてこられた。その歴史の果と結するところがすなわち南無阿弥陀仏である。本願念仏、円融至徳の嘉号である。法蔵菩薩さまの物語がものがたるのは、本願を信じ、念仏もうさば仏になるという道理である。法蔵菩薩さまという方は、今この私となっておはたらき下さる方である。五逆の罪の極重の悪人であるこの私が、それでもすくわれるという道理をお示しくださるのが法蔵菩薩さまの物語であって、仏教とは、一切衆生が阿弥陀さまのご廻向によってご本願を信ぜしめられ、必ずお念仏もうす身とならせていただいて仏という果をいただく道である。

法蔵菩薩 (8)

法蔵菩薩さまは本願念仏をもって衆生と一体となって、和顔愛語先意承問、今現におはたらき下さっている。阿弥陀仏が法蔵菩薩となり、その菩薩が衆生にまでなっていてくださるのです。仏が菩薩となり、菩薩が衆生にまでなっておはたらき下さる。なぜか。この私がいまだすくわれないままだからであって、それは我々の世界にもあるような「親身になる」などというような程度のことでない。法蔵菩薩さまはこの身になり切っておはたらき下さっている。私らは夜になると眠ります。夜でなくても、眠くなれば寝ます。法蔵菩薩さまはお眠りにはならん。これは喩えて言うようですが、我々寝ているときにはだいたい目と口を閉じているけれども、耳と鼻は閉じない。耳と鼻は閉じようとして閉じられますか、閉じられません。そういうようにできている。鼻は息を吸い息を吐く。これは息をするということであって、それは生きるということでもある。耳は聞く。何を聞くかといえば、法蔵菩薩さまのお念仏をお聞きする。声というか音を聞くのでありません、南無阿弥陀仏というおはたらきをお聞きする。まるで死んだように眠っていても生きている。生きているということは、だからお念仏をいただくということである。起きて目を開いていると、見えるものだけがあるものだと思う。おまけに口まで開くと、言うことといえば愚痴と自慢だけであって、先ほど申しました自分を省みるなどということも所詮は自慢ですが、おや、何だか静かだなと思えばお饅頭か何かでも食べているんですね。いやいや、笑い事ではありません、そうでしょう。お念仏もうすということは忘れているでしょう。それが時々思い出してお念仏もうすようなときというのは、たいていがもの頼み。この私を何としてもすくうぞと、仏が菩薩となり菩薩が私となっていてくださる法蔵菩薩さまに申し訳もございません、まことに有り難うございますというような気持ちなど微塵もない。なんということですか、これは。

これはまた今思いつきまして言うだけのことですが、同朋奉讃式とか言って正信偈のお勤めをしますね。内緒ですけど、あれ、よくお勤めができるもんだと時々思います。正信偈さんの三句目に法蔵菩薩因位時とありまして、この私となっておはたらき下さる法蔵菩薩さまに申し訳ない、私というものはこの上なく有り難いおはたらきをいただきながらお念仏もうすこともできないでいる者だと、法蔵菩薩さまのお名前を三句目に見てふと思わせていただいたりしますと、もう何だか最近は特に涙腺が弱くなっているせいか、涙目になって声もふるえだします。お勤めが続けられなくなって、ただもうわけも分からないままで、気がつけばなんまんだぶとだけ言て続けています。もしお勤めもできんなら坊主失格だと言われるなら、私、喜んで失格になります。あの正信偈さんというもの、親鸞聖人のご制作の意図と申しますか、なぜおつくりになったのかということにつきましては私なりに思うところはあるんですが、それはみなさんにご披露するようなものでもありません。けれども、これ確か先ほども言ったように思いますが、親鸞聖人が書いておかれないこと、つまり法蔵菩薩さまが今ここで本願念仏をもってご修行くださっているということこそが本当の大事で、それは勤行ということとはまったく意味合いの違うところにある一大事です。それが勤行となると、勤行もまた意味合いの違う大事ではあるのですけれども、正信偈さんにある一大事がないものになる。どうもそんなことを思いますね。勤行ということは、それはそれで大事です。けれども、それよりも何よりも大事なことがあります。時々うちの孫は正信偈をそらんじていて、毎朝毎晩お勤めをすると言って自慢なさる方がありますが、どうも大きな間違いが二つほどはあるように思いますね。

法蔵菩薩 (7)

つまらないことを言いましたが、機ということ、そこにはたらいて下さる法蔵菩薩さまのお話でして、だいたい私たち、本当に苦しみのなかにあるとき、それを誰かに話そうという気になるものでしょうか。自分の胸のうちというもの、余程の人にでなければ言う気にはならないのではないでしょうか。他の人のことは分かりませんから自分のことしか言えないのですが、このあいだ血圧の薬をもらいに行って、どうもこの頃何も身体に負担のかかるようなことをしてもいないのに突然に動悸がすることが多くて、胸が詰まりそうになって、というようなことをお医者さんに言いましたらパニック症という病気じゃないかと言われました。それはどうでもよいのですが、胸が詰まって息苦しくなって身体を動かすこともできなくて、大げさに言えばいよいよ娑婆の縁も尽きるかと思うようなときには、私はまわりに人は居てほしくないです。まわりに人が居ると、人目につかないところへ行きたくなって身体を動かすもんだから余計に苦しくなります。「どうしたんですか、大丈夫ですか」なんて言われても、それに応えるのが苦しいんです。「いつものことで、大丈夫です」とそれだけのことが言えないことが多くて本当に失礼をしてしまうんですが、そういうことが重なってきてまして、実際のところこの頃は人前に出るのも少し気が引けるんですが、法蔵菩薩さまは「どうしたんですか、大丈夫ですか」なんておっしゃいません。すでにご承知なんです。先ほど申しました先意承問ですね、こちらが何も言わなくても、何かを言う前に何もかも分かっていて下さる。この私の身と一緒になっていて下さるから、私と一緒になって苦しんで下さっていて、お念仏もうしなさいよと和顔にして愛語してくださるんです。私がいのちのご縁をいただいたのは、そういう阿弥陀さまの大悲のなかなんです。親身になるという言葉がありまして、これは字の通りで親の身になる、親のようになるというようなことだそうです。世の中には他人さまが困っておられるようなときに本当に親のようになってお世話なさる方がおいでになって、私なんかには真似もできないんですが、如来の大悲というもの、法蔵菩薩さまのおはたらきというものは、親身になるどころではありません。この私、この身になってくださるのです。いや、これからなってくださるのではなくて、すでになっていてくださるのです。そういう如来の、法蔵菩薩さまのおはたらきのなかに、私はいのちのご縁を賜っているのです。機であるということは、そういうことです。ですから、私は私のことを私と言っておりますが、それはその通りではあるのですが、実は私というのは、如来の、法蔵菩薩さまのおはたらきの場でもあるのです。私は私である、確かにそうであるけれども、そうであるだけではなくて、これ(この私)は如来のおはたらきの場であり、法蔵菩薩さまが今も菩薩行をご修行くださる場でもあるのです。

翻って自分自身をみてみればどうかなどというようなことは、私は申しません。言うまでもないことで、如来と申しますか、法蔵菩薩さまをなきものにするようなことしかしておりません。これまでもそうでしたし、これからもそうです。なるほど一旦は法蔵菩薩さまがここにおはたらき下さる、有り難いことだと涙がでるかも知れませんが、信楽受持甚以難難中之難無過斯とおっしゃっておかれる通りです。それだけではなくて、何か先ほども言ったような気がするのですが、自分を省みる自分をどうするのか、もっと言えば自分を省みる自分というものを客観する自分をどうするのかという問題があります。何か事を成し遂げた、それに満足する自分がいて、それではいけないんだと自己批判する、その自己批判する自分をどうするのか。本山へでも行っておかみそりを受けた。これでやっと法名がいただけたと満足する自分がいて、そうではないんだ。それで満足していてはいけない、これから仏法をお聞きしていかないといけないんだと思い直す、その思い直す自分はいったい何者ですか。自分を省みるということは邪見驕慢の悪衆生の鼻をどんどん高くするだけのものでして、何か大きな穴のなかにいて、その中で、その中にいると知らずにまた穴を掘るようなことでして、それは実は何か一段高いところに自分というものを置いておいて、そうとは気づかないままにその一段高いところで足継ぎ台をどんどん積み上げていくようなことでないかと思います。うまく言えないのですが、自分をどんどん掘り下げてみていくということは、結局つまりは自分をどんどん高みに置くだけのことでないか。どうしてもそうなるのが人間というもの、この私、衆生というものでないか。だから法蔵菩薩さまは衆生というものになり切っておはたらき下さるのではないかと、そう思うわけです。

法蔵菩薩 (6)

昨日あたりからでしたか一昨日くらいからでしたか急に寒くなりまして、今日はストーブがたいてあります。このファンヒーターというのは漆にはよくないのでしょうが、暖かくてありがたいですね。ストーブがたいてあると言いましてもストーブが燃えているわけではなくて、燃えているのは灯油です。これは冗談ではなくて、機ということを言うのですが、機というのは喩えてみれば灯油です。灯油は燃えるという性質をもともと持っているけれども、瓶にでも入れておけばそれだけで燃えるというものではありません。マッチに火をつけて灯油の入った瓶に放り込めばたちまちに燃え上がります。灯油というのはそういうものでしょう。機というのもあらゆる衆生がもともともっている性質・性能で、それ自体でははたらかない。それ自体ではというか、自分からははたらかない。瓶に入った灯油である。けれども、いったんご縁によって法というもの、如来のおはたらき下さる南無阿弥陀仏に触れればたちまちに火がつく。火がついて、衆生の身が粉になって骨が砕かれるところまでその火が消えることはない。衆生というものには、そういう性質がもともとある。ですから、先ほど申しました恩徳讃、あれは決してこんな意味ではありませんが、如来の大悲、師主知識の恩徳というものに報じんとして、わずかでもそれが適うその時には身は粉になるだろうし、骨はくだけて灰にまでなる。そう言うこともできるかと思うのですが、それは衆生というもの、この私が機といわれる性質・性能をいただいているからである。


つまりですね、衆生といわれるこの私、私たち一人ひとりすべて、気がつかなかったんだけれども南無阿弥陀仏という本願念仏の満ち満ちる世界にいのちのご縁をいただいていた。衆生多生不可思議などという言葉があるようですが、次から次へと生まれてくる衆生というもの、そのすべてが、その一人ひとりが、すべて阿弥陀さまの願いのなかに、必ずあなたさまにすくわれる身とならせていただきますと「おぎゃー」と産声をあげたのです。あなたお生まれはどちら?はい、滋賀県でございます。確かにそうです。そうですけれども、そうではなくて、それだけではなくて、私は阿弥陀さまの願いのなかに生まれた。皆がみな、肌の色だ話す言葉だというようなことにかかわらず、皆がみな南無阿弥陀仏という本願念仏のなかにいのちのご縁をいただいたんだ。そうでしょう、だから初めて「平等」である。滋賀だの京都だの大阪だのというところにある「平等」は絵に描いた餅、あるいは理念、そうであればよいのになぁーという理想でしかない。皆がみな阿弥陀さまの願いのなかに平等にいのちのご縁をいただいた、必ずお念仏もうす身とならせていただきますと産声をあげた。そういうところにしか本当の「平等」ということはない。理念理想をもってそれを求めることは、それはそれでよいことです。けれども、本当の平等ということを知らないままでは、それはかなり困ったことになるのではないかと思います。


これは今ちょっと思いついたから言うだけのことですが、理念理想をいう言葉だけに酔って始められた運動というものがあってすでに五十年がたつけれども、先ほど話したファンヒーターに喩えれば一旦は火がついた、ついたけれども火がついたからもとの理念理想が消えて何かわけのわからんものが燻っているようなことで、運動などというものはだいたいそういうものなんでしょうかね、もうコンセントが抜けてしまっている。だから不完全燃焼の灯油の臭いがたまらない程に臭う。私はそう思います。臭くてたまらない。けれども、何も臭いを感じない方もおられるようで、今年に入って若いご住職さんのお話を聞くことがあって、お寺というのはみんなが集まって悩んだり苦しんだりしていることを言ったり愚痴を言ったり聞いたりして、思うことを話し合う場だとおっしゃる。続いて何をおっしゃるかと思えば、みんなで話し合ってそれで何かが解決するわけではないけれども、お寺とはそういう場所だとおっしゃる。私は違うと思う。断じてお寺はそんなところではありません。お寺というのは、集まった一人ひとりがすでに阿弥陀さまが人間のあらゆる問題、この私のすべての問題に南無阿弥陀仏と解決をしておいて下さることをお聞きして、お念仏もうす身とならせていただくところです。今ここに、この身において法蔵菩薩さまがおはたらき下さっているということをお聞きするのです。仏願の生起の末ということ、つまりこの私、この自分でもどうしようもない一人を何としてもすくわずにはおかないと法蔵菩薩さまが志願倦くことなく勇猛精進にして和顔愛語先意承問して下さっているんだということを頭で理解するんでなくこの身で分からせていただく。お寺というのはそういうところです。ですから、まぁ何もお寺でなくてもよいんですが、このお寺というのは中国ではもともとの起こりは今で言えばお役所、役場の住民課みたいなものだったそうです。どうも私なんかには臭いが鼻についてかなわん運動は、お寺というものを公民館か何かのお役所のようなものにしてしまっているんでないかと思ったりします。お役所のようなものだから、道理で南無阿弥陀仏ということを言わないですね。

法蔵菩薩 (5)

ところで、正信偈さんには書かれていない法蔵菩薩さまの菩薩行、仏説無量寿経にはその本願修行が説かれてありまして、そのなかに「和顔愛語にして、意を先にして承問す」というのがあります。この頃の季節になりますといろいろなカレンダーをいただきます。この頃は不景気で、カレンダーをくださるところも減ったのかも知れませんが、そういうカレンダーの中には生活訓のようなものが書かれたものがありまして、和顔愛語という言葉が書かれたりしています。まるで人間ができることのように書かれておりますが、そうでない。そうでしょう、いくら和やかな顔で愛しみの言葉を心がけていても、米びつの底が見えていて、明日食べるお米を買うお金もないようなときに隣の家がお米をわけてくれないかと言ってきたら、どんな顔つきでどんなことを言いますか。まぁ米びつの底が見えているようなところは、だいたいお隣さんもそれをご存じで、お米をわけてくれとは言ってこないんでしょうが、言ってきたら鬼のような顔になって「ない袖は振れんわい」となるんでないでしょうか。和顔愛語先意承問というようなこと、これは人間にできることではないのです。

法蔵菩薩さまは和顔愛語にして先意承問してくださる。先意承問というのは、衆生が何かを言う前に衆生の意(こころ)を知り尽くして、衆生の言うことを聞いて、衆生の意を満たしてくださるということで、法蔵菩薩さまは勇猛精進、志願倦むことがない。いったいこの先意承問ということ、何故そんなことができるのか。こんなふうなことは何故と問うようなことでもなかろうかとは思いますが、何故そんなことができるのか。それは法蔵菩薩さまという方が衆生というもの、我々一人ひとり、この私となっていてくださるから、この私が何かを言うまでに私の意というものを知り尽くしてくださる。衆生というもの、この私というものは何も分からないもので、何が分かっていて何が分からないかがそもそも分かっていない。何かひとつ分かったような気になって、それをもってだいたい世間というものはこうだ、人間というのはこんなようなものだなどと言うけれども、実はそもそも何一つ分かっていない。仏法というものを勉強するような人は時々私は悪人でございますと殊勝なことを言うけれども、殊勝なことを言っているその私というものが何者かが分かっていない。だいたいこの頃は自分自身の本当の姿に気づきなさいなどというこを言う人がいるけれども、自分自身の本当の姿に気づいたとして、その自分が自分をすくうとでもいうのかと、私などはそんなことを思わずにはおれないのですが、法蔵菩薩さまという方は私の知らないうちに私となっていてくださって、私というものを知り尽くして、私が何一つ分かっていないことも、驕慢であって邪見しかもたないものだと見通していてくださる。しかも和顔愛語にして先意承問してくださるということは、一切の衆生がすくわれる法というもの、まさしくこの私がその法によってすくわれる法というものを成就しておいてくださるから和顔にして愛語ができる。衆生の意を知って、さてこれから法を見つけようというのでない。あらゆる衆生がすくわれる法を成就して、その法を以てこの私となっていてくださる、それが法蔵菩薩さまという方であるのです。

法蔵菩薩 (4)

法蔵菩薩さまは今ここにおはたらき下さっている。しかも「聞其名号」の「聞」を「衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし」、それを聞というのだと親鸞聖人はおっしゃっているのですから、お名号に仏願の生起・本末をお聞きするということであって、法蔵菩薩さまはそのお名号となって今ここにおはたらき下さっている。その方を如来と申し上げるのだと、私などにはそれで十分でして、因位だ果上の因だというようなことは学問学識のある方におまかせしておけばよいことかと思うわけです。

今日は秋の法要ということですが、こういう法座がありまして、一応終わりとなりますと最後には恩徳讃を唱和しますね。あの恩徳讃に如来大悲の恩徳とありますね。いったい如来の大悲とは何をさして親鸞聖人は言っておられるのか。そもそも如来と言っておられるその如来、私どもはどうも漠然と、どこかしら神秘的というか、自分と関係のないもの、もっと言ってしまえばわけのわからないもののように感じているのではないかと思いますが、どうでしょう。この如来と申しますのは、お名号となっておられる法蔵菩薩さまである。毎日お勤めする正信偈さんのなかにお名前のあるあの法蔵菩薩さまが如来であって、この法蔵菩薩さまは名であり号である。お名号と申しますのは、名は因の位にあるお名前で、号はこれは果の位のお名前であって、二つ別々にあるのではなくて因位の名と果位の号でひとつの一体のお名号である。お名号であって、たとえば重誓名声聞十方とおっしゃるところと比較してみれば明らかなように、名声ではない。法蔵菩薩さまはお名号、つまり因と果を併せ持つ如来である。このお名号である如来が因と果を併せ持つところが法蔵菩薩さまの法蔵菩薩さまである所以であって、ここにある因と果とは、これは衆生の往生の因と果である。この衆生往生の因と果、これを仏願の生起の末という。南無阿弥陀仏というお名号に、衆生の往生の因もあれば果もあるわけです。

これをもう少し詳しく言えば、阿弥陀さまが南無なされるところに因がある。善導大師の六字釈によれば、南無というは帰命であり、また発願廻向である。阿弥陀さまが発願ご廻向くださるところに衆生の往生の因がある。阿弥陀さまのご廻向には、衆生は絶対に、絶対にと申しますのは無条件ということ、絶対に無条件に帰命せしめられる。南無阿弥陀仏にある因果は仏の方の因果であるから、因が即ち果となる。無条件に阿弥陀さまに南無帰命せしめられる衆生というもの、これに必ず仏果を得さしめる。これは何故、何によって衆生に仏果というものが得さしめられるかと言えば、これもまた善導大師の六字釈によれば「『阿弥陀仏』と言うは、すなわちこれ、その行なり。」、南無阿弥陀仏の阿弥陀仏を「その行なり」とおっしゃる、その行が即ち今ここにおはたらき下さる法蔵菩薩さまであって、その法蔵菩薩さまのおはたらきによって一切の衆生というもの、必ず仏果を得さしめられる。だから、南無阿弥陀仏というお名号に、衆生の往生の因もあれば果もあるのです。

法蔵菩薩 (3)

私などの思いますことはつきつめれば邪見に他ならないのでしょうが、法蔵菩薩さまは今ここ、ここと申しますのはこの私のことでして、皆さんにしてみればそれぞれお一人おひとりでして、正信念仏偈をお書きになられている親鸞聖人にあっては聖人ご自身のことなのですが、今ここでおはたらき下さっている。だから、法蔵菩薩さまの菩薩たる所以である菩薩の行については、これは書けない。これからも自身の身に聞いていかねばならないことである。だから書きようがないと、そんなふうなことでないかと思います。こんなことを言いますと、何を言うか、やはり邪見だと。法蔵菩薩さまはご苦労あって、すでに十劫の昔にご本願を成就なされて、阿弥陀さまとなっておられるではないかとおっしゃる方があるかも知れません。それは一応なるほどごもっともでして、その通りです。仏の世界では必ず因が果となる。だから因位の法蔵菩薩さまは果位の阿弥陀さまとして証果を得られてあって、今私の身に聞いていかねばならないのは如来のおはたらきである。これはもうその通りでして、ごもっとも、ごもっともなのですが、おもしろくない。おもしろくないというと語弊のあることなんでしょうが、だいたいおもしろくないのは理屈を言うからおもしろくない。理屈というか、教条を主義とするようなことはおもしろくない。生きていないからおもしろくない。生きていない理屈には理屈で応じるとして、では、いまここにいるこの衆生というもの、これは十劫のはるか昔の衆生がここにいるのか。あるいはまた、法蔵菩薩さまの菩薩の行は不可思議兆載永劫とあるけれども、永劫とはいったい十劫を過ぎれば尽きてしまっているものなのか。

まぁそういうことを思いまして、私は私の身に感じるところをもって、あるいはいろいろとお聞きするところによって、法蔵菩薩さまは今ここにおはたらき下さっていると、そう申しあげるわけです。少し調べたりしますと、大乗の仏教では還相の菩薩というようなことも言うようです。ですから、この法蔵菩薩さまはやはり還相なさって、そうして今ここにはたらいていて下さると申しましても、私が感じますこのことは、まるまる邪見でもないようです。果上の因と言うようです、この今ここでおはたらき下さる法蔵菩薩さまのことを。「法蔵菩薩因位時」なのですが、それだけではなくて、果の位にお就きになられたそのうえで、お浄土からまたこの穢土と申しますか、娑婆世界と申しますか、いまだすくわれない衆生が実にのんきに泣いたり笑ったりしているこの世界に来てくださって、ご修行くださる。仏説無量寿経にも「従如来生」という言葉がありまして、これは如、如ということは真如、その真如の世界から来生してくださるということですが、やはりこれは法蔵菩薩さまとして還相して今ここにおはたらき下さるということをお釈迦さまがお説きになっているのでしょう。

法蔵菩薩 (2)

正信偈さんのはじめのところに
法蔵菩薩因位時   在世自在王仏所
覩見諸仏浄土因   国土人天之善悪
建立無上殊勝願   超発希有大弘誓
五劫思惟之摂受   重誓名声聞十方
とあります。そしてその続きに
普放無量無辺光   無碍無対光炎王
清浄歓喜智慧光   不断難思無称光
超日月光照塵刹   一切群生蒙光照
本願名号正定業   至心信楽願為因
成等覚証大涅槃   必至滅度願成就
とあります。正信偈さんのなかで「弥陀章」と言われるところですが、これはだいたいに言えば、仏願の生起の本をおっしゃってあると、そういうことになるかと思います。

正信偈さんのこのあたりは、親鸞聖人が経のなかの経とおっしゃる仏説無量寿経をいただかれて阿弥陀さまの本願成就を確認なさって書いておかれるのですが、仏説無量寿経をみますと、重誓名声聞十方までは法蔵菩薩ではなく法蔵比丘として説かれてありまして、普放無量無辺光から必至滅度願成就までは、これはもう阿弥陀仏のことを説いておかれます。これはあくまでもお釈迦さまのお言葉を「お経の文言」としておいて、厳密に言えばということになるのですが、親鸞聖人は正信偈さんに法蔵比丘と阿弥陀さまのことは引いておかれるけれども、法蔵菩薩さまその方、つまり申しますと、菩薩の行を行ぜられるのが菩薩であるわけで、菩薩行を行ぜられる法蔵菩薩さまのことは何も書いておかれません。

正信偈さんに仏願の生起の本、ご本願成就の因果を書いてはおかれるけれども、法蔵菩薩さまの法蔵菩薩さまたる所以である菩薩行を修せられることについては何も書いておかれない。あくまでも厳密に言えばのことではありますが、沙門となられた法蔵さまの世自在王仏の御許での比丘としての四十八願のご建立、重ねて名声、これは名号ではなくご本願成就以前のことですので名声であるわけですが、名声聞十方とお誓いになられた。ここからがいよいよ法蔵菩薩さまの菩薩としての菩薩行という不可思議兆載永劫のご苦労があるわけですが、正信偈さんには、次には普放無量無辺光無碍無対光炎王とありまして、これは阿弥陀さまのことが書かれているわけです。本願名号正定業至心信楽願為因成等覚証大涅槃必至滅度願成就と、これは阿弥陀さまのことですね。

法蔵菩薩 (1)

『経』に「聞」と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。これを「聞」と曰うなり。これは『教行信証』の信巻にある言葉です。お釈迦さまがご自身の身に於いて阿弥陀さまのご本願成就を確認なされた、それを仏説無量寿経下巻の始めに説いておかれまして、それを「本願成就文」と言っております。

「本願成就文」については今日は何もお話しませんが、親鸞聖人はその「本願成就文」の「諸有衆生 聞其名号 信心歓喜 乃至一念」の「聞」ということについて「衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。これを『聞』曰うなり。」と、こうおっしゃっていまして、「衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。」とおっしゃるその「仏願の生起・本末」とは何であるのか、どういうことであるのか。まずそういうことからお話しようと思うのですが、この仏願の生起・本末ということにはいろいろの解釈があるようです。いろいろの解釈があるなかで、これは仏願の生起の本と仏願の生起の末であると解釈なさる方のお話をもとに、仏願の生起・本末ということについては、私はいわば受け売りをさせていただく次第です。

仏願の生起・本末とは仏願の生起の本と仏願の生起の末である。そうは申しましてももとより仏願の生起には本も末もないのでしょう。それをあえて言えば、一応分けて言うならば、ということになるかと思いますが、一応分けて言うならば、仏願の生起の本とは因位の法蔵菩薩さまが果位の阿弥陀さまとなられる、自らお建てになった四十八のご誓願を成就なさって、本願念仏を円成なさって阿弥陀仏となられる、その因果が仏願の生起の本である。また別の言い方をすれば、因位の法蔵菩薩さまが果位の阿弥陀さまとなられる往相が仏願の生起の本であると言うことができるかと思います。

聞き開く

つい二週間ほど前、喉の奥の方に口内炎らしきものができて、食べ物を飲み下す時はおろか、口にたまった唾を飲み下す時でさえかなりの痛みを感じました。かなりの痛みで、数日の間は唾でさえ「えいっ」と気合いを入れて喉を通していました。

その時に思い当たったのは、これまでにも何度か関係することを書いたことがあるように思うのですが、食事などをいただく前に「いただきます」ということの意味です。

学校の給食の時に先生が「(食材となったものの)命をいただくんだ」とおっしゃるのは、それはそれでいいと思うのですが、真宗の僧侶がそれだけしか言わないとすれば、それは「すこぶる不足言の義といいつべき」ことだと思います。

ひとつの言葉にもさまざまな受けとり方があり、ひとりの人でも時によって受けとり方は違うわけで、それはそういうものだとしておいてよいのでしょうが、お聖教のなかの言葉の受けとり方が人や時によって違うのは、さてどうなのでしょう、それでよいのでしょうか。私には分からないことです。

私に分かる、というか、私が思うのは、お聖教の言葉は、読むのでなく聞くものであるということです。お聖教の言葉を読んだ方の言ったり書いたりしておかれることは正しくても間違っていることが多く、聞いた方の話しておかれることは厳密には正しくないところがあるかも知れないけれども間違ってはいないことが殆どだと思うのです。

正しくなければ間違っている、正しければ間違っていないと思うのが我々の常ですが、必ずしもそうではないと私は思います。それは言葉の綾でこういうことを言うのではありません。実際に正しいけれども間違っている、間違っているけれど正しいということが「お聖教のなかの言葉の受けとり方」にはあるということです。

これは断じて特定の書物を指すのでなく、あくまでもこの文脈の中で言うことですが、お聖教を「読み解く」のであれば、つきつめれば、あくまでもつきつめればそのお聖教の言葉は紙に書いた文字、テキストであって、教えではない。お聖教の言葉を読んだ方の言ったり書いたりしておかれることは正しいかも知れないけれども教えとして生きてこないわけで、その生きていないところを間違っていると感じてしまうのでしょう。

先人の言われる通り「聞き開く」ところに初めてお聖教の言葉が生きた教えとなるわけで、聞き開かれた方のお話しして下さるときには、私などは正邪など知るよしもないままに身体が耳になります。私の血肉となってくださる教えを間違いがないと感じます。(付け加えておきますが、聞き開く手だてとして読み解くということがあるのでしょう。)

・・・喩えと受け取られても仕方ないかとも思うことですが、喩えではなく眠るとき、眼は閉じます。世の中には眼を開けたまま眠る方もあるようですが、閉じようとすれば眼は閉じられます。耳はどうでしょう。

ちなみに、鼻も閉じられませんが、お香などの香りは「聞く」と言いますね。喩えとして言ってみれば、口を開いて、なんなら眼も開けたままボ〜っと眠っているのが私。その私が眠っている間も法蔵菩薩さまは耳や鼻となってはたらいていて下さる。南無阿弥陀仏を私にお聞かせくださっている。

眠るといえば、生きた教えをお聞きしてお念仏にお値遇いするまでの私は眠っていたも同然で、教えに起こされて、ひとつ欠伸するかしないかのうちに教えが血肉となってくださる。教えに生かされてお念仏もうす身とならせていただけば、そこにまた凡夫の慢心が起こって、安心して眠くなって欠伸のひとつもまた出てしまうのかも知れません。

血の涙

ご本願というものはすでに成就されたものである。未だ成就しないうちはご誓願であって、ご本願ではない。法蔵菩薩さまの不可思議兆載永劫のご本願修行のご苦労あって、ご本願は成就されたものである。お経本にそう書いてある。

確かにそうなのであって、間違いはないのだろう。けれどもそうなると、ご本願はどこにあるかといえば、これまたお経本の中に書いてあるものとはならないだろうか。現にそうなってはいないだろうか。



ご本願というのは今、この私、この一人をすくわんとして私となっておはたらき下さっている法蔵菩薩さまが、この私に於いて成就させようとなさって下さっているものである。

「仏願の生起の本」は五劫思惟のご誓願建立のところにある。では、「仏願の生起の末」は、どこにある。今この私に於いて法蔵菩薩さまが成就させようとご苦労なさって下さるここにあるのではないだろうか。

南無阿弥陀仏に満ち満ちる本願念仏のなかにいのちのご縁をいただきながら、私は今まで阿弥陀さまに背き続けている。これからも、することなすことおよそすべて、私となってご苦労していて下さる法蔵菩薩さまをなき者にすることばかりである。

ご本願をお経本の中のこととし、法蔵菩薩さまを物語の中で阿弥陀さまとなられただけの方としてしまっているこの私である。五逆罪のひとつに「仏身から血を出す」というのがあるそうだけれども、私のすることなすこと、法蔵菩薩さまが血の涙を流されないことは何一つない。

如来の大悲というのは「恩徳讃」で唱和するだけのことでなくて、この決してすくわれることがない私に、それでも、だからこそ、おはたらきくださるものでした。

先意承問

もちろんこれは極論ではあるのですが、「分からないことはありませんか」と言われて、何かを問うことができるなら、聖道の門から道行きをなさればよいわけで、お念仏は要らないのです。要らないというのは、もっと適切な言い方をすべきなのでしょうが、うまく言えないので要らないと言っておきます。

何が分からないかも分からない、何をたずねるべきかも分からない。だから問うことすらできなくて問わないこの一人こそ、問わずとも、あるいは問えざるがゆえに、真実の利をもって恵まれてあります。

うちのお寺の今年の報恩講で、晨朝のご法話の最初に「何かご質問はありますか」と講師の先生がおっしゃったのですが、あれが分からんこれが分からんと問う人はひとりもいませんでした。「質問はありますか」と開口一番におっしゃったということもあるのでしょう。

何が分からないかが分かる人は、お念仏の教え学んでいる中途半端な人ではないかと思います。「お念仏の教えを学んでいる」人は中途半端だという意味です。ここで中途半端と言うのは、「なむ」か「あみだぶつ」かどちらかがない、あるいはどちらもがない「教えのようなもの」にしか出合っていないというような意味です。その「教えのようなもの」も大概のところ学問・教養にとどまっています。

この時のお参りの人のなかには「お念仏の教えを学ぶ」こともないのではないかと思える人もいらっしゃいますし、お念仏の教えを学ぼうとしていると思える人もいらっしゃいます。もちろん、長年、私が生まれる前から聞法してこられた人もいらっしゃって、つまり、お参りの人が皆中途半端ではないなどというのではありません。

概してこのあたりの人の多くは遠慮深いというか、村の常会でも何かを発言なさることも滅多にない人が多く、そういうふうな土地が育てる人柄ということもあるのでしょう。けれども、質問がないことの一番の理由は、一般的にまず思いつくのは、何が分からないのか分かっていないということでしょう。

何かを聞いたり読んだりして、その聞いたり読んだりした内容のここが分からないというなら、一概には中途半端とも言えないとは思いますが、しかし煎じ詰めれば中途半端です。さて、中途半端でなく、何が分からないのか分かっている人がどれだけいらっしゃるでしょう。そもそもそんな人はいらっしゃるのでしょうか。

これももちろん極論ではあるのですが、我々は皆何も分かっていない。何かが分かっていると思っていても本当には分かっていないし、何も分からないのだから、何が分からないのかも分からない。世間道のことなら大いに分かっていると言える人もいらっしゃるのでしょうが、世間道と別に仏道があるわけではありませんから、やはり我々は皆何も分かっていないのでしょう。

「先意承問」という言葉をキーワードにして検索すると、検索結果にはいろいろなサイトが出てくるのですが、仏教に関係するサイトでも「和顔愛語」「先意承問」を人間様のこととしている説明などもあります。大きな間違いだと思います。

「本願に対しては我々は絶対に頭がさがる。何故かというと仏が因位の本願修行に於て衆生の前に頭をさげておいでになる。これはどうしてそういうことを申すかというと、四十八願というが全体それである上に、『大経』の勝行段には仏さまは不可思議兆載永劫の間菩薩の行を修行なされた、そこを読んでみると先意承問勇猛精進志願無倦という。「意を先にして承り問う」。衆生の気の附かぬ時に仏さまの方が先に、何うであろうか斯うであろうかと仏かねて知ろしめし、そうして我等衆生に承問して、お前の心持ちはどうか、お前にはどういう苦しみがあるかというて意を先にして承問される、これが即ち如来因位の大悲という。(曾我先生の『行信の道』「15.願力成就の意義」より引用)

自身のことを「人間様」だと思うともなく思っている「人間様」から「様」がとられ、「人間」という衆生が自分でつくって自分で自分の首を絞めている妄念妄想、迷いが転じられると、実にはわれわれは群生であり、群萠です。如来が世に出興したまう所以は、群萠を拯い恵むに真実の利をもってせんと欲してです。

願生彼国

今回更新した「山のお寺の掲示板」に書いた

あみだぶつ
    なむ
なむ
 あみだぶつ

というのは、これは曾我量深師がおっしゃる「まるまっこい念仏」を何とか私なりに表現しようとしたのですが、なかなかどうもうまくは言えません。

記憶に間違いがなければ「阿弥陀さまが南無阿弥陀仏なされる」という言い方を私は何度も使っていまして、これもまた「まるまっこい念仏」を何とか言い表そうとしているわけですが、これもうまく言えているとはいえないですね。

私が如来と一体となるということはないけれども、如来はいつもいつもこの一人と一体となっていてくださる。

「機法一体」というと蓮如上人の「機法一体の南無阿弥陀仏」というお言葉が思い起こされるのですが、これは決して「法機一体」ではありません。

「まるまっこい念仏」と「機法一体の南無阿弥陀仏」とが同じことを言うのかどうかは、私などに分かろうはずもありませんが、分からないなりに敢えて言うなら、同じではない。「まるまっこい念仏」があって、機法一体の南無阿弥陀仏はそこから生まれる。そういうことではないかと思っています。

佛法のおたすけということは、たすけるところの法を成就されるのが、それが本願、その南無阿弥陀佛の法の力でたすかって行く。衆生は決して直接に佛さまがたすけるのでない。佛さまが一人一人をたすけなさるのでなくて、一切の者の進むべきところの法を成就して、そうしてあとはもうお前達がたすかろうとたすかるまいと、お前達の責任だ。たすかりたければこの法に頼(よ)れ、佛はただ見ていなさる。見ていなさるかいなさらんかそれは分らぬけれども兎に角仮に云えば法を成就して、さあ皆さんたすかりたければこの法に頼(よ)りなさい。私はもはや用事はない。この法門を残して置くからして、たすかりたければこの法に頼(よ)れ。是が佛法であります。(「『真宗の眼目』第二講 如来は衆生の救わるべき法を成就し給う如来は直接の救済主に非ず」より抜粋)

阿弥陀さまが南無阿弥陀仏なされるというのは「たすけるところの法を成就される」とおっしゃってあることを言ったつもりで、また、「機法一体の南無阿弥陀仏」とは、衆生が法の力でたすかって行くところの南無阿弥陀佛であろうかと思うのですが、だから「機法一体」であって、決して「法機一体」ではないのです。「一切の者の進むべきところの法を成就して、そうしてあとはもうお前達がたすかろうとたすかるまいと、お前達の責任だ。たすかりたければこの法に頼(よ)れ、佛はただ見ていなさる」のですから。

「機法一体の南無阿弥陀仏」にせよ、「まるまっこい念仏」にせよ、忘れてならないのは南無阿弥陀仏はおはたらきであるということ。「佛はただ見ていなさる」のかどうかは知るよしもないのですが、南無阿弥陀仏はおはたらきですから、南無阿弥陀仏に阿弥陀さまの至心廻向があります。

第十八願(因願)には「欲生我国」、それが成就の文には「願生彼国」とあります。その「願生彼国」のまえには「至心廻向」があります。

かぁ〜るい軽さ

朝の9時半頃だったはずですが、どう見ても中学生か高校生にしか見えない男の子に声をかけられました。やめる気はないけれども、どうしても量を減らさなければならなくなった煙草を買うために、タバコ屋さんの前の駐車場に車を止めて、道を横切った時のことです。

「おっちゃん、タスポ持ってる〜?」と、私の前を自転車で通り過ぎた男の子がUターンして、何とも軽い感じで尋ねます。タスポって何だったかな?うん、それって自販機で煙草を買うときに必要なカードだと自問自答。免許証とかの写しなどというものを提出する気になれなかったので持っていません。

庫裏の草刈りを中断して買い物に出た私は上下ジャージで首にタオルを巻き、おまけに無精髭を生やしていまして、頭も丸刈りが伸びてもう限度に近くなっています。よほど「気のよいおっちゃん」に見えたのでしょうか。

持っていないというと、男の子は何の悪びれた素振りもなく「ふ〜ん、ありがとうー」と言って自転車を軽やかにこいで去っていったのですが、明らかに未成年のこの子はタバコを買いたかったから私にタスポを持っているかどうかを尋ねたんだろう、それ以外にそんなことを尋ねることがあるんだろうかと、私はまた自問自答。

今年の7月にもバスケの練習に来ていた高校生が、帰り際にタバコを一本もらえないかと言ってきたことがありました。わざと2度ほど「何やて?」と聞き返し、それでも懲りないので「絶対にやらへん。タバコなんちゅーもんは、吸いたかったら自分で働いて自分のお金で買うもんや。あんたが17歳でも働いてるねんやったらやるけど、高校行ってるんやろ?絶対やらへん」と。

まったくのバスケ初心者で、それでもバスケをやりたいと思って、学校にバスケ部がないので町の体育協会に問い合わせて練習に来るようになったその高校生君は、雨の夜でも半時間ほどかけて自転車で練習に来るほど熱心です。中学の頃からタバコを吸っていてやめられないと言い訳のようなことを言いますので、悪いことは言わないからタバコなんてやめなさいと、タバコを吸っている私が言っても説得力はないのですが。

いろいろなことに関して、世の中全体が「軽く」なって久しい気がします。ちなみに、私の吸うタバコも今ではピース・スーパー・ライトです。

お浚い

今年も報恩講を終えさせていただけました。無事にと言いたいところですが、そうとは言えないながら、とにもかくにも終えさせていただきました。

そもそも準備の段階で、報恩講の一週間ほど前に私が転んでしまって結構たいそうな怪我をしましたし、前日の花立てでは手伝いに来てくださっていた門徒さんが指を二針縫う怪我をなさいました。

前日の夜からはかなり激しい雨風でした。一応は掃除しておいた境内に枯れ葉がいっぱい舞い落ちて、台無しでした。門徒さん方にご苦労いただいて、最終的には手で砂利にこびりついた枯れ葉や笹の葉を取っていただきました。

境内はきれいにしていただいたのですが、雨が差し込みますので山門の仏旗や縁側の幕が濡れます。備品のそろったお寺では透明のビニールを幕にかけて濡れるのを防いでおられるようですが、うちなんかにはありませんからね?

それでも二日目の好天で仏旗も幕も乾いたようで、夕方の6時前には手伝いの門徒さん達は後かたづけを終えてくださいました。6時過ぎには20人ほどが集まって話しをしながら、おときの残り物で晩ご飯をいただく慰労会というか反省会が始まりました。

すっかり疲れ切っていた私はその集まりには勝手をさせていただいて参加しなかったたのですが、随分と話もはずんだようです。晨朝のあとのお客僧さんを囲んでの座談会で尋ねたいことがあれば尋ねるように言っておいたようなのですが、そこでは尋ねる人はなく、この反省会の場でいろいろと疑問に思うことを話す人が多かったようです。

お浚いというのは普通は次の日にするのが本当なのですが、なかなか「教科書」の通りにはできませんので、満日中の後に形だけのお浚いをしています。これをやはり翌日にするというのは無理があるのですが、疑問に思うこと、尋ねておきたいことというのは、その時には出てこないようですね。

一昨日くらいから、私の目で見るとまだまだ終わっていない後かたづけをしながら、自分をお相手にお浚いをしています。

10月も4日

10月も4日になりまして、このところ報恩講の準備ではなく、報恩講の準備の下ごしらえをしています。といっても、午前中に1時間、午後また1時間くらいが限度なのですが。

今日は植木屋さんが来てくださって、境内の木を刈ってくださいました。まだ明日も仕事が残っているのかな?とりあえず、刈り落とされた松の葉を拾って、お内仏の仏華の幹に着ける葉を確保しました。

知り合いからいただいた造花の高野マキの葉があって、この数年はそれを使っているのですが、それがどうも納得のいく出来にならないのです。幹が以前から使っている本物の松だからでしょうか。

夜なべ仕事に松の葉を束ねて幹に着けてみて、それでもうまくなかったら幹も作り直そうと思っています。先の台風で折れて川に落ちていた柿の木の枝を拾っておいたのですが、幹に使えそうです。

植木屋さんと少し話したのですが、その方の在所のお寺ではこの柿の木というのを重宝なさっているようです。確かに柿の木は仏華の幹になりそうな枝振りをしています。木にもいろいろ質がありますね。

報恩講の時のお内仏の華を平時とは立て方を変えるようになったのが何年前か忘れましたが、松の幹に葉を着けるようになった初めての年には、金色の紙縒を適当な長さに切って束ねたものを葉に見立てて着けたのを覚えています。

さて幹に着ける段になって、松の葉というのはどういうふうに枝についているのか分からなくて、わざわざ実物を見に行きました。普段もおそらく毎日松の木は見ているのですが、そんなことを気にかけて見てはいません。見ていても見ていない、そういうものですよね。

実物を見てもなかなかその通りにはできないのですが、実物通りに葉を着けられたとしても、それがまた華としてうまく仕上がるとは限りません。ここがおもしろいと思うのです。

・・・「自力の心」を解釈・意訳して「人間を立場とした心」となさっている本がありまして、実際にはもっと言葉を重ねておられるのですが、含蓄あって余りあるように思えました。

我々は、華をたてるときには、華としてうまく仕上がるように華をたてます。華をたてるのと同じようにしていることが他にも多々あるようではないですか、それが人間というものなのでしょう。

動機

他力真実のむねをあかせるもろもろの聖教は、本願を信じ、念仏をもうさば仏になる。(歎異抄より抄出)

ここのところは、「経釈をよみ学せざるともがら、往生不定のよしのこと。」に対してということなのですが、真宗の教えを実に簡潔に言い表していると思います。私が言い添えるようなことなどないのですが、少し思うところを記録しておこうかと思います。

何を思うかといえば、「本願を信じ」ということと、「念仏もうさば」ということが別のことではないということです。

いわば「仏になる」ための条件として、ひとつには本願を信じるということがあり、二つには念仏もうすということである。そんなことではないということです。

あるいはまた、本願を信じることが第一段階で、次に念仏もうすことがあってこれが第二段階、第一段階を経て第二段階へ進み、そうしいて仏になるのであるというようなことでもないということです。

そういう解釈には、仏になるのが「やがては」「命終わるとき」「命終わった後で」などということが付き物のように付いてくるようですが、これがそういう解釈の不十分さの証左であると思います。

なるほど、「本願を信じ、念仏もうさば仏になる」とあるわけですからそんなふうな解釈になるのも無理はないとは思うのですが、「本願を信じ」と「念仏もうさば」と「仏になる」というのは別のことではないと、本当はそう言いたいのです。

ですが今は、少なくとも「本願を信じ」ということと「念仏もうさば」ということは別のことではないと言うにとどめることにしておいて、「本願を信じ」ということと「念仏もうさば」ということが別のことではないからどうなのかと言えば、いったん聞法と称名を分けて言うことになりますが、聞法なき称名もなければ称名なき聞法もないということになります。

13日18日にあんなふうなことを書いた動機はこれでした。

廻心

もの(=グチ)を言いたがる私の口から今日出るのは、前回の続きです。しかも、まったく詳しく知りもしないことについて言うのですから無責任この上ないのですが。

唯識と言われる大乗の仏教では、心というものを心(芯)・意・識という3層から成り立つものと考えるようで、前回書いた外から内へという方向というのは、識(感覚器官のはたらき、感覚)から意(思考)へ、さらにはその内層である芯へ向かうということになるのでしょう。

なるほど確かにお念仏は毛穴からしみ込むとも言われますし、自分の口から出て下さって自分の耳に入って下さるとも言われまして、それは識-->意-->心という方向であるのかとも思います。

しかしけれども、如来の本願念仏たるお念仏は念と念との念々相続であって、如来の一念は心に直接にはたらいて下さって、つまり心とひとつとなって下さる。最も内なる心というものは、これを私は意によって一旦は私しているのだけれども、本来は如来のおはたらきの場であって、如来の一念と相続し、呼応する一念の住処である。

阿頼耶識は法蔵菩薩であるとおっしゃった方があるけれども、その方はまた「如来我となる、これ法蔵菩薩の降誕なり」(趣意)ともおっしゃっている。なるほど衆生たる私の衆生たる所以は我執であって、如来の一念が心とひとつとなって下さるということは、衆生たる所以の我執をそのままに、私そのものとなって下さることを言うのであろう。

すくわれないままの私という一人を必ずすくうとはたらいて下さるところが法蔵菩薩さまの降誕であって、それはつまり如来の本願念仏が心に直接おはたらき下さって、如来の一念と相続する一念、呼応する一念が心に生まれて下さるのである。

如来の一念と相続する一念が心に生まれて下さって、図式的には言えないことをあえて図式的に言うなら、それが意にはたらき識にはたらいて下さる。内から外へということは、それは教養でも学問でもないということの証左であって、仏教に私を学ぶなどということでもない。

「仏教に私を学ぶ」ということに「私」はあるのだけれども、やはり一旦は私と言わなければならないものの、如来が私となって下さる(「下さった」と過去形で言うべきか)のであるから、そこに私と言い習わした「私」はない。

真宗では廻心という。これは廻心といい、廻識とも廻意とも言わない。廻心の心は発心の心ではない。それがいつの間にやら廻心の心まで発心の心となってきている。

内部から

図式的に言えるようなことではないのを承知の上であえて図式的に言えば、如来が我々にはたらきかけて下さるのは、どちらかといえば、外部から内部へではなく、内部からではなかろうか。


そもそも内部だ外部だということも、我々の既定概念として固定しているもののひとつであるわけで、衆生たる私の虚仮の考えをもとに話をすることになるのですが、そういうことが言えるのではないかと思います。

「仏教に私を学ぶ」ということと「私が仏教を学ぶ」ということには根本的な違いがあるわけですが、「仏教に私を学ぶ」のが浄土門のあり方であるといわれて、そのことには一応は頷けるわけです。

一応は頷けても、「私の本当の姿が明らかになった」ところで、ではその極重の悪人である私を、私がどうにかできるものではなく、また、私を極重の悪人であると観るのもまた私であるという問題は解決されないままです。

「仏教に私を学ぶ」ということに一応は頷いて、しかし、「私の本当の姿が明らかになった」といっても、それは依然として私の本当の姿を明らかにさせなかったものごとの上にであることを思えば、「仏教に私を学ぶ」のは、少なくともそれだけでは仏教ではないといえるのではないでしょうか。

いかに仏教に私を学んだところですくわれないままの私であるわけで、ですから「仏教に私を学ぶ」ということは仏の教えではない、少なくとも教えそのものではないということです。

仏教に私を学んで私の本当の姿が明らかになるというのは、如来のおはたらきを外部から内部へという方向でとらえている、如来はまったく私の外の私とは別の世界にましまして、そこから私にはたらきかけて下さるとしているような気がします。

最近は、何かしら教養のようなものの域を出ないことばかりです。耳に心地よい、口にも心地よいのかも知れませんが、仏の教えでもご開山のご教示でもないと、そんな気がします。

私も一応所属する「団体」さんがすばらしい理念をもって始められた「運動」が生まれたときにはすでに始まっていたという方の多くが、飲みもしないお酒に酔って踊っておられるような気がします。

グチ

愚痴ということは、これは三毒のうちのひとつであって、無明のことであるともいわれますね。

無明であるから知が病むのでしょうか、その逆なのでしょうか。いずれにせよこれはいわゆるいたちごっこです。

人間、口にすることはただ二つ、そのひとつは愚痴、ふたつは自慢だとおっしゃった方もありました。

自慢ということも無明と無関係ではないのですから、つまり人が口にするのは愚痴ただひとつということになるのでしょうか。

人の口(くち)からでることが濁っているからグチ(愚痴)というなどということは言葉の語源にはないのでしょうが、あたっていなくもないような気がします。

汚い言葉を使ってはいけませんというのは躾けのひとつです。つまりは世間道のことであって、仏道にあることではありません。

躾けというようなことが必要になるのは何故なのかということひとつを考えてみても、やはり世間道でないものが不可欠なんだと思います。

8月も終わり

早いもので、もう8月も終わります。23日に記事を書いたのですが、その状態がまだ続き、今も熱が入るととろけるような野菜をいれたおじやが私の主食です。

今回のはかなりひどいようで、それに加えて少しよくなったかと思ってちょっとだけ腕を使う仕事をしたりしたものですから、今までになく長引いています。

おかしなもので、かために炊いたご飯が好きだったのに、かまなくても飲み込めるようなご飯にすっかり慣れてしまいまして、少し体重は減ったものの、ずっとこのままでもやっていけるんじゃないかなどと思うようになりました。

主義などというたいそうなものでなく、これからは完全に菜食で通そうかなと思うのですが、さて、これが直って固いものも口にすることができるようになったら、どうなるでしょう。

学生の頃は痩せすぎで、それが一時は体重が80kgを超えるようになっていて、近年だんだんと体重も落ちてきて70kgを下回るようになっていたのですが、ここへきてだいたい67kgとなりました。

ちなみに身長は少し縮んだでしょうから171cmくらいです。結構理想的な体重ではないのかなと思って気をよくしていたのですが、どうやら父親ゆずりで高血圧のようです。

まだ薬を飲まなければならないところまではいかないようですが、特に食べ物には気をつけないといけないと言われました。このところ口にしているものを考えると、この上何に気をつければよいのかと思います。

思い返してみると、父親も裏山の雑木を切り、それでお風呂のお湯を沸かしていました。朝昼晩の食事の後には血圧計で血圧を測っていました。気がつけば同じことをしているわけです。そういうものなのでしょうね。

歯が浮いて

一昨昨日に「うん?」とは思ったのですが、鋸の使いすぎで腕の筋肉が張り、それがもとで歯が浮いてしまって、一昨日から普通のものが食べられません。

そうめんをしっかりと湯がいたり、和風だしと卵だけのおじやを作ったりして、何とか空腹の虫をなだめすかしています。お豆腐でも、絹ごしなら飲むように食べられますが、もめんだと後で少し歯が痛みます。

これまでにも腕を使いすぎて歯が浮くことはしばしばあったのですが、たいていは利き腕の側だけでした。それが今回はほぼ全面的に歯が浮いて、傷みます。

春先に裏山の雑木を切って葉だけを燃やし、生の枝は燃えませんので乾燥させるためにまとめて置いておいたのですが、その枝を右手に持ち、左手で鋸をひいて適当な長さに切る作業。鋸を持つ左が痛くなることは覚悟の上だったのですが、まさか右まで痛くなるとは思いませんでした。

むしろ右側の方が痛みが強いくらいで、考えてみれば鋸を持つ左よりも鋸で切る枝が動かないようにしっかりと握りしめる右の方に余計に力が入るのは当然のことだったのですが、まったく気がつきませんでした。

作業はまだ半分も済んでいません。枝を足で踏んづけて固定させるようなしかけでも作らないとまた同じことの繰り返しになるんでしょうね。

「ご先祖さま教」

最近はもっぱら庭掃除や草引きなどの雑用と知り合いのウェッブ・サイト制作のお手伝いばかりしているのですが、一昨日、久しぶりに門徒さん宅の年回にお参りしました。

お内仏に掛けてある法名は間違いなく左利きの私が右手に筆を持って書いた字で、思い出してみればその法名が私が最後に書いたものです。一人暮らしをなさっていたおばあちゃん、急に亡くなられて、枕経にはそのおばあちゃんの家にお参りしたのも思い出しました。

一昨日は今では住む人のいなくなったそのおばあちゃんの家から直線距離で300メートルくらい離れたところに暮らしておられる息子さん一家の家にお参りしたのですが、考えてみればお参りに伺うのははじめてでした。

煙草を安いものに変えてから、タール含有量が多いために(?)すぐに喉が詰まってお経の声がでなくなるのですが、何とかお勤めも済ませ、お文も拝読し、さて、お話です。

・・・個人的には、お勤めは正信念仏偈だけで、後は座談のようなお話だけでいいのではないかとも思っていて、ですからお勤めは三部経なのですが、こちらとしてはお話が気になります。で、何をお話ししようかとあらかじめ考えてみたりはしたのですが、何しろ中陰から一周忌まで、お参りしたのは私ではありません。

お参りの方のお顔を見て、その場の雰囲気などというものもありますので、いわばぶっつけ本番でお話をさせていただきました。私のお話は理屈が多くてややこしいと自分でも思うのですが、ぶっつけ本番でのお話を後から思い返してみると、余計な方向に話がそれたりもせず、案外分かりやすかったのではないかと思ったりします。

時期がお盆ということもあったのでしょうが、今さらながらやはり「ご先祖さま教」とでも言うべきものの根強さを感じたのですが、私のぶっつけ本番のお話は、それこそが仏教だと思ってらっしゃる方にはかなりの刺激になったかも知れません。

「独自ドメイン」騒動

サイト制作をお手伝いしている某サイトは、10年前に独自ドメインを取得なさっていて、何と10年分のドメイン管理維持費(?)を払い込んでおかれたようです。ちょうど今年がその10年目、ちょうど8月末がドメインの有効期限です。

私は個人的な興味からNSLook-up(でしたっけ?)でいろいろなところのドメイン情報を眺めるのが一つの趣味になっているのですが、偶然、全く偶然にサイト制作をお手伝いしているサイトの情報を見て、8月末がドメインの有効期限だとしりました。

で、普通1ヶ月前くらいには更新手続き、早い話がお金の払い込みをしそうなものなのに、それをしていないということは忘れているんじゃなかろうかと思い、それとなく、今月末がドメインの有効期限ですよ〜とお知らせするメイルを打っておきました。それが今月7日だったように思います。

・・・相手さんは寝耳に水だったようで、すぐに返信がありました。「どういうことなの?」と。某レンタル・サーバへの料金は支払っているのに「どういうことなの?」という意味です。ドメインというものとホスティングということが別だと思ってはいらっしゃらなかったようです。

このままではサイトが消えるし、使っているメルアドも無効になって送信も受信もできなくなると伝えたところ、実際に見ていたわけではないのですが、あわてふためくというのを絵に描いたような状態。

担当の女子社員さんがすでに退職なさっていて、10年前にどこの業者さんを通して独自ドメインを取得したのかも分からないとのことでした。しかも当初サイトを設置しておかれたレンタル・サーバから別のレンタル・サーバに移転なさっていて、ドメイン情報から分かるメイル・アドレスはすでに無効になっていました。

顛末はいちいち書きませんが、なぜか私もお手伝いして、いろいろとすったもんだの末、本日の午後4時前には無事にドメインの更新が終わったようです。結局は8月30日までの余裕があったようですが、毎日頑張っていらっしゃるある中小企業さんのウェッブ・サイトは危うくネット上から消え、毎日送受信に使っておられるメイル・アドレスも同時に消えてなくなるところでした。

私もはるか昔に独自ドメインを取得してお寺の名前で法人のサイトを立ち上げようと思ったことがありましたが、いろいろな理由から、結局はやめました。今となってはやめておいてよかったと思います。

お寺さまのサイトの多くも独自ドメインですね。

人と話す

このところ「内職」が忙しく、駄文の更新もおろそかになっていました。

何やら最近(でもないのかな?)ツイッターとかフェイスブックとかが流行のようで、私は興味もありませんので、ここの駄文を誰かが読んでいて下さるとも思えないものの、せめて試しにトラックバックやコメントを受け付けてみようかなどと思ったりもします。

会話というのは相手がいないとできないとおっしゃる方もあって、それは確かにそうなのでしょうが、実際には相手がいなくてもさまざまな交際を持つことはできます。

それを会話とは言わないのでしょうが、私などは庭の草や山に茂る木や竹や笹や、そこらじゅうにいるいろんな虫と話すことの方が多いわけで、つまりは自分と話しているということなのでしょう。

自分と話すことと、誰かと話すことというのは当然ながら内容が違うわけで、相手がいるときには、相手にも依るわけですが、自分が思うこと、考えていることはそのままを話すことの方が少ないように思います。

つまり相手や話題にのぼるものごとに関係する人を気遣う「世間話」が多いわけで、10分も話せば十分で、ふだん人と話す機会の少ない私などは疲れてしまいます。

今日は台風の風で倒れた竹を切っていまして、身体は疲れ果てて作業の後はへたり込んでしまいましたが、自分との会話はなかなかに意味のあることだったと我ながら思えて、実に楽しかったです。

雷鳴

台風の後、この時期にしては涼しい日が続いていたのですが、今日は朝から蒸すと思っていたところ、午後の3時前くらいからめずらしく激しい雷雨があり、今も時々ごろごろと雷鳴がとどろきます。

台風の後、今年二度目の総出で草刈りをしていただいたと思ったらこの雨です。お盆までに草たちはまた元の通りの背丈に伸びるのでしょうね。夏草の勢いには勝てません。

台風の風で裏山の竹が何本も倒れたり傾いたりしているのですが、その処理をするのはいつになることやら。と、こんなことを言っているうちにまた台風でも来たらたいへんなことになりそうなのですが。

今回の総出ではお磨きものも磨いていただきました。全くの貧乏寺なのですが、華をたて、きれいになったお内陣をみていると、他所のどんな立派なお寺よりも自分はこのお寺のこのお内陣が好きだと思えてきます。

朝とお昼前にはお勤めをするために本堂に行くのですが、夜寝る前にでもわざわざお内陣をながめに行ったりします。ながめに行ったら行ったで、行って帰るだけではなくて座りたくなるもので、座れば座ったで短い偈文でもということになります。

お寺の仕事をさせていたくようになって間もない頃、あるご老僧が自坊の本堂で一人でゆっくりとお勤めをするのが一番落ち着くし、好きだとおっしゃっていたのを思い出します。

還相と涙腺

知り合いの娘さんが亡くなられ、昨夜は通夜にお参りしました。都合で葬儀にはいけませんでしたので、今日は朝からお参りしてきました。

僧侶として通夜や葬儀にお参りするのでない場合、服装に困ります。もちろん僧侶ですから僧侶の服装をしていけばいいのでしょうが、以前にお布施を持ってきてくださったことがありました。

そういうつもりではないと丁重にお断りしたのですが、それ以後、できるだけ普通の服装で行くようにしています。

今回は夏物の礼服というものを持っていないということもあり、間衣に輪袈裟という身なりでお参りしました。

まだ19歳の娘さんで、発症から4年間の闘病の後の命終とのことでした。よく聞くこととはいいながら、癌という病は若いからこそ激しく早く命をむしばむようです。

ご家族の方もあらかじめ覚悟があったようで、人前で取り乱したりなさることもなく、それが余計にこの4年間のさまざまな思いを感じさせ、涙腺の弱くなった私などにはこたえました。

亡くなられた方の思い出、あの時あんなに喜んだとか悲しんだとかということ、残された者の側にあって去来するものは還相(回向)ではないのですが、涙腺を刺激されているうちは、そういうことになってしまうものかと思いました。

お猿さん

この時間(朝8時前)になるともう夏空から太陽の光があふれるようにそそいで、草木の新芽が焼かれるように見受けられます。

今朝、6時前だったでしょうか、少し歩こうと思って、運動靴を履いて本堂の裏を通ると裏山がざわめいていまして、特に風があるわけでもないのにどうしたことかと思って、それでも朝の空気を吸いに出かけたのです。

帰ってきて、朝ご飯をいただいて、部屋でネットのお散歩をしていますと、早朝には似合わない音がしました。もの乾し場の波板のうえでカラスが遊ぶ時のような音でしたが、カラスではありません。

慌てて見に行くと、何とお猿さんでした。群れからはぐれたのでしょうが、一匹だけで、突然現れた私の顔を見ています。家のまわりで以前に何度かお猿さんの姿は見ているのですが、どうしたものかと困りました。

物でも投げればその通りに何かを投げ返すと聞いていますので、棒でつつこうかどうかも迷ってしまいます。で、結局「帰れ!」と大きな声で言うにとどめたのですが、声にびっくりしたようであっさり山へ帰っていきました。

暑くなってからほとんど毎日表も裏も戸口を開けっ放しています。近所へ出かけるときも開けたままです。裏山にお猿さんが住み着くと、それができなくなりますし、いただいたタマネギを物干し竿にかけてあるのですが、狙われそうに思えてきます。

この暑い時期に戸口も窓も全部閉めておくなどということは考えられないのですが、被害のひどい地域の方の話では、家のどこかが開けられる状態だと入ってきて冷蔵庫を開けて中の物を食べ散らかすそうです。

ただでさえ暑くなりそうなこの夏、お猿さんが集団で来るなどということになったらどうしようかと。

蚊取り線香の煙

朝からいくぶん涼しく、どうやら雨が降るのかなと思えましたので、何年前に買ったのか分からない除草剤の使い残しを「ここ」というところにまきました。

桜や楓などの木に影響がないと思えるところで、手で草を引くのが難しいところが「ここ」というところなのですが、残り物の量は全く足りませんでした。

ある分だけまき終わる頃にちょうど雨が降り始めましたので、顆粒状の除草剤なのですが、水まきはせず、雨まかせ。

山道にあるサツキのなかに笹の葉が結構まじっているのが気になっていましたので、午前の部の仕事はサツキの剪定と中の笹刈りです。笹を放置しておくとサツキを枯らせてしまいます。

現に剪定をして枝が見える状態にすると中央部がかなり空いてきていました。上から、横から、下から、笹だけを切るのはかなり面倒でして、いつの間にか汗びっしょりになっていました。

・・・最近に限ったことでもないのでしょうが、靴下の丈が短くないですかね?衣料品の安売りのお店で買った靴下はとても丈が短く、肌が露出しているところがかなりあるようで、何カ所も蚊に刺されました。

汗が噴き出すくらではめげないのですが、蚊に刺されると一気に作業を続ける意欲が失せてきます。何とか切り落とした枝や笹を集めて部屋に帰ったのですが、虫さされの薬などという気の利いたものがあるわけではありません。

仕方なく肩こりや筋肉痛の塗り薬を塗りながら、ふと思ったことがありました。蚊に刺されて蚊取り線香の煙を刺されたところにあてる、これは何かしら効きそうにも思えるけれども決して効かない。何かに似ているのではないか。

蚊に刺されて蚊取り線香の煙を刺されたところにあてるというようなことを、私たちは実際にしているのではないかという気がします。

めずらしく

今日はめずらしく門徒さん宅へお勤めに行きました。覚えている限りでは3月以来だったと思うのですが、何とか最後まで声も出まして、一安心でした。

今朝は4時半に目が覚めてしまったのですが、その時の室温が26度。いっときよりはるかに身体は痩せたのですが、お勤めの前に装束を着けただけで汗だくでした。おまけに汗除というのでしたっけ、籐の汗よけを着けるのを忘れていったこともあって、帰るなり着ていたものすべて洗濯です。

80歳近いご夫婦だけのお参りだったのですが、お孫さんが女の子二人で、家が近いこともあってどちらも小さい頃はよく遊びに来ていました。いろいろとお話をしている中で、23歳と高校3年生なんだと分かってびっくりです。

考えてみればほんの10年くらい前のことで、それほど驚くことでもないのですけれども、本堂の余間の床を素人工事で直していたときに遊びに来て、手伝いというよりちゃちゃを入れていた姿が印象に残っていて、びっくりです。

この姉妹のお母さんが40代後半の年齢でお浄土に還られて、確かまだ5年もたたないはずで、葬儀の時にこの姉妹がどんな様子だったのかということはあまり覚えていません。今では普段ほとんど全く顔を合わせることもありません。もう出会っても誰だか分からないんでしょうね。

さて、そろそろ洗濯物も乾いているでしょう。取り入れて、夕方のお勤めでもすることにしましょう。

嬉しいこと

理由は他にも多々あるのですが、時にはほんの数歩歩くのも辛い、辛いというか歩けないこともあって、すっかり出不精になってしまっています。出不精は今に始まったことではないのですが、ここまでになるともう「籠城」でしょうか。

出先で苦しくなって、なりふり構わず蹲るなどという見苦しいことはできれば避けたいわけで、外見は健康そのものなのに、どうもこまったものです。十数年前まではそんな自分の事情を構うことなくお話を聞きたいと思うこともあり、出かけることもありました。

行き先が知り合いのお寺の場合は、ちょっと御免なさいよと誰の目にも触れることのない特等席に行って、壁にもたれてお話を聞いたりしたものです。最近は、そうまでしてもお話を聞きたいと思うこともありません。今日などは具合が悪く、ほぼ一日中生きているのかどうかも分からないように過ごしました。

煙草の値上げと同時に、それを口実に虫眼鏡がないと読めなくなった新聞の購読もやめたくらいですから、本を読むこともほとんどなくなっています。文章を読むことも書くことも好きな方だったのですが、最近では私の利き手は鎌や剪定バサミや鋸を持つ手になっています。

そんななか、嬉しいことに虫眼鏡を使ってでも読みたい本と出会うことができました。これはたいへん嬉しいことでした。ということで、さて、大げさに言うのではなく、いまだ息があることの不思議さを感じながら、虫眼鏡を使って続きを読むことにします。

有漏というか

12日にお講さんがありまして、朝から山道の掃除はしたのですが、それが精一杯でした。

先月下旬に総出で草刈りをしてくださって、境内がすっかりきれいになったものですから安心して本堂や庫裏の裏ばかりに気をとられていたら、早くも草が目立つ大きさにまでなっていたわけです。「有漏」という言葉がありますが、私なんかの場合、ほとんど全部もれてますね。

一人手間で一時間半ではどうにもなりませんので、境内の草ひきは今週の課題ということにして、久しぶりに私がお話をするようにと住職に言われていましたので、頭の中で少し話すことをまとめておこうかと。

去年の10月から住職が「親鸞聖人のご生涯に学ぶ」というようなことをお話ししていますので、その流れのお話しをしようと思っていまして、話すことは考えていたのですが、やはり一応は筋道も考えておかないといけないかなと思ったわけです。

部屋に戻って窓の外を見ながら少し思案していたのですが、しばらくすると当番の方達が早くも来てくださいました。お茶の準備とかもあって、いつも当番の方は早く来てくださるのですが、1時間ほども前というのはいくら何でも早いと思っていましたら・・・

当番の方だけではなく、当番の方の組の人達が全部来てくださって、境内の草ひきをしていて下さいました。何とも申し訳のないことでした。鎌や着替えなども準備してきてくださったようでした。

町内のお寺の中には老人クラブの元気な方達が登録しておかれる「シルバー人材センター」に依頼して草ひきなどの掃除をしてもらっておられるところもあるようで、もちろん有料なわけで、うちのお寺の門徒さんの中にも他所のお寺の掃除に行ったという方がおられます。

今日はほぼまる一日、休み休みながら草刈りや草ひきをしていました。夕方になる前には立ちくらみするようになってきてやめたのですが、今は私が何とかそういう作業ができるけれども、この先どうなる事やら。

総出は報恩講の前の年に一回で、毎月当番を決めて境内の掃除をしてもらってらっしゃる大きなお寺もあるようです。うちのような小さなお寺の場合、年に何回も当番があたることになるでしょうから無理ですね。

いけないこと

池のようだった田んぼがすっかり緑色になっています。稲があれだけ育つということは、草や木も育つということで、タケノコ蹴りの終わったこのところは、もっぱら雑木の整理です。

素肌が出ているところの血管をねらって蚊がつきまとうのには閉口しますが、水をよく吸ってどんどん育つこの頃は、いくぶん木も切りやすいように思います。カラカラに乾燥していて鋸が押し引きできなくなると、雑木の伐採も厄介です。

本堂のお華の芯に使えそうな木もあって、しばらくバケツの水につけておいたりするのですが、どうも長持ちはしないようです。相応しい時期というのがあって、今は切っても長持ちはしないのでしょう。

雑木を切ってすっきりとした山肌を眺めると気分はいいのですが、切った木をそのままにしておくわけにもいきません。後始末は面倒なだけです。うちの場合はまだお風呂のお湯を沸かすのに使いますから、枝をはらって適当な長さに切って、束ねて、雨のかからないところに置いて乾燥させます。

こんな田舎町でも、こういう作業をいまだになさっている家はもうそれほどないでしょう。私は知らないのですが、灯油や電気を使ってスイッチ一つで設定した温度のお湯が沸くようになさっている家がほとんどなのでしょう。

確か、家庭でのゴミ消却は「いけないこと」なんですよね?厳密には田んぼのあぜ道でプラスチックなんかの可燃物を燃やすのが法律(?)違反なのははもちろんのこと、刈った草を集めて燃やすのも「いけないこと」なんですよね?

分かりやすさ

何を今さらと我ながら思うものの、備忘、記録ということで、かなりおおざっぱな書き方で書いておこうと思います。

煩悩というもの(あるいは「こと」)は、もともとは私と離れてあって、常に私はそれに縛られているというようなことではない。

私というときにはすでに我執があり、だから煩悩がこの身のことを私と言わせていると言うこともできる。

私がいて、その私が煩悩をおこし、おこした煩悩に自ら縛られるのではない。

私が煩悩なのであり、煩悩が私なのである。煩悩を断ずるということは、私と煩悩とが別にあるとしなければ発想できないことで、そういうことを説く仏教がむしろ仏教としては特殊なのである。

お念仏の教えのなかで、私がいてその私が煩悩をおこすという言い方は一種の方便である。

分かりやすく説明するときにそういう言い方をするのであって、けれどもそのわかりやすさが大きな誤解をまねいているのだと思う。

今日はお講さん

そうなんじゃないかと思っていたのですが、今日のお講さんでお参りの方たちが話してらっしゃるのを聞いて、梅雨入りしたらしいことを知りました。何だか台風も来ているんだとか。

新聞をとらなくなり、テレビもほとんど見ず、ニュースといえば時々ネットで新聞社のサイトを見るくらいになっています。地域の他の家から少し離れたところにある山寺ですので、本当に世間離れしてしまっています。

この間も知人のお父さんが1ヶ月ほども前にお浄土にお還りになったということを知り、遅まきながらお内仏にお参りさせていただきました。・・・こんなふうなことではいかんのでないかと思いますが、こんなふうなことでいいのではないかとも思います。

お釈迦さまの教えからはほど遠い(と思われる)「仏教」もあるのですから、仏法と名の付くものの中には世間を主とするような教えもあるのでしょうが、そういったものが今に残り、今もあるということは、それを必要とする人間がいるということなのでしょう。

雨が続いてあまり外の仕事をする気にもなれず、家の中でできそうなことをちょこちょことしているこの頃ですが、そういう日暮らしのなかに聞こえてくることもあるわけです。さて、早いですが、夕方のお勤めをして、今日も終わらせていただくことにします。

人間

この21日に門徒さんが総出で境内の草刈りをして下さったのですが、次の日は雨で今日も雨。刈っただけで根は生きている草たち、この雨でまた育つことでしょう。

動物の呼吸は酸素を吸って二酸化炭素を吐き、植物の呼吸は二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す。庭や田んぼの畦の草を私たちは邪魔者にするんだけれども、実は大変有り難いはたらきをしてくれている。

そんなふうなお話を昔、昔と言ってもそう遠くない昔にした覚えがあります。有り難いはたらきをしてくれている草を邪魔者にして刈り取るのが私たちで、刈られる草は文句を言わないのに刈る人の側はあぁ面倒だ、邪魔な草だと文句を言うのです。

どうも人間のどうしようもないところにばかり目がいくようですが、人間というのは本当にどうしようもないですね。何一つとして「正しい」ことなどできませんし、どこにも「真実」などというものはありません。

知らなかった

全く知りませんでした、『真宗聖典』が1978年10月初版だということを。つまり、昭和も53年になって、編纂されたんですね。

それ以前にも何らかの形の「聖典」はあったのでしょうが、それにしても今の『真宗聖典』が33年の歴史しか持たないとは、想像もしませんでした。

「三帰依文」が冒頭にありますので、明治中期以降の編纂で、明治政府のいわゆる廃仏毀釈政策への反動がまだ残っている頃のことだと思っていたのですが、まさか昭和の53年初版だとは思いもよりませんでした。

東京オリンピックが昭和39年、大阪万博が昭和45年。ちなみにうちのお寺の場合、戦後間もない頃からこの頃までに、あえて「檀家」といいますが、檀家数が4割ほど減りました。

いわゆる高度経済成長期というのは田舎にとっては過疎化の第一歩だったわけでしょう。都会では住宅難になり、多くの公営住宅などが建てられたわけです。

過疎などということには思いも至らないまま過疎化の原因ができあがっていたということでしょうね。

雨の後

まとまった雨の後、山に入って二日、もうこれでタケノコも終わりかと思うものの、ここから気を抜くと知らない間に思いも寄らないところに竹が育っていてびっくりということになります。

しばらくはまた足の疲れる日が続きそうです。それだけでなくて、雨が降ったせいもあって草がとんでもない勢いで伸びていますので、これも何とかしなければなりません。

今月下旬には門徒さんが総出で境内の草を刈って下さる予定ですが、庫裏の方までお願いするわけにもいきませんからね。使っている部屋はほんの少しだけですので、もっと狭くてもいいんですけど、お寺の庫裏というのはこんなふうなのが普通なんでしょう。

最近よく思うのは、先代さんも晩年は同じような生活をしていたということです。気がつけば私も同じことをしているというのがいっぱいあります。やはり同じ生活する場所が同じだと、することも同じになってくるのでしょう。

したいことがある時には、しなければならないことは「邪魔」だと思うのでしょうが、したいことがない時には、しなければならないことがあるというのは有り難いことです。

第2日曜のお講さん

今日は第2日曜のお講さんでした。いきなり夏が来たのかと思うような暖かさ、というより暑さです。昨日までと同じ冬物のシャツなどを着ていたから暑いと思っただけなのでしょう。

このところ草引きに励んでいまして、手の筋が痛くなって、終いには歯が疼きだすというお定まりのコースをたどって、あちこち膏薬の張り物ばかりです。いかに寒い間腕や手指を動かさなかったかということが分かります。

裏山のタケノコも出るにはでていて、湯がいて食べようかとは思えないものがほとんどで、切って回っています。雨が降ったわけでもないのに2日も間を開けるとそこここに顔を出しています。

窓から見える田んぼもほとんど田植えが終わり、久しぶりに気持ちよく晴れた空の下に、蛙の声が元気よく聞こえています。今年もまた夏が巡り来るのでしょう。その前に梅雨があるのですが。

何かが言いたいわけでもなく、かといってただだらだらと駄文を書いているわけでもなく、読んで下さる方があるとして、読んで下さる方におまかせの文章です。

本能

五月晴れという言葉とはほど遠いどんよりと曇った日です。1ヶ月近くすっきりと晴れた日がないような気がしますが、このまま梅雨になったりするのでしょうか。

朝から草引きをしまして、脚がかなりまいってます。何という名前の草なのか知らないのですが、茎は細いものの丈は一尺半ほど、そろそろ花でも咲かせるのか、少し毒々しい葉が開いていました。

それを引っこ抜こうとしたのですが、かなり手強くて、反動で尻餅でもついて怪我などしてもつまらないのでスコップを持ってきて土を掘り返してびっくり。何かの木の根かと思うような太さの根です。

茎の5倍以上はあるその根っこは、よく知らない人にこれが牛蒡ですよといえば納得しそうな感じなのですが、こんな草は今までに見たこともありません。植物の世界でも何かしら変化があるのでしょうかね。

誰かにというか何かにというか、教えられたわけでもないのに、その環境で生きいられるように生きていく。そういうことを言い換えればつまりは生かされるというのでしょうし、本来の意味で本能というのでしょうね。

鼬ごっこ

「私が、私が」「俺が、俺が」という思いが先立つのが我々であるから、なかなか仏の呼び声に気がつくなどということはできない。こういう類のお話をよく耳にします。

なるほど一応はごもっとも。しかし、それを言っているのも「私が」であり、「俺が」であるという堂々巡りというか、鼬ごっこというか、それこそが問題であるに違いないことがごっそり抜け落ちていることが多いように思います。

抜け落ちていないときでも、だから聴聞しなければいけないんだとおっしゃって、その聴聞ということを人と人との「話し合い」、なんと言えばいいのか切磋琢磨のようなことになさることがあります。

だからと言うのならお念仏もうす他にないのであって、だから聴聞と言うのなら、「聞くというのは何をお聞きするのかと言えば仏願の生起本末をお聞きするのである」ということになるべきなのではないかと思います。

こういうことを言うのも「私が、私が」「俺が、俺が」という思いがあるからです。お念仏もうしている口が同時にこんなふうなことは言えないわけです。

今日はお講さん

今日はお講さんでした。この時期は田んぼが忙しいせいかお参りも少ないのですが、それでも10人ほどの見慣れた顔がそろいました。

昨日は少し身体を動かすと汗ばむほどの暖かさだったのですが、今日は肌寒く、お話が終わって雑談しながらいっぷくしているときにストーブをつけました。雨が降ったりやんだりのおかしな日です。

明日から大型連休のスタートです。例年ならほぼ毎日山に入ってタケノコと格闘するのですが、今年は数日おきに見て回るだけでよさそうです。お参りの方もタケノコがでないとおっしゃっています。

先月からお役所の発行なさる新聞がご遠忌のために発送が遅れています。いつもならこの28日に寺報を新聞と一緒に配るのですが、今月も新聞がまだ来ていません。5月の予定は4月中にお知らせしたいのですが、仕方ないですね。

つい先日は団体参拝でした。組のなかで決められた人数の割り当てがあるわけで、希望者を募ればおそらくその人数を超すでしょうから、門徒会の役員さんに参拝していただくことにして、参拝者を募りませんでした。

聞けば、うちが団体参拝した日には空席があったのに、次の日に当たったお寺の参拝者さんたちは縁側に座ることになったとか。あるべからざることがあっていろいろな予定がくるっているのでしょうから、それも仕方ないことなのでしょうかね。

あるべきこと

「べし」という助動詞は、うろ覚えですが、7つほどの意味があって、便利といえば便利、しかし、解釈するには難しい言葉です。

不断に四時は行われ、あるべきことはある。

二三日前からタケノコはまだかいなと思って山にはいるのですが、雑竹が何本か生えてきているものの、目当ての孟宗は一本もありません。桜も遅かったのですが、タケノコも遅いのでしょうか。

毎年、連休に入る前からほとんど毎日山に入ります。産地では「掘る」というのでしょうが、うちではタケノコを「おこす」と言います。おこしたり、切って捨てたり、終いには蹴り倒して回ります。

覚えている限りでも何度か不作の年はあったのですが、四月下旬のこの時期に一本もないというのは覚えがありません。貧乏寺の住人としては、タケノコはとても有り難い恵みなのですが、困ったことです。

...このまま一本もでなかったとしても、それもしかし「あるべきこと」と言えるわけです。受け入れがたいことというのは、放射能の拡散のような大きなことからうちの裏山のタケノコの不作のような小さなことまでさまざまにあります。

考えてみれば、受け入れるほかにないからわざわざ「受け入れがたい」と言うのでしょう。

ファン

朝から3月に戻ったかのような寒さで、突然に雨が降ったり、雷が鳴ったり、おかしな空模様の一日です。

外の仕事をする気にもならず、かといって部屋でする仕事もなかなか手につきません。ボ〜っとしていて、で、そういえば年末に恒例となっているパソコン内部の掃除をしていなかったことに気がつきました。

冷却ファンなどをみると、どうしてそんなにたまるんだろうと思うほどホコリがたまっています。最近のものはグラフィックボードにもファンがあって、ファンがついているのはボードの下なのにホコリがたまっています。

毛筆の筆の古いもので掃除をしたのですが、驚くほど音が静かになりました。買ったばかりの頃はこんなにうるさくなかったのにとは思っていたのですが、それの原因がグラフィックボードのファンだとは思いませんでした。

やっぱり数ヶ月に一度はケースを開けてしっかり掃除しなければいけませんね。

だからこそ

穏やかな日です。今も放射能が垂れ流されているなどとは、とても信じられないくらいです。

それを言い出せば、いつの時代のどんな穏やかな時でも、どこかで戦争や地域的紛争などはあったわけで、当事者であったこともしばしばありました。

「念仏は苦悩を背負って立ち上がらせる力である」というような言葉を聞いたことがありますが、それを言っていられるのは良い時代であると言い切ってしまえるのが今日のお念仏の教えになっているような気がします。

そもそも良い時代悪い時代ということ自体がすでに立脚点を間違えているわけですが、今となってはどこでどう間違えたのかも分からないほど繰り返し繰り返し間違いを重ねているのに違いありません。

...我々は間違えるのです。間違えるのが我々であるのですが、だからこそお念仏の道は拓かれてあるわけです。

道として

何年ほど前かはすっかり忘れてしまったのですが、「帰依所」ということが盛んにいわれて、多少の議論があった覚えがあります。

それが問題となり、議論されることが表しているのは何なのかということに、問題視し、議論なさる方はもう少し注意すべきであったのではないかと。

「同朋会運動をいのちとする教団」「同朋社会の顕現をいのちとする宗門」というような表現を時折目にしますが、そういうことが問題視されるようなことはないようで、「教団」・「宗門」にとっては「いのち」とするものも時代によって変わったりするのかもしれないと思ったりしています。

はるか昔に、特に革新的な思想を持つ方々の間でよく使われていたと思う言い方ですが、「日和見」あるいは「日和見主義」というのがあります。

自己批判的な発言の中に多く見られたのではなく、他者を批判するような場合に多く使われていたように思うのですが、自身に「日和見」あるいは「日和見主義」が板につくと批判する「他者」を失ってしまうようです。

たとえば、同朋会運動などというものが始まる前から同朋会と言えるものはずっとあったわけで、それは運動というものが何かに対する反動として運動するのに対して、動や反動ではなく、道としてあるのです。

見え方

HTMLのsourceによってはInternetExplorerではバージョンの違い(6、7、8、9)で見え方が変わります。そんなことをいちいち気にしていなかったのですが、他人様のサイトのこととなるとそうも言っておれません。

何かよいツールはないかと検索しましたら、不便だ(と私は思います)けれどもたくさんの人が使うブラウザですから、やはり見つかりました。IETesterというのだそうです。
http://www.my-debugbar.com/wiki/IETester/HomePage

昨日でしたか、このサイトもFirefoxやsafari、この26日にダウンロードできるようになるIE9で見たときに少し見栄えがするかと思うように、sourceを少しいじりました。大して変わりませんが。

HTMLやCSSをしっかりと勉強すれば、どんなブラウザで見ても同じように見えて、それぞれの特徴にあった見え方をそえられるのでしょうが、専用エディタ(アプリケーション?)も使わないで、少ししかない知識をもとに、普通のテキストエディタでファイルを作っている私などには無理な話です。

ただsourceが同じでもブラウザによって見え方が違うというのは、おもしろいと思いますね。

実際に起こること

日本語版は震災の影響でまだ一般的にはダウンロードできないようですが、InternetExplorer9の正規版が半月ほど前にリリースされたことによって、いよいよHTML5・CSS3への移行が進むのでしょうか。

少し調べただけなのですが、safari・chrome・firefoxなどの最新版ではすでに80%ほど(それ以上?)がHTML5・CSS3規格に対応しているようです。ウェブ・デザイナーのような仕事をなさっている方には、これは一大事なのかも知れません。

ここのファイルにあるような古い記述でも最新のブラウザはきっちりと読み取ってくれますから、私などはもうこのままでよいと思っているのですが、そんなことを言っていられない方も多いのでしょう。

HTMLやCSSなどの最新技術というのは、古いものの不便を解消するのを目的とすることが多いように思います、よく知りもしないのに言えたことではないのですが。実際にここの表紙のような3columnも簡単な記述で実現できるようです。

実状での不便を解消する技術というのは魅力的ですが、十分に便利な上にさらなる便利をもとめるのは「技術屋さん」の欲なのでしょうか、それともコマーシャリズムの煽動なのでしょうか。

いずれにしても予測不能な事態に対処できるようにはしておいてもらいたいものですが、実際に起こることは予測を超えることが多いようです。

3月が終わります

たとえば、住まう家も何もかもなくされた方、避難生活を余儀なくされている方に、お念仏もうしましょうと言うこと(あるいは言わないこと)は、どういう意味を持つのだろうか。

また、宗派、教区、一寺院、一真宗僧侶、それぞれの立場(?)でお念仏もうしましょうと言うこと(あるいは言わないこと)の持つ意味は変わるものなのだろうか。

あるいは、言うことも言わないことも、こんな時には何の意味も持たないのだろうか。

真宗の僧侶である方が、団体や個人でボランティアなどさまざまに活動をなさっているのをお聞きして、そんなふうなことを考えています。

私のような者は、他の方がなさっているような何かができるわけではありませんので、何をするべきなのかが気になるということでしょう。

第二波第三波と押し寄せた津波のように、第二・第三とするべきことは変わっていくのでしょう。

他の方がなさっているような何かができるわけではない私などは、何か仕事をさせていただくとして、具合が悪くなってかえって迷惑になるわけです。

今はもう書いていませんが、この「時代おくれ」のサブ・タイトルのようなものは、「どんなに時代がかわってもかわらないものがある かわってはならないものがある」でした。

影響

昨日煙草を買いに行きましたら、私の買っている銘柄は、来週は入ってこないかも知れないと言われました。震災の影響に違いありませんが、煙草の葉というのはおもに九州で作っているのだと思っていましたので、不思議に思いました。

煙草そのものはあるのだけれども、今時の紙巻き煙草はほとんどすべてフィルター付きですが、そのフィルターがないのだそうです。フィルターはまさに被災地のどこかで作っていたのだそうです。

私が煙草を買うのはもともと酒屋さんで、今もお酒の類も扱っておられますし、その他にもいろいろ扱っておられるのですが、入ってこない商品がいろいろあるようです。缶ビールもフタを作っているのが被災地のどこかで、ビールもあって缶もあるけどフタができないのだそうです。

ミネラルウォーターや乾電池がスーパーなどの店頭から姿を消しているのはこのあたりだけではないでしょう。

お昼ご飯をいただきながらテレビのニュースを聞いていたら電気料金の料金体系を見直すべきだというようなことを言っていました。たちまちはそういうことになるのかも知れませんし、それはそれで受け入れなければならないのでしょうが、実際には生活そのものを見直さなければならないに違いありません。

今日は暖かい

無料で使わせていただいているメイルアドレス転送サービスの運営者さんからアンケートが来まして、それに答えないとアカウント削除もあるとのことで、早速指示されたページを開いてみました。

アンケート回答依頼のメイルにもこの時期に申し訳ないという旨のことが書かれていたのですが、開いてみたページにも同じことが書かれていまして、何かしらそういうことを書いておかなければ不謹慎だと思われるだろうから書いておこうというような感じがします。

それはあくまでも個人の感想ですが。

アンケート内容は結果公表の前には書いてはいけないようなので書きませんが、いくつかの設問に答えて次に進んだところ、私には選択肢のない設問がありました。無視して適当なことを回答すればよさそうなものなのですが、そうすると、そのサービスの申し込み時に書いたことと矛盾が起こります。

選択肢がないために回答できないことをサポート宛にメイルしてアカウント停止にしないようにお願いしたら、早速に返事があって一安心です。ネット上でメイルアドレスを記入しなければならないときには必ず使うメイルアドレスです。フォーム・メイルの送信先もそこにしています。

・・・今日はかなり暖かい日で、今窓を開け放しているのですが、お隣のじいちゃんが田んぼを眺めておられます。80代の後半ですが、携帯電話を持っておられます。持っているというだけでなく使いこなしておられます。

これはあくまでも別の話として、今時、少なくともパソコンを持ってネットにでている人で携帯電話を持っていない人がいるなどという発想自体がなくなっているのでしょうか。

せいぜいできること

私がサイトの更新などに使っているメインのウィンドウズ・パソコン、使い始めて何年になるのか忘れましたが、InternetExplorer上でマウスでのスクロールが効きません。今日はじめて気がつきました。

サイト上にはInternetExplorerでも確認していますと書いていますが、実際にはtridentエンジンで動く某有名ブラウザです。sourceが同じなら見え方は同じだと思っていたのですが、フォント設定などを別にしても見え方が違うのではないかと思って、はじめてInternetExplorerを起動してみたわけです。

OSプリインストールで買って、InternetExplorerのバージョンはアップしたように思いますが、何ら設定などはいじっていないのに、どういうことなんでしょう。ネット検索でヒットした記事のなかで、これが原因かなと思うものはいくつかありましたが、書いてある通りに設定などしても正常には動作しません。

今日3月15日はInternetExplorer9のリリース日だということをどこかで読んだことがありました。バージョンを9にしてみれば直るかも知れないと思ってダウンロードサイトに行ってみたのですが、ありません。

調べてみると、日本語版はリリースを遅らせるようです。今回の被災に伴う措置だということです。致し方ありません、というか、本当はのんきにバージョンアップなどと考えている場合ではないのでしょう。

たかが一つのアプリケーションのことからだけの話ではなく、何が何に影響を及ぼすかなどということは、やはり人間には知りようがないことだとつくづくと思い知らされます。

はるか昔にこのサイトの「かも知れない」に南米チリ沖の地震による津波のことを書いた覚えがありますが、たとえ事後であっても、何が何に関係しているかなどという種類のことは、無限のつながりがあることであって、人間の知恵では知り得ないのではないでしょうか。

私の契約プロバイダの上位接続ネット(というんでしたっけ?)の本拠地は電力不足になっている地区にあるようです。こういう大災害の時など、私などにできることはほとんどないのですが、あまりネットに接続しないことがせいぜいできることなのかも知れません。

龍力不可思議

曇鸞大師の『往生論註』に「龍力不可思議」という言葉があるようで、曾我先生は『行信之道』のなかで、「これは自然界の現象を説いたものでないかと思います。忽ちにして海中の龍王が風を起し雲を起して上昇し、忽ちにして雨を降らし気温を変じ地震を起す等々、これは龍力の不可思議である。自然界の大きな現象の変化原因を龍力の不可思議と云ったのです」と説明なさっています。

龍力不可思議などということを言わなくなって、ほとんどのことに科学的・合理的説明がなされるようになり、地震やそれによる津波ということも、それが起こるメカニズムが科学的に説明されます。

いくら科学的な説明がされても、それがいくら合理的であっても、その説明によって何が解決されるのでしょうか。なぜ今起こるのか、なぜここで起こるのか、なぜこれほどまでに多くの人が命を終えていかなければならないのか。そういう思いに、どう応えるのでしょうか。

機法一体願行満足

『歎異抄』にも「親鸞におきては、ただ念仏して」とか、「親鸞は、父母孝養のためとて」とか、或は「親鸞もこの不審ありつるに」など、これは兎に角日本の文章としては特別な文法であることと聞いているのであります。われはと代名詞でいわないで実名を掲げるということ、我が国では貴人の前には必ず実名を自ら実名を名乗って申し上げる。そこには非常に謙虚なる深い自覚が現れているのであります。そこに大きな仏の本願を一人にお引受けするということは、即ち無為自然に一切衆生の罪の責任を自分一人に引受けるということになる道理であります。だから機の深信というものは、仏の十方衆生救済の本願を自分一人にお引受けする、そこには一切衆生の罪を自分一人に引受けるという力が自然と湧くかと思います。茲に本願相応の意義があり、正に法蔵菩薩の体験であります。一心一向とは、一心とは全心であり、一向は全身である。身心を挙げて南無阿弥陀仏と念ずる時、天地万物は同時に感応して南無阿弥陀仏を顕現するのでないかと思います。だから爰愚禿釋親鸞という時には、確り御自分を見つめて居られる。そこに全身南無阿弥陀仏になっている。但なる阿弥陀仏でなく、機法一体願行満足の南無阿弥陀仏であります。
(曾我先生「行信之道」より)

何も付け加えることなどないのですが、「法蔵菩薩の体験」という言葉があり、また「(天地万物は同時に感応して)南無阿弥陀仏を顕現する」という言葉があります。よくよく味わいたいというようなことでなく、なるほどそうである(った)のかという思いがします。

煩悩即菩提

元来、闇は有限相対の感覚であり、光は無限絶対の感情である。かく光の力は闇に対して本性として無限絶対なるが故に、我々の感覚に随えば、闇が浅ければそれに対応して輝きが小さいように見え、闇が深ければそれに対応して亦輝きも次第に大きいように見ゆる。光そのものは大きく見えても小さく見えても、それは闇に対応する相対の相であって、光自体の本性は一如絶対のものである。随って光は闇と相闘うのでなく、闇は本来外から来たったのでも外へ去ったものでもなく、闇の当体が転じて光となったのであります。而して無明即明、煩悩即菩提と証明したのであります。苦しみが深ければ深い程、心は晴れ晴れとする。千年の闇も唯一瞬間の光に照さるれば、その時忽ちに闇はなくなる。闇のありたけが光となるが故に、一瞬の光がそのまま永遠のものである。光の本性たるやかくの如きものである。如来は光であらせらるるということは、かかる意味を顕すのだということを、自分はしみじみと思うのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

「光は闇と相闘うのでなく、闇は本来外から来たったのでも外へ去ったものでもなく、闇の当体が転じて光となったのであります」というようなことを教えられると、煩悩即菩提などということも分かりやすいです。

2日ほど前に書いた「不思議にも仏の御心を背に擔うて来ている」とは本能であることを言うのであるということも、そうでなければ煩悩即菩提などということはないわけです。

「仏の御心」

単なる自分自身だけを思えば、自分の理知で如何程考えてみても、結局そらごと・たわごとに過ぎないのでありますが、一切の妄念が尽きて、一度南無阿弥陀仏を念ずる時に、久遠の確実なる一道を新しく認識するのである。思えば我等はこの一道を久しい間背にして、事実叛いて今日まで来ている。而も夢幻の裡に叛いていたとしても、深く自ら悔責して一念発起する時に、唯一瞬間の光が千歳の闇室を照し、光は瞬間であるけれども千年の闇は忽ちに滅し、茲に主客転換して闇は一瞬時の客となり、光は千歳の光室の主となる。そこに真実の行信を獲るという意義が成立する。思えば自力我慢の衆生は仏の五劫思惟の本願、永劫修行の御辛労というものをば背後にして叛いて来たけれども、不思議にも仏の御心を背に擔うて来ている。洵に背にするということは擔うているということになりましょう。
(曾我先生「行信之道」より)

何も付け加えたりすることはないのですが、あえて蛇足を。

「仏の御心を背に擔うて来ている」とあります。こういうことを思うと、よく耳にし目にする「気づく」「自覚する」ということが的をはずれたことに気づき、的のはずれたことを自覚するという意味になるように思います。

自分自身の有り様に気づく・自覚するというようなことは「自分の理知で如何程考えてみても、結局そらごと・たわごとに過ぎないのであります」。それもまた千歳の闇室の中でのことなのです。

「仏の御心を背に擔うて来ている」とは、それが本能であるということでしょう。になっている「仏の御心」こそが私たちの気づくべきことであり、「仏の御心」をになっていることこそ、自覚すべきことなのです。

できないことはできない

私などは、おそらくプロがつくったと思われるサイトのソースを見て、それを真似してhtmlやcssを記述しているだけで、サイト創りに関してしっかりと勉強したわけではありません。

ここのトップ・ページで使っているスクリプトなどは、知識のある他人さまが作っておかれる完全フリーのもので、今では開発も中止され、配布もされていないのですが、このスクリプトに出会ったおかげでどれだけ便利させてもらっていることでしょう。

cssをいじって「見た目」を変えるくらいならば、自分のパソコンで何とか確認しながらできるのですが、デフォールトではできない動作をさせるなどということはできません。ソース・コードをいじることはありますが、できるのは極々簡単なことだけです。

いろいろなCMSスクリプトがあって、有名どころのスクリプトにはさまざまなテンプレートが作られていて、結構簡単な操作で「見た目」を一気に変えることもできるようで、それはそれで便利ですね。

サイト作りをお手伝いしているところから、「このサイトのようにしてくれ」と言われて、言われたサイトを見てみたら明らかに某有名CMSを使ってプロが作っておかれるサイトでした。

・・・できないことはできないと言うほかないですね?

内的必然関係

仏の本願を念ずる時に、図らずも自分は、弥陀の五劫思惟の昔の自分は、已に本願の正機として内的必然関係を以て仏と共に在った、だからして自分は仏の御苦労の永劫の歴史の緯をなし、それと一緒に疑謗と反逆とを続け、永い間ずっと自分が仏の御胸を悲痛せしめ申しつつ、本願の不滅の歴史の経に織り込まれ来った。自分は仏を苦しめ申すこと深ければ深い程、仏の方より見れば大悲忍辱の願心を深く掘り下げて一切を引き受けて下さる。何か知らぬけれども、親鸞一人の為に仮令身止諸苦毒中、我行精進忍終不悔と、法蔵菩薩無縁の大悲、唯わけなしにそうせずには居れない純一無二無疑の御心であります。何もどういう当てがあって、論理があって、別に目的があって、作為的に論理的に本願を創造し給うたというのではないのであります。如来の心業は清浄にして地・水・火・風・虚空の如く、何の分別もない一如平等の御心である。
(曾我先生「行信之道」より)

何も付け加えたりすることはありません。

部屋にいて

このところの寒の戻りで、すっかりまいってしまいました。少し暖かくなってからの寒さは余計にこたえますし、やはり山仕事が私には過ぎたようで、その疲れもあるのでしょう。

部屋にいて、少しばかり新しい「技術(わざ)」を調べたりして、サイトつくりをお手伝いしているところのhtmlやcssをいろいろといじったりしていたのですが、そんな矢先にバスケットボ−ル仲間の一人が自分の店のサイトを立ち上げたというので、早速見てみました。

http://gofuku-ichikawa.com/index.html

独自ドメインを取得して、大手レンタル・サーバで運用しているようです。まだまだ作り始めたばかりで、これから内容を充実させていくんだというので自分で作っているのかと思いきや、サイト制作はプロに依頼しているんだそうです。

しかし、これでは近隣の方が着物でも借りようかと思って検索したとき、検索サイトにこのサイトが出てくるのは何ページ目になるのでしょう。何というのか忘れましたが、ヘッダ内に巡回ロボット用のメタタグもないし、お店の名前や業務内容などは何と画像で表示されるだけです。

おまけに、画像には「alt=""」もありません。ヘッダ内にあるtitleだけが頼りで、これはプロの仕事と言えるのかな?ということを依頼者である知人には一応言ってみたのですが、どうもよく理解はしてもらえなかったようです。

いつかその知人が暇なときにじっくりとお話ししてみようと思って、「比較」するために、頼まれもしないのにミラーサイトを作ってしまいました。

「呉服のいちかわ」さんのミラー・サイトです。

とにもかくにも、「通販」などという大がかりなことまではしなくても、メイルの送信フォームくらいはあった方がいいわけで、そういうことを含めて将来的なことを考えるとphpスクリプトを使う方のがいいのではないかと思った次第です。

本能の純粋感情

だから「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」というのは、有難く宿業宿縁を喜んで居られるのである。久遠の昔の五劫思惟の本願というものは、今日の親鸞一人が為であったと、自分一人に引受けて下さるということは、それが偶然の感想でなく「聖人のつねのおほせ」という限り、本当に助かるまじきいたづらものだということを五劫思惟の発願の時已に之を深く念じて、無為自然に一切衆生の罪を引受ける如来の大悲を体験するのである。同時に仏の御苦労は自分一人の為であった、それ程に自分は仏に反逆をしていたことであった。してみれば仏法の永い御苦労の歴史というものは、われ一人が為に御苦労下さったということは、その特別の意義は、久遠劫より私は仏に敵対して来たのであるという、本願に対する再認識である。誠に難思の弘誓こそは、そうせずには居れない如来の無縁の大悲、一如法界より形を現し名を示し、本願を発して下さったのでありましょう。即ち本能の一如の中から出て来たのでありましょう。仏の智慧というものは理知的なる論理ではなくして、本能の純粋感情であります。しかしながらそれを私共が戴く時になるというと、自らそこに限りのない深い自然の道理、必然の真理というものを具現し来るのでありましょう。仏の本願の名号の中に無上甚深の功徳利益というものがある。仏願の生起本末が自分一人の為であるということを感ぜずには居れぬのであります。
(曾我先生「行信之道」より昨日の続きの部分)

何も付け加えたりすることはありません。

宿業

この宿縁に就きまして、それを具体化する契機として、宿業というものがある。それが善であれ悪であれ、即ち順であれ逆であれ、一切の宿業が皆仏法の必然的なる深甚の御縁となって来て下さる。茲に於て噫というのは誠に絶大なる慶祝が起るのであります。この宿縁という所に容易ならぬ重大なる意味を有っているのであって、茲に如来の永劫の御苦労がある。永い仏法の歴史は、全体としては清明なる光明讃仰の歴史ではあるが、しかしながらその清明なる経に対応して、容易ならぬ多くの我等衆生の罪と悩みとの緯を織り込んでいるのである。而してそれ等を超越的に一貫統理して、青色青光赤色赤光白色白光の錦を成就するものは仏の本願力であり、又兆載永劫の御修業である。かかるものが等流して仏教の歴史の本流をなしている。誠に勿体ないことであります。
(曾我先生「行信之道」より)

「宿業」という言葉が使われています。宿縁を具体化する契機としてあるのが宿業であり、その一切が「仏法の必然的なる深甚の御縁となって来て下さる」とあります。

「宿業」というような言葉の意味は、分からないなら分からないままでよいわけで、決して自分勝手に仏法の外の意味で解釈してはいけない言葉だと思います。

背後に本願あり

仏法では一般に直接なる因よりも間接に見ゆる縁に重きを置いています。人間の思う如き決定的なる因というものが単独に在るのではないのであります。因の背後には一切万物が縁として連続している。この広大無辺の縁に目覚めた感激が信であります。信の背後には名号あり、名号の背後には光明あり、光明の背後に本願ありで、今信心正因といえばとて別に信心というものがあるのではなく、弘誓の強縁に帰する所に信心の正因ということが成就するのである。だから信心正因といえば、如何にも因を以て縁を奪うように見えますが、実は縁を全うじて因を生成する所以なるを開顕するのであります。だから信心正因というからとて、特別なる信念、即ち所信の理念や能行の意志を固執して、与えられたる所行の法を亡失する時、念仏成仏の願力自然の道に背き、所謂一益法門の神秘主義の邪義に陥るのであります。光明・名号の外縁の中に新たに信心の正因を見出したのですから、段々といってみれば、光明を以て母とし、名号を以て父とし、信心を以て自己の業識として、内外因縁和合次第して願力自然の大道を成立し、外なる迷いに対しては如何にも横超の直道であるけれども、内的には昇道無窮極で遠く深いのであります。本当に光明・名号の本願の因縁というものを、自分一人の為であると眼を開かして戴いた所が信心であります。眼を開かして下さるものが光明・名号の本願の因縁である。南無阿弥陀仏をたのむ念仏現行以外に、別に信心という自我的実体があるというならば、それは自力の信であって大いなる過りである、と仰せられるのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

これは数日前に書いたように思いますが、因や縁というものがつくれるものだと思っている人があって、あるいはそう思う人のおっしゃる因や縁というものは、「因の背後には一切万物が縁として連続している。この広大無辺の縁に目覚めた感激が信であります。信の背後には名号あり、名号の背後には光明あり、光明の背後に本願あり」と曾我先生のおっしゃる因・縁とはまったく意味の異なるものなのでしょう。

法悦満足の世界

誠に「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもてそらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」であります。念仏なき所、世の一切はそらごとであります。それは内には煩悩具足の凡夫あり、随って外には火宅無常の世界が当然対応するからであります。しかしながら我等、一度如来に南無し念仏する時、名声十方に響流して、我等は内に煩悩を断ぜずして現生正定聚に住するが故に、外に火宅無常の世界はあるがままに法悦満足の世界となるのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

説明も何もありません。以下は蛇足です。

「一度」とあります。一念帰命であり、回心ということでしょう。「内に煩悩を断ぜずして現生正定聚に住するが故に、外に火宅無常の世界はあるがままに法悦満足の世界となる」とは、なかなかそうはいかないというようなことではないのです。

合理(的)

結局物事は法の自然に本づき、人間の理知の好むと好まざるとに関係なく、その結果は成るべきようにしか成らぬのであります。私共は順逆の私情を超えて与えられたる境遇に対して、公正厳粛の態度を以て対応し、平等に忍従し、信頼し、供敬し、奉持し、満足し、感謝し、与えられたる偶然の事物の裡に深く帰入して、内的なる必然の意義を発見すべきであります。偶然は我等人間の理知が否定せられ、その無効を宣告する限界の感覚であると同時に、更に一如の本願力の不虚作住持の内的必然の招喚の純粋感情を表示するものであります。偶然を以て単なる感覚とすれば、所謂唯物的運命論に陥るであろう。しかしながら仏教に於ける偶然は内的必然に裏付けられたる外的偶然であって、誠に内外一如なるものであり、必然に証入するの契機であります。
(曾我先生「行信之道」より)

こういうところは、読む人というか、読み方というか、人の読み方によっては大きな誤解をまねく可能性もあるところかと思います。

「偶然は我等人間の理知が否定せられ、その無効を宣告する限界の感覚」であって、同時に、「一如の本願力の不虚作住持の内的必然の招喚の純粋感情を表示する」ものであるということ。

何事にも転倒を常とする我々には、理知を否定する偶然は往々にして運命論者となるきっかけになったのでしょうが、昨今は運命論というものにもあまりお目にかかりません。私だけかも知れませんが、では、その理由は何なのでしょう。

「合理(的)」という言葉があって、これはよくお目にかかりますし、よく耳にもするのですが、我々が言う合理の理とは、さて、どういう「理(ことわり)」なのでしょう。

私などは、昨今特に合理的であると言われることほど不合理であると思うことが多くなっています。

今日はお講さん

今日はお講さんでした。久しぶりの雨降りで、しかもかなりの本降りでした。お参りが少ないかなと思いましたが、半時間ほど前にストーブの火をつけようと本堂に行ったら、常連さんが火もつけて座っておられました。

雨降りで、お講さんということもあり、このところ山仕事を少しずつしていたのですが、休めということでしょうか。左利きの私は鋸を使うのも左ですが、昨日あたりから左腕が痛んで、今朝などはもう歯まで痛み出しました。

雑木を切って少し見苦しさの解消された山際を見て悦に入っているのですが、雑木を切るのは見苦しさのためだけでなく、どちらかと言えば4月の下旬には生えてくるタケノコを掘るのに便利なようにということです。

どこまでも自分の都合が先立つのが人間というものだと思います。法蔵菩薩さまと比べるのもおかしいのですが、「先意承問」大違いです。人間の場合、「志願無倦」ではなく欲が無限ですね。

大行

名号は現在の行であります。信というものは単なる自分の識見で定めたのではない。先ず現行の名号があって、之に批判証明せらるる所の無疑の純情なる能信があり、この行に証明せらるる純情の信こそ真信である。真信は決して行を証明するものではありません。行に裏づけられて信は現実的能信の事体を成ずる、真信は他力回向の信であるということを示して、今行信といったのでありましょう。
 信は自力無効ということが主になり、行ということは他力全能ということが主になって居ります。信という所に自力無効ということがある。自力無効であるが故にこそ他力に帰せざるを得ざるが信である。行は自力の回向を必要としない、何故なら他力回向の大行があるからであるというのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

自力無効ということの実に分かりやすい説明があっても、それはやはり信についてだけの話です。大行ということ抜きにして自力無効ということを説明することはできるはずもないいのです。

信は他力全能の行という裏付けがあってのことであり、行に証明されるべきことであるからには、まずあるのは他力回向の大行ということです。我々はやはり根本的に転倒しているようで、気がつけば信を先にもってきてしまっているのでないでしょうか。

聞思

何か高遠なる理想を創造して信念と名くる一種の境地を定めようとする、かくて創造せられたる信念は遂に倒壊を免れぬであろう。頭が動けば直に肚が壊れるからである。今この行信の道に於ては、固より如来の本願の名号の衆生の疑惑を除却して一如の真証を獲得せしむる真実の道理が信心である。だからして聞其名号信心歓喜と、名号を聞くというのは、徒に南無阿弥陀仏の声を聞くのではありません。徒に声を聞くのは但聞であり、如実の聞は聞思であります。名号に於てそこに仏願の生起本末の道理を聞思するのであります。己を空しくして専ら仏願の生起本末が明らかになった所、逆にいえば所謂信念や確信など有っても無くてもいい、能称能行の人の分別は無為に消滅して、「ただ南無阿弥陀仏が往生する」と一遍上人もいうて居られます。これは正しく自力・他力を超越する一種の証の境地かと思います。我が祖聖の方は正しく宿善開発して善知識の教の下に本願を聞思し、疑蓋なき一念帰命の信の一念の位に立って居らるるのであります。真実浄信とは疑蓋無雑の深信であります。「義なきを義とす」と信ずることであります。
(曾我先生「行信之道」より)

「行信の道に於ては、固より如来の本願の名号の衆生の疑惑を除却して一如の真証を獲得せしむる真実の道理が信心である」とあります。真実の道理が信心であり、「名号に於てそこに仏願の生起本末の道理を聞思するのであります」。

我々は世間道の習いで理想を抱き、それを信念としているわけですが、それらすべてが壊れるべきものであり、それを知らないままでいます。だからと言うべきなのでしょうが、聞はついに但聞であり、いたずらごとであるわけです。

因位の名、果位の号に仏願の生起本末の道理があり、名号において、いわばそれが名号と言われるいわれを聞思するとき、機の側が作る自力・他力の別などというものはもとよりあるものでないことが明らかになるのでしょう。

行信の迷惑

遠く本願・光明の宿縁に催されて、茲に千歳の闇室が照破せられ、深き捨穢欣浄の願心に目醒め来るというと、我々は茲に新たに行と信という実践の問題に当面して来る。そこに初めて迷行惑信という迷悶の路が始る。何を行ずべきか、如何にして信を立つべきか。かくして徒に雑行雑修に迷い定散の自心に惑うて、真実の一如の行と無二の信とを得ることが出来ぬ。捨穢欣浄の願心痛烈になればなる程、行信の迷惑が愈々深いのであります。

(中略)

「自性唯心に沈んで浄土の真証を貶す」るは虚仮の証に沈溺するのであり、「定散の自心に迷うて金剛の真信に昏き」は雑毒の信に迷惑するのであります。だから「穢を捨て浄を欣ふ」ということは特に浄土門の宗とする所でありますけれども、しかし総じて仏教の旗幟とする所であります。これを突き詰めて来れば、そこに仏教の真宗が明らかになって来るのでありましょう。かくて我等は捨穢欣浄して仏法に帰しつつも、邪雑の行に迷い定散自力の信に惑うているのが多いのであります。初から捨穢欣浄しない人には行信の問題はないのであり、真摯に捨穢欣浄する人にして始めて道の問題が起って来る。「行に迷い信に惑う」新たなる問題が起って来るのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

(付け加えることは何もありません。)

易行・易往

「願力自然の故に易行であり、無為自然の故に易往である」と曾我先生はおっしゃっています。

この意味をふまえるなら、易行ということは仏教の核心であり、本流であるわけで、難行ということ、苦行などということは核心でもなく、何かしら横道にそれた傍流であるといえましょう。

また、易往ということも仏教の核心であり、本流であるわけで、願力自然の故に易行である称名念仏の行信道をあゆませていただくところに易往であるといえるのでしょう。

世にはびこるのはイミテーション、いわゆるバッタものでして、何故はびこるのかといえば、人がそれをもとめるからに違いないのです。

教法の大地

我々は易行といえば但称え易いことと早合点しているが、南無阿弥陀仏というは称え易いこと、六字を口でいうのはこの位のこと何の造作もないと、何でもないように思い、知らず識らずの間に法を軽しめるような気持でいうているのでありますが、造作がないという言葉の意は我々の自力の極った所、願力自然に随順するによって自然に無為自然に相応する所が易行・易往ということでありまして、願力自然の故に易行であり、無為自然の故に易往であると思います。

(中略)

造作がないということは、長い期間の悪習によって本来の正しい道を行ずることの反対をやることが、普通に却って何の造作がないように思われます。しかし今や迷の夢醒めて易行の大道に立つ。これは遠くは浄土の真宗なる弘誓の強縁により、近くは大行・大信の正業・正因の回向により、外にしては宿悪を転じて宿善を成就せしめ、内にしては自我の疑迷を除去して一如の真証を証得せしめ給うからである。誠に「大聖一代の教、この徳海に如くはなし」、この功徳寶海の行信に及ぶものはない。天親菩薩の『願生偈』の功徳大寶海、即ち因円果満の一如の行体たる南無阿弥陀仏は、阿弥陀仏即是其行と帰命の一念に我等衆生をして速疾に功徳の大寶海を満足せしめ下さるのであります。これこそ大聖一代の教法の大地であり、核心であり、本流である。
(曾我先生「行信之道」より)

付け加えることは何もありません。感想のようなようなことを少しだけ記録に残します。

「大聖一代の教、この徳海に如くはなし」とここにある「総序」の一節は、よくよく考えてみればかなり思い切ったことをおっしゃってあるわけです。仏教とは「因円果満の一如の行体たる南無阿弥陀仏」であるというだけでなく、「この徳海に如くなし」とあるわけです。

教学研究所の「正信念仏偈」などには、法然上人の選択本願念仏集をもって浄土教の独立などと書かれていますが、「大聖一代の教、この徳海に如くなし」とは単に独立などということではありません。

山仕事

陽気にさそわれて山仕事をしていました。しなければならないことがほぼ手つかずの状態ですので、つい体力に似合わないところまで動いてしまい、気がつけば息が荒くなっています。

寒かったこの冬の間、ほとんど全く身体を動かさないでいたのですが、だからこれだけ鈍ってしまっているんだよと足も手も腰も悲鳴をあげます。

山仕事で使うのは体育館で身体を動かすときとは違う筋肉のようで、これだけ鈍ってしまっていたらバスケをする時にも感覚がくるうはずだと思うのですが、普通にシュートを放っても全く思いがけないところにボールが飛んでいくなどということはありません。

山仕事をして普段使わない筋肉を使っておくと、これはまともにバスケの感覚に影響します。不自然に力が入ったり抜けたりして、リング下のシュートが強かったり弱かったりで、とんでもないことになります。

特にアメリカなどでは身体の成長期には色々なスポーツをさせるようですが、あれは平均的に筋力をつけるという意味もあるんでしょうね。

すっかり疲れてしまって晩ご飯を用意する気になれませんので、コンビニでお弁当でも買ってくることにしましょうかね。

アライグマ

暖かいお日様の光にさそわれて、散歩をしたり、少し山仕事をしたりしました。動いていると汗ばんでくるのですが、こうして窓を開け放した部屋に帰ってしばらくすると、やはり寒く感じます。

ちょっと近所へ出かけて帰ってくると、何やら警備員さんのような格好をした方が二人来ていらして、何かと思えば、アライグマが来ているかどうかの調査だそうです。

県からの委嘱で外来動物の調査をなさっているとかで、特にアライグマなんだそうで、そんな珍しい動物がこんなところに来ているものかと思ったのですが、来た形跡があったそうです。

5本指のひっかき傷、足跡ともに見つかったとのことで、ほらここですと言われても素人にはなかなか分かりません。よく教えていただいてようやく分かったのですが、確かに跡がありました。

うちの裏山には昔から色々な動物たちが棲んでいるのですが、アライグマに追い払われてしまったなどということはあり得るのでしょうか。そう言えばこの冬は狐の鳴く声を耳にすることが少なかったような気がします。

5月にでもなって本当に暖かくなると、昔はよく狸が向拝に現れて、日向ぼっこをしていたものですが、この数年は狸の姿も見ません。確かにアライグマも可愛いのですが、あの日向ぼっこをする狸の愛らしさときたら、言葉では言い表せません。今年は姿を見せてくれるでしょうか。

絶対帰命の信

誠に本願力によるが故に、能行なくして所行の事が無為に成就すと示すが、行信の大義である。かくの如くしてこの純粋現行なる所行の称名の法に就て、始めて大信は一切の作為的能行的祈願心ではなく、又所信の境界的なる所謂自我の概念的心境とか、自我的信念即ち自信力とか、律法的信条とかいうべき不純雑駁なる定散自力の域を超脱して、純一無雑の無二無礙の能信の信たるを得るのであります。能信の信とは所信の定心や能行の散心の自力信に対する本願回向の信の独自の義でります。即ち行に於ける能が定散自力の妄執を示すに対して、信に於ける能こそは絶対帰命の信のみが我等衆生に与えられたる本能であり唯一の権能であることを自証せしめ、之によって無限なる大行の内面的眼界を顕示して、衆生をして名号を念持するの契機を成立せしむるのであります。誠に我等に於て信のみが能なることを示すことによりて行が全く所なるを顕し、行の全く所なるに於て如来の大行力を反顕すると共に、信の能なるに於て衆生の自力無効を反顕するのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

「信に於ける能こそは絶対帰命の信のみが我等衆生に与えられたる本能であり唯一の権能であることを自証せしめ」るとあります。たとえばご開山のおっしゃる自然法爾ということは、こういう言葉が理解の助けになるのではないかと思います。

また、曾我先生は歎異抄にある「宿業」を本能であるとおっしゃっているのですが、ここで使われる本能という言葉の意味が、「宿業」を本能とおっしゃることを理解する助けになるのではないかと思います。

自力・他力の別

全体、行信の大道に於ては、行に自力・他力の別はないのであり、自力・他力の別を生ずるのは信ずる機の純・不純によるとせらるるのであって、この道理の不明瞭の為に、念仏の上に自力と他力とがあるように思うのであります。念仏は固より如来の本願力回向の法でありまして、人間の信・不信を超えて真如一実の功徳宝海であります。自力・他力は信に在って行に在らざる所であります。自力念仏・他力念仏というは念仏の法そのものの区別でなく、之に於ける信の純・不純にあるのであります。私共はこの一事に深く明らかに反省すべきであります。
(中略)
信は行に批判さるべきであって行を批判すべきではありません。行は絶対にして何ものにも批判せられません。信は行に批判せられるによりて能く証を批判することを得るというのが、行信の大道であります。
(曾我先生「行信之道」より)

「行に自力・他力の別はないのであり、自力・他力の別を生ずるのは信ずる機の純・不純による」というのは、ただでも耳が痛いのになおさら痛い言葉です。信ずる機に純ということはなく、「信は行に批判せられる」ときには「信ずる機」は必ず不純である。

その不純なる「信ずる機」のことを抜きにして証に垂涎する頃にはもう不純にも慣れてしまって何が純で何が不純かも分からない。だからこそ平気で言えることをどれだけ言っていることでしょう。

最新技術

確か97年にここにサイトを開設して、今年は2011年。わけも分からないままに、たぶんこれでいいのだろうと始めたのですが、今も手元にある最初のhtmlファイルを見てみると、何ともいえない記述ばかりです。

いまもW3Cなどのお墨付きなどいただけないいい加減な記述ばかりしているのですが、これから先はついて行けそうにもありません。とあるウェブ・サイト制作者さんのブログを久しぶりにながめてみて、そう思いました。

CSSの導入ということだけでも私には大変だったのですが、HTML5だCSS3だと言われると、それが便利だと分かっても勉強する気にもなれそうになく、自分には使いこなせないだろうとあきらめが先に立ちます。

考えてみればブラウザ自体も随分と変わりました。確かInternetExplorerなどというのは最初はシェアウェアではなかったでしょうか。それが今ではWindowsに標準装備され、Mac用のもあり、バージョンは8になっているわけです。

しかも次期バージョンの開発も進んでいて、ベータ版などもでているようです。ブラウザがどんどん新しくなってもHTML1.0でも XHTML1.0でも通用するんでしょうね?最新技術は専門家さんにお任せして、ここはそれこそ時代おくれでいようと思います。

理念化、律法化

全体、我々の常識に随えば、何処までも信・行の次第でありまして、かかる信は信仰とか信念とかいわれ、寧ろ所信の境界を顕す語であり、行こそ行為とか行業とか作為とかの意義であって、寧ろ我等如何に為すべきかという能行を顕すものであります。茲に信が理念化し、行が律法化する所以であります。今之に対して所行の法に対する能行の信なく、能信の信に対する所信の行なきことを顕して、所行の法を全うじて我等をして能信の信を成就せしめ、この能信の信を全うじて所行の法に帰入せしむるのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

「何処までも」と仰るのがどこまでなのか、「能信の信を全うじて所行の法に帰入せしむる」ということは一応は分かるのですが、我々はやはり「常識」に随っているのであり、逆に、所行の法に帰入せしめられることを何かしら神秘的なことにしてしまっているようなところがあるのではないかと思います。

実際のところ「信が理念化し、行が律法化」した仏教の歴史があるわけで、それこそが仏教であるとされている現実もあるわけです。そういうところに原因があるのではないかと思われるいくつかのことを考えるとき、極端にいえば、浄土の真宗という教えは、一旦は、まったく個人に留め置かれるべきでないかと思えます。

そうでなければ自ら好んで神秘主義に陥り、あるいは看板だけが真宗で中身は通俗習慣ばかりになるのではないでしょうか。「何処までも」が他力廻向を超えるなどということはないのですが、人間の都合は勝手な解釈で超えさせてしまうかも知れません。

不思議な感情

缶入りのど飴の空き缶を灰皿代わりにいつも持ち歩いています。タバコ屋さんに置いてあるような携帯灰皿は吸い殻が少ししか入りませんし、すぐに汚れます。そもそもあれは使い捨てを前提にしているのではないでしょうか。

のど飴の缶を出すとのど飴をなめると思う人もいらっしゃるようで、次に煙草を取り出して火をつけると驚かれることもあります。煙草を吸って、のど飴なめるというのもおかしな話だと仰る方もあります。

知っていて下さる方もあって、のど飴の缶を取り出すと慌てて灰皿を取りに行って、これを使って下さいと仰る方もあります。最近では灰皿が置いてある家はもうほとんどありません。

今日お伺いした家でお出会いした方に「それ、うちのおじいさんが吸うたはった煙草やわ」と懐かしがられました。その方の仰る「うちのおじいさん」が20年ほど前に70歳を過ぎて亡くなられた方だと聞いて、何とも不思議な感情がおこりました。

それを言い表そうと思うのですが、やはり何とも言いようがありません。不思議な感情です。ちなみに、肺ガンとかではなく、20年前でも珍しくなってきていたに違いない老衰で亡くなられたそうです。

念仏、称名

真実教に於ける大行が唱題の如く唱名と云わずして称名と呼ばれ、又それが念仏と云わるる所以のものは、源、如来の第十七・第十八の本願に由来する所であります。即ち念仏の念は本より憶念の義であって憶持、念持、摂持、執持、摂取、不忘不捨の意であります。又称名の称は称揚、称讃、称嘆、咨嗟、称量、称計の意であります。即ち念仏は如来の本願を名号に就て憶念執持して不忘不失なる意味であり、称名は如来正覚の光明の果徳を名号に就て称讃し称計するの意味であります。即ち因にありては念仏というべく、果にありては称名というべきであります。故に正しく如来の因位の願心を開顕する所の第十八願には衆生の念仏を往生の正業・正因と誓い、果上の正覚の大行開明する所の第十七願には諸仏の称名を誓い給うのであって、念と称とは固より南無阿弥陀仏に於て一体でありますけれども、因位の本願と果上の光明とその義を異にするものであります。
(曾我先生「行信之道」より)

何も付け加えるようなことはありません。

ここで仰ってあることに関して思いますのは、我々に因を作る能力があり、因を作って予定の果を得ようとすることの愚かさであり、因だけでなく、縁ということについても我々にそれを作る能力などないということです。

これは明らかに知るべきであると思います。因・縁ともに我々はただ賜るのであって、因を成し、あるいは縁を作るということは果(仏の)から因をうかがうところに菩薩の業としてあったことである。

そもそも、そうでなければ本願念仏などということはもとよりないものである。これにつけて思いますに、あるいは本願念仏ということ、念仏、称名ということをないものにする、少なくともその意義というものをないものにする衆生がまさに「因縁をつけた」ものが、このごろ大手をふるっているのでないか。

もっとも、この頃に限ったことではないのでしょう。

仏法力不可思議

曇鸞大師の『往生論註』に於きまして、天親菩薩の『浄土論』の長行の處に於て「云何が彼の仏国土の荘厳功徳を観察するや」とこう問題を提出しまして、「彼の仏国土の荘厳功徳は不可思議の力を成就せるが故に」と自ら解答してあります。その『浄土論』の文を『論註』に解釈して五種の不思議というものを述べてありますが、五種の不思議というのは、

一に衆生多生不可思議、衆生の種子というものは何程あるものであるか、無量無数であって過去幾千億年間に如何程死滅しても、死滅するに随って新たに限りなく生々して尽る所がない、誠に不増不滅である、之を衆生多少不可思議という。

二に業力不可思議、これは上は人間より下等動物に至るまで、衆生が本能に与えられたるそれぞれの業力というものを以て幾多の生を重ね、如何なる犠牲を払うても各自の世界を作って無窮の流転を続ける、これは人間の理知の境界を超えて不可思議である、これが衆生界に於ける業力の不可思議である。

三には龍力不可思議、これは自然界の現象を説いたものでないかと思います。忽ちにして海中の龍王が風を起し雲を起して上昇し、忽ちにして雨を降らし気温を変じ地震を起す等々、これは龍力の不可思議である。自然界の大きな現象の変化原因を龍力の不可思議と云ったのです。

四に禅定力不可思議、これは人間精神の力である。

以上四種の不可思議は概して神秘主義的不可思議であり、不可知的不思議であり、奇怪的驚異的不思議であり、理知的疑惑的不思議であり、結局、迷信的心理状態である。それに悩まされるも、了解すればやがて消滅する不思議である。


終に第五仏法力不可思議、これは諸法平等の大道であり、因縁の法でありまして、外面は何の奇もなき如是の法であるが、仏法の大海は如是の正信から開かれる。この仏法中にこそそれが核心であって、他はそれの外皮に過ぎぬのである。その仏法不可思議とは弥陀弘誓の国であり、これが伝統の教である。
これに二の力がある。「一には業力、謂く法蔵菩薩の出世善根大願業力に成ぜられる」と、「二には定力、謂く正覚阿弥陀法王の善住持力に摂められる」とである。
(曾我先生「行信之道」より 改行などは管理人によります)

全くの備忘録として記事にするだけのことで、何も付け加えることなどはありません。

で、たとえば、龍力不可思議というようなものを「主」とするなら、どういうことになるのでしょう。また、たとえば修定主義ということなどは禅定力不可思議を突出させたところにあるものなのではないでしょうか。

今日はお講さん

雲がかかれば雪が降り、雲が去れば晴れるなか、今日はお講さんでした。縁側に少し雪が積もっていたので箒ではいて、階段にビニールシートをかけていたら早くも当番の方が来て下さいました。

当番の方に任せることは任せて、お日様があたればすぐに溶けそうな雪でしたので、境内への石段の雪も箒で掃くことができまして、有り難いことでした。

「仕事」というなら山道の雪かきなどこそが仕事なのでしょう。なんと言えばいいのか、税務の面から言えば僧侶もサラリーマンなのですが、お念仏もうすことが「仕事」であるなら、その仕事によっていただくサラリーで贅沢品でも買えば、どういうことになるのでしょう。

理屈

他力回向という道理は、つまり云えば、有難いというて戴くこと。他力回向ということは別段の教理であるなどというかも知れんけれども、要するに心から報恩謝徳の念を以て有難いと仏の前に頭がさがる道理、法の前に自力無効と機の頭がさがる、法を機が戴くのであると、こういうことになる。それが他力回向の道理である。回向ということは理屈でも何でもない。唯我々が本当に有難いという所、知恩報徳の知恩という道理が有難いという感情でしょう。報恩の根本にはどうしても知恩ということがありましょう。「釈迦・弥陀の慈悲よりぞ 願作仏心はえしめたる 信心の智慧にいりてこそ 仏恩報ずる身とはなれ」。信心の智慧というのは知恩のことです。唯この知恩によってこそ仏恩報ずる身となる。仏恩の深重なることを信知してこそ報恩の行を智慧の念仏と呼ぶのである。
(曾我先生「行信之道」より)

「回向ということは理屈でも何でもない。」と仰ってありますが、「理屈でも何でもない」ということ自体が理屈にならざるを得ないのが常に凡夫の現在であり、特に今日的な凡夫の状況ではないかという気がします。

凡夫は眼鏡をかけても凡夫なのですが、かける眼鏡によってはかえって見えるべきものごとが見えなくなるようです。仏恩の深重なること、それがわからないから理屈になり、あるいは理屈になるからわからなくなり、余計に見えなくなる眼鏡をかけるわけです。

古き良き時代などという言い方がありますが、現状に満足がないときに古き時代が良き時代として思い返されるのが常であって、懐古は現状の不満足であって、いつの時代も良き時代などというものではなかったのではないでしょうか。

サーバ・ダウン

雪降りです。天気予報でもそう言っていましたし、もう珍しくもないのですが、雪が降っています。どちらかというと牡丹雪で、つまり今までの雪降りの日ほど気温は低くないのでしょう。

珍しくもない雪降りの日に、珍しく契約プロバイダーさんのサーバがダウンしました。午前8時過ぎからの4時間ほどのことですが、httpもftpもメイル・サーバも同時にダウンしていましたので、ちょっと気をもみました。

ウェブ・サイトつくりをお手伝いしている所からの更新依頼メイルが最近やたらと多く、しかもそこが今日から3連休で、シャッターは閉まっているけれども中で仕事をなさっているわけです。

一昨日も画像の入れかえの依頼がありまして、ファイル添付のメイルです。長い間添付ファイル付きのメイルは受け取らないと言っていたのですが、もうそんなことは言っていられません。

開いてみたら担当者さんが慌てておられたのか、添付の指定がファイルではなくディレクトリ(フォルダ)になっていて、エディタで開いてASCII文字をSjisに変換したら、その担当者さんの名前らしきものが一部かも知れませんが分かってしまいました。

すぐに再送付をお願いしておいたのですが、とどいたのが昨日のお昼前。どうもメイルの確認は1日に1〜2度のようです。サーバ・ダウンの間にメイルが来ていた可能性もあるかと思って調べてみたのですが、今日のサーバ・ダウンはメイルの受信も止まっていたようです。

一番困るのはメイル・ボックスに入れるだけ入れて、入れたデータを復旧時に消去してしまうことで、そういうこともいまだに可能性としてはあるのでしょうね。私はウェブのメイルなどという機能を信頼していないのですが、メイルあってこその仕事というのもあるんでしょうね。

「仕事」

凡夫ということに本当に徹底した人が、真の聖者と称せられるのであります。それをば権化仁というのであります。だから祖聖は浄土からおいでになった、ただびとではない。ただびととはどんなことか、凡夫のことです。我々の凡夫というのは自己弁護の為の凡夫だから、天狗のようになったものをいう。そういうものが俗にただびとといわれるものです。その鼻の折れた人が、それが本当のただびと、凡夫であります。だから愚禿親鸞がつまり親鸞聖人と称せらるるのであります。愚禿と仰せられるから聖人というのは間違うている、愚禿といえばいいのじゃというかも知れませんが、自ら愚禿と謙下するお方に此方は頭があがらんのです。崇めざるを得ないわけでありましょう。それこそ権化仁という。
(曾我先生「行信之道」より)

「我々の凡夫というのは自己弁護の為の凡夫だから、天狗のようになったものをいう。そういうものが俗にただびとといわれるものです。」と仰るのをみてそれ見たことかと思っているこの私もまた「天狗のようになったもの」であります。

・・・こういう文脈の文章をどれほど目にすることでしょう。「私もまた〜」「〜が問われている」とさえ言っておればよいかのような文章は、そういうものを私も書くのですが、いわゆる「よそ行き」で、本音ともうしますか、本当のところを隠している。

隠さなければならないほどに本当のところは醜いのでありまして、さらけ出そうにも、さらけ出すところにすでに自己弁護がまじわってしまうのです。それが凡夫の本当のところだと思います。

坊主が人間をやっているのでなく、人間が坊主をしているというようなことを言う人がいますが、たとえばこれなどは「坊主」という言葉に何を既定のこととしているのでしょう。

真宗の坊主がお念仏もうすのは、もはや「仕事」でしかないのではないか。そんなことを思ったりしてしまいます。

善男子・善女人

真実清浄純粋の絶対善というのは、唯お念仏より外にないのである。本当に悪人がお念仏を戴く所に、始めて善男子・善女人といわれる。善男子・善女人とは、親さまの方から善男子・善女人と呼んで下さるのである。此方の方からいうのではないのであります。この頃では一般に素朴な無教育な人間を卑めて善男子・善女人というて居りますが、そうではないのでありましょう。仏さまが善男子・善女人と云って下さる、それは一面に本来凡夫であるということを示して下さるのであります。茲に実業の凡夫とは宿業に悩む所の実の凡夫ということであります。実業の凡夫ということは重ね言葉であって、実業といえば凡夫に定っていることでありますが、実業に非ざる凡夫というものはなく、亦凡夫に非ざる実業というものもないのでありましょうが、善導大師は二つ重ねて仰しゃったものであります。これは已に申し上げたのでありまして、この仏法というものを正受し感動するものが実業の凡夫である。実業の凡夫であるからして法が正受せられるのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

『観無量寿経』にでてくる韋提希夫人を大権の聖者とみるのか、あるいは実業の凡夫とみるのかということについてお話ししておられるところで、付け加えることはありません。

ただ、「この頃では一般に素朴な無教育な人間を卑めて善男子・善女人というて居りますが、そうではないのでありましょう。」と仰ってあって、おもしろいことだと思います。

最近に当てはめるなら「おりこうさん」が「素朴な無教育な人間」を「善男子・善女人」と言っていそうなものですが、どうもそうでもないようです。この頃では一般には誰も誰かのことを「善男子・善女人」とは言っていないようです。

それだけならまだよいのかも知れません。「善男子・善女人とは、親さまの方から善男子・善女人と呼んで下さるのである。」とあるように本当にお念仏を戴く所に、親さまの方から善男子・善女人と呼んで下さるということもないような気がします。

反比例して、「此方の方からいうのではない」ということを知識として知っている人は多くなっているのでしょうね。

衆生の善

それから又無礙光明という處には、そこに本当に易行の大道、易行の道がある。衆生の無明煩悩に障えられず、衆生の煩悩の底までも入って成就して下さるという所に、易行ということが示されているのでありまして、円融至徳嘉号転悪成徳正智、円融ということは万徳全体統一円満融通して無礙自在の妙周をなすのでしょう。現実の人生にあっては長所は同時に短所であり、甲の善は乙に対して悪であり、甲の悪が却って乙の善とする所であり、一人にあっても各人相互にあっても、内に満足なく外に相互に障害せざるを得ないのでありますが、名号の世界は完全円満の至徳を成就するが故に、衆生の悪も之に帰すれば自然に無礙に転じて至徳を成ずるのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

こういうところを抜き書きするについては、私のような者には魂胆があるのです。どういう魂胆かは、これは言うわけにはいきませんけれども、おおよそ察しはつきそうなものです。

ですから何も付け加えて書くことなどないのですが、ただ一つだけ言っておくとすれば、「衆生の悪も之に帰すれば自然に無礙に転じて至徳を成ずるのであります」と仰ってあるところの、「衆生の悪」は「衆生の善」としても同じだということです。

なるほど我々は「現実の人生に」あるものだから、衆生の悪は困ったものでどうにかせねばならないと思い、衆生の善はいっこうに問題にもしないのですが、だからこそ余計に厄介だとも言えます。

電子書籍

曾我先生の「行信之道」を読み返しているのですが、実物の本を読み返すのでなく、かなり前に自分が入力したテキストを読み返しています。本の文字は拡大できませんが、テキスト・エディタとかですと簡単に拡大できます。

電子書籍というものがあるようで、いろいろと経費の節約にもなるのでしょうし、それが価格にも反映されるのでしょう。小さな文字が読みにくければ、好きな大きさに拡大もできるのでしょうから、便利ですね。

たとえばテレビの3D効果などというものには全く興味もないのですが、書籍などの電子化には期待するものがあります。お聖教などはすでにさまざまな方のご苦労あって、すでにほとんどが電子化されていて、便利に使わせていただいています。

自分が入力したものを読み返していて、誤字脱字の多さに驚きます。もともとそれほど緻密な作業が得意な方でないのに加えて、集中力を欠いて、いかにいい加減に入力していたかがよく分かります。

今に伝えられてあるいわゆるお経など、どうなのでしょう。どれほどの人の目と手が関わっているのでしょう。

一生涯

無礙光明破無明闇恵日と、信心の眼を開かしてもらう、これは現在の一念に信心の智慧の眼を与えて下さる、そうして現生不退に住するのである。この一念の信は常に現行しているのである。信の初一念というと過去に済んだように思いますがそうではなく、常に現在に一念の信に裏附けられて、我等の信の相続の行というものがある。信前信後などということを考える、前と後というのは信と行との間、前後の間にどうしても隙があります。信の前念と相続の後念と固定しているならば、その中に何か隙があるのじゃないでしょうか。実はそうではないのでありまして、自力の信は何処までも唯信たるに過ぎませんぬが、如来回向の真信というものは恒に相続現在している行である。それは念仏本願の回向の信心なるが故に自然に所行の法を具して能信を成ずる。故に信は信の位としては純粋に疑蓋無雑の能信であって、能行でも所信でもなく、随ってその意義に於て現在性なしというべきである。唯夫れ所具の行に就て能具の信を現在と名くるのであります。之は行・信の義位を明らかにするものであって、具体的には念仏の信心こそは常に念仏の行に於て憶念不断であり、一生を貫通して現在一念である。
(曾我先生「行信之道」より)

先日、ご門徒のじいちゃんがお浄土にお還りになりました。享年94歳、ほぼ100年の間の一生涯でした。この一生涯というものの長さは、我々の側のと申しますか、我々の頭が考えるならば人によってそれぞれに違いがある。

産声をあげて間もなく終わる一生涯もあれば100年を超す一生涯もあるということになりますが、あくまでもその長さのそれぞれの違いというものは我々の側にある。

「念仏の信心こそは常に念仏の行に於て憶念不断であり、一生を貫通して現在一念である」というようなことを思いますとき、やはり凡夫の世界ともうしますか、我々の業のすべてが転倒を免れないという思いがします。

目が痛い

ドライ・アイというのでしょうか、ストーブをたいている部屋にいることの多いこの時期、どうしても目が痛くなります。私の場合右の目がひどいのですが、目薬をさしても、どうにもなりません。

右の目は左よりもさらにいっそう視力が弱く、閉じても右側の視界が少し狭くなるだけです。つまり利き目が左で、右はほとんどものを見ていない状態です。

どちらもひどい乱視がありますので、見るものが二重三重になるときは右目を閉じた方がいくらか明瞭に見えるくらいです。

このあまりものを見ていない方の右目の方が痛みがひどいのはどういうことなのでしょう。まぶたをマッサージしても何か眼球のどこかに異物が混入しているかのような感じです。

こうやってモニター画面を見ているときでも、気がつくと右目を閉じていたりします。・・・母親がよく目が痛いといいましたっけ。冬でもストーブをつけずにいたことが多かったですし、晩年はテレビを見ずにラジオを聞いていました。

自分も目が痛くならないうちは、そうしたくなる気持ちなど分からなかったのですが、やはり親子ですから同じような道を辿ることになるのでしょう。

「おりこうさん」

現今多くの人は唯本願ということのみを知って、特に重要なる今日果上の仏力ということの意義を了解していないのではないか。
(中略)
若し果上の仏力というものがなかったならば、因位の四十八願というものは徒に設けることになると曇鸞大師は力説して居られる。何故なれば、あの仏力というものに果上の無礙摂取の力があり、この体験が現生不退である。故に若し果上の仏力の証明がないならば、因位の未来往生の本願というものは徒に設けたことになり空想になる。随って単なる本願を信ずる信心は亦徒設仮令の臨終現前の自力の信となる。
(曾我先生「行信之道」より)

「本願」と「仏力」とは全く別の話であるのは分かっているのですが、どうもこういうことを聞きますと、「お念仏の教え」と「お念仏もうす」ということの違いが思えてなりません。

私がどう思うかなどは問題ではないのですが、さまざまなことから感じる最近の「真宗の教え」がお念仏もうすということから離れていっているような印象があり、「単なる本願を信ずる信心」ですら紙に書かれたことになりつつあるのではないかと思えます。

いわゆる「おりこうさん」であってはならないのですが、「おりこうさん」ですらいのも、それはそれで困ったことではあるのでしょう。

昨日の分

昨日と同じく、前の日より暖かくて過ごしやすい日です。先ほどようやく昨日の分のお風呂に入ることができまして、すっきりしました。

昨日も昼間は幾分過ごしやすかったとはいえ、夜ともなるとかなり寒く、それでも身体を動かすとすぐに汗が出てきました。

人数の都合で最終メニューのミニ・ゲームにも入ることになって、若い人にまじって、生きて帰れるように、怪我をしないように、他の人に迷惑をかけないように。

怪我もせず生きて帰ったのですが、汗をかなりかいているのにお風呂に入れません。帰ってきて最初にしたことは漢方の強心剤を飲むことでした。

顔を洗うだけでもかなり気持ちよくなるのは分かっていても、着替えるのがやっとでした。そんな状態になるのなら、もうやめればいいんですけどね?

冬を忍ぶ

今日はこの時間になるとお日様の光に幾分か暖かさも感じられ、少し外の仕事でもしてみようかとも思えるくらいです。例年ならしている外の仕事のすべてが滞ったままです。

軒まわりを歩いてみますと、日陰にはまだ雪が残っています。裏山の竹も雪でたくさん折れているのでしょうが、切りに入るどころか見に行こうという気にもなりません。

簡単に手のつけられることだけをして、いつもの散歩コースを歩いてみたのですが、人の思いつくことというのは誰もが似ているようで、散歩する人に何人も出会いました。

毎年ならこの時期にたくさんの花を咲かせている寒椿が、今年はどうも元気がないようです。椿はあまり本堂の花には適しませんので使うこともほとんどないのですが、ここに赤い色がほしいというようなときには便利です。

早い年ならそろそろふきのとうが顔をのぞかせるのでしょうが、今年はいつ頃になるのでしょう。寒の戻りも何度もあるのでしょうから、まだまだ春を待つよりも冬を忍ぶことの方が多いのでしょう。

「説明」

「いたりてかたきは石なり、いたりてやはらかなるは水なり、水よく石をうがつ」ということがあります。難度海は石である。、難思弘誓は水である。自己否定の力が自然に一切を否定せずんばおかぬのであります。不可思議兆載永劫に於て法蔵菩薩は乃至一念一刹那も御自身を限りなく否定せられたのであります。その力が遂に能く一切衆生をして自力無効を知らしめ、本当に難度海というものはつまり我々の我慢我情の角を折って下さる。我慢我情の角ある為に我々は自ら苦しんでいる、その角を折って下さる所に我々は救われるのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

全くということはないにしろ、同じことを言われても言う人によっては、聞くこちらがすんなりと聞けたり、かえって反感を覚えることもあります。

全くということはないのですが、同じことを言うにしても、分かりやすく言えることと、分かりやすく言おうとするとかえって分かりにくくなり、いわゆる仏教語をそのままに言う方がよいこともあります。

聞くということ、話すということ、どちらも「仏願の生起本末」についてになるのでしょうが、「疑心あることなし」ということは、これは我々の側にその能力があることではないのでしょう。

耳で聞き口で話すときには「説明」を聞き「説明」を話すに過ぎず、説明だけでよしとするのなら、今の風潮はそうなのではないかと思えるのですが、お念仏もうすということは用のないことです。

実は逆で、お念仏もうすことにしか「用」はないのです。

転倒

我々は無明に覆われて我執を起し、所謂「我の相に愚にして無我の理に迷うが故」に逆に実我の執を起す。そうして真実の法というものは内外の諸の因縁よって動くものであるのを、単独なる自我が自由に動くのであると、かくの如くに妄執し、そうして純粋なる業の上に自我が自由に為すものであるとして、自我の権利を主張する。それと不可分の結果に於て、自我の所有権を主張することから却って逆に結果に束縛せられて、それを因なる業から切り離して実体化する、かくして業の自然の一如の象徴の世界を概念化し実体化する、之を転倒の世界という。
(曾我先生「行信之道」より)

こういった転倒の実例と言うべきものは至る所に見られるのであって、言い方を換えれば、見えるものは皆転倒したものであるとも言えるわけです。

見えるものなら更に見る必要がないのであって、それは唯見る主観の反省に於てのみ意義がある。見えざるが故にこそ本当に見るということが成立する、それが即ち本能の世界である。だからして見ることによって見えるものを超えて、愈ヽ見えざるものを見出して来るのでありましょう。見えるものは限られたものであり、見えざるものは無限である。即ち有限に於てのみ無限を見る。それがつまり本能の世界であります。
(曾我先生「行信之道」より)

一種の不思議

これから雪降りになるのかなという気配の空です。灯油を買いに出て、またコンビニへお弁当を買いに出ました。いただき物の野菜など、結構たくさんあるのですが、このところ料理をするのがおっくうです。

何もなければご飯にお塩でもふりかけて食べておけばいいのは分かってはいるのですが、冷蔵庫に一つすぐに食べられるものがあると安心します。雪道を走って買いに行く気にはなりませんから、今のうちに買っておこうということです。

気がつけば今日は日曜日で、国道を走っているとスキー場に出かける車がちらほらとあります。運転しながら、その元気を半分でいいから分けてちょうだいとつぶやいていました。

寒い冬で、雪がたくさん降って困っている人の方が多いのでしょうが、雪が降らなければ降らないで困る人もいらっしゃるわけです。自然というのは人間の思惑を超えて、一種の不思議と言えるのではないかなどと思います。

どなたかがそういうことをおっしゃっていたのではなかったかと、思い出そうとするのですが出てきません。

予定がない日

このごろ、朝、布団から出る前に道を通る車の音を聞きます。雪が積もっているのか、路面が凍っているのか、普通の状態なのか、通る車の音で分かります。舗装されてから、朝早くから通勤時間過ぎまで、たくさんの車が通る道になりました。

今朝などは普通の状態のようで、結構スピードを出して走り去る車が多かったように思いました。雪が積もったり降ったりしていない方がかえって寒さが厳しく感じられ、なかなか布団から出られず、7時を過ぎたのをきっかけにして起きました。

何も予定がない日ですので、何もかもがスロー・ペースであっても差し支えなく、ですから何かしようと思えば時間はいっぱいあるのですが、そういう日に限って何もできません。

あれこれと予定が詰まっているときの方が何かをやろうと思いつくことが多いです。思いつくことも多いし、実際に何かをやれることも多いです。忙しい方がこころを亡くさないということでしょうか。

お講さん

今日は28日、お講さんでした。ときどき雪の降るなか、十数人の方がお参りして下さいました。年の初めに転んで背中を痛がっていたおばあちゃんも、一昨日くらいから痛みもなくなったといって、お参りして下さいました。

すっきりと晴れるということがなく、少しお日様が顔を出したかと思うとまた雪がちらつくようなこのところのお天気は、何とかならないかと思うけれども、何ともならない。何かに似ている。

晴れていても、雪が降っても雨が降っても、耳が遠くて普通の声の大きさでは何も聞こえなかろうがお参りして下さるこういう方々が教えを伝えてきて下さったのだと思う。

ある種の「組織」などというものが伝えたのは、たとえば晴れた日にちょっとおしゃれをして出かけて、メモをとりながら聞く「教えのようなもの」ではなかろうか。

仏法さんというのは毛穴から身に入り込む、そういうものだ。紙に書かれたものはおおかたは知識としてしか蓄積されないし、そもそも蓄積されるかどうかもあやしい。

次元

昨夜のバスケがこたえて、午前中は日課をこなすのが精一杯でした。お昼ご飯をいただいて、少し眠って、ようやく少し動いてみようかという気になるようになりました。

今年に入って3度ほど他チームの人が二人練習に来ていて、一人は顔なじみなのですが、もう一人はまったく初めての人です。身長がおそらく190cmを超えるうえに幅もあってかなり動ける若者です。

昨夜はその二人に加えて知った顔と知らない顔が合わせて三人、計五人の他チーム・メンバーが来ていました。雪降りの夜でしたので、私を入れて全部で11人で、ミニ・ゲームをするだろうから時計と得点係をやればいいと思っていたのですが、あまかったです。最後になって一人脚に違和感を覚えて靴を脱ぎましたので、10分間だけ付き合わされました。

他の人は3ゲーム目なので疲れてはいるのですが、当然私の方が動けないのです。他のチーム・メイトの迷惑にならないようにディフェンスだけはしっかりやろうと思って、180cm以上ある相手プレイヤーにマッチ・アップしていました。

自分より身長のある相手なので身体をはらなければならず、それだけでもかなり体力は消耗します。相手に体重をあずけていて、すかされて転んだりしたのですが、何とか怪我もせずにすみました。

それにしても、ヘルプ・アップで190cmを超える幅もある若い人がドリブルで突進してくるコースを塞いだときの怖さは今までに感じたことのないものでした。バスケットボールという同じスポーツでありながら、完全に次元が違っています。

郵便受

新聞をとらなくなって4ヶ月ほどがたちますが、直接困るということはありません。古新聞が必要なときは親戚の家にもらいに行きます。間接的に困ることが一つありまして、困るというほどのことでもないのですが。

新聞をとっているときには一応毎朝郵便受けへ新聞を取りに行き、ついでに郵便物も受け取っていたのですが、最近では気がついたときしか郵便受けを見ません。

郵便物といってもカタログなどが多くて、大切なものが入っていることがほとんどありませんので、毎日郵便受けを見に行くという癖はつけられそうもありません。

困るのは急ぎの回覧板が郵便受けに入れられている時です。「至急回覧願います」と書かれている回覧板でも急ぐ必要のあるものはほとんどないのですが、うちで何日も寝かせておくわけにもいきません。

土筆が顔を出して朝の散歩を再開するようにでもなれば毎朝郵便受けを見るのでしょうが、さて、どのくらい先の話になるのでしょうか。

「今日的問題」

我々はこの国土というものと人間というものは別々のものと考え、そうして国土というものを唯人間の何か実用に供するもののように、生活上に便宜を与えられるものであるように考えて居ります。加之、段々推してみますというと自分以外、つまり人間以外のものは凡て人間の便利の為にあるのだ、こういう風に考える。所謂自分以外の人間すら自分の便宜の為にあるのだという風に考える。そうして人間中心の考、それを更につづめてみますと自己中心の考というものが出来上る。それをそこにちゃんと坐りを置いていろいろの理想を浮べる。世界だとか、万物の霊だとか、人類平等だとか、正義だとか、自由だとか、如何にも麗しい抽象的な理想というものを構成して来るけれども、これ等の理想はその現実というものを突き詰めてみると自我というものを主張するに外ならぬ。そういうものが西洋思想の一般の基調であり、又日本人も明治以来、一度はそういう思想の洗礼を受けて来たのではないか。それがいろいろの今日の思想問題になっているのではなかろうかと思うのであります。
(曾我先生「行信之道」より)

西洋に端を発する近代合理主義を無批判に受け入れてきたことへの反省のような文章なら、最近あちこちでよくお目にかかります。特に「自己中心」的であること、あるいはそのことに無自覚であることへの自己批判などは、仏教とは一線をおく分野にも多々見られる文脈です。

曾我先生の「行信之道」は戦前の講話であり、そのなかで「日本人も明治以来、一度はそういう思想の洗礼を受けて来たのではないか。それがいろいろの今日の思想問題になっているのではなかろうかと思うのであります」とおっしゃってあるわけです。

特に「明治以来、一度はそういう思想の洗礼を受けて来た」とあるのが興味深いところで、戦後60数年を経るなかで「いろいろの今日の思想問題になっているのではなかろうか」とまた同じことを言わざるを得ない状況が現在しているということになります。

今日的問題と言われるものの多くは、実際は今日的であるのではなく、実に人間的と言いますか、世間道に常にありがちな問題を根源としているのであって、人間は何ら人間に普遍の問題をいっこうに解決できないものであるということが言えるのでないかとあらためて思います。

バスケの靴

きのうバスケットボールの靴を買ってしまいました。5年半履いた靴は底の部分のエッジがすり減ってまぁるくなってしまっていて、かなり前から怖い思いを何度もしていたのですが、我慢の限界です。

ブランド物ならどこかのスポーツ用具専門店で買うより安く買えると教えられていたお店はもともと婦人服か何かを売っていた個人商店さんなのですが、今ではスポーツ用品しか置いていないようなお店です。

今まで、つまり5年半前までということになりますが、バスケの靴にはこだわりがあり、お相撲さんが「明日行きます」と言うとこんな感じに聞こえるんじゃないかという有名メーカーの永遠のシリーズしか買ったことがありませんでした。

今回は、そのシリーズの一番安価な物を買おうと思っていたのですが、安いのならこんなのもありますよと言われて、値段が2500円でしたので、もう長くは履くこともないだろうと思ってそれを買ってしまいました。靴底のパターンが今までのものとは違いますので不安はあるのですが、最悪の場合、山仕事専門の靴にしてもいいわけです。

買おうと思っていた靴は思うほど値段が落ちません。私のようにそのシリーズでないと駄目という人が多いのでしょうか、最高級品は2万円を超しますし、廉価版でも1万円を超します。靴にしろ衣類にしろかなり安価なものが多くなっているなか、やはり「ブランド」がモノを言うのでしょうか。

掃除

昨夜の運動で疲れ切って、夜もあまり眠れぬままに数時間ごとに2度3度と目を覚ましてはまた浅い眠りに落ち、何度目かに目を覚ましたのは4時過ぎで、それではいかにも早すぎるし、だいいち寒すぎると思ってまた寝て、ようやく起きたら7時過ぎになっていました。

遅い朝のお勤めをすませて、食欲がないので朝ご飯は抜きにしてネットに出ていつもの巡回をしていたのですが、今日は村の納税の日だったことを思い出して、あわてて納めに行きました。自治会費のようなものですが、半期に一度3万円弱の支出はこたえます。

帰ってくると作業着姿のおばちゃん、ばあちゃんと言った方が当たっているかもしれませんが、5・6人掃除にきてくださいました。明日、何かの会場を引き受けていたようで、ひどく散らかっているわけでもないものの、あまりきれいだともいえない状態の境内を掃除です。

ありがたいもので、大勢ですると他の人のがんばりにつられて仕事がはかどりますし、一人でならそこまではしないというようなところまで手が回ります。体の疲れもかなりきついのですが、不思議と動けるのはおばちゃんたちのパワーをいただくからでしょうか。

本願の宗教

本願の宗教は、実践の方面よりは行信道と名け、従来の信行道と区別せらるべきものである。蓋し信行道に在っては先ず信を以て所信の理想として自我を先想し、次でこの所信の心境を実現し、人生を創造せんが為に能行するのである。かくて信行道に在っては所信・能行の次第である。而も所信の要は能行に帰するを以て、信行道は略して行道と呼ばるる所以である。

然るに行信道に在っては、行は是れ所行の法、信は是れ能信の機と解釈せられ、仏祖伝統の法爾自然の所行の名号に就て新たに疑蓋無雑の能信の信楽を樹立する道である。教・行・証の三法に於て正しく所信と名くべきは教である。その教の本体なる名号は単なる彼岸的所信ではなく、本願力回向の此岸の大行の故に本願の名号は即ち称名念仏であり、阿修羅の琴の皷者なくして而も音曲業道自然なるが如く、如来の名号は本願力の故に能称の実者なしと雖も称名憶念は自然である。随って仏祖伝燈の称名念仏が直に純粋現行としての所行の義を成じ、それ以上に形而上学的神秘的独我論なる心霊を理念せざる所に、本願力回向の真宗なる行信道の特性が在り、茲に所行の体を全うじて而もそれを超えて深く如来の願心を開顕する所の、純一無雑の能信を生成する所以が在る。而してそれが亦唯信道と称せらるる所以も茲に存する。
(曾我先生「行信之道」の序文より)

「行信之道」を少しばかり読み返してみて、序文からいきなりこれほどの大事が述べられていたのかと驚きました。

ここにも何度も書きましたが、教行信証の総序を一部を除いて「聖句」としたのなら、やはり「三帰依文」などよりこちらを用いるべきではないかと思います。難しいということではどちらも難しいわけですが、難しさの質は違います。

聞思莫遅慮

誠哉、摂取不捨真言、超世希有正法、聞思莫遅慮。

ここには特に摂取不捨というのを体験の事実と顕して、誠哉、摂取不捨真言超世希有正法と仰せられたのである。摂取不捨は『観経』、希有は『阿弥陀経』、超世は『大経』と、三経の語を取ってある。
 そうして三経の意を総じて挙げて、聞思莫遅慮と仰せられた。聞思ということは『信巻』の末巻に『涅槃経』を引いて、『大経』本願成就の文には唯聞其名号とあって聞思其名号とはないが、聞其名号ということは南無阿弥陀仏という言葉を但徒に聞くのじゃない、名号の意味を聞思するのじゃ、だから、然経言聞者、衆生聞仏願生起本末無有疑心、是曰聞と釈されているのであります。それを今聞思してと仰せられたのであります。仏願の生起本末を聞思して大疑已に無し、今更に何を躊躇遅慮するのであるか。これは前に疑網というに対して今遅慮と仰せられたのであります。
 善導大師の法の深信釈の文に無疑無慮乗彼願力と、総じて無疑、別して無慮という。明瞭に法を疑うという程でないけれども、何か知ら最期の所に二の足を踏むのであります。進んで法を疑うというわけはないけれども、退いて機を疑い心が奮起せぬのであります。心に精進がない。これがつまり遅慮というのでありましょう。これは疑は直接に法を疑うのであり、慮は何か機に就ての疑いというものがあるのであります。
(曾我 量深師『行信之道』47「果遂の誓に於ける喜びの経と悲しみの緯」より抄出)


「聞思」ということ、「遅慮」ということについての曾我先生の言葉を抜き出してみました。本来はここらここらも読んだ方がよいのでしょう。

何も曾我先生の言葉を引かなくてもよいわけで、「誠哉、摂取不捨真言、超世希有正法、聞思莫遅慮。」という文章を読めば、何を聞思し何を遅慮すること莫れかは分かると思います。

聞思

何気なく国語辞典には掲載のないある言葉をキーワードにして検索していたらある大学のサイトに行き着き、そこの先生が書いておかれるらしい文章に出会いました。

検索のキーワードにした言葉については私なりのいただき方もあるのですが、その大学の先生の文章の内容と相容れるところはありません。具体的なことをもっと書けばいいのでしょうが、「聞思」の「思」ということが何を対象とするかがまったく逆であるというにとどめます。

確かに今時の学生さんにご本願やお念仏ということは理解され難いと予定することはありがちなことなのでしょう。しかしながら、有り難い教えの根本のところを、それが理解されることが難しいだろうというような理由で、いわば今風にアレンジするようなことは、いかがなものかと感じます。

考えてみれば、仏教というのはそんな風な「アレンジ」によってまったく仏教にあらざるものに変化してしまった歴史もあったわけで、受け入れられやすいようにアレンジするということは、たとえばお釈迦さまがアートマンという言葉を用いてアナートマンを説かれたのとはまったく意味合いが違います。

注射

今夜のバスケットボールの練習に備えてビタミン剤の注射をしてもらいに行きました。この時期は風邪をひいておられる方が多く、病院などへ行くとうつされるのではないかという不安があります。

診察が始まる時間に合わせてできるだけ早く行ったからなのかも知れませんが、来ている方も知らないばあちゃん一人だけ、風邪ひきではなさそうで安心しました。

注射をしてもらうと、まず目が楽になります。ほとんどすぐにと言っていいくらい早く効くのがわかります。ほぼ1ヶ月に一度の頻度で注射してもらうのですが、二週間に一度でもいいかなと思ってしまいます。逆に言えば、常に眼がかなり疲れている状態だということなのでしょうか。

厳しい寒さ

昨日までの3日間は本当に厳しい寒さでした。日曜の朝は本堂へ行くのが「怖くて」、半時間ほども台所でコーヒーを飲みながらぐずぐずしていました。その台所もかなり寒いんだからと思い切るまでにかなり時間がかかりまして、いざ本堂へ行ってみると、台所とは比べものにならない寒さでした。

頭を坊主頭にしたのが5年ほど前のことで、それ以来のことだと思うのですが、寒さが頭にこたえて目眩がしますし、声が大きかったりすると心臓に負担がかかるのがはっきりと分かります。

朝夕のお勤めというのは「行」ではないのですが、特に正信念仏偈だけでなく「お経」もお勤めするようになってから、それがいつまで続けられるかが気になるようになりまして、どうも「行」に近いものになってしまっています。

夏場の朝5時に声を出していて汗をかくのも困ったものですが、冬場の朝7時、このごろは7時くらいになっていますが、目眩がしてくるのは困ると言うより怖いです。まだ「老人」と言われる歳ではないのでしょうが、一人暮らしだということもありますし、ね。

今日は少しは寒さも緩んだのですが、まだまだ寒波の来襲は3月くらいまでは続くのですから、背中に電気ストーブでも置くとか、対策を考えなければならなくなるのでしょうかね。電気ストーブでも置くと言っても、それはお金の要る話です。

サイトは維持するもの

巡回ロボットのアクセスをほぼすべて拒否して、月に一度程度の更新だけを自分で楽しんでいたこのサイトを再構築し始めたのが一昨年の今日くらいからだったと記憶しています。

いわゆるブログ形式にしたトップ・ページの記事のログを見てみますと、一昨年の1月25日から始まって昨日までの分があります。再構築にあたって「見た目」も変えたのですが、この作業が結構手間取ったのを覚えています。

何しろ他人さまが作っておいて下さったblogスクリプトのcssをほぼ全部いじり、それに合わせて他のもとからあったカテゴリと言うべきものの「見た目」も全部変えました。

見た目は変えたのですが、97年にここにサイトを開いた当初からのファイルも、文字コードを変えるなど、一部手を加えたりして使っています。

10年以上も前に書いたことなど、もう今となっては何が言いたかったのかが分からなかったり、読み返すとはずかしいような内容があったりしたのですが、それもまた今に至る過程ということで、削除もしないままにしています。

昨日(ようやく?)検索にひっかかった京都教区のサイトも、少なくとも10年は維持し、更新も1ヶ月に一度はしてほしいものです。

京都教区のウェッブ・サイト

京都教区のウェッブ・サイトがテスト公開されているようです。こちらです。

詳しくはみていないのですが、javascriptが有効でないと何も表示されないままで、しかも<noscript>で代替テキストもなかったり、申請用紙のダウンロードなどはまだリンクがつながっていません。

一般のご門徒さんを意識したサイト作りにはなっていないようで、それなら寺院教会名簿があるわけですから教区内の寺院の電話番号やgoogle earthを使った地図表示なんてのは、特に意味があるとも思えません。

wordpressは私も別サイトで使ったことがあり、あそこまで作るのが大変な苦労なのはわかるのですが、何かしら違うように思います。何のためのサイトを作っているのか、その目的が見えてきませんし、自目的的だとしか思えないのですが、どうでしょう。

昭和64年

昭和は63年までということらしいですが、64年1月7日までありました。ちょうど昭和天皇と同じ日に、数時間早かったのだと覚えていますが、お浄土へ還られた方があって、枕勤めにお参りしました。

丸22年前のことですが、通夜勤行のあとお話ししたことも少しは覚えていますし、その他の細々としたことも覚えています。その当時はまだ町に葬祭のホールもありませんでしたので、ご自宅での葬儀でした。

その昭和64年1月7日にご主人を亡くされたばあちゃんが、村の中の女の人では最高齢だと思うのですが、お正月早々に転んで軽いけがをなさったもののお元気で、23回忌法要にもお参りしていてくださいました。

そのばあちゃんではないのですが、他寺のご門徒のある家のばあちゃんの葬儀がありました。で、村の中の女性では最高齢のそのばあちゃん、「私みたいなもんが残って私より若い人がまた先にいかはった」とおっしゃいます。

おおかた60年は聞法をなさって来られた方です。「ほんまに不思議やな。南無阿弥陀仏がありゃこそやな」とおっしゃいます。

今夜から

身体の疲れは昨日よりははるかにましなのですが、寒さはいっそう厳しいようです。明日からはまた一段と寒くなるのだとか、ラニーニョと北極振動でしたっけ?どうにかならないものかと思ってしまいいます。

町のほぼ中央部を通る国道があって、1号線と8号線との橋渡し的な位置にありますので結構たくさんの車が通るのですが、町中から少しはずれた場所にちょっとした峠があり、峠のてっぺんに信号があります。

この国道は片側一車線、峠に雪が積もっていると、冬タイヤをはいていても大きなトラックなどの場合、信号でいったん止まると坂道で発進できないことがあるようです。

この冬すでに2度通行止めになったそうです。一度目は本当にトラックが斜めに斜線を塞いで動けなくなって、二度目はそれに懲りて雪が積もった時点でこの峠部分をすぐに通行止めにしたんだとか。

近所の街からわざわざこの田舎町へ通勤なさっている方もあるのですが、普段は半時間の道に2時間かかったそうです。毎年こういうことが起こる場所なら峠のてっぺんに信号なんて設置しなくて済むようになさったんでしょうが、そこまで積雪を考慮しなくてよかったから信号があるんでしょう。

こういうことがあと2年ほども続いて起こると、どこからか話が持ち上がって、峠のてっぺんに信号がなくてもよいように、国道の道路工事が始まるんでしょうね。もっとも、そんな工事をする予算があればの話ですけれどもね。

今夜からまた雪が降るという天気予報が出ています。

半病人

昨夜のバスケの初練習がこたえて,半病人のような状態になっていますが,疲れが出るのが翌日とは,まだまだ若いのか知らんとも思えてくるわけです.

それでも本当に若いなら,あれしきの身体の動かしようでは疲れるわけもなく,そもそも昨夜の練習で汗をかいていたのは私だけでした.ほぼ3週間の休みの間ほとんど何も運動をしていませんでした.

おまけにまた今日も寒い.昨夜洗濯機にかけて洗濯が終わっているものを今朝干すとき,手に感じた空気の寒さは近年にない寒さで,案の定今朝のお勤めで声を少し張っていたら目眩がしてきました.

なんと言えばいいのでしょうか,身体の組織の一つひとつに少しずつ鉛が入り込んだような感じです.バカな文章を書くのもたいがいにして,少し横になろうと思います.

修正会

「修正会」(Wikipediaより引用、ここから)

この法会は、前年を反省して悪を正し、新年の国家安泰、五穀豊穣などを祈願するものである。期間は基本的に7日間であるが、寺院などによって期間が異なる。(ここまで)

いわゆる「東本願寺」でも修正会は行われるようですが、やはり「仏恩報謝の思いをもって新しい年にのぞむ仏事」という真宗ならではの意味のようです。既存の仏教一般の行事に「真宗的な意味」を付加したというような感じがします。

修正会という言い方、特に「修」ということに何かしら違和感を覚えるのは私だけではないようで、はるか以前に修正会という言い方を使ったときに何人かの方から質問されて、結局「新年の集い」というような言い方に変えた覚えがあります。

鎌倉時代には新興宗教に近いものであったに違いない真宗が、宗派としての体裁を整えていく課程で既存他宗の儀式、作法などを取り入れていったということなのでしょうか。ひとつの「宗」として認められるためにはそういうことも必要だったということなのでしょうか。

7枚

朝の本堂でのお勤めのとき、寒くて、さて服を何枚着ているのだろうと思って、口には勝手にお経の文言を唱えさせながら頭で考えてみると、何と下着も入れて全部で7枚着ていました。

5枚着ていて寒くて6枚になり、それがついに7枚になったわけで、この冬の寒さのせいだけでなく、歳も関係しているのかなと思ったり、この2年弱の間に5kgほど体重が落ちたことも関係があるのかなと思ったりしています。

お経をおろそかにしているつもりはないのですが、昭和法要式の大経は、年回法要などではだいたい半時間かかりますが、このごろの寒い朝のお勤めでは15分で終わります。7枚着込んでいても、気づかないうちに寒さが勝ってしまうということなのでしょう。

思い出せば、先代が冬場には考えられないほど服を着込む人でした。3年間のシベリア抑留に耐えた人だったのですが、特に晩年はあるものを全部着ているのではなかろうかと思うほど着ていました。そういう体質を受け継いでいるのかも知れないです。

冬タイヤ

この冬は何とも寒いです。暖冬に慣れていたせいか、こたえます。たかをくくって車も夏タイヤのままにしていたのですが、さすがにこれだけ降るとそのままにはしておけません。

朝から自分でタイヤを替えたのですが、ジャッキアップするときなど、腰にかかる負担がきつく、思うように作業は捗りません。大変な作業です。・・・私が冬タイヤに替えたとたんに雪が降らなくなるなどということもあるかも知れませんが、それはそれで嬉しいことです。

雪かきだけでもかなり腕や腰に疲れがたまっていたようで、明後日は初練習ですので、何とか少しは動ける身体を作らないといけませんから、疲れをためないようにしたいものです。

同じ滋賀県でも湖南の方は近所まわりを走る分には冬タイヤなど使うことはないそうです。ここらは冬場に何度かの雪道走行のために近所まわりしか走らない私のような者の車でも冬タイヤは必需品です。

煙草

去年10月に煙草が値上がりしまして、以来「わかば」という銘柄を吸うようになったのですが、これがニコチンもタールも今まで吸っていたのよりはるかに含有量が多いのです。

それでもやはり一日に吸う本数は減りませんので、自分では気がつかないまま喉に負担がかかっているようで、お勤めをしていても喉が辛くなってきて、終いにはむせて咳き込んでしまいます。

朝や夕方のお勤めならまだしも、年回法要などで声が出なくて咳き込んだりすると焦ってしまいます。咳き込みそうになるのを我慢しいてそこそこ大きな声を出そうとすると声が震えます。

小さい声ですとむせてきて、咳き込む一歩手前のような状態が続いて、これもまた辛いものです。煙草をやめようとは思いませんが、少し本数を減らそうかとつくづく思った今日でした。

松の内

明日は今年初のお講さんです。花は正月用の花のままでもよいのでしょうが、飾ってあるお餅は、どうなんでしょう?やはり飾っておくのか、もう下げるのか、お寺によって違うんでしょうね。

松の内などという言い方は今もあるのでしょうか、7日までだったか15日までだったか、地方によって違うんだったか忘れてしまいましたが、松の内はお餅も飾っておくのが普通なんでしょうか。

そもそもこの「松の内」って何なんでしょう。最近はWikipediaなんかで簡単に調べられますが、ものによっては信憑性が疑われるものもあって、何ともいえません。お盆だ正月だと世間の習慣をお寺が取り入れることもないような気もするのです、特に真宗のお寺は。

こんなことを思うのは変人の証拠なんでしょうか。

雪かき

雪が降って、20cmほども積もったでしょうか。小降りになった時を見計らってまた雪かきです。今回は少々重い雪で、腰にきました。

あらかたの雪をどけておけば、お日様が少し照ってくれればたちまちに道が見えますので、少しがんばっておけば、あとはお日様に任せておけばいいのです。

ここら辺は積もってもその程度ですからよいのでしょうが、雪をどけてもどけても降り積もるようなことなら、私なんかの手に余るに違いありません。この程度だから雪かきもしようという気になるわけです。

雪国では除雪機が必需品なのでしょうが、そういうものがなかった時代にはやはり人の力で除雪していたんでしょう。雪かきというようなことからも学ぶところはたくさんあるのですが、除雪機というような便利なものを使うようになると、学ぶところはあるのでしょうが、中味が違ってくるのでしょうね。

変わらない

今年は宗祖の七百五十回ご遠忌ということもあってか、親鸞聖人に関する文章などをよく見かけます。何年前か忘れてしまいましたが、蓮如上人の500回忌のときには蓮如上人に関するいろいろなものを目にしたのと同じことなんでしょうね。

そんなことでいいのかという思いはあるものの、私にしてみれば、私はどうなのかと、まずは振り返ることが必要かと思います。

宗祖がどういう方であったのか、どういう生き方をなさったのであったか、何を教え示して下さったのかなどということは、専門の方々が専門の研究なり何なりをなさって下さればよいことかと思います。

新たな歴史的発見なり、研究の成果なり、そういうものは今までがそうであったように、これからいただく機会もあることか思います。そういう類のものは、これは何というか、向こうがこちらを選ぶようです。

これから、いつか、そういう時期になればというようなことではいけないことは、たった一つではないかと思います。

私はお念仏もうさせていただいているか。・・・どんな新たな研究がなされたとしても、宗祖のお示し下さったのがご本願を信ぜしめられ、お念仏もうすということであるということは、これは変わらないのです。

散髪

散髪に行きました。本当ならお正月前に行くはずだったんですが、寒い時期は常に頭に帽子をかぶっていまして、1cmほどまで伸びても毛がねてしまいますのであまり伸びたのが目立ちません。ということで、ま、いいかとなったわけです。

前に散髪に行ってから一ヶ月と少しがたって、もう限界です。年も変わって気分も一新して、頭もすっきりさせようかということで行ったのですが、まったくの坊主頭になると帽子をかぶっていても寒いです。

この冬は例年以上に寒さが厳しいんだとか、散髪屋さんで聞いてきました。散髪屋さんも今日が仕事始めで、私が今年最初のお客だったようで、他に予約も入っていないからということでゆっくりさせてもらっていたのですが、暖かいお店を出ると外の寒さが余計にこたえます。

家に戻ってジャンパーなど着込んで暖かい服装をしていても何だか頭が寒く感じてしまって、帽子の下にタオルをかぶっています。こんな身なりは、他人さまには見せられません。訪れる人もない田舎の一人暮らしならではですね。

腰痛

大晦日の雪かきのせいか、昨日のバスケのせいかは判然としないものの、ひどい腰痛です。今日はほとんど腰を伸ばした状態で座っているか、横になって休んでいます。

大晦日の雪かきのせいなら、腰が痛くなるのが遅すぎますし、昨日のバスケのせいなら早すぎます。このごろは疲れも痛みもたいてい翌々日に出るのですが、また一段と衰えたのか、はたまた少し若返ったのでしょうか。

若返るなどということはありませんから、きっと急に身体を動かしたのがいけなかったんでしょうね。鉛か何か重いものが腰にへばりついいているような感じがして、それだけでなく、どんな姿勢でいても鈍痛がします。

そういえば去年はこの正月休みの間ずっと少しの距離ですが走っていましたっけ。やっぱり走っていないと腰にかかった負担がそのまま痛みになるようです。競技が何であれ、スポーツ選手などがみなさん走り込みをなさるのがわかります。

初練習

お昼ご飯の準備をしていると、知り合いから電話があり、地元の高校のバスケットボール部が初練習をするから、ちょっと顔を出さないかと誘ってくれました。身体がなまっているに決まっていますので、少しだけ練習に入らせてもらおうかと思って、出かけました。

行ってみると、他府県から女子チームが2つほど来ていまして、にぎやかに練習したり試合をしたり、お正月から元気いっぱいです。男子チームは?と見てみると、50歳を過ぎたおじさんたちが数人と、まだ二十代の卒業生が6人で、練習ではなく、試合のようでした。

試合なんてのは遠慮しないと高校生諸君にも失礼だと思って、コート脇でストレッチをして、少し走ったりしていましたら、ナンバリングを渡されました。おじさん3人とおじさんのなかの比較的若いおじさんの一人の息子さんで去年高校を卒業したばかりの若者1人のチームに入って試合の始まりでした。

急に動くというのはただでさえこの年になると危ないのに、この時期の寒さの中ではなかなか身体も温まりませんので、怖さが先に立ってゲームどころではありません。けれど、怖さというのは、実際には後から感じることなのかも知れません。

ディフェンダーが一人もいないポジションにいるときにパスが来ますと、危ないとか怖いとか思う暇もなく、走ってしまいます。ドリブルを2つほどついているうちにもう高校生君がすばらしい速さでディフェンスに来るのが見えましたが、身体が勝手にシュートにもっていってしまいます。

今年初のシュートは無事にネットを通過したのですが、よくもまぁほとんど準備もしないで走ったし、ジャンプしたし、着地したものだと思うと、そこからはもうボールを持つのも怖いくらいでした。ボールを持っているとディフェンスが来ますからね。

何とか無事に10分間をやり過ごし、後は若い人たちがはつらつと動くのを見て感心したり、おじさんたちがへまをするのをひやかしたりして、楽しく過ごさせてもらいました。

大行あり、大信あり

謹んで往相の回向を案ずるに、大行あり、大信あり。大行とは、すなわち無碍光如来の名を称するなり。この行は、すなわちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。かるがゆえに大行と名づく。しかるにこの行は、大悲の願より出でたり。すなわちこれ諸仏称揚の願と名づけ、また諸仏称名の願と名づく、また諸仏咨嗟の願と名づく。また往相回向の願と名づくべし、また選択称名の願と名づくべきなり。



名を称するに、能く衆生の一切の無明を破し、能く衆生の一切の志願を満てたまう。称名はすなわちこれ最勝真妙の正業なり。正業はすなわちこれ念仏なり。念仏はすなわちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏はすなわちこれ正念なりと、知るべしと。

(行の巻より抄出)

付け加えることは一切ありません。

「時代おくれ」

浄土の真宗はお念仏もうす教えであるとお聞きしています。

また、聞くということは阿弥陀さまのご本願の生起本末をお聞きして、疑いなく信ぜしめられるということであるとお聞きしています。信ぜしめられるということは、自身の虚仮のありさまを知らされるうえにであると、そういただいております。

最近若いご住職方のお話をお聞かせいただく機会が多く、しかし、お念仏の「お」もなむあみだぶつの「な」も「あ」もなく、人に出会うことが大切であるとか、どこぞの文化人の講演会の真似のようなお話ばかりです。

たとえば、人にであってどうしようというのか、お念仏にこそ値遇わなければならないのではないのかと思ってしまう私のこの「時代おくれ」というサイトの名前にはそれなりの意味を私なりに感じていたのですが、そういう意味でない「時代おくれ」になってしまったような感じがします。

雪降り

郵便受けを見てみたら、宛所に受取人が見つからなくて戻ってきた年賀状が入っていました。住所の移動を知らせてくれなかった人がいたのかなと思って、よく見ると年賀状を出した覚えのない人宛のものでした。

郵便配達の年末年始のアルバイトが始まっているのは知っていました。でも、もう一週間ほどたってアルバイトの人も慣れてきているだろうし、名字もまったく違う家への郵便物をうちに入れるなんて、誤配にも程があるんじゃないの?

慣れてきた頃に間違うというのもよくあることではあるんでしょうが、この雪降りの中、田舎のことですから近所と言っても100メートルはある家までの往復の寒かったこと。部屋の中にいるときの服装で郵便受けを見に行きましたから余計です。

部屋の中にいるときも、灯油代節約のためにストーブをたいていませんのでジャンパーを着てはいるのですが、外の寒さはやはり違います。おまけに雪が積もっていて見た目も寒々としていますしね。

今も降り積もっている雪はあまり重い雪ではなさそうです。それだけ寒いということなんでしょうが、雪かきのことを考えると重い雪よりは腰にかかる負担は少なくて済むかと思います。

予想していた通りの雪降りで、午後から一度、夕方にももう一度くらい、雪かきです。

この時期に

雨が降ってきていまして、たぶんこのまま雪になるのではないかと思います。雪が降っても正月は来るのですから、本堂にお参りして下さる方のために雪かきをしておかなくてはなりません。

四十代の後半になってから雪かきをすると腰がたまりません。腕や脚ならまだましなのですが、腰が痛くなるとどうにもなりません。下手をすると腰を曲げたままの姿勢でしか動けなくなります。

境内の掃除は一応済ませてあるのですが結構強い風が吹きましたのでまた枯れ葉が散らばってしまって、このまま雪になって年明けにそれが溶けると何とも中途半端な状態があらわになってしまいます。

雨の中、掃除の仕上げをする気にもなりません。どちらにしろ雪になれば雪かきはしなければならないわけですし、肝を据えてなどというと大げさですが、せいぜい鋭気を蓄えて、年明けの大仕事に備えることにしましょうかね。

それにしても、何もこの時期に降らなくてもよいものをと思ってしまいます。

功徳と荘厳 (6)

私は如来の荘厳とならせていただくのであり、南無阿弥陀仏という円融至徳、万行円備の本願念仏という荘厳としての「いのち」をいただくのであり、それを往生というのである。自身が荘厳とならせていただくとき、学問であるとか、道徳や生活の規範をまもるという意味での「修行」など何の必要もないわけで、むしろそういう飾りは、そういうのは身を飾るアクセサリーと同じような飾りにしか過ぎないのですが、飾りに過ぎないが故に邪魔になるし、妨げになるのです。

私たち自身が身につけようとして身につけられる徳というのは往々にして喧嘩をしあうものなのですが、仏の徳にはそういうことがありません。仏となっていて下さる阿弥陀さまのあらゆる徳というものが完全に解け合っているということが円融至徳であり、阿弥陀さまが仏となられるにあたって大変なご苦労あって、仏となるのに必要なあらゆる行を行じておいて下さるということが万行円備であります。

南無阿弥陀仏というお念仏は、円融至徳であり、万行円備であるわけで、その南無阿弥陀仏を阿弥陀さまが私たちに回向して下さる、至心に回向して下さる。ただお念仏もうしてその本願念仏をいただくということは、如来の荘厳としての「いのち」をいただくことであるわけです。

功徳と荘厳 (5)

荘厳という言葉の辞書的な意味はお飾りですが、私たちの身の回りに「飾り」というのは満ちあふれています。そう思います。例でもあげればいいのかも知れないですが、例をあげるまでもないかとも思います。

お念仏もうす衆生とならせていただき、本願念仏の荘厳としての「いのち」をいただくならば、自身が阿弥陀さまのお浄土のお飾りにならせていただくのであって、ですからお飾りということは私が私の身を飾ったりすることではなくなるのです。思いますに、最近は男性でもお化粧をする人もあるようですので女性だけに限る話ではないのですが、必要以上にお化粧をしたり、アクセサリーをやたらと着けたりするのは、あれはつまり心持ちといいますか、気持ちがお浄土のお荘厳となるのとはまったく別の方向を向いているということではないでしょうか。

これは別の話にはなるのですが、如来が私となっていて下さる、これこそが法蔵菩薩さまの降誕であるというようなことをおっしゃった先達がおられまして、確かなといいますか、ご縁に依らない私があるのでなく、如来がいまこの私が「私」と言っている者になっていて下さるのであるということに思い至れば、そこに法蔵菩薩さまがこの私一人をすくうためにいよいよご苦労して下さるのであるというようにいただいておりますが、そうしますと、往生成仏は私となっていて下さる法蔵菩薩さまにあるのであって、決して「私」ではないということになるかと思います。

私たちは南無阿弥陀仏とお念仏もうしながらも、どうもご縁によらないような確かな私を仮設していて、その「私」が往生し成仏するのだと思っているのではないでしょうか。そういうことが自縄自縛というか、好んで自身をすくわれないようにする原因であるように思います。

功徳と荘厳 (4)

ところで、この二つの扇が向かい合っているような形の一方の扇形、これは実際の扇ですからこれだけしか開けないのですが、これを如来と喩えるなら、如来は光明無量寿命無量であって、そのおはたらきに限りがないのですから360度開けるということになります。如来のおはたらきを360度開いたならば、もう一方のお念仏の衆生の側もやはり360度開けるのが道理でして、言ってみれば如来とお念仏の衆生が重なり合うといいますか、解け合うのです。あくまでも喩えではありますが、こういうことを「いのち」をいただくといっているわけでして、如来とお念仏の衆生というものが別々にあって、向き合っていると言うようなことではないということが言いたいのです。

如来とお念仏の衆生が重なり合い、解け合うところのこの中心になるのが南無阿弥陀仏である。そこにあらゆる衆生がすくわれる。如来とお念仏の衆生が重なり合い、解け合うというおはたらきである南無阿弥陀仏が本願念仏であって、それを成就して下さったのが阿弥陀さまなのです。本願念仏を成就して下さったから阿弥陀さまはありとある仏さまのすべての特徴というものをすべて円満に具えておられるということなのです、これは逆の言い方をすればということです。

功徳と荘厳ということを考えますと、基本的には功徳が荘厳を生む。ただそれだけではなく、また生まれた荘厳がまた功徳となるということが言えると思います。さて、私たちの実際のところに目を移してみると、どうでしょう。南無阿弥陀仏という功徳の荘厳としての「いのち」をいただいた「念仏の衆生」というあり方とはほど遠いのではないでしょうか。

本来、如来と私たちは重なり合い、解け合っているのであって、その中心にあるのが南無阿弥陀仏なのですが、その本来の姿というものを見失ってしまって久しく、本来の姿がどういうものであるのかということが分からないままに、何かしら自縄自縛というか、好んで自身をすくわれないようにしているかのような状況にあるのが私たちの実際のところなのではないでしょうか。

功徳と荘厳 (3)

私たちの側からいえば、そこに回心がある。ただの衆生であり、知恵や慈悲というようなものを求めて仏や菩薩に頼んでいたけれども、そうではなかったんだ、阿弥陀さまに願じられていたんだと気づかされるということがあるわけです。何一つとして仏となるについて助けとなるようなものはなくとも、何一つないそのままで、ただ南無阿弥陀仏とお念仏もうしてくれよと願われていたのであったと気づかされて、お念仏もうす衆生として南無阿弥陀仏という功徳の荘厳としての「いのち」をいただくのです。

先ほどは喩えとして二つの扇が向かい合っているような形の一方の扇形を南無阿弥陀仏という功徳だと言いましたが、この南無阿弥陀仏という功徳はそれこそが真如の世界から来たった如来であるとも言えます。二つの扇が向かい合っているような形の一方の扇形が如来であってもう一方の扇形は念仏の衆生であると喩えてみますと、この要の部分、ここに南無阿弥陀仏があるということになるかと思います。

如来と念仏の衆生との交際、ここにあるのが南無阿弥陀仏である。如来は至心に南無阿弥陀仏と回向して下さり、衆生はその清浄なるご信心をいただいてただ南無阿弥陀仏とお念仏もうすのです。如来とお念仏の衆生との交際にあるのが南無阿弥陀仏という本願念仏であるわけです。

功徳と荘厳 (2)

その阿弥陀さまの功徳ということ、それは特徴などという意味ではありませんが、阿弥陀さまが阿弥陀仏となられる因となった正覚という意味での功徳は無量であり、限りがないのです。なるほど私たちのいただく仏説無量寿経に説かれているご本願は四十八なのですが、数の問題ではなく、その中の第十八の願、この至心信楽の願とも念仏往生の願ともいわれる第十八願に功徳が総じられています。その成就によって本願念仏があり、第十一の必至滅度の願果があるのです。あらゆる衆生がすくわれるべき本願念仏という法を成就して仏となられたのが阿弥陀仏であるのです。

特に知恵を頼んだり、あるいは特に慈悲を頼んだりしなくてもよいのです。すべての功徳が南無阿弥陀仏にあります。すべての功徳があるだけでなく、普通であれば私たち衆生が仏や菩薩に頼むわけですが、その頼むということに必ず含まれる清浄でないものをも排して下さり、阿弥陀仏が南無せよとはたらきかけて下さるのです。

そういう南無阿弥陀仏という功徳の宝海が自ずから開くもの、あるいはことという方がいいのでしょうか、功徳の宝海である南無阿弥陀仏に開けてくるのが荘厳であるのではないかと、それこそが真に荘厳と言うべきことではないかと、これは私の独断で、そう思うのです。

これはあくまでも喩えでして、ここに持っておりますこれは中啓といいますが、扇の一種です。この要がもう少し真ん中にありますとより分かりやすいのですが、こうして要の上を開きますと要の下も開けるのです。これは中啓という「もの」ですから、「ものの道理」になるわけですが、要の上だけ開いて下が開かないことはありません。下だけ開いて上が開けないということもありません。

これは要がこの位置にありますので全体としてこういう扇形、扇の一種ですから扇形になるのですが、要がもう少し真ん中にありますと、銀杏の葉っぱを二枚向かい合わせたような形になります。扇が向かい合っている形になります。

たとえば、この上の方を南無阿弥陀仏という功徳の宝海であるとするならば、必ずそれに向かい合って下の方に荘厳ということが開けてくるのです。ものの道理を言うのでなく、ものの道理を喩えとして仏の世界の道理をいうわけで、これも相依相待という縁起というあり方のひとつです。

年賀状

ようやく年賀状を書き終えました。プリンターの調子が悪く、どうにかこうにか仕上げたという感じです。機械というのはやっぱり使わないと調子悪くなるものなんですね。

それにしても、インクカートリッジにまだまだインクが残っているのにそれをプリンターが認識しないというのは、これは困りものです。新しいのに換えればいいのでしょうが、インクは残っているんですからもったいないことこの上ないわけです。

毎日決まってしなければならないことがいくつかありますので、パソコンは毎日起動します。けれどもプリンターなんて一ヶ月に一度使うか使わないかといったところで、要らないと言えば要らないものではあるわけです。

私のように世間が狭いと年賀状も数十枚で済みます。手書きでいいわけですが、どうも目もさらに悪くなってきて自分が書く文字も十分には見えないとなると、やっぱり機械を使う方が便利です。

さて、散歩がてらに投函しに行ってきましょう。晴れてはいますが、風もあって、寒い日です。

功徳と荘厳 (1)

功徳という言葉があります。これは一般には仏の特徴であるというふうに説明されるようですけれども、そんなことなのでしょうか。また荘厳という言葉があります。こちらはお飾りであったり、仏像や仏像を安置するお堂を立派におごそかに飾ることだということですけれど、これもそんなことなのでしょうか。

たぶん今日ある多くの仏教を名乗る教えにあってはそういうことであって、それ以外にないのかも知れません。やれこの菩薩さまは智慧の仏さまで、この仏さまを頼めばもう知恵海の如くなるだろうというようなことを耳にします。またこの菩薩さまは慈悲の菩薩さまであって、頼めば病も怪我もたちどころに快方に向かうだろうというようなことも聞くことがあります。

そうすると、どうも菩薩さまは忙しくて忙しくて大変なご苦労をなさっておられるようになります。そのご苦労が菩薩の菩薩たる所以ではあるんでしょうけれども、大忙しで手が千本あっても足らない。千本あっても足りないから、この狭い島国のあちこちに菩薩さまは数多くおられるようで、それはそれでおおいに結構なことであるのかも知れません。

私どものいただく浄土の真宗では、阿弥陀さまはもしかするとお浄土でくつろいでおられます。静かに黙想して、あるいは昼寝でもしておられるかも知れません。昼寝でもしながら、南無阿弥陀仏と念じておられる。阿弥陀さまが、そのご本願の成就によって法としてのはたらきを現にもっている本願念仏をご自身もまた称えておられると、そういうことであるわけです。

南無阿弥陀仏を成就なさったということは、ご自身もまたそのあらゆる衆生がすくわれるべき法に南無なさったということであって、いわばそこに入り込まれた。本願念仏というものは教えであって、しかしただ教えであるにとどまらず、はたらきであって、そこに衆生がすくわれるのです。阿弥陀さまは静かに黙想でもなさって、すくわれていく衆生をご覧になって南無阿弥陀仏と称えておられるのです。

功徳ということが仏の特徴であるというのなら、阿弥陀さまは特徴のない仏だと、これはものの言い方の話になるわけですけれども、特徴のない仏さまだと言えるのでしょう。特徴というものはやはり際だつところのあるものを言うのでしょうから、阿弥陀さまは際だつところがない、そういう意味で特徴のない仏さまです。

何故際だつところがないのかと言いますと、それはありとある仏さまのすべての特徴というものをすべて円満に具えておられて、特にこれが際だっている、特にあれが優れているなどということがないからです。ですから功徳を特徴だというなら、そもそも阿弥陀仏の世界に功徳という言葉はないと言えるのでしょう。

もともと功徳ということを仏の特徴だと解釈するのが間違いではなかろうかと思えるのですが、では功徳とは何かと言えば、それは仏となる因となった正覚の一つひとつというか、内容であるということになるのではないかと、これは私の独断で、そう思います。

たとえば、応身仏である釈迦牟尼仏ならば、後の人々がその正覚を縁起というようになったのでしょうが、いわば観ずることの一つひとつが正しい智見となり、その一つひとつの智見が縁起、後の人がそう言ったのでしょうけれども、その因縁生起ということを証していたのであって、この縁起という智見が正覚であると言えるように思います。

親鸞聖人は、その釈迦牟尼仏、お釈迦さまが世に出られた所以として、阿弥陀さまのご本願を説くためであったとおっしゃっています。お釈迦さまが仏となられてはじめて仏と仏とにだけ相通じる智見として、阿弥陀さま、そのご本願成就ということが明らかになってきて、それをこそ説かれたのであると親鸞聖人はおっしゃるわけです。私たちに示して下さるわけです。

午後2時前の

たった今お風呂に入りまして、二週間ぶりくらいで「その他」の雑文を書いています。冬場は夜になると気温が10度を超すことなどまずありませんので、まだお日様の高いうちに、少しでも気温の高いうちにお湯を沸かします。

今日などは朝のうち雨が降っていて、子供が学校へ行くくらいの時間になって雨はあがったのですが、ほとんど日照がありません。部屋の温度は今のところ十度を少し超えるくらいで、これ以上暖かくなることはないでしょう。

髭を剃るためにお風呂にはいるようなものですし、肩までお湯につかると心臓が苦しくなりますので、お湯は少しだけにして、ファンヒーターでお風呂場を暖めています。

湯船に入ってお臍まであるかないかのお湯につかる(とは言えないかも知れないですが)だけで、身体も結構温まります。問題はお風呂を出た後の汗と、湯冷めでしょうか。暖かくし過ぎると汗が大量に出て困りますし、暖かくしないとすぐに風邪をひきますし。

そろそろ年末の掃除にかからないといけないんですが、今日は何もしないことにして、さて、寝るまでの時間をどうして過ごしましょうかね。

如来 (14)

本願念仏をいただくところに無量寿の如来との交際がある私ども衆生は、なるほど確かに一個人は自我というものに目覚める頃からか理知と冠する無明でもって生あり死ありと自縄自縛をするのであって、やがてはやれ生活が立ち行かぬであるとか、子供が言うことを聞かないであるとか、いろいろと細々としたことを苦にする。それはおおいに生死を分段し、苦である性質のないものを苦とすればよい。おおいにとはいかにも言い過ぎるようではあるけれども、懐かしくも思い出してみれば仏説無量寿経に選択の相を示して「令我於世 速成正覚、抜諸生死 勤苦之本。」(大谷派聖典p.13)とある。我々衆生が生死をつくり、勤苦するものであるから、その本を抜かしめんとあのご誓願は建立され、ご本願として成就されてある。ご本願が成就されてあるから、だから生死を分段し、苦を苦としても明るい。何というか、生き生きと生死を生かされ、生き生きと苦を作ってそれを克服し、また苦を作る。なるほど「証知生死即涅槃」(正信念仏偈 大谷派勤行本P.23)ということは如来のご信心をいただいて「生死即涅槃」であることを証知せしめられるということであるけれども、生死を証知せしめられるところに即ち涅槃である。煩悩即菩提もまたしかりで、煩悩を証知せしめられるところが即ち菩提。煩悩を断じるのでない、断じようとしても亀毛のごとく兎角のごときものは断じられない。断じるのでないところに涅槃を得るのである。「不断煩悩得涅槃」(正信念仏偈 大谷派勤行本P.9)、これには「能発一念喜愛心」といういわば条件がある。一念喜愛心の前に能発とある。能ということは衆生にあるのではなく如来にある。他力廻向によって一念に喜愛心をいただくのである。いただくというが、我々にいただく能力も何もないのであって、ただ他力のご回向によって、あくまでも如来のおはたらきによっていただく。如来とは自ら得た正覚の内容を説くことによって、聞く人に正覚を得しめる人(仏)、あるいはその説法、あるいはその説法の内容であるという意味でもあるのでないかと最初の方で言ったような気がするのですが、とりとめもなく話をさせていただいておりますと何を言ったかも定かでなくなってまいりまして申し訳のないことです。今現在説法なさる仏である阿弥陀さまを阿弥陀仏とも阿弥陀如来とももうします。何をもって阿弥陀さまを阿弥陀如来ともうしあげるのかといえば、阿弥陀さまが南無阿弥陀仏と回向して下さるところが如来であるのです。その阿弥陀さまのご回向をただいただくばかりの私の側からしてみれば、南無阿弥陀仏そのものが如来であるのです。

如来 (13)

はじめから往相・還相ということを言えばよいのかも知れませんが、南無(衆生)→阿弥陀仏(如来)が往相回向、阿弥陀仏(如来)→南無(衆生)が還相回向であって、つまりは本願念仏は如来と衆生との交際であるということができるかと思います。その交際ということは、つまりは相は二つながら体は一つの南無阿弥陀仏、本願念仏のおはたらきであって、この本願念仏というものの成就によって成り立つことであり、また逆に如来と衆生との交際が成り立つことが本願念仏の成就を証するのです。

南無阿弥陀仏によって実際にすくわれる人があり、すくわれた人が南無阿弥陀仏とはたらいていて下さることが、確かに阿弥陀さまのご本願が成就されてあることを明らかにするのですが、これは未だすくわれない衆生である私にとって明らかなこととなるということです。

阿弥陀さまのご本願が確かに成就されてあることを明らかに示していただいたならば、私という衆生はただもう本願念仏によって往生を遂げさせていただく者としてだけあるわけでして、そこにあらゆる衆生が平等であって、平等などということはこういうところにしかまずありません。絵に描いた平等はそこここに散らばって、あるいは大安売りをされているのでしょうが、まず本当のものはここにしかありません。如来のご回向の本願念仏を抜きにして、抜きにすることなどできないものをどうしたものか抜きにして、やれ朋だ同朋だと声高に言うても絵空事の中で絵空事を言うているだけのことです。如来との交際によってはじめて、同じくお念仏もうさせていただく朋、同朋ということがあるわけです。

阿弥陀さまの寿命は無量である。未来の衆生を仮定して、これは阿弥陀仏の寿命に限りがあればすくわれぬから阿弥陀さまの寿命は無量であるという。そんなことではないのでして、南無阿弥陀仏が南無阿弥陀仏を生む、実にいのちを生むのはいのちでありますが、南無阿弥陀仏が南無阿弥陀仏を生む、如来が如来を生む、いのちがいのちを生むゆえに阿弥陀さまの寿命は無量であるのであって、円成の南無阿弥陀仏をもって如来と交際する衆生があるゆえに阿弥陀さまの寿命は無量であるのであって、光明もまたしかりであります。

如来 (12)

かたときも休むことなくこの私にはたらき続けていて下さる阿弥陀さまの本願念仏、私が疲れ果てて休んでいるときでもお酒でもいただいてへべれけになっているときでもはたらき続けていて下さるこの本願念仏というもの、これは法蔵菩薩さまの誓願に端を発し、言いようのないご苦労あってご本願成就のそのときに円成したものであると、一応はともうしますか、理屈を言えばともうしますか、そのように言うことができるかと思います。

私たち誰もが命のご縁をいただいたときには本願念仏というものはいわば完成していたものですから、実は私たちにはその発端も完成も知ることはできないのです。ある先達が円というもので説明をなさっていまして、円というものはコンパスでも使って描くときにはここが始まり、ここが終わりと分かるのですが、できあがっている円というものを見ると、どこが始まりかどこが終わりかも分からない。いや、分からないのではなくて、できあがってしまえば始まりも終わりもないのだとおっしゃっています。

この先達の円というものでの説明は、喩えのようでまったくの喩えでもなく、むしろ実際に近いのではなかろうかと思えるのです。始まりというものが私に分かるのなら私の方から阿弥陀仏に南無することもあり得ないことではありませんが、始まりもなく終わりもないのですから、あくまでも阿弥陀さまの南無阿弥陀仏の方がわたしというものにはたらいてくださって、摂取して下さるのです。それが他力廻向であり、それを私たちの側からはご信心をいただく、お念仏をいただくと言っているわけです。

円ということでもうしますと、あの本願成就の文の「至心回向」を「至心に回向したまえり」といただかない限り南無阿弥陀仏は決して円にはなりません。至心回向が衆生が回向するということであれば、回向するのも衆生、往生するのも衆生であって、そこにあるのは直線ですから、直線は決して円を描きません。如来が至心に回向して下さって、衆生が往生を遂げさせていただく、阿弥陀さまのお浄土に生まれさせていただくというところにはじめて南無阿弥陀仏という円が描かれてくるのです。

円融の至徳の南無阿弥陀仏という本願念仏の成就のところ往相の回向もあれば還相の回向もあるわけで、つまり如来と衆生との間にある南無する衆生を阿弥陀仏のお浄土に生まれさせて下さる方向というか、そのおはたらきが往相であって、阿弥陀如来が衆生に南無せよと招喚なさる方向性、そのおはたらきが還相であり、これはいわば南無→阿弥陀仏と阿弥陀仏→南無であって、相は二つながら体は一つの円成の南無阿弥陀仏、始まりも終わりもない南無阿弥陀仏であるわけです。

如来 (11)

命の誕生と共にあったのがお浄土の教え、本願念仏の教えであります。この本願念仏ということ、これは命の誕生と共にありながら実に長い間その本当の意義というものが明らかにされないまま、いわば疑網に覆蔽せられていたのですが、親鸞聖人にいたりましてその真実なる意義が明らかになりました。このことについてはすでにお話しさせていただいたのですが、繰り返しますと、如来が衆生に回向して下さるのが本願念仏であるということです。こういうことは親鸞聖人のお師匠にあたる法然上人も感得しておられて、その上で専修念仏ということをお示し下さったに違いないのですが、親鸞聖人は他力ということ、他力廻向ということをもってご自身が確認なさり、そのご確認が私たちに教えとして、いわば何故お念仏に依らなければならないのかということがより明らかになった教えとして伝えられたのです。

仏教というものはさまざまに分類されてきましたし、今も分類されていますが、そういう分類の一切はいわば学者さんのものでありまして、私たちがあえて分類するならば、仏教は二つしかないのです。これは頭で考える理屈を言うのですが、一つは私にはたらいて下さり、私をすくって下さる仏教であり、もう一つはそれ以外の仏教です。次には理屈でいうのでなく実際にはどういうことになるのかともうしますと、結局のところ仏教は一つしかないということになります。現に私というこの一人をすくうためにはたらいていて下さる本願念仏の教えがあるだけであり、それが仏教だということです。

一つ理屈を言いましたついでに喩えをもうしますと、北極点というのがありまして、私は行ったこともないのですが、ここでは360度どちらを向いても南ということになります。北の極点では西も東もなく、あるのは南だけです。本願念仏は私がどちらを向いていようと、阿弥陀さまに背を向けてばかりいようと、いつも私の正面を阿弥陀さまのお浄土にして下さるのであって、私がどこにいようと、南無しなさいよとはたらいて下さって、今私のいるその場所を北極点にして下さるのが本願念仏なのです。今私が阿弥陀さまに背を向けて褌一枚になって桶の水を身体に浴びせていても、間違いなく阿弥陀さまのお浄土に往生を遂げさせて下さる、その教えだけが仏教なのです。

如来 (10)

また話が横道にそれるのですが、お釈迦さまが仏となられて感得されたご自身に始まるのでない仏教の歴史というものは、仏説無量寿経として後にまとめられたのですが、五十三仏の歴史などというのはおとぎ話と同じ物語だ、作り話だとおっしゃる方もあります。よくお考えいただきたいのは、物語というのはものを語るのが物語だということで、作り話というのは、私たちが嘘の話を作り上げるようなものであったなら時間の移り変わりに淘汰されて消え去るのであって、そうではなく、五十三仏の話としてしか語りようのない原型があって作られている話だということです。

命とその命の救済の歴史と、言葉にすればそういう言い方しかないのでしょうが、そんな言葉では言い表しきれないものが伝統として現にあり、その物語るところが物語となり、象徴などという言葉での表現の技巧では表しきれないところを仏の話として語られるのが仏説無量寿経の五十三仏の話であります。

私たちは仏教はお釈迦さまによって開かれたと、教科書でも読んで勉強でもしてそこに書いてある通りに思っていまして、それは確かにそうに違いはないのですが、仏教というものはそんな教科書に書かれているような形骸のようなものではありません。私たちは教科書に書いてあることはまったく疑うこともなく信用してしまいますが、歴史であるとか、人間であるとか、命であるとか、そういうことについては本当のことは教科書のようなものには書きようがないのです。

理屈をいいますと、100パーセントともうしますか、全部すべて仏教が開かれたのはお釈迦さまによるのであるとするならば、お釈迦さまの成道以前の衆生はまったく救われることもなく、何を証することもなく命を終えていったということになります。お釈迦さまの成道がだいたい2500年前、人類の誕生は何年ほど前ですか、お釈迦さまの成道以前の衆生の方が圧倒的に多数です。

教科書に名前のあがらない民衆ともうしますか、衆生の一人一人が、命のご縁をいただいて、生きて、救われていくことによって証明された仏による仏になる教えの歴史が仏教でありまして、科学的に証明されないこと、教科書にないことは作り話だ、嘘だと言うまえに、教科書に名前があがることなどまずないのが私たちですから、こういうことはしっかりと問い直し、よくよく考えて、思いを新たにすべきことなのではないかと思います。

如来 (9)

虚偽を生むようであれば真実ではありませんし、虚偽から生まれる真実というものもありません。嘘から出た誠などという言い方がありまして、世間道、つまり凡夫の世界ではそういうこともあるのかも知れませんが、これは言い方を変えれば虚偽から誠が生まれることがある凡夫の世界、世間道というところは、だから虚偽の世界だと言うことができるわけです。

これはあくまでも喩えですが、冬になりまして雪が降る。朝目が覚めてみると一面雪景色で、真っ白だといいます。真っ白というのは白の他に何もないのを真っ白というのですが、雪景色が本当に真っ白かといえばそうではありません。それを真っ白だというのが凡夫の世界です。またたとえば、種があると言います。野菜の種でも花の種でも何でもよいのですが、種があるといいます。それはそこまで言いはしないけれども、種であるものがあるということ、仏教の言葉で言えば種として常住である、普通にいえば種として不変であるものがあるということになるなんですけれども、その種と言っているものを土に埋めればやがては芽が出てきます。芽が出た頃に土の中を見てみれば種だと言っていたものはないのです。種であるものなら、土の中に埋めても種であり続けなければ種であるとは言えないのですが、私たちは種があると言っています。そこに何らの問題もありません。むしろ芽が出るから種であるいっているわけですが、そういう世界が凡夫の世界であるわけです。

真っ白であるとか、種があるとか、こういうことは単に言葉遣いの問題ではなく、認識ともうしましょうか、事実のとらえ方の問題なのです。凡夫の世界、世間道というところはそれが間違っていたり、曖昧であったりするからこそ成り立っている世界です。常住、不変の種であるものはありませんし、真っ白な景色はありませんが、種であるものがあって、雪景色は真っ白であって何の問題もないところに凡夫の世界、世間道があります。

仏という字はもともと佛と書きます。この佛という字の旁の方の弗というのは打ち消しの意味だそうです。〜ではないという意味で、「不」と同じなのだそうです。ですから、仏というのはもともとは人でないという意味です。どういうふうに人でないのかと考えますと、内面の状態が変わる、心のあり方が人でないということになるかと思います。今もうしております人というのはつまりは凡夫ということですが、心のあり方、事実のとらえ方、認識と言えばいいのでしょうか、それが凡夫とは違うのが仏であるわけです。

今もうしました種の喩えは、ひどく簡単にしてしまったのですが、これは龍樹菩薩さまがおっしゃっていることでして、この龍樹菩薩というお方は「空」という思想でお釈迦さまの「縁起」ということを再認識なさった方です。大乗仏教というものが興るなかで、思想的中心となったのが龍樹菩薩さまの「空」の思想で、大乗仏教ともうしますのは簡単に言ってしまいますとお釈迦さまの仏教に戻った仏教です。つまりお釈迦さまが明らかにして下さった「縁起」ということと、誰もが仏になることができるのであるということを取り戻した仏教です。

この大乗の仏教が興るなかで、お釈迦さまの教えに戻るなかで再発見されたのがお浄土の教えです。再発見ということは、お釈迦さまが明らかにお示し下さっていたものが埋もれていて、ほとんど忘れられていたんだけれども、それがお釈迦さまの教えとして見いだされたということです。西方浄土の阿弥陀如来の教えというものが、お釈迦さまご出世の所以、本懐として見いだされたということです。

唯仏与仏の智見という言葉がありまして、「与」というのは与えるという意味ではなく「〜と」という意味です。仏と仏だけの智見ということですが、仏となられたお釈迦さまは、仏となられてはじめて自身に始まるのでない仏の歴史というものを感得されました。それは阿弥陀仏、世自在王仏をはじめとするいわゆる五十三仏の歴史であり、命の誕生と共にあった仏教の歴史です。

如来 (8)

実は口称の念仏でも諸行往生の教えでも、何ともうしますかまだ程度はよいのであって、いちばん罪なことは何かといえば、阿弥陀さまのご本願を疑うということです。私たち衆生といわれるものは因というものがつくれると思って因をつくろうとしますし、因をつくればつくったで必ず果を求めます。そもそも果を期待して因をつくるわけです。それで期待した果が得られないとなると、自分はそっちのけにして何も顧みることなく、何か他のものに責任をかぶせにかかります。

お念仏もうして果が得られないと思うと、教えの所為にする。何が南無阿弥陀仏だと、阿弥陀さまのご本願を疑う。挙げ句の果てには神も仏もあるもんかと言い出すわけで、神と仏とを一緒にするのもどうかとは思うのですが、何とも罪の深いことをしておきながら、自分の罪の深さには気がつかないのです。

最近のことでもないのですが、自分自身の姿に気づかされること、普段はまったく思いもしない自身の姿に気づくことが大切だとおっしゃる方が多いように思いますが、普段気がつかない自分自身の罪の深いことばかりしている姿に気がついても駄目なのです。先ほどから「至心回向」ということを衆生が如来に向かって回向するというふうに受けとめるという流れでお話をしているのですが、そうでなくて、如来が衆生に回向して下さるというふうにいただいていても、普段気がつかない自分自身の罪の深いことばかりしている姿に気がつくというようなことは、ある意味では大切なことであるかも知れませんが、駄目なのです。

自分自身の普段は気がつかない罪の深い姿に気がついても、ではそういう自分でない他の人間になれるのではないのです。いろいろと世間の人の話などを聞いておりますと、放蕩の限りを尽くした人がたとえば親に死なれたりして、そういうことをきっかけに心を入れかえて真人間に生まれ変わって、今では家業を継いで立派になっておられるなどということを耳にしたりしますが、それでも駄目なのです。

なぜ駄目なのかともうしますと、これは親鸞聖人が教行信証の行巻に「いわゆる凡夫人天の諸善・人天の果報、もしは因・もしは果、みなこれ顛倒す、みなこれ虚偽なり。」と確認されてある通り、人間というものに真実の功徳など微塵もないからです。あるのはみな虚偽、普通の読み方をしますと「きょぎ」となりますが、あるのはみな虚偽でしかなく、真実の功徳など何一つないのです。

功徳ということは、まさしく仏となる因、仏となる種とでも言えばいいのでしょうが、私たちの思う功徳というものすべて虚偽であり、真実の功徳、それによってこそ本当に仏とならせていただくことができるという真実の功徳というものは私たちのところには微塵もないのです。

では真実の功徳とは何であるのか。真実の功徳とはどこにあるのか。私たちがいかに努力をしても持ち得ないし、いわゆる心を入れかえて生まれ変わったとしても持ち得ない真実の功徳というものは、いったいどういうものであるのかということになります。

もうもうすまでもないことかと思いますが、真実の功徳というものは如来の回向にあるのです。これは先ほどももうしたことですが、親鸞聖人は本願成就の文の「至心回向」を至心に回向したまえりと読まれました。そこにはじめて如来が衆生に真実なる信楽をもって回向して下さるのであるという、つまりは他力のおはたらきということが明らかになったのですが、真実なる功徳があるのはこの他力廻向の仏である阿弥陀さまのところにあるのです。

如来 (7)

さて、他力廻向の本願念仏ということなのですが、私は本願念仏といわれるそれ自体が如来であるといただいておりまして、また、回向ということも少なくとも真宗では他力による回思向道の他にないわけでして、他力廻向の本願念仏という言い方は、実は意味が幾重かに重複しているのです。重複しているのですが、他力廻向の本願念仏という方がお伝えしたいことが何かということが分かりやすいかと思いまして、そういう言い方をしております。

話が横道にそれる前にもうしましたように、親鸞聖人は本願成就の文の「至心回向」を「至心に回向したまえり」と読まれ、如来が至心に、真実に回向して下さるのであるということを私たちに明確にお示し下さいました。衆生が如来に向かって至心に回向するのでなく、如来が衆生に至心に回向して下さるのである。ここに起点の違いともうしますか、方向の違いともうしますか、決定的な違いがあるわけです。

衆生が南無阿弥陀仏をもって如来に回向するということであれば、一遍よりも百遍の方がよいのでしょうし、百遍よりは一万遍、一万遍よりは百万遍の方がよいということになるのでしょう。お念仏もうす遍数ということが問題になりますと、それはいわゆる口称の念仏です。口称の念仏は口称の念仏で結構だとは思うのですが、やはり仏説無量寿経のお心ではありません。

私たちが衆生といわれる所以はいろいろと数え上げられないほどもあるのでしょうが、たとえば、南無阿弥陀仏と一日に百万遍お念仏もうして、けれどもそれでも「即得往生」ということが実感できないということも衆生である所以の一つだと思います。「諸有衆生、聞其名号、信心歓喜、乃至一念。至心廻向。願生彼国、即得往生、住不退転。」と説かれてあるけれども、即得往生、住不退転ということが実感できないとなると、どういうことになるのでしょう。

善行といわれるさまざまなものも修する必要があるのでないか、できるだけの善行を修するなかでお念仏ももうすのがいいのでないか、そんなふうなことになるのではないでしょうか。専修念仏の教えを根本にしながら、気がつけば諸行往生の教えにしてしまっているというのも、衆生の衆生たる所以ではないかと思います。

如来 (6)

変化ともうしますと、お釈迦さまのお弟子さま方の数がどんどん増えていって教団が形成されたのですが、この教団の形成ということに伴って発生したのが戒律です。もともと戒は在家者の道徳規範、律は出家者の生活規範だったようですが、だんだんと戒と律との区別がなくなったようです。区別がなくなっても、戒律とは道徳規範・生活規範です。

この戒律をまもること、特にもともとの律の方ですが、これをまもることが後に「行」とされることがらの起こりではなかったのかと思うわけです。お釈迦さまの入滅後に、お釈迦さまご在世当時の出家者・在家者がまもっていた戒律をまもることにはそれなりの意義があるのでしょう。けれども、道徳規範・生活規範であるものが正覚を得る道となるとは、私にはどうしても考えられません。

事実、最終的に戒律について厳格な解釈をする仏教では在家者は悟りを得ることができないと明確に言うようになりましたし、お釈迦さまの教えを学び、教えとしての「行」を行ずること自体を目的とするようになり、証というものは得られなくてもよいということになりました。教と行だけがあり証がない、悟りが得られなくてもよいということが意味するのは、それはもはや仏教ではないということなのではないのでしょうか。

また、寒中に裸同様の姿で水浴びをしたり滝に打たれたりすることは、戒律に基づくものでもなく、そもそも「行」のなかでも苦行になるのでしょうから、苦行を否定なさったお釈迦さまの仏教とは一切関係のない「修行」であって、仏教の変化とも言えないものであり、仏教でない教えに仏教という名前を冠しただけのものです。

このような結論めいたことを言うために私の独断に基づく考えを長々とお話ししたわけですが、「行」ということについての私の独断に頷けない方もおられると思います。そういう方は「行」あるいは「修行」を取り入れて、それを証を得るための必須条件とする教えは仏教とは言えないという結論にも当然頷けないことでしょう。

しかし、「行」や、あるいは「修行」が仏となるについて必要な功徳を得るために必須であるとしても、本願念仏はあらゆる功徳の円融であり、また、万行の円備であるわけでして、仏となるについて必要な功徳を得るためのあらゆる「行」を法蔵菩薩さまが修しておいて下さるのであり、そこにあらゆる功徳が備わって阿弥陀仏となっていて下さるわけです。

「行」が仏となるについて必要な功徳を得るために必須であるとしても、出家したり、「行」を行じたりすることができない人にとっては本願念仏をおいてほかに証を得る道はないということになります。ここにおいでの皆さんがそれぞれ何をなさってらっしゃる方なのかは知らないのですが、少なくとも出家して、「行」を行じる身である方は、ここで私の話など聞いている暇などないはずです。

私は「行」ということが仏教の根本的な教えであるとは思えないのですが、ここにいらっしゃる方の中に「行」を行ずることこそが仏教であるとお考えになる方がいらっしゃるとしても、その方にとっても本願念仏の他に仏とならせていただく道はないということを確認しいていただきたいと思います。どうも横道にそれた話が長くなりすぎまして、申し訳ないのですが、このこと一つ、本願念仏の他に仏とならせていただく道はないということだけはご確認いただきたいと存じます。

如来 (5)

さて、皆さんに一番お伝えしたい他力廻向の本願念仏ということについてお話しする前に横道にそれるのですが、「行」ということについて、これは私なりのいわば独断による解釈になるのですが、先ほど申しました「お釈迦さま一代の教が円融の至徳であり万行の円備である本願念仏にしくなし」と親鸞聖人がおっしゃることに関係しますので、少しお話ししておこうと思います。

真宗で「行」といいますとまず「大行」であり、阿弥陀さまの本願念仏をいうのですが、私たち教えをいただく者の側からもうしますと、お念仏もうさせていただくことだけがただ一つの「行」ということになります。その「行」にも正定の業と助業とがあるのですが、その他の「行」はすべて「雑行」とされます。

聖道門ともうしますか、自力の教えともうしますか、真宗以外の教えではさまざまな「行」があるようでして、たとえば外国の方が仏教に関心を持たれるのはたいていが座禅を行ずる教えとして仏教に関心を持たれます。この座禅ということだけならまだ分かるのですが、禅宗各派にはそれぞれ座禅以外にも「行」があるようでして、これが分かりません。

テレビのニュースなどで時々僧侶が「修行」している映像が流れたりしまして、たとえば寒中に褌一枚の姿で桶の水を何度も身体に浴びせたり、白衣一枚の姿で滝に打たれたりなさっていることが多いのですが、あれも分かりません。

それぞれの宗派のそれぞれの教えとしてそういった「行」を修することがあるのでしょうが、お釈迦さまは「観想」によって正覚を得られたのであり、お釈迦さまの初転法輪を聞かれた五人の比丘の方たちは聞法によって正覚を得られたのですから、少なくとも仏教の原型ともうしますか、仏教の成立します最初においては観想と聞法が正覚をもたらしたのです。そこには後のほとんどの仏教が取り入れている「行」は一切ありません。

さまざまな「行」を取り入れることを仏教の発展だというなら、お釈迦さまの仏教がもっとも発展していない仏教だということになります。ですから、仏教に変化というものはあるのでしょうが、発展ということはなく、「行」というものは仏教が変化していく中で教えに取り入れられたと考えるべきでないかと思います。

如来 (4)

さて、仏説無量寿経というお経は上巻・下巻と分かれているのですが、上巻に四十八願が説かれてありまして、その中の第十八願は次の通りです。

たとい我、佛を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。(大谷派「真宗聖典P.18)

次に下巻の最初のところにこのようなことが説かれてあります。本願成就文といわれるところです。

仏、阿難に告げたまわく、「それ衆生ありてかの国に生ずれば、みなことごとく正定の聚に住す。所以は何ん。かの仏国の中には、もろもろの邪聚および不定聚なければなり。十方恒沙の諸仏如来、みな共に無量寿仏の威神功徳の不可思議なることを讃歎したまう。あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。心を至し回向したまえり。かの国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得て不退転に住す。唯五逆と誹謗正法とを除く。」(大谷派「真宗聖典P.44)

ここに挙げました第十八願ならびに本願成就の文をいただくについては、親鸞聖人が教行信証の信巻に確認しておかれる文章が大変参考になるかと思います。
以下の通りです。

「欲生」と言うは、すなわちこれ如来、諸有の群生を招喚したまうの勅命なり。すなわち真実の信楽をもって欲生の体とするなり。誠にこれ、大小・凡聖・定散・自力の回向にあらず。かるがゆえに「不回向」と名づくるなり。しかるに微塵界の有情、煩悩海に流転し、生死海に漂没して、真実の回向心なし、清浄の回向心なし。このゆえに如来、一切苦悩の群生海を矜哀して、菩薩の行を行じたまいし時、三業の所修、乃至一念一刹那も、回向心を首として、大悲心を成就することを得たまえるがゆえに。利他真実の欲生心をもって諸有海に回施したまえり。欲生はすなわちこれ回向心なり。これすなわち大悲心なるがゆえに、疑蓋雑わることなし。
ここをもって本願の欲生心成就の文、
『経』(大経)に言わく、至心回向したまえり。かの国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得、不退転に住せんと。唯五逆と誹謗正法とを除く、と。(大谷派「真宗聖典P.133)

本願成就文の「心を至し回向したまえり。」というところは、もともと漢文では「至心廻向」となっていまして、これを普通に読み下せば「回向したまへり」とはなりません。事実親鸞聖人以前の先達方も「至心に回向す」と読んでおられましたし、現在でも浄土真宗以外ではそのように読まれるようです。この部分の「至心回向」を「至心に回向す」と読めば、至心に回向するのは衆生です。「至心に回向したまえり」と読めば至心に回向するのは如来です。

親鸞聖人は第十八願の「我が国に生まれんと欲うて」(欲生我国)の「欲生」を「如来、諸有の群生を招喚したまうの勅命なり。」といただいておられます。そして、「すなわち真実の信楽をもって欲生の体とするなり。」とある通り、「利他真実の欲生心」の体が至心、つまり真実の信楽であるといただいておられます。

至心・信楽・欲生ということがすべて如来のお心とそのお心の体であるということによって、本願成就文の「至心回向」を如来が至心に回向したまうのであると読まれ、微塵界の有情であり、煩悩海に流転し、生死海に漂没して、真実の回向心も清浄の回向心もない衆生が如来に回向するのでなく、如来が衆生に至心に回向したまうのであることを明らかにして下さったのでした。

衆生が至心に回向するとは読めなかった、如来が至心、つまり真実なる信楽を体とする欲生心をもって衆生に回向したまうのであり、回思向道して下さるのであるとしか読めなかったという方が正しい言い方なのでしょう。

如来 (3)

これはまた別の話になるのですが、教行信証総序の文に「大聖一代の教、この徳海にしくなし」という文章がありまして、「この徳海」と申されますのは円融至徳の嘉号、つまり南無阿弥陀仏という本願念仏を指すわけで、こういうことは親鸞聖人は「竊かに以みれば」という言葉をつけておっしゃるのですが、何をもってお釈迦さま一代の教が円融の至徳であり万行の円備である本願念仏にしくなしとおっしゃるのか、これはおおいに考慮されるべきことであろうと思うのです。

聖道門の教えとされるお経のなかに三時の教え、正法・像法・末法という教えを説いているものがありまして、親鸞聖人は五十二歳の時に「已にもって末法に入りて六百八十三歳なり」と書いておられます。ちょうどこの親鸞聖人五十二歳の年には既存の仏教の側からの働きかけで二度目の念仏禁止令というものが出されたようで、そういうことから容易に想像できるほどまでに聖道の諸教を宗とする既存仏教からは実際に行証というものが廃れていたようです。

既存仏教の行証は久しく廃れていたのですが、しかし、本願念仏の教えというものはますます広く民衆にとけ込み、正法・像法・末法という聖道門に教えにある時代の特長などというものをまったく感じさせないほどにその証道はいよいよ盛んになっていました。

そういう現実があり、その現実から浄土の真宗の教えこそがお釈迦さまご出世のゆえんであると親鸞聖人は結論なさったのではなく、お釈迦さまを如来といただく、釈迦如来といただくところから浄土の真宗の教えこそが真実の教えであると親鸞聖人は感得なさった。そうして、現実をみれば浄土の真宗の教えこそが真実の教えであることは明らかであった、現実がご自身の感得なさったことを裏付けていた。そういうことであったのだろうと思うわけです。

如来 (2)

お釈迦さまの説法を聞いた人、具体的にはコンダンニャが正覚を得たことを確認してご自身を「如来」とおっしゃったのですから、如来とは自ら得た正覚の内容を説くことによって、聞く人に正覚を得しめる人(仏)、あるいはその説法、あるいはその説法の内容という意味であると言えます。そういう意味合いを付け加えることができると思います。

そうしますと、「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」と親鸞聖人がおっしゃるのは、お釈迦さまが世に出られたゆえんはただ阿弥陀さまの本願の世界を説くためであったという一般的な解釈では収まりきらないということになるのではないでしょうか。

もちろん「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」という文章の解釈としては十分なのですが、お釈迦さまが世に出られたゆえんは、阿弥陀さまのご本願の生起本末を聞き、本願念仏をいただいて、お念仏もうすということによってあらゆる衆生に正覚を得てもらうためであるということがそこに込められてあるということが言えると思います。

自分の説法を聞いた人が正覚を得たことを確かめてご自身のことをはじめて「如来」とおっしゃったお釈迦さまが、この娑婆世界にまさしく如来としておいで下さったのは、五濁悪世に命のご縁をいただいた私たちが、仏説無量寿経にある阿弥陀仏のご本願の生起本末をお聞きして、つまり聞法して、本願念仏だけがすくわれる道であることを信知して、お念仏もうして、阿弥陀さまのいのちに帰らせていただくためであったということを、親鸞聖人はおっしゃっているのだと私はいただいているのです。

如来 (1)

如来所以興出世   唯説弥陀本願海
五濁悪時群生海   応信如来如実言
(正信念仏偈 大谷派勤行本P.8)

親鸞聖人はここでお釈迦さまを「如来」とおっしゃっています。教学研究所編の解説本では、ここでいわれる「如来」は「釈尊や三世の諸仏をさす」とありまして、広義では「私たちに聞かれる仏という名それ自体が、如来である」とあります。

釈迦如来楞伽山   為衆告命南天竺
龍樹大士出於世   悉能摧破有無見
(正信念仏偈 大谷派勤行本P.15)

ここでははっきりと「釈迦如来」とおっしゃっていますので分かりやすいのですが、ともかく、親鸞聖人はお釈迦さまを「如来」としておられたわけで、「如来所以興出世」の如来についての教学研究所編「正信念仏偈」の説明はなるほどお説ごもっともなのですが、「如来所以興出世」の「如来」は普通に解釈すればお釈迦さまのことを如来とおっしゃっているということになると思います。

ところで、お釈迦さまのことを一番最初に「如来」とおっしゃったのはどなただったのかと申しますと、実はお釈迦さまご自身が一番最初に「如来」とおっしゃったのです。ここのところは大変興味深いところです。

お釈迦さまの最初の説法を初転法輪と申しまして、これは六年間の苦行を共にした五人の比丘に対してお釈迦さまが自ら得た正覚の内容を説かれたのですが、このときの説法を聞いた五人の比丘の一人、コンダンニャという名前だったようですが、この人がすぐにお釈迦さまと同様の正覚を得たのです。

すぐにということですので、なんらかの行を修したということではなく、お釈迦さまの説かれた法を聞くこと、つまり聞法によってこのコンダンニャという人は正覚を得たということになります。お釈迦さまはこのコンダンニャという人が正覚を得たことを確認なさって、そこではじめてご自身のことを「如来」とおっしゃったのです。

「如来」というのは、如は真如・一如のことでして、つまり真実の世界、そこから衆生のもとに来るものという意です。一般的な解説などではそういうふうに説明されているのですが、お釈迦さまがご自身を「如来」とおっしゃった経緯をふまえると、少し変わった意味合いが付け加えられるのではないかと思います。

円融

趣味で手芸をしている姉がうちのお寺で作品展のようなものを開催しました。いくつかのグループで手芸を教えたりしていますので、結構な数の人が朝から絶えることなく来られます。

生き甲斐というと大げさなのでしょうが、手芸を趣味にしている人は作品を作ることが大きな楽しみとなっているのでしょう。知り合いの中には退職なさってから油絵を描いておられる方もあり、盆栽などの園芸をたのしんでおられる方もあります。

手芸をしている人なら、たとえば布製の手提げのバックや人形などの作品やそれを作り出す技術などがその人に備わる荘厳となるのでしょう。一緒に手芸をする人たちもその人の荘厳と言えるでしょう。

人はそれぞれにその人に備わる何かを持ちます。備わるものが多くの人に好まれるものであることもあるでしょうし、多くの人に嫌われるものであることもあるでしょう。

結果的に、何かしらそういった趣味と同様に「教え」が扱われることがあるかと思います。「教え」が人に備わるものを生むものとなるときに、そういうことになるんだと思います。そういう「教え」があってもよいかとは思います。

本願念仏の「教え」は人に何かを備えさせる(あるいは具えさせる)、荘厳を生むものではないはずだと思うのですが、人が「教え」をその種のものにしてしまうことはあるように思います。

しかし、本願念仏は決して人に何かを備えさせる(あるいは具えさせる)、荘厳を生むのではありません。人をそのなかに摂め取る円融の功徳、万行の円備であります。円融ということがそれを表しています。

成道

お釈迦さまの成道ということについて、正覚を得ることがすなわち成道であるというのは、はたして正しいのでしょうか。

成道をキーワードにしてネットで検索すると、悟りを得るということ、悟りを得て仏となることという説明があるのですが、私には納得できないのです。

正覚を得て、法を説かず、そのまま食を断って涅槃に入ると、それも成道なのでしょうか。絵を描かない画家というのと似ているような気がします。

正覚を得て、得たところの正覚の内容を言葉で表して法を説く。それでもまだ成道ではないように思えます。

正覚を得て、正覚の内容を説き、その説法によって、説法を聞いた人が同じ正覚を得てはじめて成道と言えるのではないかと思うのです。

お釈迦さまの場合、苦行を共にした五人の比丘のうちの一人が正覚を得たときにはじめてご自身を「如来」とおっしゃったとのことです。

如来と仏という言葉の意味の違いは分かっているつもりなのですが、さて、仏となることが成道なのか、如来となることが成道なのか。

確かに言えることは、お釈迦さまは法を説かれたということ、法を説かれたからこそ仏教が仏教として成立したということです。法を説かれなかったならば、仏はいても教はないとういうことになります。

ちなみに、お釈迦さまの説法を聞いた人も同じ正覚に達したということが意味するのは教が証をうんだということで、これによって明らかになるのは、仏教の原型としての「行」とはすなわち「聞」であるということではないでしょうか。

土の徳

明日は秋の法要です。風が巻き散らかした枯れ葉の掃除だけでもうすでに疲れてしまいました。一応見苦しくない程度に掃除したと思ったら、午後になってまた風が吹いて・・・

土徳という言葉があり、私なりの理解もあるのですが、一般的にはどういう意味で使われるのかという疑問があり、ネットでざっと調べたところ、「浄土真宗のお念仏のみ教えが地域の生活の中に色濃く残り、調和した特有の精神風土」というような説明がありました。

だいたい私の理解もそういうようなことだったのですが、最近は別の意味があるんじゃなかろうかというような気がしてきています。文字通り「土」の「徳」という意味があるのではないかと。

枯れ葉というものも土の上に落ちて、そのまま土の上にとどまれば、土の中に生きる微生物によって分解されて、やがては養分を含んだ土になります。

土はまたそこに生きるものを嫌いませんし、選びません。土を嫌う生き物はいるのでしょうが、土の方は菊の花はいいけれど雑草はイヤだなどということはなく、そこに生きようとするものを生かしてくれます。

人が手を加えることもいといません。人は土の質を選ぶのでしょうが、土の方は人が耕して田んぼにすることも、固く踏みならして道にすることも、ビルを建てる基礎のコンクリートを流し込むことも拒みません。

草が伸び放題になり、あるいは枯れ葉がたまってやがては土にもどるような場所というのは、我々の感覚では見苦しいのですが、実はこの上なく浄らかな場所なのではないでしょうか。

今日の一日

煙草を「わかば」にかえて一ヶ月ほどもたつでしょうか。ニコチンやタールの含有量はわかばの方が多いのですが、吸う量が増えています。ちなみに今まで吸っていた煙草は値上げ前が300円、今は440円、わかばは今の値段が250円です。

今までより安い煙草にしたから吸う量が増えたというわけでもないと思うのですが、10個のまとめ買いで1週間もちません。このところパソコンの前に座って調べものをしたりすることが多いためでしょうか。

今日は知り合いの家に2時間ほどいて、そこの家のパソコンのOSの再インストールなどの作業をしたのですが、古いパソコンで、スペックも今時のものとは比較にならない程度のものですので動作の遅さに我慢ができなくて、待ち時間についつい煙草を口にくわえてしまいます。

家に帰って夕方のお勤めをしていますと、次から次へと喉に痰のようなものが絡んできます。それを我慢したままお勤めを続けますと、声の調子があがったり下がったりして、我ながら笑えてくるようなお勤めになりました。

・・・そんなふうなことで今日の一日が過ぎました。やはり風が強く、境内の掃除はおあずけです。風が吹くならいっそのこともっと強く吹いて、枯れ葉を全部どこかに散らせてくれないかな、などということを思ったりしています。

称名念仏

亀毛のごとし、虚空のごとしと言われる凡夫の所見の実の生死を生きていて、けれど、生きているのでなく生かされてあるんだという事実に気づかされることもあります。

積功累徳といわれるような功徳だけが功徳ならば、積累すべきが何なのかさえも分からず、かといってこれこそが功徳となることだと言われてもその通りには行ずることもできません。

私が功徳を具するのでなく、私は如来の功徳をいただくばかりであるわけです。そうでありながら申し訳の立たないことばかりを為しているこの身は偽でありながら、不思議にも、偽でなければ分からないような真実というものがあるようです。

生きているのでなく生かされてあるんだという事実を目の前に突きつけられると、慚愧にたえない思いをするというようなことが多いのでしょうが、そんなことでは済まないことが時としてあります。

身体が震えるとでも言えばよいのでしょうか、何か想像を絶する大きさの梵鐘があって、それがなむあみだぶつとゴーンとなって、その音にこの身の頭の先から手足の指先まで全部が共鳴する。そんなふうなことがあります。

お念仏といえばそれは称名のお念仏なのでしょうが、喉から出る声がなむあみだぶつというのでない、身体がなむあみだぶつと震える。これを何と名付ければよいのでしょうか。

何とも名付ける必要はないのでしょうね、やはりそれも称名念仏なのでしょう。文章などに書いて説明するのでない称名念仏も、やはり称名念仏なのでしょう。

不死

謹んで往相の回向を案ずるに、大信有り。
大信心はすなわちこれ、長生不死の神方、欣浄厭穢の妙術、選択回向の直心、利他深広の信楽、金剛不壊の真心、易往無人の浄信、心光摂護の一心、希有最勝の大信、世間難信の捷径、証大涅槃の真因、極速円融の白道、真如一実の信海なり。(教行信証 信巻)

「大信心はすなわちこれ、長生不死の神方」とあり、この長生とはいわゆる長生きなどのことではなく、次に続く「不死」そのものであろうと思います。

お釈迦さまは初転法輪において五比丘に対して「不死の法」を説かれたとお聞きしています。これが中国で翻訳される時に、不死などあり得ないということから「甘露の法」とされたともお聞きしています。

ご開山にあっては、如来のご信心は長生不死の神方であるとおっしゃっているわけですが、これは私見ながら、いつか書きました大経「示選択相」にある「令我於世 速成正覚 抜諸生死 勤苦之本」の「生死」が根本のところにあるのでないかと思います。

「生死」は迷いと解釈されることが多いのですが、少なくともここの「生死」はするりと迷いととらえるべきでなく、ここの「生死」は無生の生を信知しないが故の生死、我執による生死ととらえるべきであると考えます。

行の巻に参考になるかと思われるところがありますので抜き書きします。
(ここから)
問うて曰わく、大乗経論の中に処処に「衆生、畢竟無生にして虚空のごとし」と説きたまえり。いかんぞ天親菩薩、願生と言うや。答えて曰わく、「衆生無生にして虚空のごとし」と説くに、二種あり。一つには、凡夫の実の衆生と謂うところのごとく、凡夫の所見の実の生死のごとし。この所見の事、畢竟じて有らゆることなけん、亀毛のごとし、虚空のごとしと。二つには、いわく、諸法は因縁生のゆえに、すなわちこれ不生にして有らゆることなきこと、虚空のごとしと。天親菩薩、願生するところはこれ因縁の義なり。因縁の義なるがゆえに、仮に生と名づく。凡夫の、実の衆生・実の生死ありと謂うがごときにはあらざるなり。
(ここまで)

ご開山が何をもって「長生不死の神方」とおっしゃるのかは分かりかねるのですが、実に興味深いところです。

冷え込み

今朝の冷え込みは身体にこたえました。お勤めをしていて、気がついたら手をコートのポケットに突っ込んでいました。まぁ、頭には毛糸の帽子をかぶっているわけですから、手を気にしても何をか言わんなのですが。

思い切って大きな声を出せば身体が温まっていくらかは寒さに耐えやすくなるのは分かっているのですが、大きな声を出すことすら心臓にこたえますので、後のことを思うとやはりあまり大きな声は出せません。

境内の枯れ葉が気になっていても、まだまだ木についている葉っぱがたくさんあって、掃除をしてもひとしきり風が吹くとすぐに元の木阿弥になります。もう少し見なかったことにしておくことにして、木の葉っぱがほとんどなくなってから掃除をすることにします。

自然と人間というのは何か対立するものとしてとらえられがちだけれども、実は融合し、共存するものだというようなことがよく言われますが、対立も共存も人間の側が言うことで自然は何も言いません。

物言わぬ自然が、だからより雄弁に語っていることにこそ耳を傾けるべきなのでしょう。そこに人間の側の都合を付け加えることなくと、あえて言い添えなければならないのが苦しいところです。

ご正忌

ご正忌ですね。

親鸞聖人という方はご自身の意見・考えをあまり述べられません。ですから余計に「竊かに以みれば」とあるところが気になります。

この「竊以」についてはこちらをご覧いただいた方がよいかと思いますが、ここには「総序」の一部を抜き書きします。

(ここから)
竊かに以みれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。しかればすなわち、浄邦縁熟して、調達、闍世をして逆害を興ぜしむ。浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまえり。これすなわち権化の仁、斉しく苦悩の群萠を救済し、世雄の悲、正しく逆謗闡提を恵まんと欲す。かるがゆえに知りぬ。円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は、疑いを除き証を獲しむる真理なりと。しかれば、凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径なり。大聖一代の教、この徳海にしくなし。
(ここまで)

抜き書きの最後のところで、「大聖一代の教、この徳海にしくなし。」とあって、これは随分と思い切ったことをおっしゃっているわけです。

曾我先生はここのところを冷静にというか、全体の一部としての解釈をしておられるようで、私などが愚直に感想を言うようなことではないのでしょう。

それをあえて言えば、唯仏与仏の智見としてお釈迦さまが得られた西方阿弥陀如来の教えの伝統というものを親鸞聖人は「円融至徳の嘉号」に感じ取られたのであり、いわゆる大乗仏教に始まるのでないお浄土の教えというものを見いだされたのである、となるでしょうか。

訳あって、珍しく昼間に洗面所で髭を剃りました。髭が濃い方で、毎日剃らないと見苦しいのですが、毎日剃っていても昼間に顎のあたりをさわってみるともう伸びていることもあります。

普段はお風呂に入ったときに髭を剃っています。鏡も見ず、剃れたかどうかを掌で確認しながらそります。それでまずそり残しはないと思っていたのですが、今日、鏡を見ながら髭を剃っていてびっくりしました。

右目の横、少し下の方に2センチくらいに伸びた毛があります。一週間かそれ以上剃られないまま伸びていたに違いありません。そんなに伸びた一本の髭があるまま、買い物に行ったり、人と話をしたりしていたわけです。

まぁこの年になるとそんなこともあまり気にはならないのですが、おもしろいなと思います。何かを象徴しているかのようです。

これでよい、十分だ、落ち度はないと思っていても、何か欠けている。何か不十分なところがある。気がつけばみっともないんだけれども、気がつかないから平気でいる。

そんなふうなことは、見た目とかのことだけでなく、案外多いんじゃないでしょうか。

至心廻向。

諸有衆生、聞其名号、信心歓喜、乃至一念。至心廻向。願生彼国、即得往生、住不退転。唯除五逆 誹謗正法。
(正明念佛往生)


「諸有衆生、聞其名号、信心歓喜、乃至一念、至心廻向。」でもなく「至心廻向、願生彼国、即得往生、住不退転。」でもない。

ちなみに

「諸有衆生」というは、十方のよろずの衆生と、もうすこころなり。「聞其名号」というは、本願の名号をきくとのたまえるなり。きくというは、本願をききてうたがうこころなきを「聞」というなり。また、きくというは信心をあらわす御のりなり。「信心歓喜 乃至一念」というは、信心は如来の御ちかいをききて、うたがうこころのなきなり。「歓喜」というは、「歓」は、みをよろこばしむるなり。「喜」は、こころによろこばしむるなり。うべきことをえてんずと、かねてさきよりよろこぶこころなり。「乃至」は、おおきをも、すくなきをも、ひさしきをも、ちかきをも、さきをも、のちをも、みな、かねおさむることばなり。「一念」というは、信心をうるときのきわまりをあらわすことばなり。「至心回向」というは、「至心」は、真実ということばなり。真実は阿弥陀如来の御こころなり。「回向」は、本願の名号をもって十方の衆生にあたえたまう御のりなり。「願生彼国」というは、「願生」は、よろずの衆生、本願の報土へうまれんとねがえとなり。「彼国」は、かのくにという。安楽国をおしえたまえるなり。「即得往生」というは、「即」は、すなわちという、ときをへず、日をもへだてぬなり。また即は、つくという。そのくらいにさだまりつくということばなり。「得」は、うべきことをえたりという。真実信心をうれば、すなわち、無碍光佛の御こころのうちに摂取して、すてたまわざるなり。「摂」は、おさめたまう、「取」は、むかえとると、もうすなり。おさめとりたまうとき、すなわち、とき・日をもへだてず、正定聚のくらいにつきさだまるを、往生をうとはのたまえるなり。
(一念多念文意)

老病死

どうも最近「老病死」という言葉を見たり聞いたりすることが多いように思います。そこに「生」があれば生老病死で、いわゆる「四苦」なのですが、何故か生が抜けて老病死。

「老病死」という言葉を見たり聞いたりするのはやはり「苦」を言うお話や文章なのですが、「生」は苦ではなくなったのでしょうかと言いたくなるほど生がない。

「四苦」の「生」は生きるということではなく「生まれること」。あるいは「生まれ」も含まれるかも知れませんが、生きるということが苦であるという意味で「四苦」に「生」があるのではありません。

生きることが苦であるというなら話は簡単というか分かりやすいのでしょうが、そうではない。そうではないから「四苦」から「生」がなくなって「老病死」になるということなのかも知れませんね。

あるいはもうすでに生まれてしまっているから「生」を云々しても始まらないということかも知れません。もしそうなら、これはゆゆしきことだと思います。

霜だらけ

今朝の寒さは一段と厳しかったようで、初霜でもなかったのかも知れませんが、田んぼや畑は霜だらけでした。

いつものように5時前には目が覚めてしまったのですが、起きないままに布団の中でぐずぐずしていたらうまい具合に二度寝ができたようで、起きたのは6時半過ぎ。

お勤めをしたり朝ご飯をいただいたりして、朝の日課を済ませたときには8時を少し回っていたでしょうか。

煙草を買いに出たついでに近所のお寺の紅葉を見に行ったのですが、見頃は過ぎているようで、落ち葉の後始末が大変だろうなと思いながら帰ってきました。

朝の寒い日は日中のお天気がよく、お日様のおかげで部屋はかなりの暖かさになります。ストーブの暖かさとは違った暖かさです。

生死即涅槃

摂取心光常照護 已能雖破無明闇
貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天
譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇
(正信念仏偈より)

已能雖破無明闇とあって、人間のすべての問題がすでに解決されてある。「雖」だから、「すべて解決されてあるといえども」となるけれども、無明闇は已に能く破されてある。

人間が生まれながらに如来の智慧を身につけているのであれば、生老病死に代表されるような苦は苦という性質を持たないのあるから、そもそも苦という言葉自体がないのであろう。

だから、摂取心光常照護ということは、貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天を見こしてのこととなる。摂取心光はこれから無明闇を破するのでない。

人間のすべての問題がすでに解決されてあるのに、私は苦しみ、私は悩む。さらに困ったことに如来の摂取の心光、無碍の光明は私が貪愛瞋憎の雲霧でもって常に真実信心天を覆うものであるから、その私を目当てにしてはたらいていてくださるのに、私は苦しみ、私は悩む。

しかしながら、それら全部をまとめて、そういう構造こそが生死即涅槃である。

他力真実のむね

他力真実のむねをあかせるもろもろの聖教は、本願を信じ、念仏をもうさば仏になる。そのほか、なにの学問かは往生の要なるべきや。(歎異抄第十二章より抄出)

「本願を信じ、念仏をもうさば仏になる。」とは、何とも簡潔でしかも要点を言い表した言葉なのかと感心させられる。

本願を信じる、念仏もうす、仏に成ると分解しなくてもよいものを分解してみて、本願を信じるとはどういうことかといえば、これは如来の方からのおはたらきによって信ぜしめられるということである。

また、念仏もうすとはどういうことかといえば、如来のおはたらきによって本願を信ぜしめられた者が阿弥陀さまのお浄土に生まれたいと願うということである。

また、仏に成るとあるが、「即身成仏は真言秘教の本意、三密行業の証果なり。」と第十五章にあるとおりで、即身成仏でないことはいうまでもなく、往生を得て、不退転に住すということである。

「本願を信じ、念仏をもうさば仏になる。」ということをまとめれば、至心廻向、願生彼国、即得往生 住不退転であり、本願成就文に見覚えのあるとおりである。

だから念仏往生を明かす聖教が「他力真実のむねをあかせるもろもろの聖教」であり、念仏往生が「他力真実のむね」である。歎異抄はこういうことをしっかりとおさえてある。

夜長

一日中家にいたのですが、気がつかなかったようで、電気屋さんが12月の売り出しの案内と来年のカレンダーを玄関のところに置いておいて下さいました。

まだ来年のことなど何も考えていないのですが、もうそういう時期なんですね。そういえば、10月のいつ頃だったか、年賀状の予約の申込用紙が郵便受けに入っていて、いくら何でも気が早すぎるのではないかと。

やはり足が痛く、山仕事をする気にもなれず、ほとんど部屋の中で過ごしたのですが、サイト運営のお手伝いをしているところの更新作業をしたり、手直しをしたりしていて退屈することもなく、気がつけば夕方のお勤めの時間になりました。

することがあるというのはありがたいことです。来年のカレンダーをいただくような時期ですから、もう秋でもないのかも知れませんが、秋の夜長は、さて、何をして過ごしましょうかね。

今朝のお勤めで、大経にまた新しく気になるところがありましたので、それでも調べることにしましょう。

令我於世 速成正覚 抜諸生死 勤苦之本

これは大経下巻の最初の方、ちょうど「嘆佛偈」の後にある「示選択相」と言われるところの一部(?)で、読み下せば「我世において速やかに正覚を成らしめて、もろもろの生死・勤苦の本を抜かしめん」となります。

ここのところの「生死・勤苦の本」とは何なのでしょう。

私なりにいただいていたところはあるのですが、調べごとをしていて、「生死・勤苦の本」ということを直接説明なさっているのではないけれども、それを含む説明全体に頷けないというか、いただけないことが書かれてあるのを発見して、また考えてしまっています。

たとえば学校のように、先生(師)がいて下さってお尋ねすればすぐに答えて下さるならどんなにありがたいことだろうと思います。

しかし、仏教というのは仏教を学ぶのではありませんから、学校の先生のような先生(師)はいらっしゃらないわけです。

言ってみれば、たとえば「生死・勤苦の本」ということそれ自体が先生(師)であるわけで、こういう先生(師)というのは繰り返し繰り返し問いかけて下さるところが先生(師)であるのしょうね。

この先生(師)が答えて下さるということがあるとすれば、それは繰り返しの問いかけこそが答えであるとも言えるのでしょうし、あらゆることについての答えは十劫の昔に出ているよと言って下さるのが答えなんでしょうね。

ある種の明るさ

今朝も寒さの厳しい朝でした。そろそろ本堂でのお勤めにグラウンド・コートが必要になりそうです。どうも近年暑さより寒さがこたえます。

11時過ぎくらいからまわりの田んぼが騒がしく、何をなさっているのかと見てみると、麦を収穫した後の田に植えておかれた豆、種類が何なのか分からないのですが、豆の収穫のようです。

庫裏から少し眺めただけなのではっきりとは見ていないのですが、稲刈りと同じようによい機械があって、うまく豆だけを袋に詰めていくのでしょう。

もう音はしなくなったのですが、収穫の秋のあとの収穫、農家の方も大変です。それで赤字が出なければ儲けもの、田んぼを遊ばせておくのが嫌だから作っておられる豆です。

麦や豆でなくお米をつくっておかれて収穫を済まされた田んぼでも、田鋤きをなさって、二番苗の青々とした田んぼもほとんどなくなっています。田んぼを鋤くのにも燃料代が必要なわけですし、肥料も入れなければなりません。

私だけが思うことかも知れませんが、農家の方というのは昔は一様にある種の明るさのある顔をなさっていたんですが、最近ではそういうお顔を見ることがありません。

このあたりの農家はほとんどすべてが集団営農でないと田んぼがつぶれる農家で、残りの少しも兼業農家か、退職なさってからの専業農家です。先行きを思えば顔から明るさが失せるのも自然なことなんでしょう。

功徳

功徳ということは、それが本当に功徳であれば必ず荘厳を具え、またその荘厳が功徳となる。たとえば、仏があって仏国土がないということはない。

相依相待ということをお聞きしたけれど、功徳と荘厳ということも本来は相依相待という関係にあるのだろう。

人の為すことは偽であるから、人の為す荘厳が功徳に依らないということはある。

人間の「今」は本来何によって荘厳されるべきなのだろうか。人間はあまりにも無智であり、虚仮の荘厳を自ら施す。

弗という字は打ち消しの意味であるらしい。弗という字は不と同意なのだそうで、なるほど水が沸けば水ではない。

佛という字は人偏に弗であって、字の意味からすれば人でないということになる。

まったく功徳が荘厳であり、荘厳が功徳であるとき、人は人でなく佛であると言えないだろうか。

・・・と、そんなことを思うともなく思いながら、厳しい寒さの朝だった今日の午後、暖かい日差しを浴びながら少し散歩をしました。

まだ肉離れは痛みます。

空樽の音高し

この仏教の研究というものがいったいどこへ向かって歩いているのであるか、こういうことをよくみなさんに私はお聞きする。まあ自分は年寄りでありますから、老人のいらぬお世話でありますけれども、心からそういうことを憂うるのであります。今日は仏教復興だの、仏教研究の全盛時代だのと言う。そういう声は盛んだが、どうも、空樽の音高し、酒を飲んで樽が空になる、空になる頃みんなが酩酊して樽を叩いて踊り歌う、もう樽の酒は飲んでしまった、だからして酒を飲んでしまって空樽を叩いて踊り歌うのは自然の道理かも知れないけれども、事によると初めから酒を飲まんものまでが、ただいたずらに踊り歌うものもあるのでなかろうか、そういうような疑いがある。(曾我量深師「親鸞の仏教史観」第1講より)

昭和10年に曾我先生がこういうことをおっしゃったのは、仏陀が説いたか説かないか、そういうことだけが問題になっているというようなことについてのことなのですが、「空樽の音高し」「初めから酒を飲まんものまでが、ただいたずらに踊り歌うものもあるのでなかろうか、そういうような疑いがある」とおっしゃることは、別のことにも言えるのではないかという気がします。

あるいは、むしろ酒を飲まないから踊り歌えるようないわゆる付きの浄土真宗ができあがっていて、本当に酒を飲んだもの誰一人いないような状況があるのではないかと思ったりもします。

南無もなければ阿弥陀仏もないままに踊り歌うのを見聞きして呆れる人は多いのでしょうが、私も美酒を飲みたいと願う人がいらっしゃるのでしょうか。

こんなことを言う私の目はやはり外に向かっていて、外のことばかりを見ているのですが、如来のおはたらきだけがおまえはどうなんだということを確認させて下さるわけで、なるほどお念仏もうさせていただくのと同時には南無もなければ阿弥陀仏もないではないかなどと言うことはできません。

回心

仏教とは、生老病死(=四苦)とそれを原因とする人間のあらゆる問題を解決して目的を達成した人(=釈迦牟尼世尊)によって説かれた教えであり、あらゆる人間が他力回向の南無阿弥陀仏によってあらゆる人間の問題がすでに解決されてあることを知らせていただき、ご本願を信ぜしめられ、お念仏もうして往生を遂げさせていただく教えである。

今日のお講さんでは私はお話はせず、お話をうかがいながらそんなふうなことを思っていました。

お話の中に「発心」ということがあり、なるほどご開山の得度(というべきこと)にあたってのご自覚では「発心」であったのであろうけれど、それもまたやはり如来のご回向であり、実には回心というべき事柄であったのだろうと思いました。

お講さん

明日のお講さんのために当番の方が花を持ってきて下さいましたので活けました。この時期になるといろんな種類の菊があって、色もとりどり、見た目はきれいに活けられたと思います。

枯れ葉の掃除は予定していた場所の半分くらいしかできませんでしたが、勘弁してもらうことにします。足が痛く、なかなか作業がはかどりません。

彼はを掃いて集めておくだけにすると、北風が吹くと元の木阿弥ですので、ゴミの袋に入れます。

境内の砂の入っているところだけではなく、本当は北側、西側の枯れ葉も袋に集めておかないといけないのですが、その部分が掃除できませんでした。

とりあえず今夜から明日にかけて北よりの風が吹かないことを願うしかないのですが、天気予報を見る気にはなれません。

根本的な問題が解決できていないと、とりあえず解決しておいても気が気ではないですね。

欲生

諸有衆生、聞其名号、信心歓喜、乃至一念。至心回向。願生彼国、即得往生、住不退転。唯除五逆、誹謗正法。

理屈を言えば、生死勤苦という病気にかかっているのにそうとは知らず、お念仏という十劫の昔に成就されてある薬を飲まないままである人がいるならば、それは本願成就とはならない。

如来が至心に南無阿弥陀仏と回向してくださって、その薬を飲んではじめてたすかるのであり、すくわれる。たすかるとは、まずは病人が病気であると気がつくことなのだろう。

病人が病気と気づいて南無阿弥陀仏と薬をいただく。薬を飲めば即得往生であり、現生不退である。

すくわれるということは、お浄土に生まれさせていただくことであり、ついには仏とならせていただくことであろう。

聞ということについて、それは仏願の生起本末を聞いて疑心あることなしとあるけれども、その本末とは何を意味するのだろうと思うとき、実は経に聞というはと説かれてあることを知るのも私にとっては初事であったと気がつく。

第十八願には至心回向はない。第十八願には欲生がある。

設我得仏、十方衆生、至心信楽、欲生我国、乃至十念。若不生者、不取正覚。唯除五逆、誹謗正法。

ふとした拍子に右足のふくらはぎが痛くなりまして、座っていて立ち上がるときはもちろん、歩くときにも痛みを感じます。これって、いわゆる肉離れということなんでしょうか。

ものごころついてから、特に中学になってバスケットボールを始めてから骨折や捻挫は何度も経験したのですが、肉離れというのは経験がありません。お医者にでも行けばはっきりするのでしょうが、たぶんこれがそうなんでしょう。

今日などは朝は寒かったものの日中は暖かく、この時期に仕事するならこれほどありがたい日はないのですが、買い出しに出ただけで、家の中でできるだけ動かないようにして過ごしました。

右足のふくらはぎが異常に痛い、痛いんだけれども動かせないことはないというのはとても中途半端で、やらなければならないあの仕事をしようかとか、これくらいのことならできるんじゃないかと思うこととかが次から次に頭に浮かびます。

骨折や捻挫でもして患部を固定していたり、腰が痛くなって身体が動かせないようなことなら諦めもつくのですが、動くと筋肉が痛いから静かにしているというのはどうも落ち着きません。

なるほど諦めるというときの「諦」ということは明らかに知るということですね。明らかに知ることができないから、あの仕事をしようか、これならできるんじゃないかと思うわけです。

自力を尽くしたところに他力があるなどということをおっしゃる方があり、それは間違いだと私は思うのですが、それが何故間違いなのかといえば、簡単に言えば自力と他力を並列的に置いているからです。

諦ということは、これもやはり他力回向のことではないかなと、今パソコンの前に座って思っています。

診療所

ビタミン剤の注射をしてもらおうと思って、ほぼ一ヶ月ぶりに診療所へ行ったのですが、先生が往診に出ておられて、お帰りになる時間が分からないと言われて、あきらめて帰ってきました。

目の疲れというのか、目を開けているだけで見えてくるものを見ることの辛さがビタミン剤の注射でかなり楽になるのですが、なかなか注射をしてもらいに行くこともできませんし、行ったとしても今日のようなこともあります。

町には大きな病院もあって、一応総合病院なのですが、受診したことはありません。受診している人から聞く色々な煩わしさ、何よりも待ち時間の長さを思うと行く気にはなれません。

他にもいわゆる町医者さんの病院はあるのですが、行ったこともないところにまでわざわざ行く気にはなれません。私が行く診療所は私の母親もお世話になっていたところで、母親がお世話になった先生は亡くなられて今はその息子さんが診療しておられるところです。

母親となくなられた老先生は個人的に知り合いでしたし、今の先生と私も個人的に知り合いです。一週間のうち3日間、しかも午後だけの診療ですので不便もあるのですが、やはり行くとなればその診療所しかないわけです。何かに似ているような気がします。

フリーウェア

最近のフリーウェアの多くがぼんやりしながらインストールの作業をしているとブラウザに「ツールバー」が追加されたり、セキュリティ・ソフトの体験版(?)がインストールされます。

無料で使わせていただくフリーウェアですから文句は言えないのですし、インストールするときにそういうものがインストールされないように気をつけていればいいだけの話ですが、うっかりインストールしてしまって完全にアンインストールできないと、何だか嫌な感じが残ります。

便利なフリーウェアを制作して下さる方の側に、「ツールバー」やセキュリティ・ソフトなどの制作会社から依頼があって、フリーウェアの制作者さんに何らかの見返りがあるのでしょうか。

それはそれで大いに結構ですね。私などはフリーウェアの多さでwindowsを選んだと言ってもいいくらいで、インストールされているアプリケーションのほとんどがフリーウェアです。

問題があるとすれば、ダウンロードするファイルサイズが大きくなること、気をつけていなければインストールするつもりのないソフトが同時にインストールされるようなインストーラでしょうか。

寄ってたかって

開山聖人は願成就の文の至心廻向の四字を「至心に廻向し給へり」と読まれた。如来の真実の願心よりして、真実なる名号を以て吾等に廻向し給うのである。「彼の国に生れんと願ずれば即ち往生することを得て、不退転に住する」即得往生住不退転、如来の不可思議の廻向心という大きな、内なる心の転回というものを開山聖人は考えられたのであります。聞其名号信心歓喜のそこに至心廻向という不可思議の事実を内観せられたのであります。そこに他力廻向の信心ということが初めて成立した。開山聖人以前はただ他力を信ずる信心、法然上人も他力を信ずる信心に外ならなかった。開山聖人に至って他力廻向の信心ということが明らかになった。これは本願成就の文に依ってそのことが初めて明らかになって来た。そこに平生業成現生不退ということが初めて成立することが出来るようになったのであります。(曾我量深師講述「真宗の眼目」第一講より)

即得往生住不退転であるからには、往生ということは体失往生ではなかろうものを我々は寄ってたかって間違えてばかりいて、実際には臨終現前というところまで堕としめてしまっているに等しい状況があるのではないかという気がします。

臨終の時にすばらしい仏様方のご来迎を仰ぎ、夢のようにすばらしい処へ連れて行っていただくのであるというようなことを説く真宗の僧侶は一人もいないのでしょうが、ご本願を信じ、お念仏もうすのであると説く人も少ないように思います。

当然の取り次ぐべきことを避け、奇を衒うというとすこし違うのかも知れませんが、何か他の方がおっしゃっていないことを言う、他の方のおっしゃり方と違うことを好むような傾向があるように思います。

結果、取り次ぐべきことが聞く耳の側では廃れ、「念仏などというのは子供だましにもならない」などと受けとめておられる方が増えてきている。そんな気がします。

オーバーワーク

昨日は夜の運動が過ぎて、家に帰ってきて薬を飲んだのですが、しばらくしても胸の圧迫感のようなものが治まりませんでしたので、シャワーで汗を流すこともなく寝てしまいました。

練習に来ていた人数が普段の半分くらいでしたので、普段と同じメニューをこなしただけでも運動量は普段の2倍近くあるわけです。

それに加えて、普段ならもう靴のひもをほどいてシャツを着替えて若い人たちプレーしているのを見ているだけのメニューにも入らなればなりませんでしたので、全くのオーバーワークでした。

今朝目が覚めるとかなり楽になっていたのですが、シャツ2枚にびっしょりと汗をかいた身体のままでいると、何だか疲れという衣服を脱がないままでいるような感じがします。

午前中にお風呂に入ろうかとも思ったのですが、いくら何でも朝からお風呂というのもどうかと思って我慢をして、ようやく先ほど昨日の分のお風呂に入り、お湯にもつかりました。

たとえば捻挫でもしたとき、最初は痛みが拡散しているのですが、次第に痛みのある部分がここと分かるようになります。それと同じかどうか、胸に圧迫感があって身体全体の生気が抜けたような感じだったのが、苦しいのはやっぱり心臓、疲れたのは両足の大腿筋と分かるようになりました。

心臓の筋肉というのは不随意筋ですから心筋そのものが感じているわけではないのでしょうが、鼓動する度にここに心臓があるというのが分かるような感じがします。

早めに夕方のお勤めを済ませて、晩ご飯をいただいて、ゆっくりとした時間を過ごすことにします。

教科書の記述

善導大師の『観経』の廻向発願心を解釈なさるについての第一の釈は自力の廻向である。廻因向果と申しまして、世間・出世間の因行の雑多なるものを廻して浄土往生の果に向わしめるというのであります。それは自分の修したところの善根のみならず、他の一切の衆生の修したところの善根を総括して浄土の果に廻向するのでありますが、それから又現在世に於てのみならず過去世に於て、又未来世に於て修すべき善根までも、善と名の付くもの一切を随喜して、それを悉く自分の菩提の為に、往生成佛の為に廻向する。こういうのが廻向発願心の第一の解釈でありまして、これは普通一般の自力廻向であります。第二の解釈は廻思向道、人間の自力の思慮分別、前に述べたる廻因向果の計いを回転転捨して、そうして如来の本願の大道に趣向せしめる、それを廻思向道という。これは他力の廻向である。(曾我量深師講述「真宗の眼目」第一講より)

信心ということについて、他力だ本願力だといわれても、最近ではどうもただ他力を信じる信心にしか過ぎないようになっている向きがあるように思えます。

ご本願を信じるということ、お念仏もうすということが頭で理解するだけのことになっているのであれば、他力回向ということはついには教科書の記述に過ぎないわけです。

教科書の記述をよく覚え、よく理解している者が集まってさらにお勉強会を催している。どうも、最近はそんなふうなことがもてはやされているのではないかという気がしますが、さて、そこに何が生まれるのでしょう。

似非

時代・社会に相応するということが「同種」を生むとして、しかしながら一念帰命というようなことは、どのような時代であろうと、どのような社会であろうと、人間が人間である限り同一であるはずのことではなかろうかと思うと、これは昨日書いたことです。

思いますに、如来のご回向というものは自己同一性とでも言うべきものを持つのであって、だからこそそれがどんな時代社会のどんな人にとっても「真実」である。

ある時代のある種の人には「真実」であるけれども、そうでない時代のそうでない人にとっては決して「真実」ではないというのであれば、そういうものは「真実」とは言われないのではないでしょうか。

今日説かれるいわゆる付きの「真実」には、どうも時代・社会に影響を受けた同種でしかない「真実」があるように思えます。

それは今日の時代社会の中でだけ「真実」と受けとめられる似非のものであると言わざるを得ないのであって、ですから、何がそういう似非の、いわゆる付きの「真実」を生むのであるかということを問い直すことから始めなければならないように思うのです。

同種と同一

浄土真宗は、本願成就の文の聞其名号信心歓喜乃至一念、こう御示しになりまして、南無阿弥陀佛の名号を所行の体として、その廻向により、一念帰命の信心というものを成就開発せしめて戴くことが願成就の文のおみのりであります。その一念帰命というところには、その上に偉大なる一つの心の方向転換の機というものが動いて居る。そういうことを我が開山聖人は願成就の文に依って眼を開かれたのであります。(曾我 量深師 真宗の眼目 第一講)

訳あって曾我先生の「真宗の眼目」を読み返しています。

たとえばお経にしても毎朝お勤めで拝読していると、毎日拝読しているにもかかわらず自分にとっては新しい発見とでも言うべきものがあります。気が急いていて口がただ読むだけのようなときにはそういうことはないのです。

「南無阿弥陀佛の名号を所行の体として、その廻向により、一念帰命の信心というものを成就開発せしめて戴くことが願成就の文のおみのりである」ということなど、もう十分にわかっているつもりでいたのですが、今また新しいです。

最近では「自我がこわされる、くずれる」などというふうに言われることが多いように思いますが、それは上の抜き書きの「心の方向転換」と曾我先生がおっしゃっていることと同一なのでしょうか。

同一ではないとしても同種なのでしょうが、この同種ということが一つ大きな問題ではないかと思ったりします。

時代・社会に相応するということが「同種」を生むとして、しかしながら一念帰命というようなことは、どのような時代であろうと、どのような社会であろうと、人間が人間である限り同一であるはずのことではなかろうかと思います。

再解釈

信に知りぬ、聖道の諸教は、在世正法のためにして、まったく像末・法滅の時機にあらず。すでに時を失し機に乖けるなり。浄土真宗は、在世・正法・像末・法滅、濁悪の群萠、斉しく悲引したまうをや。ここをもって経家に拠りて師釈を披きたるに、「説人の差別を弁ぜば、おおよそ諸経の起説、五種に過ぎず。一つには仏説、二つには聖弟子説、三つには天仙説、四つには鬼神説、五つには変化説なり。」しかれば四種の所説は信用に足らず。この三経はすなわち大聖の自説なり。(教行信証、化身土巻)

説教、法話というお話は「お取り次ぎ」であるはずで、ですから「大聖の自説」に基づき、あるいは親鸞聖人の確認なさった説に基づくはずです。

・・・どうも最近は「大聖の自説」ではなく、説教者の自説とまでは言わないまでも自己流の解釈による説教が多いようです。

時代社会に適応するということは必要だと思いますが、自己流の解釈をもとにして「大聖の自説」を再解釈するようなことは避けなければならないことに違いありません。

頭にくる

今朝の寒さは頭にきました。腹が立つ、というような意味の頭にくるではなく、ほとんど毛がない状態の頭から寒さが忍び込んで頭痛を起こしそうになるような寒さだったということです。

私は中学生の頃はバスケットボールをしに学校へ行っていたようなもので、朝の7時にはもう体育館で一人シュートを打っていました。

学校のきまりで坊主頭で、冬場でも朝の6時半頃には家を出て徒歩で学校まで行っていたのですが、寒さが頭にくるなどということは覚えがありません。学生帽をかぶっていたからということでもないでしょう。

そんなふうなことをいろいろ思い浮かべながらの散歩を終え、まだ冬でもないのに寒さがこたえるとなると、本当に冬になったら本堂での朝のお勤めが去年のようにできるんだろうかなどということを考えながら朝のお勤めをしていますと、本当に頭痛がしてきました。

朝ご飯をいただく気にもなれず、お茶をいただいただけで、午前中はニット帽をかぶって裏山の笹を刈り。午後はいただいてあった大根が傷まないうちに料理をしただけ。

寒さの厳しい地方ではもう暖房を入れておられるのでしょうが、ここらあたりはまだそこまでの寒さではありません。コタツやストーブの準備はしてあるのですが、いつまで実際には使わないでいられるかを試そうと思っていました。

今朝の寒さでその気持ちが一気に萎えてしまいました。

首なし幽霊

「お西の説教、首なし説教、東の説教、幽霊説教」というのを聞いたのは、たぶんもう20年以上も前のことですが、なるほどと思ったことというのは覚えているものですね。

「首なし」というのはつまり南無がなく、阿弥陀仏、その徳ばかりを説くということです。「幽霊」というのは、幽霊には足がないといわれることからの喩えで、南無はあるけれども阿弥陀仏がないということです。

西も東も真宗ですから説くのは南無阿弥陀仏しかないのですが、本派と大派の「お話」の特長の違いを喩えておっしゃったわけです。

私はその時は本派の方のお話を聞いたことがありませんでしたが、大派に関してはなるほどその通りだと思ったものでした。ちなみに、これをおっしゃったのは大派の方でした。

今さらながら、「首なし」だろうが「幽霊」だろうが、まだ南無があり、阿弥陀仏があるうちは「お話」にはなるのだろうと思います。

南無阿弥陀仏もなく、南無もなく阿弥陀仏もなく、南無阿弥陀仏につながるわけでもないものは「お話」なのでしょうか。少なくとも「説教」ではないでしょう。

南無もなく阿弥陀仏もなければ、喩えて言えば「首なし幽霊」ですね。

javascript

私はjavascriptをまったく理解していません。使えませんのでこのサイトでも最小限にしていますし、javascriptが無効になっていても閲覧に支障があるようなことはないと思っています。

使えるのなら便利なことも多いのでしょうが、充分に理解もしていないものを使うのには躊躇います。

有名なスクリプトの「改造版」を配布している方がjavascriptが無効な場合の対策をまったくしていないために、javascriptが無効になっている場合、ログインID・パスワードが普通に読めてしまうということが事実としてありました。

javascriptが無効になっているために正しく閲覧できない場合があるという注意書きが<noscript>で書かれているサイトをよく見かけますが、javascriptを有効にするとただ広告が表示されるだけだったりします。

ウェブ・アプリケーションといわれるものにも多くの種類があり、また、多くの原語が使われているのですが、便利さだけを謳うのでなく、予想される危険についても十分に注意を促す必要があるように思います。

三濁の声

煙草の吸いすぎというわけではないと思うのですが、三濁の声が長続きしません。いったん咳き込んでしまうと、しばらくはもとの声に戻れないですね。

すぐに咳き込んでしまううえに、もともと私の地声はかなり低いらしく、報恩講などでは口パクに近いほど声を控えて他の方のじゃまにならないようにしています。

門徒さんのお宅のお敬い(お内仏の報恩講)ならよいかと思ってせいぜい大きな声を出すのですが、三重になる頃には喉がむずむずして我慢できなくなります。

煙草をやめたことがありませんので何ともいえないのですが、以前もっとたくさんすっていた頃でも三濁で咳き込むなどということはありませんでしたので、煙草のせいではないと思います。

値上がりする前に買いだめしておいた煙草が二三日中に底をつきます。新星だとか若葉だとか、安い煙草にしようかと思ったりしています。

今吸っているピース・ライトより、ニコチンやタールの量は多いんでしょうね。もしかして、銘柄を変えたら咳き込まなくなったりするのかも知れないですね。

ストーブ

急に寒くなって、何日目でしょう。いよいよストーブの出番かと思って思い出したのですが、昨期の使い終わりにはひどく調子が悪く、消化時の無臭性が特徴のはずが、燃焼中もひどい臭いがするようになっています。

何よりも室温の設定が最低の12度になったまま変えられません。それほど長く使っているストーブではないのですが、掃除はできても修理まではできないでしょうから、買い換えるしかないのだろうと思います。

・・・買い換えるしかないとしても、物置に眠っている古いストーブを試してみないうちは新しいのを買うなんてことはもったいないということで、引っ張り出して掃除して試してみました。

対流式・放射式というんでしたっけ、熱伝導の方法の違い。灯油代が安く済んで暖かくなればそれでいいんです。温度の設定なんてできませんが、充分に使えます。

考えてみればストーブを使うのは11月から3月くらいまででしょうか。ほぼ半年間ほど使うわけで、私のように部屋にいることが多い者は大いにお世話にならなければなりません。

灯油も入れて準備完了なのですが、使うのはまだ先の話です。部屋にストーブがあるだけで気持ちが暖まるから不思議です。

解決

お寺というところは人生の色々な問題を解決できるところではないとおっしゃるのを聞きました。人生の色々な問題を持ちよるところである、自分の人生これでよいのかと、本来持つべき問題に目覚めるところであるというようなお話でした。

質問でもする機会を与えられたのならお尋ねしたかったのですが、司会の立場にある方がそういう時間を設けて下さいませんし、目立つようなこともしたくはありませんのでお尋ねもしませんでした。

すでに阿弥陀さまによって人間のあらゆる問題が解決されてある。阿弥陀さまはご誓願、ご本願の建立成就をもって仏となっておられるのである。

南無阿弥陀仏という法によって、あらゆる人間の問題が解決されてあることを知らしめられ、南無阿弥陀仏とお念仏もうすことによって私のあらゆる問題を解決していただく(=すくわれる)のである。私はだいたいそんなふうにお聞かせいただいています。

お寺というのは道場であるともおっしゃったのですが、それはつまり聞法の場であるということに違いなく、そうであるなら、聞ということは「衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。これを「聞」と曰うなり。」と信巻にある通りですから、それによって人間のあらゆる問題が解決されてある阿弥陀さまのご本願を信知せしめられる場がお寺であると言えるのではないでしょうか。

何もお寺という場所に限ったことではないのでしょうが、特にお寺という場所は、人間のあらゆる問題を解決してくださった阿弥陀さまのご本願を信知せしめられ、その具体的なおはたらきであるお念仏をいただき、お念仏もうさせていただく場であるのではないのでしょうか。

なるほど確かに自分で解決するのではありません。しかしながら、お念仏をいただき、お念仏もうしてなお人生の色々な問題を解決することができないのなら、仏教とは何であるのでしょう。お寺という聞法の場は何であるのでしょう。

人間が百人寄って百の問題を持ちよっても、百万人寄って百万の問題に目覚めても、せいぜい「訴訟」が起こるくらいのことで、人間の問題の一つたりとも解決などできはしないでしょう。

解決がついたと思うその解決は解決ではなくて新たな問題であり、新たな問題の種が育って実際の問題となるまでのあいだの無自覚状態でしかないのが人間の知恵であると思います。

木枯らし

昨日の風は木枯らしだったのかも知れません。今朝の空気の寒さはトレーナーを着ていても耐えられないくらいのものでした。

朝は窓を全開にしますので、冷たい空気が入ってきて部屋の温度も10度まで下がりました。そろそろ冬に備えなければならない時期なのでしょう。

部屋を冬仕様にする前に、掃除です。珍しく拭き掃除まで。一人用のコタツを置くのですが、置く場所に毎年悩みます。

コタツに入ってPCの操作をしたいですし、本棚から本も取り出したい。それだけなら場所は決まってしまうのですが、光熱費の節約のためにお日様のあたる窓際にコタツを置きたいのです。

今年は窓際を重視して、本棚から離れた場所にコタツを置くことにしました。眼鏡をかけて虫眼鏡を使ってまで読みたい本には、特に最近はあまりお目にかかりません。

今年の冬は暖冬なのでしょうか。寒くてもいいのですが、雪だけはあまり積もらないでほしいものです。落ち葉を掃いただけでも腰が痛くなって、疲れてしまうのですから、雪かきなんてのはできることならしないでいたいと願います。

夢想

午前中は藪の下草刈り、午後はやっぱり疲れて部屋で過ごしました。風が強かったのですが、まだ木枯らしというような風でもなく、動いているときにはむしろ心地よい風でした。

本当に心臓が苦しいときには身体を動かすことができず、一般的によく言われるのは横になって静かにしているのがよいということなのですが、横になると苦しいのです。

これは私だけではなく、私の母親も同じことを言っていましたし、ペースメーカーを入れておられる知り合いも同じことを言っているのですが、椅子にでも座って上半身を屈めるような姿勢でいるのが一番楽です。

今日などはそこまでの苦しさではなかったのですが、手や足の感覚は少し鈍感になっていたようで、夕食に卵を焼こうと思って買い置きの最後の一個を手にしたら落としてしまいました。

「他人の痛みが分かる人になる」などという言葉を時々目にしますが、そんなのは戯言でしかありません。理想というようなものでもなく、自分の知りうる現実だけが現実である人が花畑の中で夢想した言葉です。

ところで、人間が人間であることの悲劇の一つは、自分の知りうる現実だけが現実であるということではないかと思います。

団体さん

国会中継を見るということでもなく、聞いていました。

民間の給料・給与が減少している度合いに比べて公務員の給料・給与の減少度合いが低いということを示して、質問をなさる方がありました。

民間や公務員の給料・給与が減少しているこのご時世のなか、いったい「人件費」がどれだけの額であるのかがわからない2年遅れの決算報告があります。

「ともに生きる」というようなことをおっしゃるのですが、その意味はさておき、予算のほとんどが一般の方からの「ご懇志」によって成り立っている法人団体さんです。

団体というか組織というものは、それを維持し、本来の目的を果たしていくためにはお金というものが必要なことは言うまでもないことですね、はい。

事実

雨が降り出しそうで降りません。田んぼの畦で枯れ草を燃やしてらっしゃるのですが、煙がたなびいています。

境内にある柿の木にたくさんの実がついているのですが、竹竿でも持ってきて採ろうかという気にもならず、やがてはカラスが食べるか、川に落ちて流れていくのでしょう。

ネット上に公開できることとできないことがあり、記録として書いておきたいことはあるのですが、書いておきたいことは公開できることではありません。

事実というものにも、カラスにつつかれることもなく煙のようにたなびいて、やがては時間に流されてどこか彼方へ去っていくものもあるのでしょう。

聞こえてくるのは鳥のさえずり、虫の声だけ。静けさのあまり時間が止まったような秋の日の午後です。遠くを走る救急車のサイレンが聞こえてきました。

僧侶

何やかやととりとめもないことを考えていて、ふと疑問に思ったことの一つに、私は僧侶だといえば僧侶だということではないからには、僧侶として認める条件のようなものがやはりあるに違いなく、その条件というのは各宗各派によっても異なるのだろうけれども、僧侶を僧侶として認める僧侶、あるいは組織というのは、何によってその資格を与えられてあるのだろうかということがある。

単立寺院も世の中にはたくさんあって、そういうところは独自に「得度」ということを認めているのだろうか。

例の教団の事件以前には宗教法人法というのはあまり重要視もされていなかったようで、それほど難しくもなく宗教法人格の取得もでき、売買まで行われていたようで、一定要件を満たして宗教法人として認められた寺院なら、その気になれば僧侶になりたい人をいくらでも僧侶として認めることができるのだろうか。




こういうことを裏返して考えていくと、いろいろな疑問が新たに起こってきます。確かに子供の頃に得度をした自分が、いま本当に僧侶であると言えるのかどうかということもはなはだおぼつかないわけです。

「教義」

たとえば、回向ということについてお話でもするとして、回向に二種があるとされていますというところから話せば手間はいらない、というか省けます。

ところが、曾我先生のおっしゃるように回因向果の回向と回思向道の回向という二種類のところから話を始めなければならない場合が多く、そういうときには往相・還相ということをお話しするまでにかなりの時間がかかります。

真宗のご門徒だから我々が佛に願いをかけるのでないというようなことは言うまでもないなどと思っていたら大きな間違いで、話をする方と話を聞く方とで、した話と聞いた話が別物になっていたりします。

総じて仏教であるわけですが、論じれば袂を分かたなければならないようなことがたくさんあります。その多くは「教義」と言われるものに違いないと思うのですが、何によって「教義」に違いができる(た)のでしょう。

こういうことは熟考するに値することだと思うのです。歴史の勉強でもするように、お釈迦さまから現代までの時代を辿ってどこでどういう「教義」の違いができたのかということを確認するのも一つの方法だと思います。

藤の蔓

藤の蔓の巻き付いた竹を切っていたのですが、地面のいたる所にも藤蔓が這っていて足を取られ、何度転んだことでしょう。

この藤の蔓というのは何にでも巻き付きます。青竹に巻き付いて竹を枯らしてしまいます。巻き付かれた方は余程の「大物」でない限りダメになってしまいます。

竹がダメになるのはいっこうに構わないのですが、藤がはびこると困ったことになります。物置の建っている場所の東側だけでも、これから冬にかけて根気よく藤の蔓を切るつもりです。

この時期はまた竹を切るのにも適しています。四つ目垣をしつらえてあるところが2カ所、合計で50メートルほどあるのですが、そろそろ竹が完全に枯れてしまいますので、取り替えなければなりません。

竹というのは12月になるともう水を吸い始めるのだそうで、切るなら10月の末から11月がよいようです。この時期に切った竹と他の時期に切った竹とでは、もちが全然違ってくるようです。

庫裏の側は草や笹が伸び放題になっていたり、枯れ竹が倒れたままになっていたりで、ひどい状態です。冬になってしまいますと寒さに負けて手がつけられなくなりますので、今のうちに何とかしないといけないのですが、さて、どれだけのことができるでしょう。

お荘厳

報恩講は終わったものの、その翌日に地区の老人会の追弔会がありまして、後片づけが少し残っていたのですが、今日すべて終わりました。

報恩講のお荘厳は、うちのようなお寺の場合でもそれはそれで立派なのですが、個人的には普段のお荘厳が好きです。

晨朝のお勤めの前に一人でいつもの朝のお勤めをしていても、まわりが報恩講のお荘厳になっていますと、何だか色の付いた衣でも着てこなければならないような気がしてきます。

何というのでしょうか、立派すぎたり大きすぎたり、圧倒されるようなというか、圧迫感がある場所は好きになれません。

たとえば何か買い物に行く場合でも、普段着で抵抗なく入っていけるお店がよいわけで、少しおしゃれな出で立ちでないといけないようなところにははじめっから行きません。

そこへ行かなければ無いものがあるような場所というのは、たいていが人を選ぶ場所であるように思うのですが、お寺というものを場所と考えるとして、少なくとももともとの真宗のお寺(=一種の集会所)は人を選ぶ場所ではありません。

信ということが私たちにあるとすれば、それは信ぜしめられる信であって、突きつめればそれは還るということであると言えるのではないかと思います。

帰命ということはいまさら私が説明するまでもないのですが、私たちからすれば、それは単に頭が下がるなどということではありません。頭が下がって、それでも「私」というやっかいなものと私は一緒に生活をしなければならないわけです。

頭が下がって、下がったままの頭で暮らしてはいけないのが「私」であって、それでも信ということがあるとするならば、それは「私」と一緒の私が無量寿のいのちへ還っていくということである。

還る道々、「私」と私の区別というようなものはだんだんと薄れていくのであって、やがて彼と我との区別もなくなればまぁるいお念仏のなかで南無阿弥陀仏とお念仏もうすだけのものとなっているのではなかろうかと思います。

「私」をみて私がどうのこうのというあいだはまだまだ南無も阿弥陀仏ももうせないことであって、口にしてもそれはただの言葉であって、または知識の披露であって、はたしてお念仏というものではない。

たとえば「正信念仏偈」などに親鸞聖人は帰命無量寿如来 南無不可思議光とおっしゃっていますが、これはやはり「偈」のなかでのことであるのだと思います。

お浚い

今年の報恩講も終わりました。町の老人会の運動会や商店街の催し物もあったようですが、たくさんお参りして下さいました。

「お浚い」は、本当なら翌日にするのでしょうが、うちの場合は満日中の後に済ませます。そうなさっているお寺も多いと思います。

信心の溝を浚うなどといわれても、ぴんとこないというのが本当のところです。言葉の字面だけで考えると、何かしら自力くさいような感じがしますが、やはり「聞く」ということなのでしょう。

報恩講という講はとりあえず年に一度ですが、聞くということは毎日であって、言ってみれば毎日が報恩講であって毎日がお浚いであるわけです。

特別なものであるように思っていることが日常であり、日常茶飯事が実は特別なことであったりします。

疲れ切りましたが、書いていることが自分でもまとまりも何もないということが分かります。

報恩講一日目

報恩講一日目は何とか終わらせていただきまして、明日は二日目です。二日目と言っても、それで終わりなのですが。

昔、といってもどのくらい前までなのか記憶が定かでないのですが、寺格というものがあった頃には、その寺格に合わせて報恩講のお勤めも違いがあったようです。

うちのようなお寺の場合、なかなか「正式」なことはできません。右余間の卓は置いたままですし、左余間など金物を戦時供出した時にもらった陶器の燭台・花瓶です。

私の記憶にある限り、昔からうちのお寺の報恩講は二日間のお勤めです。明日もう一日身体が動くように、そろそろ寝ましょうかね。

真似事

花立ても無事に終わりまして、いよいよ明日から報恩講です。新しい世話方さんが多くて時間がかかるかと思いましたが、意外にもすんなりと終えることができました。

お華束や幕張りなどの準備が残っていますが、例年の通り明日の朝です。そういうことは何とかなるのでしょうが、問題は私の体力で、花立てをして下さった世話方さんたちとの会食を終えた今の時点で限界を感じています。

報恩などということは軽々しく言えることではないですし、ましてや報恩の行などということはそうそうできることではありません。

私などのやることは煎じ詰めなくても真似事なのでしょうが、真似事でもいいから何とか勤めたいと願うわけです。

お風呂を沸かす気にならないのですが、お湯につかっておくと疲れがとれますのでお風呂には入ろうと思います。

2日前

明日はいよいよ報恩講の立花です。今朝早くから世話方さんたちが材料を集めて回って下さっていまして、そこそこ集まったようですが、やはり買わなくてはいけないものもあるようです。

材料は何とかなるとして、今年は世話方さんの改選があってたくさん入れ替わりがありましたので、立花の経験のある方が限られています。まったく経験のない方の方が多く、どれだけ時間がかかるか想像がつきません。

私は私ですることもあり、口は出すのですが手は出しません。例年の通り、報恩講の花に関しては一カ所の分だけ普段と変わらない花をたてるだけです、たぶん。

手元には手本の一助にするための造花の松のカタログがありますが、老松の形をしたものなどの値段には驚かされます。半永久的に使えるのでしょうから10万円を超す値段は安いといえるのかも知れませんが、少なくともうちでは買えません。

田舎道を走っていると山の中や時として街路樹などに枯れた松を見ることがあります。いずれは切り倒されるのでしょうから、あらかじめ持ち主にお願いしておいて、その時をねらって形のよさそうな枝をもらえばいいわけです。

なかなかいい形のものはありませんから、今使っているものなどは寄せ集めて作ってあるのですが、かれこれ40年は経つものです。田舎だから松がないなどということはないわけで、要するに手間をかけるかお金をかけるかの違いなのでしょう。

先週の土曜日に雨の中草刈りをしていただいたおかげで今日は身体を休めることができます。だいたい毎年2日前はほぼ完全休養です。年をとってから2日後に疲れが出ますので、2日前に休めるように予定をたてています。

庭木の剪定

昨日に続いて今日も夏日です。Tシャツ一枚でいても、動くと汗びっしょりになります。

昨日のお昼前頃から植木屋さんが来て下さって境内の庭木の剪定です。松や水流というんですか、そういう木ははやり素人には難しいですからね。

いわゆる雑木なんかは剪定バサミで好きなだけ刈り込んでもまず大丈夫ですが、本当はしっかりと本職の方に手を入れてもらう方がいいんでしょうね。

いつの頃からか後片づけ、つまり掃除のおばちゃんに来てもらうようになってから雑木は私が刈るようになりました。掃除のおばちゃんが刈り込んでらっしゃるのを見たからです。

ご近所のかなり大きなお寺にある松は大変りっぱな松で、わざわざ見物にいらっしゃる方もあるそうですが、聞いた話では年間の植木屋さんの費用が50万円かかるそうです。

うちのお寺にもそれなりの松があったんですが、確か昭和50年代半ばに枯れてしまいました。それは残念なことだったに違いはないのですが、手入れの費用を考えると、ね?

今週末

ここへ来てのこの暑さはどうしたことでしょう。今、部屋の温度は27度あります。今週末が報恩講なのですが、こんな温度なら間違いなくお餅が黴びるでしょう。

そういえば何年か前にも黴びたことがありましたっけ。報恩講を10月にするようになってから間もない頃だったと思いますが、そんなことは思いもよらなかったことでした。

11月にしていた報恩講の時期を変えるというのは門徒さん側からの要望でしたが、他のお寺の報恩講や町の行事などを考えると10月の第2土日しか日がとれませんでした。

この時期は特に木の花がなく、花立てに苦労するだろうということは予想していたのですが、お餅が黴びるというのはまったく考えなかったことでした。

実際にやってみないと分からない事というのはあるものですね。

「運ぶ」

お講さんだったのですが、昨日の疲れに加え、朝から山道の掃除をしたら、そこまでで限界が来てしまいました。

雨に濡れた桜の葉を掃くのも大変ですが、草刈り機がまき散らした草の葉を掃くのはさらに大変です。乾いていたら何でもないのですが、ひったりとコンクリートに張り付いていますので普通に掃いてもびくともしません。

報恩講までにしなければならないことは山ほどあって、予定に従って済ませていこうと思ってはいるのですが、なかなかその通りには運べません。

さて、「運べない」と書いたのですが、この「運ぶ」というのは興味深い言葉だと思います。確か清沢満之さんの言葉だったと思うのですが、「天命に安んじて人事を尽くす」ということにつながるものがあるように思います。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉が意味するところを真宗で言えばどうなるかということで「天命に安んじて人事を尽くす」とおっしゃっているわけで、ですから「天命」は「天命」ではないのでしょう。

我々は「運ぶ」ということを、言わないまでも我々を主語として使うことが多く、我々は人事を尽くして事を運ぼうとするのでしょうが、我々の知覚のおよばないところで、それこそが本当に「ある」ものである如来のおはたらきがある。

コンクリートに張り付いた草の葉一切れでさえ、まったく我が力だけでは1ミリたりとも動かすこともできないのが実際であるわけです。

小雨決行

門徒さん総出の草刈り・お磨き、小雨の中していただきました。定刻前にはもう雨が降っていて、二人の世話方さんから順延なのかどうなという電話が入ったりしました。

門徒会の行事ですので門徒会長さんにお尋ね下さいと応えておいて、門徒会長さんのところへ相談しに行ったら雨合羽を着て草刈り機を手にいざ出陣といった風体でした。

明日になっても天候の回復はなさそうだとのことで、決行ということになさったそうですが、ひどい降りにならないうちに怪我をなさる方もなく終えていただけて何よりでした。

さて、明日は第2日曜ですのでお講さんです。きれいに磨いて下さった後のお荘厳は、そういう目で見るからということでなく、気持ちのいいものです。

残念なことにこの時期は花があまりません。数日後には報恩講の立花ということもあり、とりあえずたてたという花です。雨が降って、だんだんと秋も深まっていくようです。

明日は総出

明日は門徒さん総出で報恩講前の草刈りやお磨きなどをして下さる日です。雨が降らないといいんですが、どうなんでしょう。

報恩講というとやはり一番大切なお勤めですし、他のお寺の方にも来ていただくわけですから、それなりの準備をしなければなりません。

草刈りにしろ何にしろ、門徒さんにしていただけることはしていただくとして、やっぱり門徒さんまかせにできないこともたくさんあります。

私のように体力がなくてすぐにへたってしまう者は、あらかじめ自分の体力と相談して予定を立てて、一つひとつ済ませていかなければなりません。

それが、たとえば雨なんかで予定通りに行かないことができて来ますと、オーバーワークというとたいそうですが、報恩講当日には身体がまいってしまっているということになりかねません。

そんなことになると、もう気力だけで何とか身体を動かすわけですが、そうすると終わってからが結構大変で、2日ほど寝込んでしまうなどということもありましたっけ。

なんと言えばいいのでしょうか、単に済ませればよい行事というかやっつけ仕事というか、そんなことにしないためにも、予定通りに事が進められるとよいのですが、空を見てみますと、どうもそうはいかないようです。

野菜の高いこと

用事を済ませるついでに一週間分の買い物をしてきたのですが、野菜の高いこと。そもそもレタスなんてものは品がありません。

露地物というんでしたっけ、ハウス栽培でないものの値段が気候に大きく左右されるのは分かるのですが、今年の夏の異常な暑さが影響しているのでしょうか。

人間様が手間をかけて売るために育てている野菜ですら気候によって育たなかったりするわけですから、まるっきり自然の山のものなんてのはなおさらなんでしょうね。

うちの近所まわりの多くの地区では、野生の動物たちの食べるものがなくなって、ただでさえ育ちの悪い作物がお猿さんなどに食い荒らされて、もう畑の作物が人間の口にはいるなんてことは望めないんだそうです。

部屋の窓から見える畑は幸いにもまだお猿さんの被害にはあっていないのですが、時間の問題なのでしょうか。すぐ隣に人家がありますから、そこまではお猿さんも近づかないのでしょうか。

泥水

グラスに泥を放り込んで水を入れてかき混ぜれば泥水ができあがります。余程のことでもない限り、それを飲む人はいないでしょう。

泥水も時間がたって落ち着けば上澄みというものができて、少なくとも見た目はきれいで、それこそ飲んでも差し支えはなさそうに思えます。

人間の知恵というのは喩えてみればグラスの泥水のようなもので、上澄みもあればそれこそ泥そのものでしかないものもある。そんなふうなことを思うともなく思っています。

つじつまを合わせるように言えば、煩悩というのは棒のようなものでグラスの中身をかき混ぜた状態であって、そのかき混ぜる棒のようなものは何なのかと言えば我執であるということになるでしょうか。

基が泥水だと知っていても、時間がたって落ち着いていれば、見た目はきれいですから、ひどく喉の渇いた状態ならば上澄みを飲む人もいるのでしょう。

・・・ひどく喉の渇いた状態の人のなんと多いことでしょう。泥水を作るのに使う水道水は飲まずに、泥水の上澄みを飲みたがるのは何故なんでしょう。

白い壁

朝の散歩のときには本当に寒くて、もしかして11月なんじゃなかろうかなどと思ったのですが、昼間になると結構暑いです。お尻をおろして草むしりをしていても汗が出てきます。

昨夜はひどい霧が出ていました。うちの在所は土地が低くて、どの道を通っても出かけるときには上り坂を上らなければならないのですが、土地が低いから霧がでると他所よりも濃くなります。

雪の降りしきる冬の夜などもそうなのですが、霧の濃い夜も車に乗ってハイビームにして走りたくなります。ライトの光が白い壁を作るのを見てみたくなるのです。さすがに実際にはもうそんなことはしないのですが。

雪や霧にライトがあたると目の前に現れる白い壁には実態がありません。壁ではありませんから、突き当たることなく走れます。それを楽しんでいると、突然対向車が現れて驚いたりすることになります。

私はもう頭が傷んでしまっているのかも知れません。たとえば窓から隣の在所の家並みが見えるのですが、あれは本当に「ある」ものなのだろうかなどと思ってしまいいます。雪や霧にライトがあたって見える白い壁のようなものとどんな違いがあるんだろうかと考えてしまいます。

なるほど確かに目で見て手で触れるものというのは「ある」ものなんでしょうが、その「ある」というのはどんなふうな意味での「ある」なのでしょうか。如来のおはたらきというのは目で見ることも手で触れることもできないのですが、これほど確かに「ある」もの(こと?)はありません。

たとえば「ある」ということ、ただそれだけの言葉が意味することにもさまざまな違いが「あり」、どういう意味で言うのか、どういう意味に受けとめるのかが、たとえば仏法というものをも大きく変えてしまうのでしょうね。

光がなければ壁はなく、光があたれば壁があるように見えるんだけれども、その壁というのは実際に「ある」のではない。これは実におもしろいことだと思います。

同行

弘経大士宗師等  拯済無辺極濁悪
道俗時衆共同心  唯可信斯高僧説

ここのところについて何か付け加えたいこともなく、だいたいのことは教学研究所編「正信念仏偈」をほぼそのまま書き写した今月一日付の「かも知れない随筆」をご覧いただけばいいかと思います。

あえて付け加えるならば、お釈迦さまの教説、その教えを弘められた大士・宗師だけが仏教の歴史にあるのではなく、それによってすくわれた圧倒的多数の普通の人々があって、その事実が仏教、すなわち真宗の歴史の実体であるということです。

道俗時衆共心  唯可信斯高僧説とある「同」ということは、如来回向のご信心であるから「同」ということがあり得るわけで、道も俗も非僧非俗もすべてがすでに「同行」であるのだと思います。

いよいよ最終頁

弘経大士宗師等  拯済無辺極濁悪
道俗時衆共同心  唯可信斯高僧説


教学研究所編「正信念仏偈」にある注釈は以下の通りです。

弘経・・・釈尊のおときになった経説を世にひろめること。

大士・・・印度の龍樹・天親の二菩薩をさす。

宗師・・・真宗の祖師で、いまは曇鸞大師以下五祖をさす。

無辺・・・ほとりのないこと。

極濁悪・・・極重の悪人に同じ。

拯済・・・ともにすくうということ。

道俗時衆・・・出家と在家に分かれた当時の人びとということ。

冷え込み

明日から煙草が値上がりしますね。聞いた話では20万円近くもの買い置きをした方もあるとか。お金があれば私もたくさん買い置きをするのですが、ない袖は振れません。

煙草の値上がりで、来月から新聞と宅配牛乳の購買をやめます。新聞は小さな文字が読めなくなって、以前からやめようと思いながらやめられなかったのですが、煙草の値上がりがよい言い訳になりました。

宅配の牛乳はできれば続けたいのですが、朝食をご飯にしたこともあり、ほしければスーパーやコンビニへ買いに行けばよいということで、今回思い立ってやめることにしました。

何が生活必需品であるかなどというのは、一般論でかたづけることができる性質のものではないと思います。

季節は秋、それも記録的猛暑の続いた夏から一転した寒いとさえ感じるくらいの秋です。その先の冬の次に本当に春が来るのかと疑いたくなるような冷え込みを感じます。

気が抜けた

昨日のお講さんで「正信念仏偈」のお話が終わって、何かしら気が抜けたような感じで一日を過ごしています。

小雨の中、竹箒で山道に落ちている枯れ葉を掃いたせいか、右肩から首筋にかけて筋肉痛になって、首も回らないし右手はしびれたような感じがしています。

ぬれてコンクリートにぺったりと張り付いた枯れ葉を掃くのはやはり無理があるようで、無理をおしてやってしまうとこういうことになるわけですね。

時間がありますので、こんな時にさぞかし時間のかかるであろう国勢調査の調査票でも仕上げておこうと思って、取りかかってみたら3分もかからずに終わってしまいいました。

国勢調査って、今までもあの程度の内容でしたっけ?年収だとか、そんなふうなことまで記入しないといけなかったような気がするんですが、何かと勘違いしているんでしょうか。

さて、まだまだ早いのですが、夕方のお勤めでもすることにしましょう。

記録として

今日のお講さんでは、曾我先生が『真宗の眼目』第1講のはじめのところでおっしゃっていることを、要点を羅列するように話そうと考えていたのですが、話が長くなって、話したいことすべては話せませんでした。

真宗といいましても真宗大谷派のことすらよくは知らないのですが、どうも浄土教のなかで”『大無量壽経』宗”というものが衰退して”『観無量壽経』宗”が隆盛を誇るのが昨今の特徴ではなかろうか、真宗でもその傾向が強く表れてきているのではなかろうかと思っています。

来年のご遠忌にむけて「宗祖親鸞聖人にたちかえる」というようなことが言われているように思いますが、具体的にどういうことなのかが鮮明にはなっていないように私には思えます。

何というか、感情に押されるようにもっともらしい、もっともらしいと言うと語弊があるのでしょうが、何かに対して迎合するかのような文言というのは、まさしく”『観無量壽経』宗”隆盛の証拠ではないかと考えています。

こういうことはお講さんで話したかったことには含まれないのですが、ここには記録として書いておこうと思います。

午前中は雨模様でしたが、お講さんの終わる頃には晴れ間も見えていました。傘を忘れて帰られた方が二人おられたようです。

明日はお講さん

明日はお講さんです。3年と少し続いた「正信念仏偈」についての話がいよいよ終わります。

同じ人間が話をしているとどうしても同じ話が繰り返されるということもあり、真宗の一僧侶として「正信念仏偈」をこのようにいただいているという話は生涯に一度はしておくべきだとも思って始めたのでした。

うちの場合、お講さんは年に23回です。まる3年と少しですから、だいたい70回ほどということになりますが、今振り返ると、まだまだ話せていないこともあります。

仏法に関係することというのは、もともとが話し尽くせるという性質のものではありませんしね。

花は先代の年回法要の時のものを使ってたて直しましたし、本堂の縁側は昨日掃除しました。山道に落ちた枯れ葉の掃除は明日の朝です。

「正信念仏偈」の話の最後にはこういうことを話そうと前々から思っていることがあって、頭の中の準備はできています。さて問題は、お話の前の勤行ですね、正座ができるんでしょうか。

にぎやか

今朝は温度計を見なかったのですが、5時半頃に歩くのにトレーナーを着て出ました。それでも寒いくらいで、何日か前に刈ったばかりの頭から風邪をひきそうでした。

風に乗ってどこかから運動会をしているらしい放送が聞こえてきましたが、運動をするにはよい日だったのかも知れないですね。おおむね曇って時々晴れて、動けば少し汗ばんで、ジャージでも着ていれば寒くはないでしょうから。

夕方のお勤めに本堂へ行くと、何やらお供え物が置いてありました。車で二時間はかからないところからわざわざお越しいただいたようで、玄関を開けっ放して庫裏にいたのですが、声はかけて下さらなかったようです。

この時間になってのんびりとした時間を過ごしていますと、窓の外からは秋の虫の声が聞こえてきますし、窓からは産毛をなでるような風が入ってきます。

直には人の声を聞かなかった一日でしたが、そこはかとなくにぎやかな心地よさを感じる日でした。・・・と書いていたら、もう暗くて見えないのですが、おそらくは元気の有り余った若者がバイクで通り過ぎていきます。

家へ急ぐのであろうバイクの排気音がけたたましいのですが、それがまた逆に静かだと思えてきます。

朝の散歩

今朝も散歩に行こうと思ったのですが、靴を履いて本堂の裏を通り過ぎるくらいまで歩いたらもう右膝が痛くて、あえなく中止となりました。

その日の天候にもよりますが、このごろは5時ではまだ暗く、朝じまいの仕事を少ししてから歩くのですが、今朝は朝の散歩の何ともいえない爽快感を味わえなくて残念でした。

朝のお勤めも正座ができなくて胡座をかいていたのですが、やはり正座でないと声も出にくいような気がします。

午前中はできるだけ膝に負担がかからないようにして後片づけなどしていたのですが、それでもこの時間になっても膝の痛みはとれません。

窓の外は晴れていて少し暑いくらいなのですが、心地よい風が吹いています。だんだんと秋らしくなって、身体も動かしやすいのですが、まずは膝を何とかしてからですね。

一息つく間もなく

ダメですねぇ〜つくづくそう思いました。実は今日が先代の年回法要で、朝から山道の掃除をして、「おとき」に出す汁物も作り、準備万端整った、もうこれで大丈夫だと思っていたのですが、全くダメでした。

小さなお寺ですし、平日ですから、門徒さんのお参りもそれほど多くはないだろうと思っていたのですが、想像以上にたくさんの方がお参りして下さって、お参りの方に持って帰っていただこうと、ほんのしるし程度のものを準備していたのですが、数が足りませんでした。

それはまぁまだいいとしても、「せめてお茶くらい出せば?」と親戚の人に言われてはじめて気がついたのですが、お茶の準備もしていませんでした。全く気がつかなかったわけで、遅いですよね。

一人で準備をすると、こういうことになるんですね。おまけに準備で疲れた右足の膝が痛くて、痛くてたまらなくなって、お勤めの時の正座が一人我慢大会になってしまいました。

全くダメな私の一区切りがついたわけですが、さて、一息つく間もなく、来月には報恩講です。急に冷たくなった空気に引き締められるのは身体だけではないのでしょうが、それにしてもこの膝、大丈夫でしょうかね。

一区切り

このところ過ごしやすい日が続いていたのですが、今日はまた暑いです。部屋の温度は30度を超え、少し動くと滝のように汗が出ます。

先代の年回法要に備えた準備も、当日でなければならないことを除いて、気のつく範囲でのことは終えまして、やっと一息です。実際には忘れていることなどもあるのでしょうが。

そもそもまだ法要を終えてもいないのですから一息でもないのですが、よくよく考えてみれば法要を終えたからと言っても、一区切りではあるかも知れませんが、一息ではないのです。

法要を「行事」ということにするとしても、それを行うことの意義というと少し違ってくると思いますが、背景というか素地というか、むしろそういうことの方に思いを致さなければならないんだろうと思いますね。

循環

先代の年回法要の準備をいろいろとしていまして、本堂の花は何とかしたのですが、お内仏の花がありません。花屋さんに行けば仏華としてできあがったものを売っているのですが。

準備の手を休めて、一服がてらに境内や周辺を見て回って、木の花・草の花ともに見つけました。生い茂った草の中に、何という名前かは知らないのですが花が咲いていて、それを使うことにしました。

今日の仕事は一応ここまでとして、椅子に座っているのですが、見渡せば、早くに稲刈りを済ませた田んぼは二番苗と言うんでしたっけ、刈り取った後の茎から新しい稲が生えてきていて、青々としています。

輪廻という言葉の原語は循環とも訳せるようで、たとえば六道輪廻などという言葉を六道循環と言い換えれば、言葉から受ける印象も随分と変わります。

輪廻を循環と言い換えるとして、さて、そうしたときに循環ということをどう解釈するのがよいのだろうかというようなことを考えながら仕事をしていましたので、少し考えをまとめて書こうかと思うのですが、なかなか考えがまとまりません。

彼岸花

まだまだ日中は暑いくらいなのですが、彼岸花が咲いています。

彼岸花が咲くのが空気や土の温度によるのか、日照時間によるのか、あるいは他のことによるのかなんてことは知りませんが、律儀と言うのが相応しいくらいに時期を知っていますね。

デジタルカメラでもあれば写真でも撮って掲載したりするのかも知れませんが、しっかりと今年の秋の風景として覚えておけばいいかと思います。

気がつけば蝉の声が絶えています。

国勢調査

納税に行ったら「国勢調査のお知らせ」というパンフレットを渡されました。統計法というようなものが法律としてあるんですね。大正9年から5年ごとに実施されているそうです。

前回は平成17年だったわけですが、覚えていませんね。ちなみに滋賀県では人口自体は微増を続けていますが、昭和50年を境に人口増加率は下がっているようです。

調査内容がどんなものなのかはもうすぐ分かるんでしょうが、私の聞き知っている限りでは、現在の真宗大谷派の「経常費」の割り振りは、明治時代に実施された国勢調査のようなものを基準にして決められた「持ち率」がベースとしてそのまま残っているとのことです。

何年か前に実施された全国門徒戸数調査(でしたっけ?)なんてのは、結果的に現状を追認するために実施されたようなことになってしまいましたから、そんなことならこういった調査を基にして、負担の割合が少しでも平均化されるような新しい割り振りの仕方をしてほしいものです。

国政選挙で、いわゆる一票の重みの違いが違法であるという最高裁かどこかの判断があったと思いますが、門徒一戸あたりの負担額になおすと全国的には最高3倍を超える違いがあるのを放置するのも「違法」でしょう。

愚痴ばかり

そういえば去年も一昨年も、今までず〜っとこの時期のことなのですが、村の経費の負担金というか、都会で言えば町内会費のようなもの、早い話が村の税金を納めるように言ってきました。

年に二度納めるのですが、特にこの時期のは必ず忘れていて、現金の手持ちが少なくなっている時期ですので困るのです。

同じ田舎町でも、町内によっては全く徴収のないところもあります。国道が通って、その沿道にさまざまなお店ができ、アパートなども住む人がいるのかと思うほどたくさんできている町内では、逆に町内としての預金が増えているそうです。

当然町内会に属する戸数も増えているのでしょう。それに比べてうちの村はじわじわと減っていっているわけで、それなのに経費は微増が続いています。年金収入だけのご老人の一人暮らしの家でも働き手の何人かいる家でも、均等割の金額は当然ながら同じです。

村の経費といいましてもほぼ半分くらいは「お宮さん」関係で、それを村の経費といわれることに違和感がないわけではないのですが、田舎の中でも特に田舎らしさの残るこの村では、それは致し方ないことだとも思います。

仏具店の方が来られて来年はご遠忌だからというようなことをおっしゃるのですが、地方の一般寺院でどのくらいのお寺がご遠忌法要をお勤めすることができるんでしょう。

少なくともうちのお寺の所属する組では十分の一程度のお寺しかお勤めできないと思います。不思議なもので「お宮さん」関係の支出には文句の一つも言わない方がお寺関係の支出となると...

さて、手元にあるお金をかき集めて何とか間に合わせるにしても、月曜には貯金をおろしに行かないとなりません。今月に入って貯金をおろすのは何度目でしょう。出るのは愚痴ばかりです。

山道を横切って流れる小さな川に、亀が棲んでいて、毎年梅雨時になると産卵のために境内にあがってきます。今年は9月の初旬にも砂をかいて土をかいて穴を掘っている亀の姿を見ました。

一ヶ月ほど前に、朝の散歩をしていて車に轢かれた亀を見たのですが、この夏に卵からかえったばかりの小さな亀でした。道路は川の向こう側ですので、うちの境内ではじめて日の目を見た亀ではないように思います。

うちの境内に生み付けられた亀の卵はアナグマやら野良猫やらに食べられてしまうことが多く、かわいそうだと思っても毎日毎晩見張りをするわけにもいきません。

うちの境内に生み付けられて、川に帰って生き延びる亀はいないのではないかと思っていましたが、今朝手のひらの半分ほどの大きさの亀を見つけました。

何故こんなところに石ころが落ちているんだろうと思って、見てみると小さな亀がじっとしていまして、おいおい亀やないか!と思わず声に出していました。

頭や足を隠しもしないでじっとしています。自分が行く、というか帰るべき川を目指しているのでしょうが、動きません。

手のひらにのせて川のそばまで運んでやるのは簡単ですが、手助けになるどころか却って取り返しのつかないお節介になるに違いないと思って、ただ見ていました。

まったく動く気配がありませんので庫裏に戻って朝仕舞いをすませて、さて、まだいるだろうかと思って見に行くともういません。川までの最短距離にあたる道を辿っても、どこにもいません。

実際に川に入っていくところを見たわけではありませんが、目を離している一時間弱の間に帰るべき川に帰ったのだと思っています。

目を離していたのは一時間弱ですが、小さな亀は十分ほどで川に着いたのかも知れません。親亀が歩くのはよく見ますが、結構速いのです。

こんなふうにして、知らないところで知らないいのちが生まれ、知らないうちに生きているんでしょうね。

蚕繭の自縛

仏本この荘厳清浄功徳を起したまへる所以は、三界を見そなはすにこれ虚偽の相、これ輪転の相、これ無窮の相にして、尺蠖 屈まり伸ぶる虫なり の循環するがごとく、蚕繭 蚕衣なり の自縛するがごとし。あはれなるかな衆生、この三界に締 結びて解けず られて、顛倒・不浄なり。衆生を不虚偽の処、不輪転の処、不無窮の処に置きて、畢竟安楽の大清浄処を得しめんと欲しめす。
(『往生論註』巻上)

尺蠖の循環、蚕繭の自縛。衆生というものの有様を見て、このように見極められた言葉をもって「衆生」に自身の有様を解き明かすということもまた循環であり、輪転である。そのように思います。

聞法ということが大切であるのは言うまでもないのですが、聞法ということ自体、それに限るならば、煎じ詰めれば循環であり、輪転に過ぎません。

聞法が聞信となって、お念仏をいただき、お念仏もうすという構図を仮定すれば、聞信とならない聞法は言ってみれば「趣味」である。そう言えるのではないかと思います。

聞法が聞信とならないのは、何故なんでしょう。

うちの庫裏の一部を改築したのは20年ほど前ですが、新築でなくて改築の場合は実際に板をめくってみてはじめて分かることもありますので、設計図は一応あったのですが、ないに等しい状態でした。

改築が終わった後にその設計図ができあがるというのは、実に興味深いことでした。新築などということはできないでしょうから、後々また改築するときのためにわざわざ現状がどうなっているかを図面にしてもらう必要がありました。

煩悩成就の凡夫人が聞法するというのは、新築にあたるのでしょうか、改築なんでしょうか。

捨てる

稲の刈り取られた後の田んぼを見ていると、いろいろなことを思います。見た目で言えば、何かしら安堵しているような印象です。窓から見渡せる範囲でまだ刈り取りが済んでいないのは2枚だけです。

朝から雨の中草むしりをしていたのですが、本当の夏場と違いますから少しこたえたようです。朝起きたときよりも身体が重く感じられるのは疲れのせいだけでなく、身体が冷えたということもあるように思います。

ミカン箱くらいの大きさの段ボール箱2つがむしり取った草でいっぱいになりました。さて、今までは草を捨てる場所があったのですが、門徒さんからもうそこには捨てないでくれといわれたのを思い出しました。

それではどこかに捨てる場所があるのかといえば、総出の草刈りの後などには持ち主の許可をいただいて、すぐ隣の荒れ地になった田んぼに捨てていますが、いつも捨ててよいというわけではありませんから、ありません。

・・・都会などでは生ゴミとして出していらっしゃるのでしょうか。むしった草は刈った草と違いますから乾燥するのを待って燃やすということができません。仕方なく庫裏の裏の目立たないところに捨てるには捨てたのですが、捨てたことにはなっていませんね。

重く感じる身体を運んで草むしりをした場所を眺めに行きますと、それはそれできれいになっていて気持ちはいいのですが、捨てたことになっていない草のことを思うと、こちらのものをあちらへ移動しただけのようにも思えてきます。

稲刈りの済んだ後の田んぼを見ていると、もちろん純粋に自然とは言えないのでしょうが、自然の世界は循環構造なんだなというようなことを思います。

消費は美徳だなどと言って「使い捨て」ばかりしていることがどうのこうのと批判的におっしゃるのを見聞きしますが、どうもフェイズの切り取りがあるように思えます。

全体的にというか、総合的にというか、切り取りをしなければそれもまた循環ではないかと思います。悪循環という言葉があるわけで、その悪循環の悪というのは人間にとって不都合ということなんでしょうか。

環境に悪い影響を及ぼす循環(悪循環)といっても、その環境とは生物、つきつめれば人間が生きるための環境をいうのでしょうかと、そんなことを考えてしまいます。

B5用紙

プリンターのインクカートリッジ、値段が高いですね。プリンターは安く作っておいて、インクで収益を上げようとでもしているかのような値段です。

昔はカラープリンターでも黒インクだけ入っていれば白黒印刷なら動きましたが、最近のものはどれか一つでもインクがなくなるとその色のインクを使わなくても動かないのですが、機種によるのでしょうか。

モノクロのプリンターで、インクがなくなるとカートリッジに錐で穴を開けてインクを補填していた頃のランニングコストと比べると、今の方がはるかに不経済です。

デジカメで写真を撮ってそれをプリンターで印刷するとか、CDやDVDメディアに何かポップな図柄を印刷するなどという使い方はしませんからモノクロプリンターでいいのですが、時々「寺報」に出来合のカット画像を入れたりしますので、やっぱりカラープリンターを使っています。

何代前になるのか忘れましたが、うちのお寺の総代さんがワープロ専用機と小さなコピー機を持っておられて、聞いてきた法話のなかの言葉や読んだ本のなかの言葉などをコピーしてきて、お講さんでお参りの方に配ったりなさっていました。

お浄土にお還りになられて10年ほどになるでしょうか、家に置いておいても使わないからと言って奥さんがB5のコピー用紙を持ってきてくださいました。コピーにしろワープロ文書の印字にしろ世の中がA版(A4)の用紙を使うようになる以前のことです。

お講さんで時々参考文書のようなものを印刷してお参りの方に配るのに使ったり、村の中の他の真宗寺院の門徒さん宛の報恩講や春・秋の法要のお知らせに使ったりしていましたが、とうとう使い切りました。

文書の印刷には「何でもエコ印刷」(確かこういう名前だったはず)というアプリケーションを使っていまして、私の設定がまずいのかも知れませんが、用紙が自動選択できません。

ですので実はB5用紙を使う時は設定をいじる必要があって、少しだけ面倒だったのですが、法要の案内やお講さんで配る文書に限っていただいたB5用紙を使いました。不思議なもので、メモ用紙代わりなどにはできませんでした。

昨日のお講さんにその何代か前の総代さんの奥さんがお参りでしたので、報告というのでもないのですが、使い切ったとお話しして、少し思い出話なども。ワープロ専用機と小さなコピー機、捨てられないからまだ置いておかれるそうです。

お講さん

まだまだ暑いけれども、本堂にいても聞こえるように稲刈りが盛りで、今時の稲刈りは機械がしてくれるから随分と楽になりました。そんなふうな感じでお講さんのお話を始めました。

秋になれば収穫があるから春に田植えをするのであって、秋になっても稲穂の先に少しも実入りがなければ春に田植えなどする人はいない。それが良いとか悪いとかではなく、私たちのすることなす事は一事が万事そんなふうなことである。

買えばあたるかも知れないから宝くじは買う、子供を「よい学校」にいかせておけば将来「よい職業」について「よい収入」が得られるだろうから塾でも何でも行かせる。絶対にあたるわけでもないし、絶対に得られるとも限らないけれども可能性はあるから、買うし、行かせる。

なむあみだぶつと称えたからといって何か「よいこと」があるとは思えない、なむあみだぶつなんて称えても何もよいなんてないから称えない。称えたって仕方ないじゃないかといって、称えない。

何が自分にとって本当に「よいこと」なのかを、一度じっくり考えてみる必要がある。自分が普段思っている「よいこと」は本当に「よいこと」なのかどうか、一度は疑ってみる必要があるのではないか。

地域の敬老の行事もあっていつもよりお参りが少ないなか、珍しく比較的若い女の方が二人お参りくださいました。

何が本当によいことなのか、何が果として得るべきもっとも大切なことなのかというようなことは、なかなか人間の浅はかな知恵ではわかるものではありません。だからまず如来の智慧をいただかなければならないともいえるでしょう。

田植えも稲刈りもみんな手作業だった頃に過酷な労働の中でさんざん自然や自身との対話を重ねてこられたばあちゃんたちもお参りくださっていました。

明日はお講さん

明日はお講さんです。この残暑に加え、稲刈りが始まっていますから、お参りは少ないかも知れません。

いただいた材料で朝から花をたてたのですが、今回はなかなか思ったようにできませんでした。一度たててまたやり直し、花にばかり時間をとられているわけにもいきませんので、よしということにしました。

思うのですが、日常的に住職が花たてや縁側の掃除、境内の草むしりなどをしていらっしゃるお寺はどれくらいあるのでしょう。ほとんどは坊守さんがなさっているのではないのでしょうか。

このあたりのお寺のご住職はほとんどが学校の先生やその他の地方公務員とか、他の職にも就いておられます。お寺以外の仕事のある方が日常的にお寺の裏方的な仕事をなさっているとは考えにくいのです。

私も昔アルバイトをしていた時には、報恩講のお荘厳などは夜にしていましたっけ。草むしりなんてのは夜にはできませんから、手つかずの連続でした。

門徒さんから文句の一つも言われなかったのですが、おおめに見ていてくださったのでしょうか。私の耳に入らなかっただけだったのかも知れませんが、いずれにしろあれでよく済んでいたものだと思います。

坊守さんで得度をすませておられる方も多いでしょうが、住職にしろ坊守にしろ、あるいはただの寺族にしろ、僧侶としてこれだけはしなければならないということは、何なんでしょう。

そんなふうなことを思いながら午後の部の仕事をしていまして、身体が悲鳴をあげましたので一服しているところです。

何だか前にも同じようなことを書いた覚えがあります。さて、明日の朝は山道の落ち葉の掃除だけでいいようにもう一がんばり・・・できるでしょうかね?

まだまだ暑いのですが、どうもこのあたりでは一昨日に空気が秋のに変わったようです。昨日まで夏、今日から秋なんてことはないんですが、そんなふうに感じます。

空気というもの、地表を取り巻いている層をなしているもの自体はどこであろうといつであろうと変わりはないのでしょうが、さまざまな条件によってさまざまに変化します。

風が吹きますが、風というのは基本的には場所によって違う空気の密度を平均化しようとする働きによって起こる空気の動きを言うのですよね。もちろんあくまでも基本的にはということで、詳しいことなど知らないのですが。

国政選挙などの結果を分析するような報道のなかで、風が吹いたというような表現が使われるように思いますが、なかなかおもしろい言い方だと思います。小選挙区制度になってから少しの風が暴風に変わってきているようですが。

時代によってその時代を生きる人のものの考え方というのもその時代に吹く風によって変化はするのでしょうが、その原型というか構造というか、考え方を型造るものは変わらないように思います。

今という時代はどんな風が吹いているのかと私なりに考えると、どうも感情という風が吹いているのではないかと思います。そんなふうに思う根拠を書いていると仕事の合間の「ちょっと一息」ではなくなりますから書きませんが。

考え方を型造るものは変わらないのだと思いますから、場所によって違う空気の密度を平均化しようとする働きによってまた変わることもあるのでしょうが、少し感情への偏りが激しいように思いますので、今度吹く風が暴風にならなければよいのですが。

命がけ

朝のうちは少し肌寒いくらいで、仕事もはかどったのですが、午後になって急に蒸してきました。午前中は何とか頑張れたものの、昨夜の運動の疲れもあって、もう動く気になれません。

何しろお昼ご飯をいただいて後片づけをしていたらお茶碗を洗っている手が痙ってしまいまして、我ながら大笑い。窓から見える畑でせっせと仕事をなさっているばあちゃんの方がはるかに強いんだろうなと思います。

そのばあちゃんの畑仕事をなさる様子は一所懸命というのが相応しいのですが、次の代の人がその畑を護ることができるかどうかは微妙な状況です。若いお母さん方の多くは、畑に野菜があってもスーパーなどで買った野菜しか使わないんだそうです。

次の代の人が護るかどうかが微妙なのはそのばあちゃんの畑だけではありません。一所懸命という言葉も一生懸命に変化したようですし、やがては死語になるのかも知れません。

言葉は変化したり死語になったりしても、何かを命がけですることはなくならないのでしょうね。命がけなどというといかにもたいそうに聞こえますが、ご縁ということを思うと、いのちがかかっていないことなど何一つないわけです。

お茶碗一つ洗うのも命がけ、眠るのも命がけ、ボ〜っとしているのも命がけです。気をつけないといけないのは、命がけにかかっているいのちは私の命でないということでしょうね。

・・・命がけで少し昼寝でもすれば、また動く気になれるでしょうか。

うつつ

台風が来ていたようで、ちょうど学生さんの登校時に結構強い雨が降りました。午後になって気温は少しは低いのですが、蒸します。まだ雲が低く垂れ込めています。

これで少しは涼しくなってくれるとありがたいのですが、どうなんでしょう。太平洋の高気圧が強いから台風が辿るコースも珍しいものになっているのでしょうから、あまり期待はできないんでしょうね。

たとえば、昨日までは厳しい暑さだったけれども、明日以降は少しは涼しくなってほしいと、台風の激しい雨の中で傘もささずにずぶ濡れになって、今ずぶ濡れになっていることは少しも気にしないならば、それは随分とおかしなことなのではないでしょうか。

仕事もしないでギャンブルにうつつを抜かしているなどというような言い方がありますが、そこで言われる「うつつ」というのは「現」であって、ギャンブルに熱中して現実のことが目に入らなくなっているということなのでしょう。

何かに熱中することが悪いことなのかといえば、そうでもないわけです。仕事に熱中している人も多いのでしょうが、仕事にうつつを抜かしているなどという言い方はしないですね。何かに心を奪われるような状態でも、それがギャンブルと仕事ではうつつを抜かすと言ったり言わなかったりします。

人はみなうつつを抜かしていると言えるように思います。本当なら往生というようなことをもっとも大切にしなければならないのに、たとえば生活にうつつを抜かし、仕事にうつつを抜かし、将来を想うことにうつつを抜かしています。

うつつ(現)がある(在)のはご縁に依るわけで、人はみなご縁ということを忘れて、我に執らわれている。

それは台風の激しい雨の中で傘もささずにずぶ濡れになりながら昨日までと明日からのことばかりに心を奪われているに等しいのではないかと思ったりします。

稲刈り

窓の外には、田んぼで稲刈りが始まっているのが見えます。稲刈りといっても機械での作業ですから、小さい田んぼなら見ているうちに終わってしまうのですが、秋の風景です。

ところが、この猛暑はなんとしたことなのでしょう。昔のように人が鎌で稲を刈っているのなら、熱中症になる人が続出することでしょう。9月の最高気温としては過去にない気温を記録するところが多いそうですが、ここらも暑いです。

先代の年忌法要がだんだんと迫ってきますので、境内に限らず草刈りなどしたいのですが、身体を悪くしては話になりませんので、家の中の仕事をしています。こういう機会でもなければ掃除なんてしないようなところまで掃除したりして、雨でも降ればありがたいのですが、降りません。

家の中で動いていてもかく汗の量は普通ではありません、何度シャツを着替えることでしょう。すぐに着替えがなくなりますので、洗濯も一日に一度ではすみません。汗をかくので体重が少しは減ってもよさそうなのに少しも減りません。それだけ水分を摂っているからですね。

今月末には年忌法要、来月半ばにはもう報恩講なのですが、少しは秋らしく、せめて少しは涼しくなるのでしょうか。・・・さて、それでは午後の部の仕事を始めることにしましょう。

蜃気楼

信心を「まことの心、また疑いなき心の意。すなわち仏の真実心を疑いなく信ずる心をいう」とすると、それがあたかも私が信ずる心であるような印象を与えるように思うということを昨日書きました。

私が信ずる心であるならば、まず確かな私がなくてはならないことになりますが、確かな私があるとするうちは仏の真実心を疑いなく信ずるというようなことはあり得ないのであって、つまりいたちごっこになります。

そのいたちごっこがすなわち生死輪転の家そのものであるわけで、如来の摂取のなかにいさせてもらうのであればそのままでよいものを、自ら煩悩でもってわが身を縛る家を造ることが「還来」と言われているのです。

速入ということを生死輪転の家に居ながらに考えると、涅槃といわれるような悟りを生きているうちに速やかに得ることができるのか、それともお浄土に生まれて速やかにということなのだろうかと問うようになるのではないかと思います。

そういう問いもまたいたちごっこの一種であるわけで、悟りを得る(た)ときにはすでに私という区別をもとにしてできている概念はないのであって、彼此の別がなければ私もなく、生だ死だということもないのです。

生きているうちか死んでからかと問うこと自体が煩悩のなす事であるわけで、生死輪転の家を一歩も出ないものの問うことであって、お念仏もうして生死を出離させていただくときには実に無意味であるように思います。

・・・この暑さの中、少し道でも歩けば蜃気楼が見えます。蜃気楼を絵に描きなさいと言われて描いたとしてもそれは蜃気楼そのものではなく、蜃気楼として見えているものを描いているわけです。

悟りを得るのは生きているうちか、それともお浄土に生まれてのことかと問うのは蜃気楼を描こうとするようなものです。

蜃気楼で見えているものが実際にあるわけではないうえに、もともと蜃気楼というものには体はないのです。

寂静無為の楽

速入寂静無為楽 必以信心為能入

昨日も書いたとおり、速入という言葉はここでは還来に対しているのだと思います。生死輪転の家に還来することに対して、寂静無為の楽(みやこ)に速入するということが言われています。

寂静無為ということについては、涅槃であり、涅槃は煩悩のけがれを離れ、静かに澄みきっているから寂静といい、また凡夫のはからいをこえたところであるから無為という、と説明されています。

煩わしい説明をさけて言えば、寂静ということも無為ということも業というものの緊縛から解き放たれるところにあるのであり、無為であるから寂静であって寂静であるから無為であるということが言えると思います。

寂静は無為であり無為は寂静であって、ともに涅槃である。涅槃寂静といい、無為涅槃と言います。聖道門の話ではありませんから速入であって、如来の願力の不思議ということがここにあります。

それを端的に表現しているのがここでは信心であって、その信心を「まことの心、また疑いなき心の意。すなわち仏の真実心を疑いなく信ずる心をいう」とすると、それがあたかも私が信ずる心であるような印象を与えるように思います。

如来の願力の不思議ということだけが、自らつくる業に縛られる凡夫のこの身をまるごとこの身のまま寂静無為の楽(みやこ)に能入としてくださるのであって、如来の願力の不思議によるが故に速入であるわけです。

仏の真実心を疑いなく信ずる心という説明から惹起されるもの、あるいは仮定されるものがもたらすのは、結果的には論理・理論なのではないいでしょうか。

あくまでも喩えですが、頭でっかちの石頭どうしが出会うと頭突きの喧嘩が始まって、互いの石頭は鍛えられるけれども、信心というものは欠片も分からないままである。

石頭どうしをぶつけ合って、互いに頭が割れたならなむあみだぶつももうされるというようなことではないかと思います。

生死輪転の家

還来生死輪転家 決以疑情為所止

還来という言葉は、ここでは速入に対しているのでしょうが、本来は往生という言葉に対する言葉であるように思います。

生死輪転の家(住処)に還り来るというのは、還り来るというからには生死輪転の家ではなくどこか他にいて還り来るのかと言えば、そうだとも言えるしそうでないとも言えるのではないでしょうか。

如来のご回向の南無阿弥陀仏のなかにいのちのご縁を賜ったものが、自らつくり自ら住まうのが生死輪転の家です。それはしかし、如来の摂取の外にあるのかといえば、そうではありません。

生死輪転の家に住まうものは、それがそのままに如来の摂取のなかにあるのだということを忘れている。それを南無阿弥陀仏ともうして思い出させていただいたのだけれども、やはりまた忘れてしまうのが還来生死輪転家ということでしょう。

生死輪転の家といえども如来の摂取のなかにあることを分からなくさせるのは何かということを突き詰めてつきつめていけば、決するに疑情が根本にある。

疑情とはご本願を疑う心、自力の心と説明されていますが、要するに誰もが普通に持っている普通の心です。自力のはからいのない人などいません。すべて善悪の凡夫であるのです。

生死輪転ということについては、http://www3.biwako.ne.jp/~hide-me/maybe/1-100/maybe56.htmlに「我」は過去・未来を実体として分かち造り、その間に現在を仮設します。過去と未来という二つの輪転機に同時にかけられる現在という一枚の紙に印刷されるのが生死であるというようなことを書いています。

過去は記憶であり、またそれは「生」であり、確かな生ありとする過去に執着すればそこにあるのは後悔だけである。未来は想像であり、またそれは「死」であり、「私の死」ありとする未来に執着すればそこにあるのは不安だけです。

喩えれば、確かな生ありとする過去と「私の死」ありとする未来という二つの輪転機にかかって後悔と不安を表裏に印刷されて出てくる紙が現在であり、そういう現在を産む構造が生死輪転の家であるわけです。

すべての善悪の凡夫人が疑情によってこの生死輪転の家を住処とし、お念仏もうしてもまた生死の迷いに迷うのです。

信心

還来生死輪転家 決以疑情為所止
速入寂静無為楽 必以信心為能入

教学研究所編「正信念仏偈」にあるこの部分の解説は以下の通りです。
(ここから)

生死輪転の家・・・車輪の転ずるように、きわまりなく迷いの世界に生死をくりかえすわれわれ凡夫の境遇をいう。

疑情・・・選択本願を疑うことで、自力のはからいをいう。

所止・・・生死の間にとどまらねばならぬもと。

寂静無為の楽・・・涅槃の都のこと。涅槃は煩悩のけがれを離れ、静かに澄みきっているゆえに寂静といい、凡夫のはからいをこえたところであるから無為という。楽はたのしみ、音が「洛」に通ずるところから「みやこ」と読みならわしている。

信心・・・まことの心、また疑いなき心の意。すなわち仏の真実心を疑いなく信ずる心をいう。

能入・・・証を開かしめられる因。
(ここまで)

私なりのそれぞれの言葉の受け止め方や全体としてもいただき方は明日以降にでも書こうと思いますが、特に「疑情」に対するものとしてある「信心」という言葉については、上の説明だけではいかにも不十分な気がします。

教え

仏が仏の智慧で語られたことを凡夫が凡夫の智慧で解釈し、教えを教えでなくしてしまう。

千人の手にとられた教えは、千人の手垢がついて、教えにあらざるものになる。そういうことが往々にしてある。

手垢に汚れた教えにあらざるものを手にとって、今また曰く、生あれば必ず死ありと。思い通りにいかないのが人生であると。

もはや日めくりカレンダーに添え書きされる生活訓・処世術に過ぎないことがらをして仏教だというと、なるほどそういう仏教は役に立つ。

役に立つのは、欲心をいったん満たすからであって、次に欲心が空腹を感ずる時には、もうそれは欲の心を満腹にし得ない。仏教は役に立たないと言うことになる。

役に立つものは大切なものであり、役に立たないものはあるだけ無駄なゴミであるならば、仏教などとうの昔に捨て去られているに違いない。

仏が仏の智慧で語られた仏教は千人の人に忘れ去られても千人の人を生かしている。

道具

よほどの暇人でもなければウェブサイトを維持して更新も続けるということは難しいのでしょう。そもそもPCを常に最適というか快適な状態に保つことが手間暇のかかることです。

私などは趣味で使い始めて、ワープロ専用機がなくなる頃に仕事にも使うようになったというところですが、最近では仕事で使うことが増えてきています。

ウェブサイトを構築して、それを更新することは仕事ではありませんが、それをするのを仕事並に重要なことにすることによってPCを常に最適というか快適な状態に保つことができているという一面もあります。

そのおかげで本当の仕事に使うときに支障が出ないのなら、それこそ一挙両得と言えるのではないかと思ったりします。ここに駄文を書き続けることも無駄ではないわけです。

いつ頃からかは忘れましたが、ネット接続が当然になって、OSのパッチなどもネット経由でしか手に入りません。サイズの大きいものなどは数十メガもありますので、ブロードバンド接続でなければ話にならないような状態です。

と、雷がかなり近くで鳴り出しました。書きたいことが全部は書けませんが、とにかく、何らかの目的でPCという道具を使うなら、それなりの時間をかけることは必要だと思います。

忙しくて時間がないとおっしゃる方もたくさんいらっしゃるのでしょうが、PCの保守・点検は食事や睡眠と同じことだと考えないといけないのではないかと思うわけです。

ある方といろいろ話をしていて、そんな風なことを思ったのですが、やはり暇人の言い分に過ぎないのでしょうかね。車でも自転車でも、道具というのはしっかり整備すれば何十年でも使えるものです。

甘いもの

昨夜の運動の帰りに牛乳がなかったのでコンビニへ寄ったらアイスクリームが目にとまり、もう無性に食べたくなってつい買ってしまいました。

家まで待てず、コンビニの駐車場の片隅の薄暗いところまで車を移動して、そこで食べてしまいました。やっぱり疲れている時には甘いものなんでしょうか。

すばらしいパスが一本出せたのを思い出しながら眠りについて、珍しく朝まで一度も起きることなく眠れたのですが、朝の散歩の足取りの重いこと。

それでもまだ午前中はよかったのですが、午後にはもう完全にノックアウト状態で、お昼ご飯を1時過ぎにいただいてから眠ってしまい、何度か目を覚ましたものの、夕方まで眠ってしまいました。

若い人に迷惑をかけながら、休み休みして、おまけに途中までしか練習には入らず、あとは風のあたるところで休んでいたのですが、それでもこの暑さの中での運動はこたえるようです。

夕方のお勤めを終えて、とりあえずお腹に何かを入れておくというご飯をいただいて、コーヒーなどを飲みましてもまだ身体がしっかりとはしません。頭がボ〜っとしているのは眠りすぎのせいもあるのでしょうね。

少しネットのお回りでもして、たちまち何もしなければならないこともないので、少しは涼しくなってきた夜をゆっくりとすごそうかと思います。

お講さん

今日のお講さんでは、何がそんなふうな話につながっていったのかは別として、涅槃といわれるような悟りを生きているうちに得ることができるのか、それともお浄土に生まれてのことなのだろうかと問うことは実は無意味であるというような話になりました。

往生と成仏というようなことにつながるかと思うのですが、すでにいのちを私のものとして、その上で、悟りを得るのが私にいのちがあるうちかどうかを問うのはおかしなことです。

いのちは自分のものではなく、如来のいのちが今(仮に)私となっていてくださると言いながら、さて、悟りを得るのは自分にいのちがあるうちかどうかと問うのは相撲の土俵の上でレスリングをするようなものです。

その喩えがたとえになっているかどうかが微妙なように、あまりうまくは話せなかったのですが、そんなふうなことを話しました。9時からのお講さんですが、早くから来て私の手の回らなかったところの掃除などしてくださり、ありがたいことです。

10時半を過ぎて、暑くなってきたのでそろそろ終わりましょうかと言うと、家より本堂の方が涼しいとおっしゃいます。家で冷房を効かせておられる方はあまりいらっしゃらないようです。今年の暑さはどういうことなんだろうと、そんな話になりました。

今日話せなかったこともたくさんあって、来月のお講さんでまた続きというか、繰り返しというか、付け加えるようなお話をしなければなりません。9月になれば少しは涼しくもなるでしょう。正信念仏偈のお話もいよいよ来月か再来月で終わりそうです。

朝から

仕事をするなら朝の涼しいうちにということで、5時前から寺報と「新聞」の配達をして、いつも通りの朝じまいのあと、お内陣と外陣の掃除をしたらもう下着が汗だくになりました。

本堂の縁側の掃除は済ませてありますし、山道に散っている桜の葉っぱは今日掃いてもすぐに元の木阿弥ですので明日にすることにして、とりあえずできることはしたつもりです。

冷蔵庫にほとんど何もないい状態でしたので、買い出しに行ったのですが、最近は料理らしい料理をするという気になれませんし、一応やらなければならないことはやったということで、つい出来合のものをたくさん買ってしまいました。

あすのお講さんはこう暑くてはお参りも少ないのでしょうが、お参り方が多くても少なくてもお講さんはお講さんです。

このお講さんというのは、報恩講がそうであるようにこれがなくては真宗のお寺ではないというものの一つだと思います。

たとえば永代経法要や月参りなどはなくてもよいのだと思いますが、ここらへんで私の知る限り、お講さんよりも月参りの方を大切になさっているところが多いのは、やはりこれは他宗の影響であり、「経済」ということなのでしょうか。

一人暮らし

何もかも一人でやらないといけないから大変でしょうと言ってくださる方が時々あります。そうなんですと応えておくときと、そうでもないですと応えるときがあります。

実際はどうなのでしょう。母親と二人暮らしという経験はあるのですが、それ以前に3人以上で暮らしていた頃のことはあまり思い出せません。

学生の頃に一人暮らしをして、自炊と外食が半分ぐらいずつでしたが、結構たいへんだったように覚えています。当時はコンビニなどというものもなく、お弁当屋さんというのも私の知る限りではありませんでした。

洗濯などというのは洗濯機がやってくれるのは昔も今も変わりませんが、材料の買い出しがそもそも面倒でしたし、料理して、後片づけという炊事は結構大変で、お金があれば外食をしていました。

学生の頃に比べれば、今ははるかに便利です。こんな田舎でも、いざとなればコンビニかお弁当屋さんへ行けばすぐに食べられるものがあるわけですし、お惣菜にしても出来合のものがスーパーに並んでいます。

一人暮らしが長いと料理の腕も自然と上達して、お店に並んでいる出来合のものより自分にあったものを作るのも結構楽しいと感じます。台所に立つことが多くなると、後片づけもそれほど面倒だとは思わなくなるようです。

あとは掃除でしょうが、これはしなくてもたちまちの生活に支障はありませんから、しようと思えばする、思わなければしないいでもすみます。この暑い時期など、滅多にしません。

一人暮らしは勝手気ままができて、少なくとも私のような者には一番向いているのではないかと思います。これで境内の掃除や草ひきなどをしないでいいならもっと気ままに楽ができるわけです。

何もかも一人でやらないといけないから大変でしょうと言われてそうですと言うときはたいてい境内の掃除などに追われているときで、そうでないときにはそうでもないですと応えているに違いありません。

実は午前中に久しぶりにあった人に一人で大変でしょうといわれました。そうなんですと応えたのは、明後日がお講さんだからですね。さて、暑いですが、外回りの仕事を少しすることにします。

夕立三日

夕立三日という言葉がありますが、今日もまた夕立が来そうな空模様になってきました。

湿気を含んだ空気が身体にまとわりつくような感じだったのですが、風も少し出てきました。

今日もまた期待だけさせておいて、たいした雨も降らずに終わるのかも知れませんが、それにしても一雨ほしいと思うのは私だけではないでしょう。

りっぱな水路が完成していて田んぼの水は心配ないのですが、畑の土はかちかちに固まっています。少々の雨では表面を濡らすだけでしょう。

全く降らないよりはましなのかも知れませんが、作物が根を張っているのはもっと深いところです。

・・・まだまだ若かった頃はお話を聞いても本を読んでも乾いた土に水がしみ通るような感じで教えというものが入ってきたように思います。

少し前から、お話をお聞きしていても言わんとなさっていることが何なのかも分からないことが多くなり、逆にそうじゃないのではないのかという考えが頭の中にひろがることが多くなりました。

若い頃もいくらお聞きしてもいくら読み直してもいただけないものはいただけなかったのですが、それでも、なるほどこういうことを伝えようとしていらっしゃるんだということは分かったように思うのですが。

私という人間が年をとるにつけ畑の土のようにかちかちに固まってしまったということもあるのでしょうが、ただそれだけのことでもないのではないかと思います。

雨は昔と変わらず降ってはいるのでしょうが、どうも降る雨の質が変わって、畑の作物を育てないようなものになりつつあるという気もします。自然の雨でも酸性雨になるのですから、ね。

今日「新聞」が届きました。時間ができたら虫眼鏡を使って読んでみようと思います。

電光

6時前くらいから空が曇って、これは夕立が来るぞという感じがしてきて期待していたのですが、大規模な詐欺にひっかかったような気持ちです。

雷は鳴っているのですが、かなり遠いですし、水道の栓を締めたんだけれども閉めきるのを忘れたような雨の降り方です。生ぬるい空気がよどんで、風はほとんど全くありません。

1時間近く窓から外を眺めていたのですが、もうあきらめました。あきらめて、さて駄文を書いて自己満足の更新でもしようかと。

今日は5年前にお浄土にお還りなった何代か前のうちのお寺の総代さんの命日で、そういえばこんなふうな暑い夏の日の深夜に枕経のお勤めをしたことを思い出します。

戦時中に軍隊で自動車の整備から運転まで一通りのことを身につけられて、戦後まもなく運転免許を取得なさって、国道一号線がまだコンクリート舗装だった頃にオート三輪(というんでしたっけ?)で京都や大阪まで往復なさっていたようでした。

この方からは学ぶことが多く、報恩講のお花をたてるときなど、今では私がここはこういうふうにと偉そうに言っているのですが、全部この方が言っておられたことです。

お寺の総代さんというと、たとえばその地域の実力者であったり、代々の家柄であったりすることが多いと思うのですが、今にして思えばこの方などは人柄で選ばれた総代さんでした。

田舎ですから、今でも公の場で他人さまに雷を落とすような方がお寺の総代をなさっているようなところもあるようで、それはそれなりによいところもあるのかも知れません。

そういう方が、もうそんな時代ではない!と雷を落とされることもあるようで、雷の電光の先が自分に向かうべきだとはなかなか気づけないわけです。いろいろともの思う夏の夜です。

サイン

昨夜は久しぶりに親戚の家へ行って、2時間ほど冷房の効いた部屋でテレビなど見ながら、それにしても暑いなぁ〜というような話をしてきました。

家に帰ってきて、たぶん10時過ぎくらいだと思うのですが、何かは分からないのですが虫が鳴くのを聞いたように思います。それだけ朝晩は涼しくなってきているのでしょうか、夜中でも暑いように思うのですが。

暦と違って実際には今日まで夏、明日から秋というようなことはないのですから、夏の中にも秋が兆しているのでしょうが、すっかり鈍感になってしまっている私など、そこここにあるサインを見逃してしまうのでしょうね。

野球の選手でもしていてサインを見逃していたらえらいことなのでしょうが、せいぜい風情を楽しむことを忘れるくらいですまされるのは、実はありがたいことなのでしょうね。

さて、今日も一日終わらせていただくことにして、夕方のお勤めをすることにしましょう。

ボ〜っとして

昨夜の運動がこたえて、朝の散歩をしていても足取りが重かったのですが、午後になるともう身体が重いのなんの。暑さのせいもあって思考もよどんで、どうにもなりません。

時間的にかなりの余裕のある一日だったのですが、しなければならないことの他にしたのは、先代23回忌の案内の印刷くらいです。便利な専用ソフトなど持っていませんので、往復ハガキの印刷がなかなかうまくいきません。

それでもやっぱり有名どころのソフトでも買おうかとは思いませんので、フリーウェアとワープロを使って、A4用紙2枚と往復ハガキ1枚を無駄にしたものの、何とか仕上げました。

普通のことなら普段親しく話などさせていただいている方に改まった文面を送るのもどうかとは思うのですが、やっぱりこういうことに関してはきっちりとした文書を送らなければなりません。

22年前の今頃は何をしていたのだろうというようなことを思いながら、頭がボ〜っとしていますので、はっきりとしたことは思い出せないまま、けれど、これほど暑い夏ではなかっただろうと。

うっすらと覚えているのは、22年前は朝の6時と夕方の5時に鐘をついていたことくらいです。と書いたところで、隣の村のお寺の鐘が聞こえてきました。うちのお寺はもう朝も夕方も鐘をつきません。

いつまでも若さに執着するようなバカなことをして疲れて、おまけにこの暑さ。それでも朝夕の勤行だけは身体が覚えているとでも言うのが適当なように、疲れているし暑いからやめておこうとは思わないのは、これはありがたいことです。

ということで、今日も一日を終わらせていただくお勤めをすることにします。

この夏一番

今日は朝から蒸していて、5時過ぎに散歩したときにすでに汗をかきました。今の部屋の温度は35度、体感的にはこの夏一番の暑さです。

この夏は車に乗るときもできるだけクーラーを使わないようにしていたのですが、さすがに今日は思わずスイッチを入れてしまいました。

過ぎゆく夏が最後の力を振り絞っているかのようです。毎年夕立の激しい雷を楽しみにしているのですが、今年は2度ほどだったでしょうか。台風も極端に少ないのでは?

今日明日とは地区の行事の地蔵盆です。子供の行事だったのですが、子供が少なくなってから大人も参加する地区の行事になりました。

締めくくりは納涼祭、これも昔は若衆(たぶんこれで間違いないと思います)が行う神事としてのお祭りだったのですが、若者も減りに減り、お祭りを兼ねた地区行事となりました。

地方の農村部は廃れゆく一方ですが、それでもいわゆる町おこしとか、頑張っておられるところもあるようです。

おかしなもので、こんなに小さなうちの町のなかでも地区によってはいろいろな新しい行事を始めたりして頑張っておられるところもあります。そういう行事などの中心人物はたいていが60歳代の、定年退職後の方です。

季節は巡るのですが、いったん衰退してしまった地方の農村部が再び活気を取り戻すことはあるのでしょうか。団塊の世代の子供世代が定年退職を迎える頃、部屋の窓から見渡せる田んぼのどれほどが田んぼとして残っているのでしょうか。

Wordpress?

ここの大家さんのサ−バでPHPが普通に使えるようになったのがいつ頃だったのか忘れましたが、phpinfo()で確認するとデ−タベ−スも使える環境はできあがっていました。

もともとperlの使えるCGIサ−バですから、movabletypeが動くのは知っていました。モジュ−ルの関係か、最新バ−ジョンは無理なようですが。・・・なかなか大家さんのサイトって見ないものですが、見てみるものですね。

なんと、申し込みさえすればMysqlデ−タベ−スの使用もできて、やっぱり最新バ−ジョンではないもののWordpressも設置できるようになっていました。

プロバイダといえばネット接続だけで、ウェブサイトスペ−スは用意されていなかったり別料金だったりがほとんどになっているように思うのですが、うれしい限りです。

blogにしてもCMSにしてもデ−タベ−スを使うスクリプトなんていうのは好きになれないのですが、Wordpressなら使ってみようかという気になります。はるか以前に無料のレンタル・サ−バで使っていたこともあり、最近のものはさらに便利になっているようですし。

けれど、このサイトはファイルがいっぱいです。手直しをしてあるのですが、一番古いもので13年前のファイルを使っています。トップぺ−じに使っているスクリプトで書きためた記事も500を超えます。

丸ごとWordpressに移行する作業を思うと、気が遠くなりそうです。トップペ−ジの記事だけ移行するにしても、かなりの手間がかかります。というわけで、現行のままという結論に。

そもそも眼もかなり悪くなってきてPCを使う時間も使い方も変わってきています。あとどのくらいウェブサイトをいじくって楽しんでいられるかも分からないですからね。

明かり

懲りずに昨夜も運動に行ってきたのですが、体育館に着いてみると明かりがついていて、珍しくもう誰かが来ているのかと思いましたが、駐車場の門は閉まっています。

体育館の中のどこかの明かりを消し忘れているということなんでしょうが、職員室にも明かりがついていて、気がつきそうなものだと思うのですが、気がつかないようでつきっぱなしです。

鍵を借りてきてくれて体育館に入ると、その明かりがステージだけを照らす明かりだと分かって、消しに行ったのですが、すでに水銀灯がともっていますと消したのかどうかも分からないような明かりでした。外で待っているときには体育館の中全体が明るく見えたのですが。

靴を履いて少しストレッチなどしていると、学校の先生らしき方がいらっしゃって、すぐにステージの方へ向かわれます。消しましたと言えばよかったのでしょうが、言わないでいました。

ややあって私たちのいるところに戻ってこられた先生が、どなたかステージの明かりを消してくれましたかと言われます。なるほどやっぱり職員室から見ても体育館の中全体が明るいとステージだけの明かりが点いているのか消えているのかはわからないようです。

消しにくるならもう少し早く来ればいいものをなどと思いながら、なかなかにおもしろいことだと感じました。

ステージだけを照らす明かりは人間個人の知恵のようなもので、体育館全体を照らす明かりは人間というものの知恵のようなもの。このごろは勘弁してほしいと思う昼間の太陽の明かりは仏の智慧のようなもので、月明かりはお釈迦さまの智慧ということになるのかなと。

昼間に部屋を閉め切って冷房でも入れて、部屋の明かりだけではなくてスタンドにも明かりをつけているのは、どういう状況なのでしょう。

土をいじる人には健康な人が多いと誰かがおっしゃるのを聞いた覚えがありますが、土をいじるということはつまりお日様の下でということで、健康というのは肉体的な意味だけではないのでしょうね。

先代の23回忌

先代住職がお浄土へ還らせていただいたのが22年前の9月、今年は23回忌を勤めさせていただく年です。そろそろ案内を発送をしなければなりません。

来ていただかなくてはならない方にはかなり前から話していましたので、予定はしていてくださるとは思うのですが、親戚宛の案内を書いていて、親戚として来ていただくのはたったの一軒だけだと気がつきました。

そんなことなら何もワープロなど使わなくても往復はがきに手書きで案内を書けばいいのです。それにしても一軒だけとは、自分ながら驚きです。人付き合いが苦手な私の代で、親戚付き合いもしなくなったところがいくらかはあるのですが、それにしても少ないです。

叔母が二人いるものの両方とも長年一人暮らし、現在一人は入院中です。もう一人は17回忌の時には見ていても怖いような運転で来てくださいましたが、何年か前から車には乗っていません。

両方とも跡継ぎというか、私のいとこにあたる子供はいるのですが、そこにまで声をかける気にはなりません。法要は平日ですから、働き盛りの人に来ていただくのも気が引けますし、案内しても断られるだろうということもあります。

報恩講法中で来ていただけるお寺の方と、あとはお参りいただける門徒さんだけでもいいのではないかと思ったりもします。お勤めもお経一巻と正信偈だけで、あとは法話です。

ここらへんのお寺はだいたいがそういうお勤めです。

次から次へ

次から次へとしなければならないことができてきて、したいことがどんどん後回しになっていきます。

したいことだけをしていられる人などいないのでしょうが、そうだったらいいのになと思いつつ、けれど、したいことだけをして過ごすのは案外楽しくないのかも知れないと思ってしまいます。

冬場には暖かい夏を恋しく思いながら、度を過ごした暑さの続く夏場には暖かさを恋しく思ったことなど思い出しもしないのと同じようなことなのでしょう。

しなければならないことを済ませた後だからしたかったことをするのが楽しいのに違いありません。ほとんどのことが思うようにはならないから、思うようになったときの嬉しさがひとしおなのでしょう。

すべてのことが思うようになるのなら、思うこともなくなるのかも知れません。

具体的なことを書けば話も分かりやすいのかも知れませんが、具体的なことは書けません。

ともかく、しなければならないことを嫌々するのではおもしろくもないから、いずれにしてもやらなくてはならないのなら、したくもないことをするのを楽しもうではないかと思うわけです。

スライドショー

何を調べようとしてネットを彷徨いていたときか忘れたのですが、画像のスライドショーなどを調べていたのではないのに、画像をスライドショーというか、ローテーション表示しているサイトに出くわしました。

javascriptだとかflashなんてのは分かりませんから、できなかったで済ませようと思っていたものの、いつもの癖でついソースを覗いてしまって、すると、結構設置が簡単そうなscriptだと分かりました。

スクリプトの配布先で少し説明を読んで、必要なものをダウンロードして、試しに自分のところに設置したら動きました。ということで、ここの表紙で3枚の画像がローテーション表示されています、javascriptとactivXが有効になっていれば。

そんなことをしていたために、結局頼まれた仕事のうちで大事な方はなかなか捗らないのですが、しかし、確か世の中はお盆休みとやらで、中には親戚の方がきたりして昼間から宴会をなさっているところもあるのでしょうね。

急ぎだからといって、律儀に寝る時間まで削って仕事をする必要なんてないんです、少なくとも私の場合は。催促がきたら「あと3日待って〜」と言っておけばそれですみますから、のんびりとすることにしようかと。

それにしても、正規表現というやつ、何度もマスターしようとして挫折したんですが、これが使えると仕事の能率が今日の温度のようにど〜んとあがるんですが、残念ながら使えません。

画像のスライドショーやローテーション表示させる*.swfとか*.jsを書ける人というのは、どんな人なんでしょう。爪のあかをわけてほしいですね?

「人間の価値」

曇天で蒸します。雷も時々ごろごろとなります。相変わらずモニターとにらめっこが続いていて、たまらなく目が疲れています。

おまけにタバコを普段の倍ほど吸います。味わうような吸い方ではありませんので、もったいないだけです。コーヒーもたくさん飲みます。扇風機を回してでも、飲むなら熱いコーヒーです。

お盆ですので、ぼちぼちと本堂にお参りしてくださるのですが、丁寧に庫裏にも挨拶にきてくださる方もあります。少しお話しするのはよい気分転換になります。

気分転換になってありがたいのですが、たとえばエディタで一括変換するわけにいかないようなところをいちいち書き換えているときなど、頭の中にある書き換えソースがとんでしまって、仕事を再開するのに少し時間がかかってしまいます。

さて、人間の価値ということ。世間道ではどうも人間というものを確かな存在として、それぞれ独立してある個々の存在として見るのが一般的なのでしょう。

逆に言えば、そういう確かで独立した存在が互いに関係し合いながら作り上げているのが世間道ということになるのでしょう。

ところが、確かで独立した存在などというのはいわば幻想であって、あらゆるものやあらゆることが関係し合っているなかに、はじめて人間というものもあるのが実際のところであるわけです。

本末が転倒したなかで本末が転倒したことをしていれば、たとえば算数の掛け算みたいにマイナス(−)×マイナス(−)がプラス(+)になるならよいのかもしれませんが、そんなことはあり得ないですね。

本末の転倒は新たに別の本末の転倒を引き起こします。マイナス(−)がマイナス(−)を産むスパイラル、あるいはそれが行き着くところが地獄であると言ってもいいのかもしれません。

本末転倒

朝早くから境内のなかの山道部分まわりを掃除しました。庫裏の玄関へのアプローチなんかに生えている草はそのままです。やっつけ仕事です。誰の目にも明らかなやっつけ仕事のお手本のような仕事です。

5時過ぎに散歩をして、朝勤行をすませて少しお腹にご飯を入れてからでしたから6時前くらいにしたんだと思いますが、そんな時間でも汗だくになります。やっつけ仕事とはいえ、あれほど汗をかくとすぐには何もできません。

気がつけば寝てしまっていて、急ぎの仕事はやっつけられる種類のものではありませんので、クーラーも入れない部屋で頭だけはクールに保つように心がけて、一段落したのが1時過ぎだったでしょうか。

お昼ご飯をいただいて、洗濯をしたりして、少し気分転換です。本末転倒とはまさにこのことなんでしょうが、お盆には相応しいのかもしれないですね。

急ぎの仕事のなかに、〜で作品の価値が決まるものではないというようなことが書いてあって、それを読んでから、そういえばテレビか何かで〜で人間の価値が決まるものではないというような台詞を言っていたのを思い出しました。

人間の価値というのは何かによって決まるものであるという前提があって、〜ではそれは決まるものではないと言っているということになると思うのですが、さて、この言葉自体が実は問題なのだと思うのですが、「人間の価値」は何かによってきまるものなのでしょうか。

世間道ではその通りなのでしょうね。世間道では、たとえば、持っているお金で人間の価値が決まるものではない、何を為したか、どれだけの努力をしたか、そういうことによって決まるんだとでも言っておけば頷いてくれる人も結構たくさんいらっしゃるんでしょう。

なむあみだぶつの仏道ではどうなんだということ、これは考えてみないといけないことですね。

一安心

どうやら台風もこのあたりは通過したようで、結構な量の雨が降りましたが、風はそれほどでもなく、まわりの山から葉っぱが降ってきて境内に散らかることはなかったです。

一安心ですが、そこらを見回ってみるとすでに草が伸びていて、本当なら今日中にでも何とかできる範囲のことをしなくてはいけないのですが、他に仕事が入りました。

お寺の仕事ではありませんので二の次にしたいのですが、境内の草むしりより急ぎの仕事です。それをいいことに今も机の前に座って、言ってみれば楽をしているわけです。

その急ぎの仕事の内容は書けないのですが、なんと申しましょうか、知らないということは強いというか怖いというか、これだけのことをこれだけの期間内にしてくれと言われましても、ますます目が悪くなるのを恐れずに励んだとしても2週間はかかるんじゃないかと思います。

一休みしてこの駄文を書いているわけですが、無性に外に出たくなりますね。昨夜も運動をしに行ったので疲れていますが、それでも外で草むしりでもしたくなります。

といいながら、さて、急ぎの仕事の続きでもしましょうか。いかに怠慢であるかを伸びた草が語っているのを気にしないことにして。・・・それにしても、何もこの時期に急がないといけない仕事を言ってこなくてもいいのに。

「ご請求書」

自分が普段から正しい言葉遣いをしているかどうか、あまり自信がないのですが、それにしてもガソリン代とかその他もろもろ、自動払い込みにしている業者さんから「ご請求書兼領収書」なんてものが送られてくると違和感を感じます。

特に敬語というようなものは難しいし、「ご」とか「お」をつけた方が丁寧に聞こえるということもあるのでしょうが、請求なさっている方が「ご請求」はいくら何でもおかしいのではないかと思います。

コンビニにも時々行きますが、コンビニに代表されるサービス業独特の言葉遣いも、慣れないうちは何を言わんとなさっているのか分からないことがありました。今では慣れてしまいましたし、いちいち何をおっしゃっているのかしっかりとは聞いていません。

宗派の経常費が割り当てられる仕組み(?)をよく知りもしないのですが、だいたいの流れを言えば、宗務所から各教区、教区教務所から各組、組から各寺院に割り当てられているということで大きな間違いはないのではないかと思います。

「経常費ご依頼」という表現が使われているのは、うちのお寺の所属する組だけのことではないと思うのですが、これは丁寧に聞こえるからというようなことではなく、組は教区教務所を敬い、教務所は宗務所を敬っているということでしょうか。

宗務所も「御依頼」という言葉を使っていますが、これは丁寧に聞こえるからなのでしょうか、それとも何かを敬っているのでしょうか。もし後者なら、敬われるべきものは決して経常費などというものの依頼はしないと思います。

ちなみに、たとえば宗費賦課金は賦課金ですから支払うことが義務なのでしょうが、経常費は依頼です。依頼ということは、あくまでも依頼ですから応じなくてもよいわけです。応じたくても、自分のお寺の修繕などにたくさんのお金がかかったりして、無理な場合もあるわけです。

もっともネット上で見つけた資料が正しければ、全国30教区のうち経常費を完納しなくても何のペナルティーもないのはごくわずかです。ペナルティーは教区によってさまざまです。ペナルティーがあるのも分かるのですが、たとえば得度受式などにペナルティーがあるのは、これはおかしなことではないかと思いますね。

歳を重ねて

昨日から何かおかしな雲行きだとは思っていたのです。今日になってさらに蒸してきまして、朝の5時過ぎでも暑いと感じてしまいました。

久しぶりにテレビの気象情報をみると台風がきているとのことで、何もこのお盆前の時期に来なくてもいいものをと思ってしまいます。

雨も困らなくはないのですが、風が吹けば境内はいっぺんに葉っぱだらけになってしまいます。葉っぱだらけになるのはすぐですが、それを掃除して何とか見られるようにするのには2日はかかります。

去年も上陸する台風は少なかったように思います。今年も台風の発生自体が少ないようで、それはありがたいのですが、境内を囲む山の葉っぱをまき散らすのがこの時期になるのは困ります。

困りますといっても相手はお天気ですから仕方のないのは分かっているのですが、やっぱり困ります。体力の衰えを感じるほどに仕方のないことに困るようになります。困ることが増えます。

2週間ほど前に痛めた首筋もまだ治らず、やはり腰も痛くて、何でもなかった動作が思うようにできませんので、よけいに困るのですが、結局は成り行きに任せて、できる範囲のことをする他にありません。

歳を重ねてだんだんと今までは感じなかったことを感じるようになりますが、相変わらずそこそこ若いときの感覚も残っていまして、自分の中で時々それらがせめぎ合いをします。

さて、そういう時期を過ぎると、今度はどうなるのでしょう。楽しみでもあり、何かしら不安にも思うのですが、何というのでしょうか、全く煩悩丸出しの状態ですね。

うちのお寺の何代か前の総代さんがおっしゃってました。わしらは地獄へ向かってだだ走りだと、ね。

諦める

ウェブサイト作成を手伝っているところの責任者の方から、トップページだけでいいから、もう少し見た目を今風というか格好良くしてもらえないかと言われました。

たとえばここのようにと教えられたアドレスにアクセスしてみると、何のことはない、すごくポピュラーなCMS、つまりデータベースを使うファイルサイズの大きいあのスクリプトで構築したと思われるサイトでした。

確かに見た目がきれいなテンプレートを使っていて、画像なんかも適度に配置してあるのですが、画像を使うか使わないかをのぞけば、基本的にたとえばこのサイトとどれほどの違いがあるのだろうかと思いました。

・・・迂闊でした。普段の設定のままのブラウザで見ていたから分からなかったのですが、「画像が動くよ」といわれてからソースを覗いたらflashが埋め込まれていました。

なるほどそういうことなのか、ブラウザの設定を何も変えなくてもふつうにflashなんかの動画も見られるのが一般的なというか、多くの人の「インターネット」なんだと。そう気づいたわけです。

javascriptを少し勉強したのがもう10数年も前のことで、すぐに挫折して、下手をするとブラウザを固まらせたりOS自体をハングアップさせることもあるような言語なんて必要ない!と。

embedタグで埋め込まないといけないものなんてのも、実は危険といえば危険だと知ってここで埋め込んでいたmidiも使わなくなって、ですからflashなんてのは初めから私には関係ないものだったわけです。

今から勉強するなんて、そんな気にはなれないですし、勉強してももう何も分からないでしょう。全くフリーなスクリプトを見つけて使わせていただくとしても、設置できるかどうか自信がありません。

昔見たテレビのドラマか何かの台詞で「あきらめたらそこで終わる」というようなのがあったような気がしますが、終わりにしたいから諦めることにするということもあるわけです。

一週間ほど間をおいて、ウェブサイト作成を手伝っているところの責任者の方に「あきらめるか、お金がかかるけどどこかのプロの方にお願いしてください」と返事することにします。

僧伽

真宗(大谷派)のなかで、僧伽という言葉がどのような場所でどのように説明されているのか、詳しくは知りません。

教団という意味をもつようになったのは、教団というべきものが成立してからのことなのでしょうが、それがいつ頃なのかも知りません。

Wikipediaにある僧伽の説明を読んでみるのですが、はたしてそれが正しいのかどうかも私には判断できません。

詳しいことなど何も知らない私ですが、真宗のなかで教団という意味で僧伽という言葉を使っておられるのを見聞きしますと、違和感を覚えます。

少なくとも真宗のなかでは教団を意味して僧伽という言葉を使うべきでないのではないかと思っています。

私なりにその理由を論うと、それに対する反論、親鸞聖人のお言葉をもとにした反論が自分で成り立たせることができます。

ですから教団を意味して僧伽という言葉を使うべきでないと思うのは、論理でもってそう思うのではなく、感覚でのことになるかと思います。

ご開山にとって三宝の一つである僧(僧伽)はたしかにありました。それは教団などを意味するのでないことは言うまでもなく、関わり合いのあり方とでも言えばよいものであったと思います。

関わり合いのあり方を関係というとして、関係が教団という団体を意味するようになると、たとえばご開山がおっしゃる同行や同朋とはいったいどのようなものになるのでしょうか。

風向き

風向きのせいなのでしょうか、午後2時前頃に喚鐘の音がまるでうちのお寺でついているかのように聞こえてきて、まさか子供がいたずらでもしているんじゃないかと思って見に行ってしまいました。

結局は他所のお寺の鐘の音だったのですが、このあたりの真宗のお寺にはほとんど盂蘭盆会をお勤めするという習慣がありません。今日の風向きからして風上にあたるところにある真宗以外のお寺は浄土宗のお寺です。

もっとも他所さまのことをほとんど知りませんので、あるいは真宗のお寺でも盂蘭盆会というのではなく、何かの法要をこの時期になさっているところがあるのかもしれません。

暑い中、御苦労様なことです。衣を着た時点で汗だくになる私など、この時期に法要をお勤めするなどということは考えられません。最近の朝のお勤めがだいたい6時前後になっていまして、それくらいの時間なら汗もかかないのですが。

夏休みなのに外で遊ぶ子供の姿を見ません。そもそも小学生が女の子4人しかいない村です。いたずらで喚鐘をつく子供がいるくらいの方が活気があっていいのかもしれませんね。

お盆月

毎月第2日曜はお講さんなのですが、この8月はお盆月ということで、28日のお講さんはありますが第2日曜はありません。

それをすっかり忘れていまして、今月の寺報に2回分のお講さんで話すことを書いてしまいました。今日は部屋でできる仕事をしましょうということで、今月末に配る寺報を書いていまして、それに気がつき、さてどうしたものかと。

28日のお講さんでのお話を長くして2回分の内容をお話しするのもどうかと思います。普段でも長いときには1時間近く話してしまいますし、この暑い時期に長い話というのは、やはり避けるべきなのでしょう。

曾我先生のお話の中に、話している方が疲れる頃には聞いている方も疲れる、聞いている方が疲れる時には話している方も疲れるというようなことがありましたが、それは確かにその通りだと実感しいています。

お講さんですので、お参りしてくださるのは皆顔見知りの方ばかりで、気楽に話せますし、聞く方も気楽に聞いていてくださるのだと思います。気楽に過ごす時間ではあるのです。

けれど、話の中身は我が往生にかかわることです。話す方も聞く方も疲れたからといって、おろそかにできることではありません。それでも疲れるとおろそかになりますので、疲れないうちに終わるのがよいのではないかと思います。

経済ということ

昨日今日と風が少し強く、過ごしやすくはあるのですが、うちのような古い作りのお寺の本堂はやはり風に揺れるようで、今朝のお勤めの時にお内陣を見てみると所々に小さな土塊などが落ちています。

昨日はお内陣も乾拭きしたのですが、どうやら徒労だったようです。掃除したときにはきれいになったお内陣をみて一応は満足したのですから、徒労でもないのでしょうが、お参りの方がご覧になれば掃除したとは思われないでしょう。

もうすぐお盆に向けたお荘厳をしなければなりませんが、この時期は花が値上がりします。花をいただくことがない時期ですので買うのですが、あまり早く買いに行ってももちませんし、遅くなると高くつきます。

朝夕水を換えて氷を入れたり花の茎を洗ったりしてこまめに手入れをしても、この時期だと2週間くらいが限度でしょうか。そういうことを考え合わせると今週末くらいに花を買うのがいいかと思うのですが、すでに値上がりしているかもしれないです。

お参りしてくださる方が多い時期ですので、少しでもきれいにしておきたいし、少しでもりっぱな花をたてておきたいのですが、経済ということは何にでもつきまとうことです。

掃除なら身体の調子の許す限りすればいいのですが、花一輪500円などといわれると痛さの残る腰が引けてしまいます。

休みます

このところの湿気の多い暑さではなく、からっとしていたところへ少し雨が降って、結構な風もありまして、今日をのがしたらもうできないと思って、朝から畳を20畳ほど乾拭きしました。

午後になって、家の中の仕事なら、どうしてもということは蒸し暑くてもできるんだからと思って、外の草刈りや庭木の剪定などしていましたら、完全に疲れてしまいました。

腰まで痛くなってきて、もう今日はこれで仕舞わせていただくことにして、まだまだ早いのですが夕方のお勤めも終えました。

あまり食欲もないのですが、何か少しお腹に入れて、行水でもして、腰に負担がかからないように休みます。

最近では腰の曲がったご老人をあまり見かけませんが、あの姿勢、実は腰が弱っていたり痛めていたりすると、楽なんですね。そんなことが分かるようになってしまいました。

朝から庫裏の裏側の笹を刈ったのですが、疲れるのが早いし、回復するのに時間もかかります。本当は根切りをしたいのですが、この時期、私には無理です。

ただ単に刈るだけなのですが、使っている剪定鋏の手入れが行き届いていないので作業能率が悪いです。もちろん、刃の部分を研ぐくらいのことはしているのですが。

のこぎりに持ち替えるのが面倒でついつい太い木の枝を切ったり、刃と刃の間に小石を挟んでしまったりして、要の部分がゆるくなってしまっています。これを何とかするのは至難の業です、素人には。

ハンマーでたたいて直すのですが、これがなかなかうまくいきません。昔はこういうものを直す職人さんもいらっしゃったのでしょうが、今となってはうまくいかなくても自分で直すほかにありません。

鋏の要というのは要するに人間の体でいえば腰、腰という字は肉月に要と書きますから人体の要となるのが腰というべきなのでしょうが、腰を痛めたら思うようには動けないのと同じで、要のゆるんだ剪定鋏は思うように働いてくれません。

ぐったりと疲れたせいか、知らないうちに1時間半も昼寝をしてしまっていました。思っているようには予定は消化できません。

梅雨を過ごした畳の畳表を乾拭きしないといけないのですが、今日中にせめて書院の畳だけでもと思っていたのが、全く手つかずのままです。

結局秋の報恩講前に門徒さんに拭いていただくということが今までにも何度かありましたが、今年もそうなってしまうのでしょうか。

それにしても思うのは、田舎の小さなお寺の僧侶というのは、衣を着ないでする仕事の方がはるかに多いということです。

新PC

DVD/CDドライブが認識されないというようなことをここに書いたのが7月の23日、実はそのころから物欲が沸々とわいてきていたのでした。

27日に某BTOの老舗的なところに妥協できるところをできるだけ妥協した構成のPCを注文しまして、それが届いたのが29日でした。午後5時までなら2営業日後には届けるといううたい文句に間違いはありませんでした。

WindowsXP(sp3)にダウングレードするとよけいなお金を取られますので、Windows7(Home Premiumでしたっけ?)プリインストールにしました。時間を作って少しずつHDDを古いPCから付け替えたり、見た目やアプリケーションなども自分の使いやすいようにカスタマイズしていたのですが、昨夜で何とか終わりました。

ネット上の情報としていろいろ動かないアプリケーションがあると聞いていたのですが、何のことはない、Windows95時代の「Virtical HTML」(Html縦書き変換ソフト)も動きますし、Vectorのダウンロードセンターの当該ソフトページにはインストールさえできないと書いてある「何でもエコ印刷」もインストールできました。

まだ使う用事がないので使ってはいませんが、印刷濃度70%という設定までできましたから使えるのでしょう。WinrollとかCDBurnerXPとか、いろいろ便利でとても手放す気にはなれないアプリケーションをすべてインストールしまして、一応カスタマイズも終わり。

さて、3日の間セットアップやアプリケーションのインストール、「送る」メニューへのショートカットの追加などで使っただけですが、OS自体の扱いやすさとしては、見聞きして思っていたほど不便ではないし、かえって便利なところもあって、なかなかいいんじゃないかと思います。

まだまだ慣れませんからXPを扱うようにはいきませんが、慣れてしまえば何でもないことばかりではないかと思ったりしています。これってある程度までは何にでも言えることなんでしょうね。

最新のPC、お代は本体だけでしたので10万と少しでした。初めてPCを買ったときと同じBTOの会社で、初めて買ったときには、CRTも含めてですが、20数万円したと記憶しています。これは驚きですね。

メリット

去年の11月に14年半乗った車を廃車にして軽自動車に乗り換えました。廃車にした車は少し大きな車で、車体重量が1.5トンを超えていたと思います。

14年半の間、ほぼ毎日本堂の裏を通って庫裏の建物と物置の間にその車をとめていたのですが、1.5トンのものがほぼ毎日通っていたところを、軽自動車で週に3〜4回通るだけになると、地面の締まりが違ってくるようです。

車輪の通るところに草など生えなかったものが、今ではそういえばこれは車が通っていた跡だと分かる程度になってしまっています。草の繁殖力、恐るべき力ですね。

草にしてそうなのですから、竹や笹はどうでしょう。今に書院の横にある裏庭にタケノコが顔を出すようになるかもしれません。裏山はもうすでに竹が根を伸ばすところがないくらいになっているのですから、大いにあり得ることだと思います。

一人でしか乗らないいのですから大きな車は贅沢というか、無駄というか、必要だとはいえなかったのですが、思いもしないところにメリットがあったということです。

今さら地面を締めるためだけに大きな重量のある車に替えるなどということはできませんから、タケノコが「越境」しないように気をつけるほかにありません。

せめて...

気温はそう高くはないのですが、蒸し暑い日です。それでもたくさんの農家の方が田んぼのまわりの畦の草刈りをしておられます。

眺めているだけなら何か楽しそうな作業のようにも思えるのですが、実際にやってみたら、特に夏場はかなりしんどい仕事です。

もう何年も前になるのですが、草刈り機を借りてきて草刈りをしたことがあります。慣れていないということもあったのでしょうが、作業能率はよいものの疲れました。

それにやはり慣れないということがあるのでしょうが、怖かったです。最近の草刈り機はかなり改善されたようですが、下手をすれば刈っている自分の足を刈るなどという恐ろしいことになりそうでした。

昨日も夕方に野菜を持ってきてくださる方があったのですが、はたけしごとも大変で、苦労して育てられた野菜ですからいただいたら無駄にすることはできません。

実はキュウリなど、いっぱい頂き物があるのですが、せっかく持ってきてくださったものをお断りするなどということはできませんので、お昼に短冊に切って少し塩をふってそのままいただきました。

キュウリでも採れたてのものだからでしょうか、そのままでもおいしいです。白いご飯とキュウリとゆで卵でお腹いっぱいになりました。

さすがに卵は買ってきたものですが、「供養」ということはこういうことなのかなと思ったりするのですが、さて、自分が供養していただくに値するかどうかということを思うと、穴がなかったら自分で掘ってでも入りたい気がします。

今日なども朝4時半頃に起きて午前10時過ぎまでは何とか家の中の仕事をしたものの、汗をかいて2〜3度服を着替えるともう動く気にもなれず、だらだらと過ごしてしまっています。

それで気がつけばもう5時前で、自己満足の更新のための更新をして、最近口癖になっているのですが、もう今日は終わりにさせてもらって、せめてお勤めだけでもしておきましょうと独り言を言っているところです。

28度

一昨日まで連続10日を超す猛暑は一休みのようで、昨日よりもまた一段と涼しい今日の午後、部屋の温度は28度です。聞こえてくる蝉の声も何だか頼りなげです。

昨夜バスケの練習に行きまして、少し涼しかったこともあって動けたのですが、やってしまいました。たいしたことはないけれど、怪我です。動けるからといって動くと怪我をするぞと思いながら動いた結果です。

左肩がディフェンスの身体の正面にぶつかりました。左にドリブルしだして左肩があたったのですから明らかに私のファウルなのですが、急には止まれないから仕方ありません。

左の首筋から肩にかけて、筋が張っています。腕は回りますから脱臼などはしていないはずですし、筋の張りを除けば何となく左腕の血の巡りはよくなったような気もします。

ときどき何もしないのに左手の小指側がしびれることがあったのですが、少なくとも今日はそんな感じには一度もなりません。激突して左肩が後ろ側に動いた結果、ずれていたものが元に戻ったなどということはありえないのでしょうか。

激突した相手の若い人が心配してくれたのですが、その人のディフェンスがいいから正面に当たったわけで、正面でなかったら左側に転んでいたかも知れません。足腰が弱っていて、それで転んだりしたらどうなることやら分かったものではありません。

おまけに左手がときどきしびれることもなくなるのなら、何というか、下手にお医者や整骨院やマッサージに行くより効果的な「治療」をしてもらったようなもので、お代でも払わないと申し訳ないのかも。

首筋から肩にかけての筋の張りがいつまで続くか、張りがなくなったときに果たして左手がときどきしびれるという症状がなくなっているかどうか。と、そんなことを気にするより、怪我とも言えないようなことで済んだことをありがたいと思わないといけないですね。

真宗

今日のお講さんは11人のお参りでした。一昨日あたりまでと比べるとかなり過ごしやすい日ですが、やはり夏場は外出を控える方もいらっしゃるのでしょう。

大谷派の勤行本で言えば30ページ、法然上人についてのことをお話ししたのですが、今月2度目のお講ということもあり、曾我先生が『真宗の眼目』のなかで言っておられることの受け売りがほとんどになりました。

内容はなかなかこういうところに書きにくいものなので書きませんが、それとは別に、単純に「真宗」ということ、その意味するところは何であるのかということもお話ししました。

そもそも「宗」という字の成り立ちは、講談社「新大字典」によれば先祖の廟で行う祭祀を意味するとのことですが、廟などという立派なものがない家にでも「ウ冠」が意味する「家」はそれなりのものがあるのだろうし、その家がその家であることを「示」すものもある(あった)に違いないというようなことまでお話ししましたので、時間が足りません。

とにもかくにも、真なる宗ということは、もともとは宗派の名前などではないのですが、浄土真宗という言い方も、やはり宗派の名前などではなく、ともに真実の教であるというようなことが話したかったわけで、私たちがいただく教えは仏教のなかの一宗派の教えというに限らず、仏教の中の真実の教あるということです。

浄土真宗といい、真宗ともいいますが、宗派名として浄土真宗と名のるのは真宗十派の中では本願寺派だけのようで、そう名のるようになった経緯などにも興味があるのですが、調べてみても分かりません。

またゆっくりとできるときにでも本願寺派の方にお出あいしたら尋ねてみることにしましょうかね。

一雨ほしい

たぶん17日以来雨が一滴も降っていません。今日の朝4時半頃に配りものをしに車で通りかかった少し大きな川の手前にあった温度表示は21度、かなり涼しい朝でした。

昼を過ぎて、昨日までよりはしのぎやすいのですが、やはり暑いことに変わりはなく、10年を過ぎた郵便局の貯金があったので、涼みがてら郵便局へ行きました。

用が終わっても帰りたくないほどの涼しさでしたが、帰ってきてこれを書いているわけです。たくさんの現金が必要なわけではありませんでしたので、ほとんどを預け直したら「焼酎とか、のまはります?」と職員さん。

アルコール類は、全く飲めないわけではないのですが、飲みません。飲まないんですが、どうも大酒飲みのような顔をしているようで、飲まない、飲めないというと驚かれます。

こんな暑い夏なんかには、ビールをうまそうに飲む人を見ると飲んでみようかなと思ったりもするのですが、飲んだら飲んだで気分が悪くなって後が大変ですから、飲みません。

同級生の散髪屋さんは昨日が定休日で、暑さに負けずに庭木の剪定をして汗をかいたら、缶チューハイやらビールやら、とにかくそういうものが飲みたくて飲みたくてたまらなくなったと。

私の場合、以前はそんなふうに汗をかいて何かを飲みたくて仕方なくなるとスポーツドリンクを飲んでいたんですが、それが一気に太った原因だと思っています。いちばん体重が増えたときで86kg、それが今では10kgほど減っています。

今でも汗をかくとスポーツドリンクを飲みたいと思いますし、飲むこともあるんですが、市販のペットボトルなどは濃すぎますね。カロリーも高いです。美味しい水道水がいちばんです。よほど汗をかいたときには塩をちょっとなめて、ね。

さて、今日こそは夕立が来そうな雲いきなんですが、どうでしょう。草が伸びるのは仕方ないとして、一雨ほしいです。

「本来」

毎日新聞の7月17日の7面に「葬式はどうあるべきか」と題して「ニュース争論」の記事があります。そういうふうな記事があったと他人様から聞いて、古新聞をあさってもらって、虫眼鏡で読んだのです。

島田裕巳さんという「葬式は、要らない」という本を書かれた方と、小川英爾さんという新潟の日蓮宗の妙光寺というお寺のご住職が立会人をまじえて話をしておられます。ちなみに、小川英爾さんというのはこちらでも取りあげたことがありました。

私の感じる範囲では一々抜き書きする必要を感じないような発言が続いていまして、おもしろい記事にはなっていません。ここらのような田舎の一般の方が読まれても、同じように面白いとは感じられないのではないかと思います。

なぜここにその記事のことを書くかと言えば、島田さんという方が「本来、仏教には戒名という教えはないはずなのに、日本には戒名というおかしな習慣が続いている。」という発言をなさっているからです。

「本来」というのは、つまりお釈迦さまご在世の時代、含めるとしてもお釈迦さまの孫弟子の時代までの仏教ということなのでしょうか。

「戒名」ということについてはWikipediaででも調べれば、その歴史も含めて詳しい説明がありますので省きますが、「宗教学者」がおっしゃる「本来」の意味が、私には不明です。もしかして、戒名が位牌に書かれることが多いことから「戒名」と「位牌」を混同しておられるのでしょうか。

上記の発言に対して小川さんが仏教一般の立場ということからか、「戒名」という言葉のままでそれがお釈迦さまに弟子入りした証しで、自己を戒めるための名前だと説明しておられます。

仏教の宗派の中では浄土真宗の門徒・信徒が圧倒的に多いと何かに書いてありました。ご遠忌にむけて「お待ち受け」の法要などが盛んに開催されているようで、結構なことだとは思うのですが、方向が内側にしか向いていないような気がします。

本願寺派は一度全国紙にご遠忌関係の「広告」を出したことがあったと記憶しています、確かではありませんが。

どこかの宗派のどこのお寺にも所属しないような、宗教なんて関係ないとおっしゃる一方で、すでに仏教に関する間違った固定観念を持っておられる一般の方々に、これが仏教だ、親鸞聖人の教えだとアピールするような形で、ご遠忌の「広告」をしてもいいのではないかと思います。

お荘厳

昨日の門徒さん総出での草刈りと一緒に、本堂の真鍮のお仏具のおみがきもしていただいたのですが、お荘厳ができず、そのままになっていました。

しっかりとお荘厳ができていないと、朝のお勤めをするときも何かしらもの足らないというか、気が抜けるというか、普段とは違う感じがします。

今日の午前中の仕事は、お荘厳。真鍮のお仏具を配置するのは簡単なのですが、長年使っているものでもあり、組み立てに少しばかり小細工の必要なものが少なからずあります。

最後にお花を仕上げて、時計を見たら11時を回っていました。汗もだくだくお腹もぺこぺこで、着替えて洗濯してご飯をいただいたら、眠くてねむくて、横になったら知らないうちに寝てしまっていました。

先ほど起きたのですが、寝ているだけで汗だくになり、また洗濯。瞬く間に乾きますからいいようなものの、かなりの量の水を使っているのではないかと思います。

用もないのに本堂に行ってお荘厳を見て、一応ながら満足して庫裏に帰ってきたのですが、本堂も庫裏もそれほど温度差はないようです。よくお寺は涼しいでしょうと言われますが、確かに涼しいような感じはしますが、あくまでも感じだけのことですね。

今日は朝から門徒さん総出で草刈りとお磨きでした。今日も朝からとんでもなく暑く、具合が悪くなる人が出たりしないだろうかと心配していたのですが、大丈夫だったようで、一安心です。

どうやら屋外での仕事は時間で区切られたようで、庫裏の方の、つまり私有地の草を相手にしていた私は詳しくは知らないんですが、終わってから境内を見てみるとまだまだ草の生えているところが残っていて、お盆までには何とかしないといけません。

何とかしないとといっても、この暑さでは私の体力では何ともできないでしょうから、お盆にきっちりときれいになったお寺にお参りしていただくというわけにはいかないでしょう。雨がまったく降りませんから草もそれほどは伸びないでしょうが。

とは言え、表はかなりきれいにしていただきました。問題は庫裏の方、建物の東側がジャングル状態です。足を踏み入れる気にもなりません。毎年ここをどうしていたのかと思うのですが、思い出せません。このまま放置して、秋になって涼しくなったら手をつけることにするしかありません。

頭にタオルと帽子をかぶって、暑さ対策はしていたのですが、汗をいやというほどかいた身体には、やはり水とかお茶だけでは駄目なようです。味塩をなめて塩分補給していると、塩というもののありがたさがとてもよく分かります。

それならスポーツドリンクを飲めばいいようなものですが、10数年ほど前に1日1リットル以上飲んでみるみるうちに太った経験がありますので、もうそんなことを繰り返したくはありません。よく出逢う人はそれほどでもありませんが、久しぶりに会う人はほとんどほっそりしたと言ってくれます。

汗をかけば体重も落ちるのでしょうが、この暑さの中で汗をかくようなことはする気にならないですし、身体をこわしてしまいそうです。この時期は寝ていても汗をかきますから、それでいいですよね。

お手上げ

マイクロソフトのウィンドウズ2000のアップデイトが今月の13日で終わりましたので、古いパソコンでウィンドウズ2000をスタンドアロンで使おうと思っています。

便利なフリーウェアを作っていてくださる方があって、発売当時のウィンドウズ2000のインストールディスクと、すべてのパッチをあてたウィンドウズ2000環境があれば、最終のアップデイトが終わった状態のウィンドウズ2000がインストールできるディスクを作れるようです。

思い返してみれば、ウィンドウズ98SEまではシステムが不安定ですぐに固まってしまい、作りかけのファイルが保存できなくてせっかくの苦労が水の泡になり、何度も泣かされました。

ウィンドウズ2000を使うようになって、あの安定感にはびっくりで、うれしかったです。起動ドライブのコピーはウィンドウズ98のようにはいきませんから不便ではありますが。

さて、困ったことに、便利なフリーウェアをダウンロードしたのはいいものの、インストール・メディアを作ろうと思ったら、DVDマルチドライブにエラーがでて、ウィンドウズがそのドライブを認識していません。

あれは何と言うんでしょうか、たとえばウィンドウズが起動するまでの起動モード選択などの画面、DOSレベルとでも言うんでしょうか、その時点ではドライブは認識されています。ですからOSのインストールディスクなどを入れておいて、ROMから起動させるとOSのインストールはできる状態です。

デバイスのプロパティを見てみると、バイオスが不完全か壊れているため云々というメッセージがでます。別のDVDドライブを装着しても、ウィンドウズはドライブを認識しません。そういえばDVDドライブなんて、OSをインストする時以来使っていなかったんじゃないかと思うのですが、やっぱり時々は使わないといけないんでしょうかね。

たいていのことならネットで検索すれば解決方法が見つかるのですが、検索の仕方が悪いのか、さすがにこんなことの解決方法が書かれているところはないようです。・・・つまりOSを再インストールすればウィンドウズでもしっかりドライブを認識するんでしょうが、すべてのパッチがあたっている状態は失われるわけです。

こういうのを何と言うんでしたっけ、よくあることでもないんでしょうが、時々ありますよね?

もったいない

朝のうちは昨日よりいくぶん涼しいように思ったのですが、午後1時過ぎの今すでに室内の温度が33度を超えました。暑いです。頭を丸刈りにしているので、帽子をかぶらないで外に出ると、頭をヤケドしそうです。

昨夜親戚の家の古いパソコンをいただきに行って、ついでに2年もたたないで起動しなくなった某有名メーカーのパソコンを物置に置いておかれるので「直してみせる!」といって持ち帰りました。

配線をつないで電源を入れてみると何事もなく無事に起動しましたので、傷んでないのかと思ったのですが、セキュリティーソフトの更新を終えて再起動しようとしたら電源が切れてしまいまして、その後何度電源を入れても途中で切れてしまいます。

ソフト的な問題ではなく、ハードの問題だと思うのですが、如何せん、マニュアルがないのでケースもあけられません。お手上げです。こんなこともあるんですね、ほんの2年ほどなのに傷んでしまうなんていうことは、私が買ったパソコンではなかったことなんですが。

テレビも観られる高性能のパソコンです。もったいないからメーカーに修理を依頼すればいいんですが、すでに新しいのを買っておかれるし、保証期間は過ぎているし。

ついでができたときにでも返しに行こうと思いますが、また物置に眠ることになるんでしょうね。電源を入れれば起動してしまうこともあるでしょうから、リサイクルに回すというのも考えられないですし、HDDを壊してしまうのも、ね?

暑い

学校は夏休みになったんですね。午後2時前に野球のユニフォームを着た子供たちが、練習の帰りなのか、窓の外の道を通っていきます。

私が子供だった頃の夏もこんなに暑かったんだろうか、この暑さの中を涼しげに自転車を進めていっていたんだろうかと思ってしまいます。

ここに「その他」として書く文章も、秋の色が濃くなるまで暑いあついの連続で、それだけになりそうです。部屋の温度はすでに33度を超え、いったい何度まであがるんでしょう。

今週末の土曜日は門徒さんが総出で草刈りをして下さることになっていて、その下準備というか、そこまでは頼めないという場所を何とかしようとは思うのですが、できません。

様子は見に行ったのです、ひどく草が伸びているのは分かっていて、それを実際に見てはみたのです。こんな暑さの中で仕事をしたら倒れるんじゃないかなどという思いが先に立ってしまいます。

鐘楼の隅に蜜蜂が巣を作っておいたのを駆除してもらったと、今年の門徒会の総会で報告してもらって初めて知ったのですが、もうすでに同じ場所に蜜蜂がたくさん来ていました。

小さいながらスズメバチも来ているようですから、草刈りに来て下さる方が刺されたりしないように前もって言わないといけません。今週末の土曜日までそれを覚えているでしょうか。

道具

朝の何時頃だったか、朝から暑いなと思って温度計を見てみたら、すでに26度ありました。午後2時過ぎの今、33度になっています。暑いです。

南向きの部屋ですのでエアコンはつけてあるのですが、何しろ20年以上前に買ったもので、一夏に10回使うかどうかですので、買い換えるべきなのでしょうが買い換えずにいます。

毎年暑くなって、それがたまらないと感じると、エアコンが傷んでいないかどうかを試します。身体がまいってしまってどうしても暑さがしのげないときになって使えないというのではお話になりません。

有りがたいことにスイッチを入れたら涼しい風が吹き出てきました。掃除が行き届いていないので何やらカビくさいような臭いがしていますが、涼しいです。明日の朝にでもきっちり掃除して臭わないようにしましょう。

・・・宗教というといかにも大袈裟ですが、教えと言われているもののほとんどを、いざというときには何もはたらきとならないものにしてしまっているのが、今日の私たちではなかろうかという気がします。

毎日毎日の暮らしの中で、本来教えであるものを、スイッチを入れたら使えるかどうかを試すエアコンにしてしまっていて、平時には使えるけれども、いざといいうときには必ず使えないものにしているのではないかという気がします。

宗教というといかにも大袈裟ではありますが、教えというのは、あるから安心していられる、スイッチを入れたら使えるから大丈夫だという、いわば道具のようなものではありません。

選択本願弘悪世

選択本願弘悪世

「如来正意興出世 唯説弥陀本願海」と正信念仏偈にある通り、釈迦如来の世に出興したもうた正意はただ阿弥陀さまの本願のおこころを説くためであったということが明らかになりました。

因位の法蔵菩が諸仏の国土の中から衆生救済のために選びとられた誓願、これを成就なさって仏となっておられるのが阿弥陀さまです。その阿弥陀さまのご本願、特に第十八の念仏往生の願というものを明らかに知らせるためにお釈迦さまは世に出られたのであるということは、法然上人によって明らかにされました。

法然上人によって明らかにされたのではありますが、これはしかし、本願そのものがそのはたらきによって、本当に救われたいと願う人において自証を顕したと言うべきではなかろうかと思います。

お釈迦さまもそうであり、お念仏の教えを伝統なされた高僧方もそうであり、法然上人もそうであり、親鸞聖人もまた真摯にすくいというものを求められたのでした。

末法だ五濁の悪世だと言われるなかにいのちのご縁をいただかれた方にとってはなおのこと伝統の仏教は決してすくいとはなり得なかったのでしょうし、もちろんお釈迦さまはすくいとはなり得ない教えを説かれたのでもありません。

ですから、阿弥陀さまのご本願のこころというもの、これこそが本当にお釈迦さまのお説きになりたかったことであると結論するのは、あるいは当然のことだと言えるのかも知れません。

ともあれ、法然上人によって明らかにされた本当にすくわれるお釈迦さまの本当の教えが、もはや証を得てすくわれる人はないとされた時代社会に弘まりました。法然上人が弘められたのであり、ご本願が自らのはたらきによって弘まったとも言えるでしょう。

真宗教証興片州

真宗教証興片州

『選択集』にあるとおり、往生之業念仏為本(往生の業には念仏を本とす)という教えが真実の教、浄土真宗です。特にここに真宗とあるのは、釈尊の真実まことの教えという意味合いがあると思われます。

インドにあっても釈尊亡き後仏教は瞬く間に非仏教化していきましたし、中国に伝わる経典には、もはや仏教とは言い難いような教えが説かれているものもあったと聞きます。

インド独特の民間信仰を取り入れたもの、具体的には釈尊が否定なさったアートマンの存在を積極的に認めるものが仏教という名前で伝えられ、釈尊の教えの根本が何であったのかがつかめないような状況がありました。

教相判釈というようなことが行われた理由、釈尊の説法を対機説法といった理由というものを考えてみる必要があるのではないかと思います。何か教科書のようなものに書かれているのでない理由です。

お念仏がお念仏を生むというようなことは不思議ではありますが、その不思議によって釈尊のまことの教えが往生之業念仏為本であると、インドでもなく中国でもない日本で明らかになったのでした。

法然上人は真宗の教え(教証の教)だけではなく教証を興されたとあります。一般的に言えば証とは悟りそのものであるわけですが、法然上人の明らかにされた真宗にあっては、証とは往生である。教学研究所編「正信念仏偈」にある「浄土教の独立」というのは、こういうところを指しているのだと思います。

善悪凡夫人

憐愍善悪凡夫人

教学研究所編「正信念仏偈」に「凡夫人」の説明はあるのですが、「善悪凡夫人」ということについては「意訳」のところに「善し悪しの分別に悩むただ人」とあるだけです。

同朋新聞平成20年5月号の古田先生の解説には
(ここから)
阿弥陀仏の本願が、善悪にかかわらず、悩み多いすべての凡夫を憐れんで発されている慈愛であること、そして凡夫は、本願に素直に従うしかないことを説き示されたのが、釈尊の慈愛であることを、法然上人はまた明らかにされたのです。
(ここまで)
とあり、続いて、悪の凡夫も善の凡夫もともに区別なく見られていることに注意を向ける必要があると指摘なさっています。

やはり古田先生の解説が十分に分かりやすく、的を射ていると思います。「善し悪しの分別に悩むただ人」という解釈は、それはそれで成り立ちますし、何といいますか、原文に忠実であるかどうかを別にして、ワン・ステップおくなら、むしろより的確な説明であると言えると思います。

仏教的な意味合いでの善人も悪人も、一般的な意味合いでの善人も悪人も、ともにみな凡夫であるという認識は、特に一般というか旧というか、あるいは聖道門のというか、そういう仏教的な意味での善人がやはり凡夫であるという認識は、南無阿弥陀仏というあらゆるものがすくわれる法がすでに成就されてあること、それが何故に成就されなければならなかったのかということが明らかにならないうちは持ち得ないものです。

「正信念仏偈」で次に続くのは「真宗教証興片州」であって、善人も悪人もともにみな凡夫であるという認識がうまれたことによって真なる宗が興ったという意味合いがあるように思います。

明仏教

本師源空明仏教

この部分、教学研究所編「正信念仏偈」の意訳には
(ここから)
わが師源空上人は、特に仏の教えを真に人間のためのものとして明らかにして下さいました。
(ここまで)
とあります。

また同朋新聞の平成20年5月号の古田先生の解説には、法然上人が、人が次々に襲ってくる悩みや悲しみから解き放たれる道を真正面から学ぼうとなさり、比叡山で天台宗の修行や学問に励まれ、また、南都の法相宗をはじめとする諸宗の宗義の研鑽にも努められ、比叡山の誰からも一目置かれるようになっておられたことをあげ、
(ここから)
これらの修養によって、法然上人は、当時、日本に伝わっていた仏教の教義の最も深いところを究められたわけです。このことを親鸞聖人は「明仏教」(仏教に明らかにして)と詠っておられるのだと思います。つまり、当時の仏教の教義に精通しておられたということです。
(ここまで)

古田先生の解説は、続いて、しかし、法然上人はそれらの学びからは心から喜べる人生の答えを見いだされず、直接に釈尊のみ教えの中に答えを探されたことをあげ、
(ここから)
釈尊の教説である厖大なお経と、それらのお経に対する先人たちの解釈などを精力的に学ばれたのでした。この意味でも、親鸞聖人は、法然上人のことを「明仏教」(仏教に明らかにして)と讃えておられるのだと思います。諸宗教の一つである「仏教」ではなくして、釈迦牟尼仏の教えの全体を解明されたということです。
(ここまで)
とあり、この後、善導大師の教えに出遇われて「ただ念仏して」という教えが釈尊のご本意であることを法然上人はお気づきになったと書いておかれます。

引用が長くなりましたが、要するに阿弥陀さまの本願念仏こそがお釈迦さまの本来の教えであることを明らかにされたことが「明仏教」であると言えると思います。

源信僧都のように一代経を五遍読まれたかどうかは知りませんが、お釈迦さまの教え全体というものがつかめないうちは、これこそが本当に仰りたかったことだとは言えません。

「深く経蔵に入る」という言葉がどこかにありますが、これこそが本当の釈尊の教えであるというようなことは、そういったことだけでは得られない種類のものであるに違いないと思います。

回帰

本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人
真宗教証興片州 選択本願弘悪世

教学研究所編「正信念仏偈」のこの部分に「要点」として書かれていることは以下の通りです。

(ここから)
法然上人の著された『選択集』の題下には、まず「南無阿弥陀仏」と仏の名をあげ、「往生之業念仏為本」(往生の業には念仏を本とす)と記されている。「往生の業」とは浄土に往生する行業であり、「念仏を本とす」とは仏の名を称する選択本願の念仏が、往生浄土の根本の道であるとあらわす。法然上人のあきらかにされた事業は、選択本願ということである。いいかえれば、「ただ念仏」ということであった。伝統の聖道門仏教において、念仏は仏道からはみでた代用品であり、智慧のいたらぬ者のために「念仏も必要」という位置にあった。その寓宗的な浄土教を、選択本願によって、「ただ念仏」のみと、画期的な意義を打ち出し、名実ともに浄土教の独立を宣言せられたのが、上人の偉大な事業である。
 選択本願とは、われわれ人間の問題がすでに南無阿弥陀仏として答えられている。もはやわれらの努力をまたないということ、南無阿弥陀仏にわれら救済の法が、われわれの求めるに先だって成就している。だからわれら人間の考えによる結論ではない。むしろわれわれが念仏のなかに結論せられたのである。法然上人によって、救いの法はすでにして与えられ、あらゆる人びとに公開されていることが明らかとなった。われわれに課せられた問題は、助かるということだけである。そこに、法然上人の示された「ただ念仏」に、いかにしてなりうるか、念仏しても一ころに助からないという問題を出発点として如来回向の真実心にまで徹底せられたのが、わが親鸞聖人である。
(ここまで)

以下は管理人の感想です。

自力の心は念仏を諸善の中に含めます。諸善のひとつである念仏は、言葉としては同じ南無阿弥陀仏なのでしょうが、「ただ念仏」と示された念仏とは相容れません。

少なくとも私のような凡夫にとっては本願念仏だけが浄土往生の道であるのですから、「ただ念仏」ということは、教科書的な仏教史からすれば自力諸善の聖道門からの浄土教の独立であるのでしょうけれども、実際には本来の仏教への回帰というべきではないかと思います。

選択本願

本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人
真宗教証興片州 選択本願弘悪世

教学研究所編「正信念仏偈」にある解説は、源空上人の説明を除いて、
(ここから)

仏教・・・仏陀の説かれた教え。説かれた内容からいえば仏ということをあらわし、仏になるための道を教え示した教えであり、その面から仏法・仏道ともいう。

凡夫人・・・平凡にして何のとりえもない人間の意味で、愚鈍の衆生を言う。また、異生とも言い、さまざまな業をおこし種々の果をうけて種々の世界に生まれる者のこと。

真宗・・・浄土真宗のこと。浄土往生をよりどころとする真実の教という意味。

教証・・・教行証の略。教は教え、行は教を実現する方法。証は教を行じて得たさとり。

片州・・・片よりたる島国で、大陸のインドや中国などに対して日本を片州と言った。

選択本願・・・阿弥陀仏が因位の法蔵菩薩であられたとき、数多くの諸仏の国土の中から一切の優劣を選び捨て選び取って、衆生救済のために建設せられた根本の本願のことで、特には、念仏一行をもって往生の正因とする第十八願を言う。
(ここまで)

とあります。

憐愍

この時期は、蟻が家に上がってきます。ムカデも入ってくる家ですから、蟻が入れないわけがありません。

時によっては、お内仏のお仏飯にたかります。かわいそうではありますが、下げたときに水で洗い流します。蟻つきのご飯はいただけません。

掃除が行き届きませんので、廊下に命果てた蜂などが落ちているのを放置しておくと、それに群がります。虫の身体を解体して、どこかへ運んでいくようです。

境内の本堂や庫裏へのアプローチの敷石のすき間などに蟻の巣があるのですが、この梅雨の時期など、少しまとまった雨が降ると水浸しになってしまうところです。

水浸しになっても巣には被害が及ばないようになっているのでしょうか。世の中には蟻をペットとして飼っている人もいるようですが、彼らの生活がどんなふうなのか、私はまったく知りません。

憐愍(憐憫)というような感情は、その対象のことが十分に分かっていなければ起こらないに違いありません。一般的に言っても、感情というのは対象物によって引き起こされるものです。

私が蟻に向かって可哀想だなぁと言うとして、そう言われた蟻が群れを成してあんたは俺たちのことをどれだけ知っているのか、何も知らないではないかと応えたとしたら、私には返す言葉がありません。

私が蟻を可哀想だなぁと思うのは、私が蟻を見て、蟻というのはこういうものなんだろうと私が作りあげた観念があって、その観念が正しいか間違いかは別にして、いわば勝手に感情を引き起こされているだけのことです。

人間が起こす憐愍の情というのは、もちろん程度の違いはあるのでしょうが、まったく不完全であり、どこまでも自分勝手であり、自己完結的、自目的的であると言えると思います。

「同情するなら金をくれ」というのがはやり言葉になったことがあったと記憶していますが、あれは様々に意味の深い言葉だと思います。

今日のお講さん

今日のお講さんは16人のお参りで、雨模様でしたがこの時期にしては特に暑くもなく、のんびりとお勤めすることができました。

ただ私の話は、あとから思い返してみるとどうもいけません。今日のことを考えて、昨夜は運動を少しは控えたつもりだったのですが、暑さのために身体にこたえていたようです。

浅い眠りについたかと思えばすぐに眼が覚めて、そのたびに時計を見るのを繰り返すうちに朝になってしまいまして、完全に睡眠不足でした。

いつも以上に言葉が先走りますので、努めてゆっくりと話そうとするのですが、それでも舌がもつれたりしますし、その場で思いついたことを話したりします。

こういう時こそお話ししようとすることの骨組みだけでも書いたプリントでも用意するべきなのでしょうね。

横道にそれている時間の方が長いようなお話で申し訳なかったのですが、私の話はいつもそんなふうなことです。ただお念仏もうすということだけは、これだけは毎回自分自身へも向けて言っているつもりです。

お話も終わって、お茶をいただきながらお参りの皆さんの話し声を聞いていると、こうして月に2度、お寺の本堂に身を置くだけのことでも、それが大切なんだと思えてきました。

弄ばれる

私というものがあって、それが20年なり40年なり60年なり80年なりの年を重ねてきている。そう考えると、年月というものは私のうえに降り積もる雪のようなものということになるのだろうか。

つまり年月は縦方向に、上から下へと流れるイメージとしてとらえられるべきものであるということなのだろうか。

時の流れというものがあって、その流れの中に産声を上げたものが私となって、それが20年なり40年なり60年なり80年なり、それぞれの年月の間、流れに漂っている。

つまり年月は横方向に流れるイメージとしてとらえられるべきものものであるということなのだろうか。

そんなふうな図式的なことではなく、そもそも私というものも、時間というものも、それがそれとしてあるものではないからには、どちらも正しいとはいえないと考えるのがよいのではないか。

「考えるのがよい」と、自分で書いて自分で言うのもおかしなことではあるけれど、そういう一切が「考える」ことなのであって、概念を操るようなことをしているうちに概念の方に弄ばれているのが人間というものではなかろうか。(これも「考える」ことではあるけれども)

私たちはまず人にならなければならないというようなことを書いた記憶があって、確認しようとするのだけれども見つからなくて、どのような趣旨のことがいいたかったのかは今は判然としないままながら、人が人になるのが仏教ではなかろうと、今の私は思う。

それもまた「考える」ことである。けれど、人が人になるのは煎じ詰めれば倫理、道徳の教え示すことである。仏教は人が仏になることを仏陀が教え示すのである。

理解できない言葉

今日は部屋の温度が24度、寒いくらいです。雨が降っていて、風もあります。せっかく拭き掃除した本堂のぬれ縁に雨が差し込まなければいいのですが。

お講さんの準備で、花を持ってきて下さいました。暑い日ならまだたてないでおくのですが、何しろ寒く感じるくらいなので、たててしまいました。お講さんは明後日、さて、明日も涼しいんでしょうか。

雨が多い所為もあるんでしょうが、草が伸びるのが早いですね。境内を眺めていると、見なかったことにしようと思うところばかりです。

他所のお寺さんの境内をたまに見るのですが、きれいにしておかれます。なかなか真似はできません。うちのような山寺とは違うとはいえ、大変なご苦労をなさっているのでしょう。

私などはまず諦めてしまっています。諦めて、できる範囲のことだけを自分のペースでしましょう、できなければそれでもよいと。

さらにたちの悪いことに、それが普通なんじゃないかと思ってしまっています。頑張れませんし、頑張るという言葉も好きではありません。

頑張らなくていいんだとおっしゃる方もあって、もちろん時と場合を踏まえてのことなのでしょうが、頑張らなくてもよいと言われると、それもまた違うんじゃないかと思ってしまいます。

信じれば夢は叶うなどということをおっしゃる方もあって、これも時と場合を踏まえてそういうことをおっしゃるのでしょうが、私には理解できない言葉の一つですね。

さて、今日はもうお終いにして、夕方のお勤めをすることにします。理解できない言葉がお経にもたくさんあるのですが、お経の場合はそれが私にはありがたいのです。

蝉の声

昨日7月7日、今年初めて蝉の声を聞きました。高校生の頃から耳鳴りがするのですが、耳鳴りではなく、蝉でした。

蝉の命は一週間だとか。それを短い、はかないと思っても、では自分の命はどうなのかというところまでなかなか思いが至らないわけです。

俗に「鶴は千年亀は万年」とかいうようですが、それに比べれば人間の命も短くはかない。そもそも、短いはかないと言っているのは比較してのことで、命を生命という意味に限定しています。

如来のいのちは無量である。

その如来のいのちが、いま、わたしとなっていて下さる。

わたしとなっていてくださるいのちを、いま、私が生かされている。

私の無明があらゆることを相対比較のスケールで計量して、南無阿弥陀仏を忘れてぶつぶつぶつぶつと言うけれども、すでに無明の闇は破られてあり、如来は衆生がすくわれるべき法を成就しておいて下さいます。

ただもう南無阿弥陀仏をお念仏もうさせていただけばよいのであって、私が私のものにしてしまっている命と如来のいのちと二つあるのではないのですから、帰ろうなどといわずとも、自然に如来のいのちに還らしめられるのです。

喰う喰われる

何という名前なのか知らないのですが、小さな羽のある薄い黄緑色をした虫が異常発生しているようです。夜になると網戸いっぱいに群がっています。

またその虫を食べようとヤモリが10匹ほどやってきます。それだけでも何とも凄まじい光景ではあるのですが、昨夜はさらにびっくりしました。

いきなり地面の方から何者かが飛び上がって窓を引っかきました。何度目かに分かったのですが、ヤモリをねらって野良猫がジャンプしていたのです。

こういう喰う喰われるという関係も含めて「共に生きる」と言うのでしょうね。人と人とが時として殺し殺される関係となるというようなことも含めて言うのでしょうね。

世間法と仏法にも喰う喰われるに似た関係があるのではないか。そんなことをふと思います。世間法と仏法それぞれそれ自体には喰うだの喰われるだのという性質はないのですが、人がそういう関係を持たせてしまうわけです。

いわゆるホームページ

京都教区もウェブサイトを立ち上げるというアナウンスを読むか聞くかしたのは何ヶ月前だったでしょう。いまだにできてはいないようですね。

いわゆるホームページができても、みんながみんなネット接続環境をもっていて『教区だより』(でしたっけ?)も紙に印刷して配らなくてよくなるというわけではないのでしょうから、早い話が諸届けの用紙がダウンロードできればいいわけです。

で、その諸届けの用紙も、たとえば「総代選定届」など、教務所経由で宗務所へいくのでしょうから、様式は全国一律なのではないのかなと思って、他教区のサイトで確認しましたが、同じでした。

それならば本山のサイトに「寺院向けコーナー」でも作れば、教区のサイトなんて要らないのではないかという気がしますが、そうでもないのでしょうか。ホームページを持っている、という満足感の他に何か教区として得るものがあるのでしょうか。

紙媒体での通信をなくすわけにいかない限り、所属する一般寺院には目新しいものもなく、そうかといって寺院以外の一般の方々に「教区」としてお届けするものといっても、特に何かあるとも思えないのですが。

・・・教区独自のドメイン取得・維持、サイト上だけの記事に教区からの経費がかけられるというのであれば、サイト閲覧環境のない寺院の方に申し開きができないでしょう。

サイト閲覧環境のない寺院、私のまわりに結構あります。まだできてもいないのですが、なくてもよいような気がするものですから、思ったことをちょっと書いてみました。

ぶつぶつ

「如来は衆生の救わるべき法を成就し給う
         如来は直接の救済主に非ず」とは、曾我先生の真宗の眼目第2講の講題であって、実にすっきりとして、わかりやすい。

第2講な初めを少し抜き出すと(ここから)

六字の名号を体としてそこに一念帰命の信心を見出す。その一念帰命を見出すことに依って、同時に立所に現生正定聚に至る、だから六字の名号は一念発起平生業成の道理で、南無阿弥陀佛の行体の上に、一念帰命、平生業成、現生不退の位に至らしむる。そして満足して、これだけでもう何の不足もない。一念帰命のところに現生不退に住する。現生不退は本願の利益の只半分のものだ、もう半分はお預りだ、こんなふうに考えたら大きな間違である。今有っている方は半分だ、けれどもそれは値打のない小さな半分である、あとの半分があるからしてそれが尊いのである、あとの半分は未来の無上涅槃。現生正定聚の今の半分は位が卑しい、後の半分の無上涅槃は尊いもの、それはお預り、こんなふうに思ったら間違である。
(ここまで、抜き書き)

一昨日書いたことでいえば、現生正定聚と無上涅槃のまえに「自覚」ができあがっている。自覚があって、現生正定聚があって無上涅槃がある。それぞれバラバラにある。何かしら時代社会と共に変化してきた人間の都合で「関」を増やして、どんどん本来の真宗から遠ざかっているような気がします。

何やら公共広告機構の宣伝のコピーではないかと思うような「スローガン」ができあがって、お念仏の「おねん」がなくなっていって「ぶつぶつ」言うだけのような気がします。

ぶつぶつ言うのは、これは人間の愚痴でしかないわけです。

お念仏

寺格自覚こそが大切だというのなら、お念仏もうすということは、極言してしまえば、なくてもよいことになるのではないかと考えます。

私も自覚ということは言うのですが、それこそが大切だというような文脈で自覚ということをお話しすることはありません。

如来の大悲のお念仏のなかで生活を営んでいるということは生かされているということであり、それはただちに往生道を歩ませていただいているということです。

そのことを自覚することが大切なのか、お念仏もうすことが大切なのか。

お念仏もうすことは自覚のないところにはありえないことですが、自覚があっても、自覚が我執を増長させるというのもよくあることです。

たとえば、といっても譬えになっていないかも知れませんが、職業として教えを説く立場にある方が、礼儀や作法、職業的習慣のほかでお念仏もうされるのに出会うことが滅多にありません。

教えを説く方法というようなもの、たとえば教学などは時代社会と共に変化もするのでしょうが、教えそのものが変化するということはありません。

ご本願というものによってご本願というものを信ぜしめられ、如来の大悲のお念仏のなかでお念仏もうさせていただくのが真宗である。たとえばそういうことが、「はずである」となってしまっているのではないかと思える状況があります。

シッポが2本

何というものなのか忘れましたが、腰痛防止のために腰に巻くサポーターのようなものを使い始めたのがちょうど一年ほど前です。

それ以前は気休めにもならないような、ゴム製の幅の広いベルトのようなものを使ってはいたのですが、気休めにしかならない上に、この時期は暑くて仕方ありません。

今使っているものも暑いことは暑いのですが、ゴム製ほどではありません。マジックテープというのでしょうか、それで留めるワンタッチ帯というのがありますが、それと変わりない程度、我慢できる程度の暑さです。

この時期に本当の帯は暑くてたまりませんので、夏物のワンタッチ帯を使っていたのですが、一年ほど前から腰に巻くサポーターを代用しています。

腰のまわりにぐるっと巻いて、マジックテープで留めるのですが、その上にまだ5cmほどの幅のテープのようなものがあって、それも留めなければなりません。

腰の部分に左右に分かれて付いていて、それを前で留めるのですが、あわててそれを留めるのを忘れると、お尻から2本のテープがぶら下がることになります。

・・・シッポが2本あるような何とも言えない格好で、それにあとから気が付いて、何とも恥ずかしいというか、何で気が付かなかったんだろうと思うことしきりです。

部屋の掃除

4時過ぎにすごい雷を伴う夕立があって、幾分かは暑気もゆるんだのですが、それでもなかなか暑いです。

久しぶりに部屋の掃除をして、晩ご飯をいただいたら眠気に襲われて、気がついたら先ほどまで寝てしまっていました。短パンにTシャツ一枚だと少し身体が冷えます。

今日はめずらしく昼過ぎに来客があり、気の置けない人でしたのでキッチンで話をしたのですが、何しろ掃除が行き届いていなくて、お茶をいれたのはいいものの、置く場所を確保するのに一苦労という状態です。

それで少しキッチンの掃除をして、続いて自分の部屋の掃除をしたのですが、やり出すとなかなか終わりません。

日頃どれだけ掃除していないんだろうと思うわけですが、それじゃせめて3日に一度でもやれるかといえば、できないです。

掃除をするとチューダパンダカ(たしかこれでいいんですよね?)の話を思い出すのですが、3日に一度も掃除ができないような者というのは、きっと心がゴミや埃だらけになっていても気づかないで放っておくんでしょうね。

赤字

暑いです。少し風はあるのですが、お日様の下で仕事をしようものなら干上がってしまいそうです。ほぼ毎日畑仕事に来るばあちゃんの姿も、今日はさすがに見あたりません。

今年枝を伸ばした楓の先の葉が、水分がなくなったためでしょうか、焼けたように赤くなっています。お日様に向かって伸ばした枝の葉がお日様に焼かれたようになるというのも、何かしら含蓄のあることのように思えます。

こんな日でも、お日様が西に傾くと田圃のまわりの草刈りに人が出てきます。もちろん草刈り機で刈るのですが、それでも大変な作業です。昔のように八十八の手間はかかっていないのかも知れませんが、お米というのはやはり手間のかかる作物のようです。

この辺りではお米は赤字が出ない程度、麦などはもうまったくの赤字だそうです。ただ自分の田圃で作ったお米を食べられるというだけの話で、昔からある田圃を遊ばせておくわけにもいかないから作物を作っているのが実情のようです。

田圃の土は肥えていますから、人が手間をかけなくなると、草やら竹やら木やらがはびこって、すぐに荒れ地になります。いったんそうなると、元に戻すということはできなくはないけれど、簡単ではないし、年月もかかるようです。

・・・私の部屋の窓から見える田圃のほとんどが跡継ぎのいない人の田圃なのですが、いったいどうなることやら。

ワープロ

ワープロは一太郎を使っています。Micr○s○ftのw○rdになじめませんし、日本語入力もwindowsデフォールトのものでは不便を感じてしまいます。

私のまわりのほとんどの方は有名ブランドのパソコンを使っていて、いわゆるオフィス・アプリを含めて、プリインストールのアプリケーションがてんこ盛りで、わざわざお金を払ってワープロソフトを買おうという人はいないようです。

私の場合も「寺報」を発行しないのならワープロなどなくてもテキスト・エディタで十分なのですが、見栄えも気にせざるを得ない文書を作るとなると、やはりワープロは便利です。

一時期、文書をhtmlで作成してブラウザに表示させてそれを印刷したこともあって、それなりに見栄えもよい文書が作れたのですが、やはり手間がかかりますし、できないことも多々あります。

脆弱性が確認されたのがいつだったのかは忘れましたが、アップデイトモジュールが昨日リリースされました。最新版などはもっと早くにリリースされていたのですが、私が使っているのは2004年版で、これより古いバージョンのアップデイトモジュールはないようです。

古いバージョンに脆弱性がなかったのでしょうか、あるいは古いものはサポート対象外なのでしょうか、気になるところではありますが、自分が作った文書以外に一太郎文書を開かないので関係ないようにも思います。

そういえばwindows2000やXPのsp3のサポートにも期限があって、2000は今年の7月が最後だったような気がします。OSの場合、サポートに期限があるというのもすんなりと納得できる話ではないのですが、読んだことのない使用許諾書(?)にはいろんなことが書かれているんでしょうね。

今日のお講さん

「大悲無倦常照我ということは、だから極重悪人はただ仏のみ名を称えなさいということにつながるのだと思います。つまり、言ってみれば、『極重悪人唯称仏、なぜなら大悲無倦常照我であるから。大悲無倦常照我であるのだから極重悪人唯称仏』ということになるのだと思います」と、6月17日の「随筆かも知れない」に書きました。

今日のお講さんでは、だいたいそんなふうなことをお話ししたのですが、勢いが余ってしまいました。勢い余って何を言ったのかといえば「輪廻」というように言い習わされていることと、そこからの「解脱」ということです。

大悲無倦常照我であるから私というものはいつも如来のおはたらきの南無阿弥陀仏のなかに置いてもらっている。けれども煩悩というものを起こさずにおられないから自身が如来の摂取のなかにあることがわからない。

そういう私の有り様が極重の悪人であって、阿弥陀さまはその悪人をこそすくわずにおかないと、いつもいつも私を照らし護っていて下さるのであり、はたらきかけていて下さるのである。

だから、ただ南無阿弥陀仏と阿弥陀さまのお名号を称えるのであって、勤行本の29ページは、いわば意味的に循環している。循環ということで言えば、私たちの生活というものも循環している。

この頃のように蒸し暑いと暑い暑いと言い、冬の寒い日には寒い寒いと言う。口を開けば言うことはただ二つで、愚痴と自慢。誰かにおだてられでもしたら小躍りするくらいに喜び、貶されでもしたら腹を立てる。そんなことの繰り返しばかりで、それではいかんなぁと思っても、思ったしりからまた腹を立てたり喜んだりしている。

輪廻といえば、六道輪廻というような意味に限定された説明を聞いてこられたかも知れないけれども、法に値遇うということがなく、まったくの悪人である、極重の悪人である自身の姿を思い知らされることがないままに笑ったり泣いたり腹を立てたりばかりしているのもまた輪廻である。

その輪廻というか循環というか、繰り返しを一歩離れて、如来の摂取のおはたらきのなかにおいてもらっている身であって、それはまったくの極重の悪人であるからであって、だからお念仏もうすほか何もないのであるとしっかりと腹の底にいただいてお念仏のなかで生活させていただくならば、それは解脱である。

だいたいこんなふうなことをお話ししたのですが、あとから思い返してみて思うのは、当然のことながら輪廻や解脱というようなことは真宗に端を発する言葉ではないということです。

また、真宗も仏教ですし、聖典にも輪廻や解脱という言葉は出てくるのですが、そういう用語を必要とする思想的土台のうえにお念仏の教えがあるのではないということです。

明日はお講さん

朝から本堂のぬれ縁を掃除して、身体中汗だらけになって、かなり水分が抜けているはずなのですが、それでもまだ汗がでます。いったいどこにこれだけの水分があるのかと思います。

楓の枝を揺らす程度の風はあるのですが、目に涼しいだけです。湿度がどれくらいあるのかわかりませんが、かなり高いんでしょう。じっとしていても汗がにじんできます。

これだけ汗をかけば風邪っけも抜けるかと思うのですが、若い頃のようにはいかないんでしょうね。中学生の頃など、風邪をひいても運動をして汗をかけば2日もしないうちになおっていて、風邪なんてひいたんだっけという感じでした。

だんだんといろいろなことが「無理」になってきて、だからこそわかることもできてくるのかと思います。無理がきかなくなり、無理ができなくなり、そうしてそういう状態を楽しむほどの余裕があれば、それはそれで楽しいのかも知れないですね。

さて、明日はお講さんです。蒸し暑い中お参り下さる方には申し訳ないのですが、ぬれ縁が少しきれいになっているだけで勘弁してもらわなければなりません。あちこちに草が生えてきているのが目立つのですが、見ても見なかったことにしていただきましょう。

空腹の虫

やはりどうにも具合が悪く、今日も休んでいます。朝のお勤めも、お勤めしたのかしていないのか覚えがないような、何やらおかしな感じです。

休んでいて、身体を少しも動かしていないのに、やっぱりお腹は減るわけで、自分の空腹の虫を満足させるための準備をしようと、やおら起き出してきたわけです。

明後日のお講さんの準備は、明日できれば明日することにして、できなければできないままお講さんだけはお勤めすればよいのでしょう。強風の中、雨も降ってぬれ縁が濡れたままですが。

ここの更新も、これはもう「癖」ですね。しなくてもいいのに、駄文を書いています。さて、冷蔵庫をあさって何か作って、夕方のお勤めをして、今日も一日終わらせてもらうことにします。

今日はもう

買い物に行って、帰ってきて蕗をつんで料理して、お昼をいただいたらどうにも身体を動かす気になれなくて、気がついたら寝てしまっていました。

そんな日があってもいいかとは思いますが、それにしてもこの身体のだるさはどうしたことでしょう。こんな駄文を書いていないで、少しは今日予定していた仕事でもすればよいのですが、できそうもありません。

ということで、今日はもう終わらせていただくことにして、夕方のお勤めをすることにしようかと。この時期に風邪ひきでしょうかね。

reproducation??

少し捜し物があって、http://www.tomo-net.or.jp/からhttp://books.higashihonganji.jp/defaultShop/top/CSfTop.jspにとんでみました。こちらも新しくなっているようです。

「defaultShop」というのも何か違和感を覚えます。ネットショップに違いはないのですが、いわゆるお寺さんサイトの出版物販売ですから、もう少し考慮があってもよいのではないかとは思います。

で、一番下の「No reproducation or republication without written parmission.」とはなんでしょうか。

細かいことが気になる質で、時として自分でも困ることもあるのですが、この英文(と言えるとして)に関して気になるのは断じて細かいことではありません。

reproducationというのは何でしょう、parmissionはpermissionの間違いなんでしょうが。もしかしてreproductionのつもりだとしたら、間違いも甚だしいわけで、見ている方が恥ずかしくなりそうです。

そもそもそんなのを英語で書こうとすることが間違いだと思います。英語ページを作って、そこに英語で書くなら話はわかりますけどね。

もしかして、少しわかった素人さんがショッピングカートスクリプトを導入したんでしょうか、そんな気もするのですが。

ゴミの投げ捨て

ビタミン剤の注射をしてもらおうと思って、診療所へ出かけました。一ヶ月に一度通るか通らないかという道を通ったのですが、道路沿いに5mくらいだけ稲を植えていない田圃がありました。

昨日や今日田植えが済んだわけではありませんので何度か通っているはずなのですが、今までは気がつきませんでした。

なぜ道路沿いの部分だけ稲を植えていないのかと考えると、本当のところは尋ねたわけではないのでわからないのですが、おそらく空き缶などを投げ捨てる人が多くて、稲刈りの時に困るからではないかと思います。

夜中に車の通る音がして、ついでにカランカランと空き缶のはねる音がすることもありますし、散歩などしているとペットボトルやいろんなゴミが投げ捨てられています。

おもしろいもので、草が茂っているようなところにゴミを投げ捨てて、投げ捨てたゴミが見えないようなら投げ捨てやすいようです。今日見かけた田圃の稲の植えられていない部分には、ゴミはひとつも見えませんでした。

ゴミの投げ捨てもなくなりませんし、いまだに携帯電話で話をしながら運転している人もいます。田舎道で交通量も少ないから構わないだろうとでも思っていたら大きな間違いですね。

便利

梅雨から夏の終わりにかけて、仕事が続くと着るものに困ります。何しろ一度着たら汗だくになりますので、上から下まで全部洗濯しなければなりません。

夏場は洗濯しても乾くのが早いですからいいのですが、梅雨の時期はなかなか乾きません。着るものがなくなって、布団乾燥機を使うこともありましたが、温風のあたるところは乾きますが、あたらないところは乾きません。そういう部分的に乾いていないものを着て仕事に行ったこともありました。

長年使っていた二槽式の洗濯機が壊れたのは去年の春頃だったでしょうか。二層式より一層式のものの方が安いので一層式を買いましたが、今頃になって「温風送風」というメニューがあるのに気がつきました。

ドラムを回転させながら温風を送るのでしょうが、すっきりと乾くのかどうかが知りたくてやってみたのですが、なかなかすっきりとは乾きません。どうしてもジメッとした感じが残ります。2時間も送風していられませんしね?

いろいろと便利なものができてきて、その便利さになれてしまうと不便が一層不便に感じられてきます。機械に限らず、サービスや制度や構造というものについても同じことが言えると思います。

構造とか不便と言うのが適当なのかどうかは別として、変えられない構造があって、それが不便だからといって不満をもらすような姿勢は、見ていても不愉快です。

私はそうはなりたくないと思っている私の姿なんでしょうね。

ヤブ蚊

久しぶりに山仕事を少ししたのですが、忘れてはならないことを忘れていましたので、大変な目に遭いました。これは被害というべきことではないかと思います。

この時期は少し動いただけで汗だくになりますので、薄着というか、半袖のシャツ一枚で首にはタオルという出で立ちで仕事をしたのですが、ヤブ蚊に刺されて上半身はかゆくないところがないような感じです。

顔も刺されますが、丸坊主にしている頭も刺されます。これはたまりません。けれど、いったん作業を始めてしまうと、怪我でもしない限り、きりが着くところまでは終わりたくはありません。

仕事をしている最中は痒くてもその痒さを忘れてしまうのですが、部屋に戻って汗を拭って一服しているともう痒くてかゆくてたまりません。虫さされに塗る軟膏はあるのですが、そんなものは気休めにもなりません。

刺されている場所を見てみると、多くは血管の通っているところです。蚊は汗の臭いや吐く息に集まるというようなことを聞きますが、血管の場所がどうしてわかるのでしょう。

本格的な夏になると部屋にも蚊が入ってきますので、蚊取り線香などを用意するのですが、たかがあれだけの煙に降参する蚊が、何とも獰猛な生き物に思えてなりません。

書いたのが一週間ほど前なのか二週間ほど前なのか、もう忘れてしまいましたが、いのちあるものすべてが「息」をしています。大雑把な言い方をすれば息のあるものが生きているものであるといえるのではないかと思います。

臓器移植の法律制定時に脳死をもって人の死とするということが定められましたが、いまだに何かしら違和感があります。脳が死んでいても息があるうちは死んでいるとは思えないのが普通なのではないかと思います。

人間の死というものは、それは人間の命ということでもあるわけですが、本来は法律によって定めることができる範疇のものではないように思えます。臓器移植を可能にするために法律をひねりだしても臓器の方が正直で、必ず拒否反応があるわけです。

拒否反応とは生体が臓器を拒否することをいうのでしょうが、実は自然の法が人間の法を拒否するということなのではないかとひそかに思ったりします。

さて、息ということには吸う息と吐く息があって、しかし吸う息だけがあって吐く息がないということがない。南無と吸えば阿弥陀仏とはく。南無といただけば阿弥陀仏ははたらいて下さるのであり、また、阿弥陀仏といただけば南無するほかにないのです。

命の限りこのあらゆるいのちの本能は自然に相続するのですが、同時にあえて仏ならぬ身が仏の側からと無理をして言うならば、生あり死ありとする衆生の生のあるところに無生の法の息がある。

生あり死ありとする衆生のないところに法だけがあるということはなく、生あり死ありとする衆生があるゆえに無生の法もまた生きて息をして下さる。法が生きるということは、はたらいて下さるということであって、無生の法の息もまた南無阿弥陀仏であるのです。

エコ

昨日はついに部屋の温度が30度を超えましたが、今日は雨降りで25度くらいです。体感温度はもっと低く、シャツ一枚では寒く感じます。

暑い時期にはお風呂をわかさず、行水で済ませることが多いのですが、やっぱりお湯につからないと疲れは抜けません。

昨日はお日様の高いうちに行水をしてすっきりしたのですが、今朝目を覚まして身体を起こしたときに感じる身体の重さ(のようなもの)は、やはりいつもより重く感じました。

買い出しの日でしたので、こういうときには牛肉でも食べて力をつけようかと思ったのですが、残念ながら私の行った店には売っていませんでした。他の店までわざわざ買いに行く気にはなれません。

牛肉を食べた次の日は身体を軽く感じて、よく動けることに気がついたのは中学生の頃でした。当時は牛肉などという高価なものは数ヶ月に一度いただけるかどうかという食べ物でした。

そんな高価だけれどもありがたい食べ物でも、日常的に食べていると次の日に身体が軽く感じるなどということもなくなるのでしょうね。

お風呂にしても子供の頃は留め湯が多かったように思います。最近のお風呂は構造的にそれができないものもあるのでしょうが、留め湯をしている家なんてどれくらいあるのでしょう。

エコ減税だとかエコポイントだとか、詳しく知らないのですが、あたりまえになってしまっていることを見直すところから始めないとエコだということにはならないような気がします。

多くの場合、エコというのはエコロジーではなくてエコノミーってことなんでしょうか。

頂き物

このところタマネギをたくさんいただきます。タマネギは私にはありがたい食材です。いろいろな料理に使えますし、栄養も豊富なように思うからです。

自分の食事を自分で支度するようになって十年以上になりますが、思い直してみるとタマネギはほとんど一年中使っています。いただいたものがない時には買います。

いただくもののなかには、どう使えばいいのかわからないものもありますが、とにかく無駄にしないように何とか自分なりに工夫します。失敗もありますが、これは自分には無理だと思うものは「頂き物ですけど」と言って他所さまに持っていきます。

田舎の小さなお寺のことですので、収入など無いに等しい月も多々あるのですが、お米や野菜などのいただき物がありますので何とかやっていけるわけで、これは本当にありがたいことです。

考えてみればお米を作れといわれても作れないし、畑で野菜でも作れと言われても、まず無理でしょう。本当の意味で養っていただいているわけです。

では、養っていただくに値する者なのだろうかとときどき思ってみたりしますが、それを考えて何らかの答えを見つけ出したとしても、まったく意味のないことなんだろうと思っています。

雨降り

雨降りです。家の中の仕事もあるのですが、空模様と同じで身体もどんよりしていて、なかなか手がつけられません。やり始めると意外とすすむのですが、手をつけるまでが、ね?

白衣や黒衣などは真冬以外ほとんど一年中夏物なので、特にこの時期に衣替えということもないのですが、下着や帯なんかはもうそろそろ夏物にしないと暑くてたまりません。暑くてたまらないのにこの時期まで間物を使っているなんて、なんて不精者なんでしょう。

不精者といえば、このところ連日卵を産みに庭にあがってくる亀さんもかなりの不精者のようで、一生懸命穴を掘って卵を産むのですが、あとはほぼほったらかしで川へ帰っていきます。

せめて土をあと二掻きくらいして穴のなかの卵くらいしっかり隠せばいいのにと思いますが、それが精一杯なんでしょうか。

しっかり穴を隠したとしても臭いで卵を嗅ぎつける生き物がいるわけで、また今年も悲惨な現実を見ることになるのでしょう。

亀の産卵はたいていは早朝で、私が仕事にでも出ようかという頃には亀さんは川に帰ってしまっているのですが、ときどき帰りの遅い亀や夕方に産卵にあがってくる亀がいます。

車の運転に十分に注意しないと、石かと思っていると亀だったりして急ブレーキを踏むことがあります。亀の掘った穴を土や砂でふさいでやっている自分を親切だと思ったりすることもあるのですが、亀さんにとっては人間も「敵」に違いありません。

新聞

新聞をとるのをやめようかと真剣に考えています。やめるなら今月限りということで、結論を出すまであと少し猶予があります。

よほど暇でもあれば大きな拡大鏡で細かい文字も読むのですが、さて、月に2度あるでしょうか。ネットでニュースを読むようになってから、新聞の文字が余計に小さく思えます。

いまだにやめないでいる理由のひとつは、販売店の経営者が同級生だということです。これは町にもう一つある新聞販売店の勧誘をことわるのに便利なくらいで、それほど大きな理由ではありません。

やめないでいる最大の理由は、古新聞がなくなるということです。古新聞は使い道が多種多様で便利です。他に使い道がなければお風呂の焚き付けにします。

古新聞がなければ、お店をやっている知り合いからもらうか親戚からもらうかすればいいのですが、たびたび古新聞ちょうだいとお願いするのも気が引けます。

たいていは決められたゴミの日に資源ゴミとして出すようにまとめておかれるわけで、それをもらえばいいのですが、何か気が引けます。

他にもいくつかやめないでいる理由はあるのですが、新聞がなければないで済むことばかりです。結局は長年の習慣になっていて、その習慣を変えることに抵抗があるということになるように思います。

習慣というのは恐いものです。たとえば、歯磨きをするのは朝だけだったのですが、寝る前にも磨いたのは何年前だったでしょうか。一週間もしないうちに歯のいたるところが水を飲んでもしみるようになりました。

それがなぜなのかわからなかったのですが、寝る前の歯磨きをやめたらしみなくなりました。以来、寝る前には磨いていません。

新聞をとるという習慣をやめたら、古新聞がなくなる他に、さて、どういう不都合なことができてくるのでしょうか。あと半月ほどよく考えてみることにしましょう。

横道

今日はお講さんでした。このところ暑い日が続きましたので、朝から少し雨も降って、涼しさが心地よいくらいでした。

お講さんで話すことは特に前もって筋道を考えておくなどということもなく、寺報に書いたことをお勤めの前に少し読み直して、いわばぶっつけ本番で話します。話しているうちに思いついたことを言ったりしていると、話がどんどん横道へそれますが、お構いなしです。

今月は先月に続いて正信偈の源信僧都のところをお話ししたのですが、源信僧都は阿弥陀さまのお浄土に報土と化土を弁立なさったということをお話ししていて、横道にそれました。

化土が阿弥陀さまのお浄土にあるのでなく、応身仏のお浄土であるというなら、化土にとどまるということは阿弥陀さまのすくいから漏れるということになるのではないか。そんなことを思ったからです。

1時間は話しませんでしたが、40分では終わらなかったと思います。勤行本の28ページの二度目のお話を一応終えました。お講さんが終わってからお昼をいただき、しばらくゆっくりした後でどういう話をしたのか思い直してみるのですが、寺報に書いておいたことが半分は話せていません。

ひと月に二度のお講さんというのはちょうどよい回数なのではないかと思います。28日のお講さんには今日話せなかったことを話して、いよいよ来月からは法然上人のところになります。

確か平成18年の8月からお講さんで正信偈のお話を始めたのですが、丸4年と少しかかってようやく終えられそうです。本当はいつまでかかっても終わるということはないのでしょうけどね。

お仏飯

お仏飯のことを少し調べていました。ご木像には一対、ご絵像にはひとつ、お名号には要らないということで、私もそんなふうに言っているのですが、お仏飯は「一つ、二つ」と数えるのが正しいのかどうかがわからなかいのです。

調べてみても、今もってわかりません。私の場合、こんなふうなどうでもよさそうなことが気になります。なぜご木像には一対で、ご絵像にはひとつなのかも気になりますが、これもはっきりとした理由はわからないままです。

ネットで説明をしておられるなかには、数え方として「一本、二本」と数えておられるところがあるのですが、「位牌の前にはお仏供は必要ありません」という一文があって、これはその地方、あるいはそのお寺独特の言い方なのではないかと想像します。

当地では葬儀でも「位牌」など決して用いませんが、真宗門徒のお宅のお内仏に位牌が置かれている地方があるのでしょうか。

そういえば昔の「真宗の生活」という小冊子には、裏表紙にお内仏のお荘厳の説明が必ずあったように思います。最近見かけないのは、地方によって違いがあるからということなのでしょうか。

真宗のなかには仏教一般のものと真宗独自のものとが混在しています。その混在の中にまた様々な地方色があるようです。それはそれでいいということなのでしょう。

「教え」に関しては混在や地方色などというものはあり得ないと思うのですが、「教え」に由来するとされるものにはそもそも仏教ですらないものもあるように思え、それはそれではよくないのではないかと思いますが、どうなんでしょう。

28度

昨日に続いて部屋の温度は28度。この時期のこの暑さはたまりません。お昼ご飯の後すこし昼寝をしたのですが、ほんの半時間もしないうちにびっしょりと汗をかいてしまいました。

明後日のお講さんのために花を届けて下さいましたので、午前中に立華。買い物に出て、帰ってきて本堂の縁のモップがけ。このモップがけで体中から汗が噴き出して、午前中だけで2度も洗濯したのですが、昼寝の寝汗で午後からまた洗濯。

今も短パンにTシャツ姿でこれをかいているのですが、ジワァ〜と汗が出てきます。身体を動かしてどっさりと汗をかいた方が気持ちいいのでしょうが、理由のわからない筋肉痛で、あまり動く気にはなれません。

お日様がだいぶん傾いて、風も少し出てきたようです。かなり早いですが、93歳のばあちゃんが持ってきて下さった花を生けた本堂で、夕方のお勤めでもして、今日も終わらせていただくことにしましょうかね。相変わらず「内緒話」のお勤めですが。

生活

何だか暑いと思ったら、部屋の温度が28度でした。梅雨前なのに真夏並みの暑さ、負けてはられないということで、草むしりに精を出したら目に見てわかるほど日焼けしてしまいました。

頭を丸坊主にしてから暑さ寒さが頭にこたえます。髪をのばしていた頃は首にタオルでも掛けておけばそれでよかったのですが、今は帽子が必需品です。

帽子にもいろいろありますが、外で作業するような時には、やはり麦わら帽子が一番ですね。布の帽子もあるんですが、気がつくと頭にかぶっているのは麦わら帽子です。

窓から見える田圃にも麦を作っている所が少なからずあるのですが、収穫の時にははやり機械ですから麦わらは跡形もなく粉砕されます。麦わら帽子にはどこで作られたものかは表示されていませんが、たぶん外国からの輸入品なのでしょう。

稲の藁も最近では貴重品です。火鉢に入れる灰は藁の灰が一番いいらしいですし、香炉の灰も藁の灰がよいと聞いています。報恩講の立華のときに藁がなかったら何を花瓶に入れればいいのでしょう。

あれこれと考えていると、昔の方が何かにつけ理にかなっていたように思えてなりません。

お日様が昇ったら起きて、お日様が沈む頃には仕事を終える。眼が覚めて今日一日のいのちをいただいたなら今日一日の勤めに励んで、勤めに励んだ一日を終えさせていただけるなら、ありがとうございますと思えてくる。そういう生活がいいんじゃなかろうかと思えます。

内緒

二三日前から声を出すと喉が痛く、朝夕のお勤めが辛かったのですが、今朝はとうとう内緒話をするように、声に出さないお勤めになりました。

ちなみに、内緒というのは内証に由来するのだということを聞いたことがありますが、今は調べる気にもなれません。

お経にしろ正信偈にしろ、それをお勤めするということは、教えをいただくということですから、声が出ようが出ようまいが構わないのではないかと、声が出ないときにはそう考えます。

声が出るときには、やはりお勤めというのはお荘厳のひとつでもあるのだから、しっかりと声を出して、自分を含めて教えを聴く人の耳にできれば心地よく響くものでなければならないと考えます。

どちらもそれはそうだと一応の納得はいくのでしょうが、どちらもそうではないと言おうと思えば言えるのでしょう。

たとえば病床にある方は朝夕のお勤めといっても無理でしょう。こんなふうに例をあげかければきりがないくらいです。ですから、お勤めをするのも声を出してするのも、できればでよいということなのでしょう。

ありがたいことになむあみだぶつは、病床にあろうが声が出なかろうがもうさせていただけます。ですから、これだけは「できれば」ではないことなのだろうと思います。

なむと吸えば

昨日か一昨日か、お風呂上がりにシャツ一枚で長い時間風にあたっていたら、今日は何だか身体が重くて、軽い風邪の症状がでているみたいです。

何もしない一日でしたが、それでも一人前に疲れはあって、ボ〜っとしながら窓の外を眺めていると、昨日枯れ草を集めて燃やした川の土手にもう青々とした草が伸びてきているのが見えます。

川の土手の草が伸びないようでは、しっかりと耕した田圃に植えた稲は育たないんでしょうから、そう思えば草が伸びるのも結構なことです。稲だけ育って、草は育たないというのは道理にあわないことです。

なむと吸えば、あみだぶつとでて下さる。呼吸というのは動物も植物もいのちあるものすべてが本能としていただいている仏法なんだと、そんなふうなことが思うともなく思えてきます。

さて、まだまだ外では農家の方が仕事をなさってますが、そろそろ夕方のお勤めをして今日は早く終わせていただくことにしましょう。

極めて不自然

門徒さんが総出で草を刈って下さったのが先月の22日で、もう完全に乾いています。裏の方の草はもう集めて燃やしたのですが、表がまだでしたので燃やしました。

川の土手のだいたい50mほどの間に生えていた草を、集めておくと乾きにくいので刈ったままにしておいて下さって、それを適当な量に熊手で集めて燃やすのですが、これがなかなか疲れます。

燃やし終わって、一部集めて積んであった草の下の方が全然乾いていませんでしたので拡げて、火が消えているのを確認する頃にはもうヘトヘトです。つくづく自分の体力のなさを感じます。

部屋に帰って一服して、夕方のお勤めをして、晩ご飯は頂き物のコンビニ弁当にするとして、お風呂をどうしようかと。疲れたときにはぬるいお湯にゆっくりとつかりたいのですが、お風呂をわかす気になれません。

灯油と薪などの両方が使えるボイラーなのですが、この時期に灯油を使うのはもったいないので燃料タンクは空です。裏藪から枯れ竹を拾ってきて切って割って、割って折って燃やしてお湯を沸かしています。

灯油やガスなどでお湯を沸かすのが贅沢なのか、薪や枯れ竹やゴミなどを燃やしてお湯を沸かせるのが贅沢なのか、どちらがどうなのかは別として、疲れたときこそお風呂に入りたいのに、お風呂にはいるにはまた一仕事しなければならないわけです。

実はそんなのは普通のことだったわけで、スイッチひとつでお茶でも飲んでいるうちにお湯が沸くなんてのは、こんな田舎では極めて不自然なことではないかと思ったりします。

表で草を燃やしているときにお巡りさんがしばらくT字路の一旦停止を見張っておられましたが、何もおっしゃいません。こちらも時間帯や風の向きを考えて燃やしていますし、農家の方は田圃のあちこちで畦の草を燃やしておられます。

ご近所さんを見回してももう薪なんかをたけるボイラーを使っておられる家はありませんが、ゴミの日にびっくりするほどの量のゴミを持って行かれます。何かしら不自然だという気がしてなりません。

もちろん「環境」という言葉は知っています。知っているつもりだけなのかも知れませんが、そこそこ二酸化炭素もなけりゃ草や木が枯れるんじゃないかと、ぬるいお湯につかりながら、そんなことを考えてしまいました。

川浚え

朝から村の総出で草刈り。その後、一応は名前もある川なんですが、正式には単なる水路でしかない川の川浚え。申し訳ないのですが、私は出ていません。

ちょうど一昨日くらいにそろそろ蛍が出ているんじゃないかと思って見に行ったら一匹だけ見つけたところで、これからたくさん飛ぶ時期なんですが、川を浚えると、どうなのかな。

一時期はこの季節になると蛍のあかりで川筋がわかるほどたくさんの蛍が飛んだ川でしたが、農業用水としての役目を終えたのが何年前だったでしょう。20年にはならないと思いますが10年ということはないはずです。

雨水排水幹線(というんでしたっけ?)にしようというような計画もあったようですが、今は一部の家の生活排水が流れ込むために、わざわざ上流のダムから適量の水を流しているだけです。管理するのも町になりました。

町が管理するといっても、町が川底にたまる砂を浚えたりするわけではありません。土手の草を刈るのも町ではありません。けれども、たとえ鉄板一枚の橋だとしても、常設するものを掛けるなら町の認可が要ります。

もともとが農業用の水路として人が作った川ですからこの川に関しては何とも言えないところもあるのですが、自然のものを誰かの所有にするというのは、何かおかしな感じがします。

所有者だ管理者だというのを決めなけらばならなくなるのは、何がきっかけなんでしょう。

川浚えが終わっても、蛍は飛びます。今年は気分的にそれを見る余裕のある時間を何度ほど持てるでしょう。どうも年を重ねるにしたがって減ってきているように感じてなりません。

ネットの世界

窓から見える田圃にカラスがいて、たぶん虫か何かを啄んでいるのでしょう。のどかな田園の風景です。肌に心地よい風があって、レースのカーテンが揺れています。

ここにこのサイトを開設したのが確か97年の五月のことで、一応できあがったのが今頃ではなかったかと思います。このサイトはあくまでも個人サイトですが、当時は個人で真宗関連のサイトを開設している方も含めて「お寺さん」のサイトも数えるほどでした。

開設当時はperlが扱えるサーバではなく、それでもどうしてもBBSがほしくて、レンタルの掲示板システムを借りていました。今ではBBSというのが何の省略なのかもご存じでない方の方が多いのではないでしょうか。

「お寺さん」サイトの主流もCMSやBlogになって、必要ならコメント機能やトラックバック機能を有効にしておけば事足りるんでしょうが、BBSにしろcomment機能やtrackback機能にしろ、なかっったり、無効であったりするサイトがほとんどです。

いわゆるスパムを嫌ってのことだと思いますが、それだけでもないような気がします。コンテンツを提供する側のコンセプトもかなり変化したように思いますし、利用する人の利用の仕方も随分と変わってきています。

たとえば、97年当時にネット・マネーなどというものを誰か想像したでしょうか。いたんでしょうね、それがなかなか実現できなかっただけのことなんでしょうね。

ネットの世界にも「都会」と「田舎」との違いのようなものがあるような気がします。都会の一般道をスポーツカーで走り回った経験などないのですが、私の場合は、そういうのよりも田舎道を軽トラックでゆっくり散歩するように走るのが性に合っているようです。

・・・いまだにBBSというのを置いておきたくて、phpスクリプトを設置しているのですが、クロスサイトでスパムをとばしたりしないでほしいですね。

真宗の生活

毎年「法語カレンダー」や「今日の言葉」を申し込むときに「真宗の生活」という小冊子をいただいています。内容はほとんどが書き下ろしではなく、何かに掲載された文章なのですが、いろいろな方がいろいろなことを書いておられます。

真宗の生活ということは、真宗という生活、真宗とは生活であり、生活が真宗であると私は受けとめていますが、どうなんでしょう。2010年版の「はじめに」という表紙裏の文章を読むとそうでもないような感じがするのです。

「真宗の生活」というときの「の」は、これはたとえば「楓の枝」というときの「の」とは意味合いの違う「の」であって、だから、真宗という生活、真宗というのは生活ですよというような意味だと私は思っています。

得度を受けたから真宗の僧侶だ、帰敬式を受けたから真宗門徒だというのは、制度とか規則のうえでのもことで、得度を受けても真宗という生活をしていない人もいらっしゃるでしょうし、帰敬式を受けていなくても真宗の生活をなさっている方もいらっしゃるでしょうというようないわずもがなのことを言う気はないのです。

一昨日の疲れが出て何もする気になれず、歩いて5分ほどの楓の新緑の何とも綺麗な隣のお寺まで行って、緑の下で寝そべってみようと手元にあった「真宗の生活」を持って出かけて、帰ってきたところです。

メガネを忘れたので本を読みませんでしたが、つきつめていけば真宗という生活はお念仏もうす生活、お念仏のなかで暮らすことなんだろうというようなことを考えました。

明日はきっと

5月28日のお講さんにはストーブをたいて、で、昨日は真夏並みの暑さで午後からは雷雨。これから梅雨にはいるこの時期、何か気候がおかしいんじゃないかと思ってしまいます。

昨日の夜、バスケをしに行ったら地元の高校のバスケ部の子供たちがちょうど5人来て、うちの若い人のチームとミニゲームをしているのを見たら、言葉が悪いですが、ヘボだったので私でも十分に通用すると思って、10分間遊ばせてもらいました。

ディフェンスはまったくせずオフェンスだけして、いいパスも出せましたし、シュートも5本ほど決めたでしょうか。それはそれでしんどくもあり楽しくもあったのですが、いつになく汗をかいて、今朝起きたときには身体の水分がまるで抜けてしまったような喉の渇きを覚えました。

水分補給はしていたのですが、運動の前としながらの水分補給が足りなかったということなのか、運動をした後の水分補給が足りなかったということなのか、いずれにしろ朝からお茶とか水、牛乳やコーヒーなどどれだけ飲んだことでしょう。

庫裏の裏だけですが、刈って下さった草が朝からのお日様の照りつけで昨日の午後の雨にもかかわらず乾燥していましたので、燃やしています。温度計を見たわけではないのですが、今日も夏日なんでしょう。

また汗をかきましたので濡れタオルで身体を拭って体重を量ってみたら、何と一昨日の夜より2Kg減っています。喜ぶべきことなんでしょうが、完全に水分が減っただけのことなんでしょうから、喜んでばかりもいられないのではないかと思ったりします。

今日はまだ動けていますが、明日はきっとへたりこんでしまうんでしょう。そう思って必要なものを買いにも出たのですが、肉体疲労時の栄養補給のドリンク剤も買ってきたおいた方がよいに違いありません。

南の空が暗くなってきて雷がなりだしています。庫裏の裏の火が消えているのを確認しがてら、もう一度買い物に行くことにします。

腰はかなり楽

低反発マットレスの上で寝るようになって、ほぼ一週間になりますが、やはり眠りは浅く、2度3度眼が覚めてしまいます。疲れも残りますし、残念ながらそういうことに関しては効果はなかったようです。

ただ、腰はかなり楽ですね。これほど沈む臀部を平らにして寝ていたのかと思うと驚きます。数年前から年に何度か激しい腰痛におそわれていたのですが、そういうことは今後はなくなりそうです。

腰というのは肉月に要、身体の中心部分ということなんでしょうか。幸いにもぎっくり腰になったことはないのですが、腰が固まって痛くて痛くてたまらなくて、身動きが取れない状態が1時間から2時間ほど続きます。

それが前触れもなく起こるのですが、たいてい寝ていて起きたときに起こりました。腰に負担のかかる姿勢で寝ていたせいだったと、今にして思うのですが、意外にも原因は他にあって、梅雨時にまた起こったりするのかも。

草引きをしてもモップがけをしても何をしても腰には負担がかかります。特にこれということをしていなくても、同じ姿勢でいると腰が固まってしまって、ゆっくりと伸びをしないとすぐには動けないですからね。

考えてみればこの身体、随分とひどい使い方もしてきました。お酒は飲めませんから内臓はそれほど痛めつけてもいないんでしょうが、たとえば大昔のバスケのリーグ戦では一日2試合、合間に審判1試合なんてのもありました。

別の半分お遊びの大会では一日4試合というのもあって、これはさすがにへとへとになりましたっけ。立ち仕事のアルバイトで連続28時間労働なんてのもあって、今では考えられないことです。

さて、今夜はお情けで仲間に入れてもらっているバスケの練習に行く日です。何とか他の人の迷惑にならないように、できればすばらしいパスが一本出せるように、頑張らない程度に楽しませてもらいましょうかね。

現物支給

いつものように(?)夕方のお勤めをしながら、さて今日の夕食は何にしようかと考えていて、ほとんど何も材料が残っていないことを思い出して、それじゃインスタントラーメンにしようと。

残り物のキャベツとにんじんをいれて、できあがり。味付けのりを入れて食べていたら、誰かが呼ぶ声がして、麺がのびるなぁ〜と思いながら出てみると、野菜持ってきたよと。

たくさんのタマネギと店で買うようなキャベツ一玉、有り難いですね。もう何十年も前に税務署の方が、こういう頂き物も現物支給として現金に換算して収入として処理しなさいと指導なさったことがあって、これには組をあげて反対というか、拒否しましたっけ。

そんなことを思い出しながら夕食の続きでラーメンをすすっていたら、また呼ぶ声がしまして、今度は蕗を炊いたものとスナックエンドウをいただきました。晴れた日だったので、みなさん畑仕事をなさったのでしょう。

私はと言えば、頼まれたサイト更新、再構成の仕事をほぼ一日かかってしていました。これがまたなかなかやっかいな作業で、あちらがうまくいけばこちらがうまくいかないということの連続で、手をやきましたとも。

今日のように晴れた日には、やっぱり外の仕事をするのが自然ですよね。窓の外にはかなり伸びた草があって、気になって仕方がないんですが、なかなか手がつけられません。

急傾斜地

本堂の一部が急傾斜地の指定を受けているのですが、実際のところ本堂の裏は断崖絶壁で、草を刈ったり雑木を切るにもハシゴをたてなければなりません。

門徒さんが総出で草を刈って下さるときにはハシゴや脚立で手の届く範囲を刈って下さるのですが、ちょうど崖の3分の2くらいまでが限界でしょうか。その上の部分は手つかずの状態です。

無理をして怪我をしてもらうと困りますし、切り立った崖で、土が塗りになっていますから植物の根が張っている方がよいのかも知れません。ひどい雨の降った後などは、人の頭ほどの大きさの土塊が落ちていることもある場所です。

問題はそこに生える竹です。タケノコのうちに刈っておかないと竹になって、少しの風でも倒れます。倒れて本堂の屋根に傷を付けると厄介なことになります。そうならないように長い竿竹で人の背丈ほどになったタケノコ(竹?)を折らなければなりません。

もっと都合のよい道具があれば簡単な作業なのでしょうが、腕が疲れて、見上げてばかりいるので首も痛くなってきます。電線の保守を専門になさっている業者さんなどは実にうらやましい限りの道具を持っておられますが、いかんせん、まったく高さが足りません。

こんなふうな作業を私は数十年続けているのですが、このお寺の歴代も同じことをしてきたのでしょう。今は肩こりに効く貼り薬もあって重宝しますが、そんな便利な薬のなかった時代も、もはや竹という方が相応しいようなタケノコを竿竹で折っていたのでしょうね。

たかがウェブ・サイト

ここに「その他」として書くことは、ほとんどが真宗とかその僧侶とかとは関係のないことばかりなのですが、個人サイトなのでそれでもいいかと思っています。

このところなら裏山のタケノコの話だとか、誰の興味もひかないことなのでしょうが、誰かが読んでくださることを前提にしていなくて、あくまでも自分の確認・記録ですから毎日更新することに意義があると思っています。

私がサイトを運営していることを知っている方が教えてくださったのですが、ウェブ・サイトでの選挙運動が可能になるそうですね。折りもおり、近畿2府4県内のある政党の「ホームページ」を見る機会があった後でした。

javascriptとflashが有効でないとhtaccessで指定されているindexページは真っ白です。「Macromedia flashをインストールして下さい」であるとかjavascriptを有効にして下さいであるとか、一切何も表示されません。

一般的なブラウザは確かjavascriptは有効になっているんだと思いますが、flashはインストールされていないのではないでしょうか。javascriptの危険性を身をもって体験している私などは絶対に安心できるサイトでないとjavascriptは無効にしたままです。ActiveXの実効許可なんて論外だと思っています。

わざわざsourceを読んで次のページを開いてみると、明らかにプロのサイト制作者さんが作ったとしか思えない内容(=「見た目」とかだけの話ですが)なのですが、技のおぼれるとでもいうんでしょうか、初歩的なところの
一番肝心なことを忘れておられるようです。

どれだけすばらしいものを作っておいてもまったく見られない人がいるのでは話になりません。

いや、これは多分に自戒を込めて言っているわけで、私のサイトも私のブラウザ以外では表示が変なことになっていたりしたことがあり、あるいは今も改善されていないかも知れないのです。

たかがウェブ・サイトですが、難しいです。京都教区がいよいよサイトを立ち上げるとか。諸々の届けなどの書式がPDFででもアップされているだけでも十分に満足です、はい。

低反発マットレス

低反発マットレスというのを買いました。某新聞の折り込み広告にあった品で、ほぼ同じ品物が昨日の折り込み広告では1500円ほど安い値段で売っていて、もう少し待てばよかったのにと思っていたら、今日品物が届きました。

母親が使っていた椰子の実の繊維(?)が入ったマットを使っていたのですが、疲れが取れないのはそのマットの所為ではないか、少しは柔らかいマットを使えばぐっすり眠れて疲れも取れるかと思ったりしたわけです。今夜初めてその低反発マットレスで寝るわけですが、どうなんでしょうね。

2度3度と目が覚めて、5時になるのを待って布団からでる日が続いていて、一昨日などは寺報を早朝に配って、家に帰って時計を見たらまだ5時半でした。身体が疲れているのにぐっすりとは眠れないというのは辛いです。

朝のお勤めをすませてご飯をいただいて、後かたづけをしてもまだ6時過ぎだと、何かしないと時間が余りすぎます。朝から身体を動かすのが疲れが残る原因なのかも知れないですけど、何もしないでいるのも苦痛ですし、二度寝なんてのができるなら5時には起きませんからね。

亡くなる前の母親は水を飲みくだすこともできませんでした。喉のまわりの筋肉の力が弱っていたのでしょうが、何気なくしていることにも力が要るんだということがはっきりとわかりました。ですから、眠るにも身体の力が要るんでしょうね。

こんなふうなことは若いときには決してわからないし、我が身で体験するなんてことはまずないことなんでしょう。若いからわかることもあり、若くなくなったからわかることもあるわけですね。

報土と化土

寒いです。今日のお講さん、空だきクリーニングを兼ねてファンヒーターを使いました。火があるとあるで暑いのですが、ないと寒いです。今部屋でこれを書いている私は、まるで冬の服装です。

お講さんでは、源信僧都がお釈迦さまの一代蔵経を5回読まれたうえでお浄土の教えに自ら帰依され、一切の人にこれを勧められたというようなお話をしました。

たとえば、冬場の暖房器具なら灯油のファンヒーターがよいと思う人が、熱を放射するタイプの電気ストーブを他人さまに勧めるということは考え難いわけです。

勧められる人のなかにはストーブなら電気ストーブがよいという人もいて、勧められたから灯油のファンヒーターを使うとは限らないのが普通なのでしょうね。

源信僧都は阿弥陀さまのお浄土に報土と化土を区別なさったのですが、このことはもっと重要視されてしかるべきことだと思うのですが、教学研究所編「正信偈」などには通り一遍の説明しかありません。

報身仏の浄土が報土であり、応身仏の浄土が化土であるといわれているなかで、阿弥陀さまの報土に報土と化土があるんだという見識は画期的なものだと思います。

大乗の至極と言われるご開山の教えというものは、この見識なしにはあり得なかったと言えるのではないかと思います。来月の2度のお講さんでも源信僧都のお話をする予定です。

「らしさ」

まだまだタケノコとの格闘が続いていて、山へ行ったのですが、足が疲れているせいか藤蔓に引っかかって転んでしまいました。一応人目につくところは無傷で済みました。

生傷のあるお坊さんがお参りに行ったら、どうでしょう、お参り先の方もびっくりなさるんでしょうね。見た目の「らしさ」というのも、やはり気にしないでいるわけにもいかないんだと思います。

この「らしさ」というのは、一時いろいろと取りざたされたように思いますが、私の思い違いでしょうか。女の子は女らしくというけれど、その女らしさというのは男が決めた女らしさじゃないのかというようなことが言われたんじゃなかったかと思います。

特にこういったことに関する難しいことは分からないのですが、男は男らしく、女は女らしくということを敢えて口にしなければならない場合というのを想像してみると、どうなんでしょう、それはもうものの考え方とかの問題ではないのではないかという気がします。

昨日書いたことを例にすれば、在世のものは在世の者らしくする。これなんかは、いいんじゃないでしょうか。在世の者らしく、法を聞かせていただき、お念仏もうさせていただく。

何かしら間違った「らしさ」が横行していて、その間違った「らしさ」に異論が唱えられる状況があるのであれば、それは大いに結構なことかと思います。

びっくり

知り合いのお母さんが少し前に亡くなられ、知らなかったものでお葬式に参列もしませんでしたので、午前中にお参りしてきました。

車で出かけるときに気をつけていると昨日書いた川に落ちた大きな木の枝の先が土手からはみ出しているのが見えます。確か昨日も車で出かけたのですが、その時は気がつかなかったようです。

お参りした先は本派のお寺のご門徒のようで、ちゃんと中陰壇もしつらえてありました。お内仏で小経を読み、中陰壇の方では偈文を読んだのですが、亡くなられた方の連れ合いにあたるじいちゃんが後ろに座ってお参りしてくださり、お勤めの後で少しお話しました。

「私ら在世の者は、見送るしかない」と涙ながらにおっしゃいます。九十を過ぎて百歳に近いのではないかと思うのですが、しっかりとなさっていて、しっかりとなさっているからこそ悲しみもひとしおなのでしょう。

ちなみにそこのお宅の末の息子さんは私と同級生で、今は関東におられるんだと記憶していますが、そういう話も少ししていると、このじいちゃんは私なんかよりもしっかりとお話を聞いてこられた方なんだろうと思えてきました。

車でほんの5分くらいのところで、帰ってきてびっくりです。行きには川のなかにあったおおきな枝が、私にも持てるくらいの大きさに切られて境内の邪魔にならない場所に置かれています。

時計など気にもしていないのでどのくらいの時間が経っているのかは分からなかったのですが、1時間もないと思います。何か騙されているんじゃないかというような気分でした。

どうやら昨日川の土手で途方に暮れている姿を見ておられた方があったようで、門徒さんのなかの手慣れた方が数人で始末してくださったようです。何とも有り難いことで、お礼の言いようもありません。

一応

風の強さに驚いたというようなことを書いたのは2日ほど前だったでしょうか、昨日境内を見て回って傷んだ所などがなくてホッとして、今朝から一応の掃除をしました。

一応ですから、まだまだ枯れ葉や笹っ葉が残っているところの方が多いくらいですが、お参りになる方に見苦しくない程度に掃除をして、さて、裏山へ行けていなかったからまたタケノコが伸びているだろうなと、行ってみたわけです。

この時期になってもまだ孟宗竹も生えてきますし、雑竹や真竹というのでしょうか、これからどんどん出てきます。食べるのに2本ほど採って、20本ほどは切って回りました。

一通り竹の見回りを終わって、さて採ってきたタケノコを料理しましょうということで、タケノコの皮を捨てている川のそばの竹藪のいっかくへ行ってみたら、何ともでかい木の枝が折れて、川のなかに落ちています。

タケノコのアク取りをしている間に、土手に行って枝を引っ張ってみたのですが、ビクとも動きません。来月早々には地区の方の総出で川浚えがありますので、それまでに何とかしなければならないのですが、まったくどうしたものか途方に暮れてしまいます。

お堂とかの建物に傷んだところがなくてホッとして、でもそれは木の枝が折れて川に落ちていることを知らないからホッとしていられたわけで、一応ということですね。それにしても、枝が落ちているところには電線も電話線もあり、いくらワイヤーが掛かっているとはいえ、無事だったのが不思議なくらいです。

明日からしばらく川に入ってのこぎりで運べる程度の大きさに木を切る作業です。

自督の詞

二日ほど前に書いた屋根の草引きと除草剤の散布に来てくださった瓦屋さんは、何年か前にひどく傷んだ屋根にあがっていて、屋根が抜けて何メートルか下に落ち、3ヶ月の入院と半年ほどのリハビリをなさったそうです。

落ちたところがちょうど土間だったそうです。いろいろな鉄製の器具が並んでいるなかの、ちょうど人一人が通れるくらいの土間の地面に落ち、左足と骨盤を骨折し、倒れるときに頭の右側をうって陥没骨折、手をついて左手首の辺りも骨折。

意識がない状態がかなりの間続いたそうで、命が助かったのが不思議なくらいの事故だったそうです。屋根に登るのが恐くなるはずだと思うのですが、どうしてもあなたに仕事をしてもらいたいというお客さんの声に押されて、復帰なさったそうです。

真っ暗な底のない穴にどこまでも落ちていくような感覚がして、後は覚えていないとおっしゃいます。鉄の機械の上に落ちていたら間違いなく死んでいたのに、土間に落ちて今命があるのは、仏さんというか、ご先祖さんが助けてくれたんだと思うとしみじみとおっしゃいます。

私などは体重が増えてから屋根に登るのが恐いばかりでなく、脚立にあがるのも恐く、庫裏の軒まわりの樋の掃除もなかなかできないのですが、一度死なん目に遭いながらまたお寺の本堂の屋根に登っておられるこの方には脱帽というか、頭が下がります。

どの巻かは今はしっかりとは思い出せないのですが、自督の詞という表現が教行信証にあります。天親菩薩の「世尊我一心」を解釈なさっておっしゃっていたんだと思いますが、この自督というのは辞書的な意味では「自己の領解」ということのようです。

落ちたのが鉄の機械の上ではなく、わずかなすき間の土間だったから命が助かったと瓦屋さんが思っておられる。命が助かったのは仏さまご先祖様のまだ生きて働けというおはからいだと感じ取られたこと、こういうことが自督であるのでしょう。

昨夜から風が強くなってきていたのですが、今日も一日吹いています。竹の笹をちぎれて舞い散りますし、楓の枝も折れてとんできています。強風などというのでなく、嵐です。

昨日は早朝から門徒さんが総出で草刈りをして掃除をしてくださってすっきりときれいになったのですが、すでに境内は枯れ葉や笹の葉だらけ。しばらくは掃除から解放されるかと思っていたのですが、あまかったようです。

たちまち何かの法要があるわけではありませんのでのんびりと掃除すればいいのですが、28日はお講さんですので、それまでに一応のことはしなければなりません。

人の思いというのは何ともはかないものです。人そのものがはかないものであるのに、それにも増して人の思いははかないものです。そんなふうなことを思ってしまいます。

風情

本堂の樋の付け替えも終わり、足場も撤去してくださいました。足場があるうちに、屋根の一部に草が生えていましたので、田圃に農薬を散布する要領で噴霧器で除草剤をまいてくださるように門徒の方にお願いしていたのですが、そんな簡単なことではないのだそうです。

屋根の草は20年ほど前に瓦を葺き直してくださった業者さんに頼んで取り除いたうえで除草剤をまいてもらうということになって、昨日は瓦屋さんが来て作業をして下さいました。

一服の時にいろいろと話をしたのですが、向拝の部分などの縁には反りがはいっているのが普通だそうで、一般の家でも軒の部分などはたいてい一尺まではいかない程度の反りがはいっているとのことです。この辺りだけのことではないそうですが、どうでしょう。

反りをいれないと、見た目にまっすぐに見えないのだそうです。屋根の中央部分もふくらみを持たせておかないと凹んで見えるので、一般の家でもたいていは中央部分にふくらみがはいっているそうです。

私がうちのお寺の仕事をさせてもらうようになってから、2つの建物の改築と新築があって、2回とも桁組の手伝いをしたのですが、反りを入れたような覚えがありません。今の建物は、反りなんてものは入れないんでしょうか。

一般の家にしても土地土地の特色というものがあって、そういうものが全体としてその土地ならではの風情を醸し出していたのでしょうが、特に地震を考慮した最近の工法で立てる建物にはそういうものがなくなっているのかも知れないですね。

お知らせ

このカテゴリに掲載しました文章は、一部管理人の「感想」のようなものをまじえたものがありますが、すべて曾我量深師講述記においてある『真宗の眼目』『行信之道』『親鸞の仏教史観』からの抜粋です。

曾我先生の言葉をたどりたいと思われる方は曾我量深師講述記をご覧下さるのがよいかと思います。

集団ヒステリー

タバコを吸います。最近はニコチンやタールの量の少ない銘柄になりましたし、一日に吸う本数も少なくなりましたが、美味しいから吸っています。やめようと思ったことはありません。

吸い始めたのが昔のことですので記憶も定かではないのですが、確かセブンスターなどの売れ筋の銘柄は80円でした。喫煙が健康によくないとか肺気腫を悪化させる原因になるとか、そんなことは一切言われない時代で、国鉄の駅のレールの敷石の部分などはタバコの吸い殻がいっぱい落ちていました。

タバコを吸う者が歓迎されない世の中になってまだ50年はたたないはずですが、わずかそれだけの時間が経過するなかで、決して悪者扱いはされていなかったものが、国鉄の赤字を埋め合わせたと言われるものが、悪者扱いされるようになったのは、これはおもしろいことだと思います。

時代や社会、つまりは人間のものの考え方の変化によって、それ自体は善でも悪でもないものが、善とされるようになったり悪とされるよになったりするわけで、そもそも善と悪が単純に二分化できることがらではないのに、悪とされるとそれを裏づける様々な考え方が持ち寄られます。

そういうところにできあがるのは集団ヒステリーとも言える状態で、それは好ましいことではないはずなのですが、異議が片隅に追いやられるだけではなく、その状態はおかしいという第三者的立場での意見も敵視されます。

何者かの作為があるかどうかはこの際おくとして、ものの考え方が極端に偏った状態にあるとき、その裏側で起こってくることというのはやはり極端に偏ったものの考え方に基づくものであることが多いのだと思います。時代、社会が何らかのカタルシスを求めるような時というのは、概ねそういう状態になるのではないでしょうか。

症状とでも言うべきものが表面に出てきたときには、それを引き起こしている原因はすでに蔓延しているわけで、一々の症状に対応することはもちろん必要不可欠なのですが、原因の解消という根本的な解決を忘れてひとつの症状が改善されて喜んでいても、別の形の症状を引き起こすだけです。

タバコをやめようと思ったことがないということを書き出したのですが、書いていることはタバコのことではありません。さて、何の話をしているのでしょう。

だらだら

雨降りです。草の伸びる勢いも増すでしょうし、雨が上がれば地面がゆるんで、草引きにも都合がよくなるでしょう。

窓の外に見える畑で毎日仕事をしているばあちゃんも、今日はお休みのようです。たくさん植えられたタマネギでしょうか、雨が降って喜んでいるようにみえます。

朝のうち、雨の中で田圃の畦の草刈りをしていたじいちゃん86才一人暮らしも、午後になってからは姿が見えません。雨の日には雨の日にすることがあるのでしょう。

日和見というのはよい印象を与えない言葉のように思えますが、自然を相手にする限り日和によってすることも変わるわけで、実は当然のことを言っている言葉ではないかと思ったりします。

自然を相手にしない日和見というのは、内股膏薬のようなものであっちに着いたりこっちに着いたり、やはりよい印象は与えないのでしょうが、実はこれも条件付きでなら、理にかなっていると言えるのだと思います。

自分の信条を貫く人は偉い人だと思いますが、信条に貫かれて身動きが取れなくなることもあるようで、不自然だと言えなくもない一面があります。

だらだらと降る雨のせいでしょうか、書いていることもだらだらとして、どうしようもないですね。もう今日は終えさせていただくことにして、早いですが夕方のお勤めでもしましょう。

笹の根切り

古い刈り込み鋏を使って笹の根切りをしていますが、何とも驚かされるのは笹の根の強さです。使い方にも問題があるのでしょうが、刈り込み鋏の鉄の刃がグニャッと曲がります。

これでもかと言うほどに除草剤をまき、一度は根絶やしにしたと思った笹ですが、土から除草剤の成分が抜けたからでしょうか、のびのびと育ちます。

もともと一面に笹が茂っていた場所ですので、放置すれば10年も経たないうちに元の通りに戻るのでしょう。

一度人が手を入れたら、手を入れ続けなくてはならないというようなことを聞きますが、人の根気は自然のそれほど強くもなく、続きもしないに違いありません。

こういうことはどんなお説教をお聞かせいただくより骨身に染みます。

今日の仕事(=勤め?)として、ここからあそこまでの笹の根切りをしようと思い立ってそれを終えたとしても、どうでしょう、この時期なら切れていない根から笹の葉が顔を出すのに一週間もかからないかも知れません。

煩悩を刈り取ろうとすること自体に煩悩がまじるなら、煩悩を刈り取ることはすなわち煩悩の繁茂でしかありません。そもそも煩悩というのは刈り取れるものではありません。

地べたにお尻をおろして作業をしていても、やはり足腰も疲れますし、腕も疲れます。こういう作業が思うとおりにできると思うのは、体力のあるうちのことでしょう。

昔、母親が草むしりをするのを見ていたことがありました。恩徳讃を口にしながら、遊んでいるかのように思えましたが、遊んでいるのではなかったし、実は草むしりをしていたのでもなかったのでしょう。

ムカデ

もう十数年も前になると思いますが、節談説教の録音テープを貸してくださる方があって、聞いたことがあります。

聞法会という感じではなく、真宗関係の何かのイベントのなかに節談説教が交えられているようで、地方のラジオ局でDJでもやっていそうな女性の司会の声がはいっていました。

説教をなさっていた方のお名前などは忘れたのですが、お説教が終わった後に司会の女性が迫力満点で声もすばらしく、圧倒されたと言ってらしたのですが、私もその通りの感想を持ちました。

そのお説教のなかに、ムカデという虫は足がたくさんあって見るからに恐ろしいのだけれど、毒があって気をつけなければならないのは顎だけだというようなくだりがあったのを覚えています。

確かにそうなんでしょうが、体長10cmを超えるような大物を見かけると、びっくりしますし、怖いです。ましてやそれが部屋の中だったりして、しかもぐったりと疲れて少し休もうかと横になって、ふと見上げた壁に張り付いていたりするとぞっとします。

今年になってからもう何度も山仕事や草引きの時に見かけてはいたのですが、まだ梅雨にもならないのに部屋の中に入ってきてました。朝から晴れて、部屋の中は25度を超える夏日なのに、どうして中に入ってくるのかとムカデに言っても仕方のないことです。

ムカデを見ると節談説教のことを思い出すのですが、節談説教を聞いたのは録音テープでのその一回だけです。どういえばいいのか、何か芸能の一種でしかないような気がしました。ということで、今年初めての部屋でのムカデの記録でした。

ないからある

昨夜の運動が過ぎたようで、足も怠いし、腰も痛い。あさから2時間ほど軒まわりの草引きをしたものの、それが限界で、午後はのんびりとしようかと思っています。

体調が許せばこの時期なら草引きでもして、そうでなければ本でも読むとか、昼寝をしていてもいいわけです。そんなふうなことと同じことかどうかは別として、如来のご廻向のお念仏ということに納得いかなければ自力修行でもお題目でもよいわけです。

もっと言えば仏教でなくてもよいわけで、たとえば結婚式をキリスト教式で挙げるのならそれを機会にキリスト教に帰依してもよい。かなり前によく言われたのは、日本人は子供が生まれたら宮参りと言って神社にお参りし、結婚式は教会の神父さんにお願いして、葬式はお坊さんで、宗教がないということでした。

そういうものの言い方をなさる場合の宗教というのは、いったい宗教というものをどう定義しての上での宗教なのでしょうと、こんなふうなことは以前にも書いた覚えがあります。

おそらくお釈迦さまの教えがお経というようなものにまとめられる以前の仏教、お釈迦さまが説法をなさっていた頃のお釈迦さまに近い方々がお聞きになった教えというのは、日本人には宗教がないとおっしゃる方の定義なさっている宗教にはあてはまらないのではないかと思います。

仏伝によればお釈迦さまの仏陀としての最初の説法の時、通りかかった行商人の方が何日か説法を聞かれてお釈迦さまと同じさとりを得られたとのことで、実は宗教というものの本質がここに凝縮されてあるように思います。

私は仏教徒ですからと言うまでもないところに仏教というものがある、というか、そこにしかない。今日たくさんの宗教があるなかで、今日だからこそ仏教というのは特殊な宗教であると言えるのではないかと思います。その仏教というのはお念仏の教えなのですが。

進歩・発展

どうでもよい話で恐縮なのですが、昨日書いたとおり、サイト構成の見直しどころではなくなって、何とかFirefoxでも画面左側のリンクが機能するように戻しました。

原因はCSSにある「margin-right:-220px」というただこれだけの記述だったのです。言葉に直すと「右の外側に-220ピクセルの余白をつけなさい」とでもなるんでしょうか。

確かに-220ピクセルという指定には無茶があるように思うのですが、CSSの文法(?)としては間違っていないようです。事実InternetExplorerでは何の支障もありません。

そういえばCSSを使い始めた頃、NetscapeとInternetExplorerでの見え方の違いに悩まされて、perlを使ったcgiでブラウザを読み取って、ブラウザによって読み込ませるCSSを変えてましたっけ。

よくもそんな面倒なことをしていたものだと思いますが、その当時も今と同じ暇人だったんですね。ここで日本で最初のホームページを見ることができますが、使われているタグの種類は5種類ですかね?

ネットの世界の発展のすごさを思い知らされます。まさにこういうのを進歩・発展というのでしょうが、進歩・発展の招くものが必ずしも好ましいものだけとは限らないのは今さら言うまでもないことです。

迷惑サイトです

自分の運営するサイトの構成を少し見直そうかと思って、いろいろといじくりだして、気がつけばFirefoxでみると左側にある更新情報や記事種類一覧のリンクが機能しません。

まずはそれを何とかしなければと思って、細部を見直してみて原因はわかったのですが、さて、どうすればいいかがわかりません。ちなみに、トップページをanotherHTMLlintでチェックしてみても致命的なミスはなく、「80点、よきできました」という結果なのに、Firefoxではリンクが機能しないのです。

tabキーでとびたいリンク記述の所をアクティブにしてEnterキーを押すととべるのですが、マウス・カーソルを持っていってもリンクであることを認識しません。ず〜っとこんな状態だったのでしょうか、とんだ迷惑サイトですね。

InternetExplorerでは問題ないのですが、どちらかと言えばFirefoxの方がうまく動作してくれないと困るわけで、某所から3columnのテンプレートをちょうだいする以前はこんなことはなかったのですが、今のところお手上げです。

わけがわからないままにCSSをいじりまくっているからなのだろうとは思います。これからCSSやHTMLなどにどんどん新しい規格が導入されていくんでしょうが、もうすでについて行けません。

新しいもの、便利なものは人を選ぶということなんでしょうね。97年に初めてサイトを立ち上げた頃が懐かしいです。いまだにその頃のすべてのファイルを残しています。

まったくついて行けなくなったら、ごく基本的なHTMLだけのファイルに戻しましょうかね。

ロボット

暇をもてあましていますので、ある会社のウェッブ・サイト制作を手伝っているのですが、商売をなさっているわけですからお客さんがどのページをよくご覧になるかというようなことも大切な情報になってきます。

この「時代おくれ」などは何方がおいでになろうが、おいでにならなかろうが気にすることはないのですが、商売をなさっているとなると、サイトを訪れる方の興味がどこにあるかなどということを調査しなければなりませんので、解析のスクリプトを導入しています。

社長さんは忙しく、なかなかパソコンの前に座っていられる時間も取れませんので、月ごとの解析結果をメイルでお知らせするのですが、昨日になってようやく4月分をまとめました。驚かされるのは中国の検索サイトのロボットbaiduです。

「百度」という名前の通り百度来るのはざらで、多い日には200アクセスしています。更新のペースがだいたい月に一度のサイトに一日百度のアクセス、ご苦労さまなことです。

不景気な世の中でも何かひとつぐらいは景気のよい業種があるのが普通ではないかと思うのですが、最近の不景気はそうでもないようです。景気がよいのは中国くらいで、実際に中国の方の売り上げが頼りになりつつあるそうで、そうなるとあまりにアクセスが多いからといって、baiduのロボットをはじくわけにもいきません。

「時代おくれ」にもアクセスカウンタを設置していたこともありました。設置していてもカウントしなくしていたこともありまして、自分でも自分の変人ぶりに呆れるのですが、「ホームページ」やブログを運営なさっていて、アクセスカウンターの数字が増えるのを楽しみにしていらっしゃる方には、baiduなどというのは迷惑この上ないことでしょうね。

ひとつのことが人によって迷惑になったり、好都合なことになったりするのは、いわゆる「相対の世界」のひとつの特徴なのに違いありません。

ひがみ

真宗大谷派のウェッブ・サイトが改装されていますね、http://www.tomo-net.or.jp/ の通りです。

以前がどんな作りだったのか覚えていないのですが、内容はおいておくとして、作りというか、機能というか、あまり好きにはなれないサイトになりました。

Javascriptが有効でflashがインストールされていないと何も見られないというわけではないですからまだいいですけど、こちら(http://www.tomo-net.or.jp/special/)はJavascriptが有効でflashがインストールされていないとまったく見られないんですね?

プロでないとできない仕事だと思いますが、プロだからこんなこともできる、あんなこともできるという技術などは随分とお高い費用がかかるのではないでしょうか。

ちなみに、私が普段使っているブラウザの設定ではJavaもJavascriptもActiveXも無効ですし、flashなんてインストールしていません。このサイトもひとつJavascriptが読み込まれますが、無効であってもまったく問題ありません。

技術のない者のひがみですかね?それとも単に時代おくれなだけでしょうか。

方便

お昼ご飯をいただいた後、山仕事ができないので、本堂のぬれ縁に座ってタバコを吸いながら、降る雨を恨むように眺めていたら、板金屋さんが来られました。

まだ一部しか新しい樋がかかっていない状態で、今日は雨降り。雨水の流れでも見にいらしたのかと思えば、そうではなく、屋根に反りがある部分に細工をしなければならないとのことで、現場で確認するために来られたそうです。

既製品の雨樋なら簡単に細工はできるけれども、別注品なので難しくて、思案しているとおっしゃいます。酸性雨対策のコーティングを施した銅製の既製品を使うんじゃなかったっけと思っていたら、屋根の反りにあわせるその部分だけは既製品をそのまま使うわけにいかないのだそうです。

つまり既製品を細工して別注品を作るということのようですが、細工するのは板金屋さんではないのかなと思いながらも、思案しておられる様子を見て、それ以上はお聞きしませんでした。お寺の仕事もたくさん手がけておられる方ですので、間違いはないでしょう。

素人考えという言葉があります。たいていの場合、素人考えでしたことは後になって不都合ができてきます。玄人の方には経験があるわけで、自分が失敗した経験がなくても、仕事の先人から伝えられていることのなかには、失敗から得られたことがたくさんあります。

僧侶というのを仮に職業(仕事?)として、先人から伝えられていることってあるのでしょうか。たとえば登高座の作法などはまさに先人から伝えられたものなのでしょうが、伝えられているようにしなかったとして、何か不都合はできてくるのでしょうか。

何もないように思えるのですが、どうなんでしょう。だからといって、何かが言いたくてこれを書いているわけではなく、本当にあるんだろうかと思いをめぐらしているだけです。

いろいろ考えるなかで、確かなことではないかと思うのは、僧侶というのは職業(仕事?)ではないんじゃないかということです。道交法違反で切符を切られるときに職業はと訊かれれば僧侶と応えはするのでしょうが、それこそが方便と言える類のことではないかと思います。

ほど遠い

お内仏の花は本堂のお下がりを使って一応それなりのものを立てるのですが、何しろお下がりですので、せっせと水を換えたりしてもあまり長くはもちません。

カラーという名前の花をいただいて、本堂に使わせてもらったのが先月の下旬のことだったと思いますが、それを今お内仏に使わせていただいています。

本堂用にと下さったものですので、お内仏には大きすぎるのですが、何とか体裁を保たせています。お内仏にあった菊の花は少し揺れると花びらが落ちてしまいますので、致し方なく廃棄ということになりました。

使えなくなったら捨てるわけです、何だかんだと立派なことを言っていても。花を人間に置き換えてみれば、実に残酷なことをして、挙げ句の果てに使えなくなったら捨てるわけです。

もちろん、花と人間を同列に考えるのは正しい方法ではないとは思いますが、たとえば、いのちあるものすべてが尊いんだ、不要な者など誰一人いないんだと言っていて、お荘厳のために一生懸命に咲いている花を切って、使い回して、枯れれば捨てている。

花と人間を同列に考えているのではないのですが、何かしら矛盾があると感じてしまうわけで、こんなふうなことではなく、気づけないから譬えがあげられませんが、実際に気がつけば明らかな矛盾であることを気づかないから行ったり言ったりしているのが人間なのではないかと思います。

改悔であるとか懺悔ということが昨今どんな意味で使われているのか詳しくは知らないのですが、自覚の範囲のことに限られるのは間違いがないと思います。ですから、自覚の範囲のことに重きを置いてお念仏もうすということは、「一心」ということ、「ただ念仏」ということとはほど遠いように思えます。

おろそか

外で仕事でもしようものなら汗だくになるけれども、本堂にいると少し寒く感じる曇り空の日です。

疲れが出ているのか足がクタクタで、午前中はお講さんをすませて、さて午後は裏山へ行こうかという気にはなれません。タケノコが伸びていることでしょう。お講さんを無事に終えられただけでもよかったということで、今日はお講さんだけの日にして休んでいます。

休んでいても、あれをしなければならない、これをしなければならないという思いが頭にうかんでくるのですが、しなければならないことなどというのは本当は何ひとつないに違いありません。

何ひとつないなかで、何かひとつしなければならないというか、何かひとつするとすれば、することはひとつであるはずなのですが、それは元気であればあるほどおろそかになることではなかろうかと思ったりします。

元気であって精いっぱい仕事して、その精一杯の仕事が意味のないことになるか宝物になるかは、おろそかになりがちなことがおろそかなままかそうでないかに依るのではないかと、足と同じようにクタクタな頭がそんなふうなことをひねり出します。本当に疲れて、疲れ切っていたら、こんなふうにサイトの更新などもできないでしょうね。

明日はお講さん

かなり昔の話ですが、年回法要の後のお話で、難しいことばかり話していないでもっとわかりやすい話をしたらいいのにさ、とおっしゃる方がありました。

そうおっしゃるご本人さんは、私の覚えている範囲では報恩講などにお参りなさったこともない方で、法事の時などでお話している時は、いつもわざと顔を背けていらっしゃる方です。

わかりやすい話をしているつもりですが、難しいですかと尋ねてみれば、親戚の法事に行ったときに来たお坊さんなんかはお経の間の休憩の時に株価の話をしていておもしろかったとおっしゃる。

ご法話はどんなお話でしたかと尋ねると、よく覚えていないけど、なかったんじゃないかとおっしゃる。そうでしたかと言うほかにありませんでした。

その方の奥さんがお浄土へお還りになったのが3年ほど前だったでしょうか、それ以来すぐ近所に子供さんのご一家の家があるものの一人暮らしです。一人暮らしで暇だから、親鸞さんのことを聞きに行ってきたと、最近になっておっしゃいます。

話を聞けば、行ってこられたのは団体名を明かさない宗教法人さんの講演会(?)で、ご文章っていってお勤めの後に読むのは、あれは蓮如さんの手紙だって言っていたよと私におっしゃるのです。

その方の奥さんの中陰のお勤めのとき、若い方のお参りが多かったので、そういうこともお話しした記憶があるのですが、同じことを言っていても、衣を着た坊主の話は古くさくて、難しくて、わからないということなのでしょうか。この方ほど極端ではないにしろ、そういうことはあるのではないかと思ったりします。

明日はお講さんです。お勤めの後のお話はいつも半時間ではすみませんが、1時間はかかりません。衣を着た坊主の話は古くさく思われるのではないかというような理由からではなく、20年にはなりませんが、20年近く前から、ふつうの服に間衣・和袈裟でお勤めしてお話ししています。

意匠

明後日のお講さんにと、当番の方が花を持って来て下さいました。ちょうど朝から雨降りで、枯れ葉も燃やせませんので、花を立てました。

よしこれでできあがりと、一度花立てを終えて、買い物に行く道々あの花を反対側に入れた方がよいのではないかなどと思ってしまい、帰ってきてまたやり直し。

花立てひとつにしても、いただいた材料で生けて、これより他に生けようがないほどに最高の出来だということはないですね。これで勘弁していただこうというところで、納得することにするわけです、一応。

お釈迦さまのひらかれた教えが発展進歩して今の様々な教えがあるというような論旨のことをおっしゃる方がありますが、そういう言い方をするなら、お釈迦さまの直説は発展も進歩もしていないから、今の様々な教えより劣るということにはならないでしょうか。

思想はひとつの意匠であるのかというようなことをどなたかが書いておかれたと記憶していますが、教えが意匠であるなら発展も進歩もありうるのかも知れません。しかしながら、教えは意匠ではない。

こういうことであろうというところで、一応の納得を得て、お釈迦さまのおっしゃったことはこうであると、自分の解釈に教えを応じさせるようなことが行われなかったでしょうか。

教えというものが発展進歩すると考えてしまうということは、教えというもののいただき方がすでにして間違っている証拠にはならないでしょうか。

人間の業というものは、たとえば時代背景などに関わらず、同じであると言える程度にまで大差がないものだと思っています。すでに歴史が却けたものに何かしらの新しい衣装を着させて、またぞろ持ち出すのは、微笑ましいほど実に愚かな行いだと思います。

教学研究所編「正信念仏偈」の「成等覚証大涅槃」の説明のなかで、「大涅槃」は「迷いのもとである煩悩を断滅して、生死の苦海をこえ渡ること。大といわれるのは、そのさとりが個人的解脱の境地でなく、あらゆる衆生がみなすくわれる完全なさとりであることをあらわす。」とあります。

涅槃ということを「滅」と解釈して、さらにその滅を煩悩の滅としているから「煩悩を断滅して」という説明になるのでしょう。涅槃は、時代が経つにつれてのことのようですが、さとりとも解釈されています。もともとは、(たとえば蝋燭の火を)吹き消した状態を意味するとのことです。

滅というのが何の滅であるのか。これについてはどなたかの本で、単に煩悩の滅であるのではなく、一切の滅であるということを読んだ覚えがあり、滅とは一切の滅であるという説明の方が私にはすんなりとはいってきます。

正信念仏偈には「不断煩悩得涅槃」という言葉があり、これとの整合性ということを考えても、少なくとも滅とは単に煩悩の滅をいうのではなく、ですから「大涅槃を証する」に煩悩の断滅ということは前提にも条件にもならないと考えるのが適当ではないかと思えます。

同朋新聞の古田先生の正信偈の説明でも「煩悩を断滅して」という文言はありませんし、特にこの部分では古田先生は解釈の理由を述べておられたように思います。

思いますに、教学研究所編というからにはお一人の執筆ではなく、複数の方が現代語訳・解説に関わっておられのでしょう。ですから説明文の調子も変わっていますし、言ってしまえば一貫性に欠ける部分があるのではないかと思います。

何人かがそろって「折衷案」をひねり出すというようなことだったという気はありませんが、教学研究所として出版するのであれば、もう少し練られたものであってほしかったという思いはします。

「武器」

去年の1月にこのサイトの「見た目」を一新し、表紙にweblogスクリプトを使うようになりました。曾我先生の講話録を小分けにして検索しやすくするというのが一番の目的でしたが、管理人の思いつくことなども書いております。

「正信念仏偈関連」というカテゴリがあって、それがうちのお寺の発行する寺報の記事とのかねあいで、勤行本でいうなら16ページまでが欠落した状態でした。今日は少し山仕事を休んで、それを補完する作業をしています。枯れ葉は燃やしていますが。

表紙の「記事種類一覧」の「正信念仏偈関連」をクリックすると現れる一覧のなかの「南無帰命」から「不断煩悩得涅槃」までを去年1月1日付けで投稿する作業が終わりましたが、作業といってもなかなか手間がかかりますし、教学研究所編の「正信念仏偈」を読み返していると疑問に思うことも出てきます。

今私が疑問に思うことなどはすでに多くの方が解決しておかれることなのでしょうが、正信偈の現代語訳・解説を初めて読まれる方もなかにはいらっしゃるわけで、そういう方の持たれる疑問に対して、ネット上にある正信念仏偈の解説は大いに参考になることでしょう。

・・・ネット上でもときどき「私が師と仰ぐ○○先生」という表現にお目にかかりますが、実際に師と言える方のいらっしゃる人がうらやましいですね。ネットで見つかる記事などは、知識となることはあっても師とはなり得ません。

知識というのは、往々にして人間はそれを「武器」にしてしまうものです。

似非

一昨日、昨日に続いて枯れ葉を燃やしています。せっかく火があるのだからと、目立つ草を刈って燃やしたりしていますので、まだまだ枯れ葉の始末は続きそうです。

気がつけば一昨日から人と話をしていません。それで過ごせるのですから、何とも有り難い環境と言うこともできるのでしょう。口笛でウグイスの鳴き真似をして取り寄せの真似事をしたり、顔にまとわりついてくる蜜蜂に、こんな所に蜜はないよと話しかけたり。

真似というのは字の通りで、真(本当のものごと)に似るということなんでしょうが、口笛がウグイスの鳴き声と同じ程度にまで似ていて、聞く人の10人が10人ともウグイスの声だと聞くなら、それもやはり真似になるのでしょうか。

法話の時などにたとえ話をなさる方が、あくまでもたとえ話だから矛盾するところもあるというようにことわられることがあります。譬えが譬えられるものごとに完全に一致するなら、それは譬えではなく譬えられるものごとそのものになるのでしょう。そもそも譬えと譬えられるものが完全に一致するというのは仮定の話に過ぎません。

真似ということでいうなら、10人が10人ともウグイスの声だと聞く口笛もウグイスの声ではありません。いくら上手な真似でも、真似は真似です。何というのか知りませんが、音の周波数を測定記録するような装置がまったく同じだと判定しても、真似は真似です。

これが口笛でウグイスの声を真似た音、これが本物のウグイスの鳴き声というふうに比較しているわけですから、何というか物理的にとでもいうのでしょうか、音は同じでも、真似は真似です。譬えや真似はつまりは似非である。似非とは字の通り、似て非なるものを似非というわけです。

5月3日

お昼を過ぎてから薄曇りになりましたが、午前中はまさに五月晴れ。藤の花の蜜を吸いに来る八には迷惑なことでしょうが、昨日に続いて枯れ葉を燃やしています。

昨日の朝、もの乾し場の窓の網戸にカメムシが6匹しがみついていたのですが、今日のお昼に見てみると一匹もいません。昨日も今日も風がほとんどありませんので、煙が建物をいぶすように流れていきますので、カメムシも退散したのではないかと思います。

草が伸び、それを刈り、乾かして燃やす。その煙が家の建物についている虫を退治してくれる。うまくできていますね。もっとも、カメムシが異常発生していますから、すぐにまたそこらじゅうで見かけるようになるんでしょうが。

お昼にはタケノコづくしのご飯を楓の木の下で、丸刈りの頭を焦がしそうなお日様を浴びながらいただきました。余り物を使って自分でつくる料理ですからこれといってごちそうはないのですが、外でいただくと本当に美味しいです。

どこか行楽地へでも行くならば、それはそれなりに楽しみもあるのでしょうが、家にいても楽しみはあるものです。毎年5月3日という日はまず間違いなく何の予定も入らない日で、おそらく20年以上家にいてのんびり過ごしています。

仕事の疲れがたまっているようなときには、一日中寝そべっていた年もありましたし、部屋の窓の下の草を引いていた年もありました。今年は枯れ葉を燃やして、さて、山から拾ってきた枯れ竹ででもお湯を沸かして、お風呂にでもはいりましょうかね。

文化

去年の暮れの掃除でかき集めた枯れ葉を肥料袋に詰め込んで、ボイラーで燃やそうと思ってもの乾し場に置いておいたのですが、ひと冬越してしまいました。

肥料袋につめた枯れ葉、ボイラーで燃やしたのは10袋もなかったでしょう。残っているのが30近くあって、いっぺんに燃やすと火事かと思われて消防車が来かねないので少しずつ。

肥料袋のなかで、枯れ葉は少し発酵し始めています。発酵とは言わないのでしょうか、水分のない枯れ葉が濡れて、このまま放置しておけばよい腐葉土になりそうです。

自然のものは自然に還ります。枯れた葉は土になって植物を育てます。裏山の藪はほとんど手を入れられませんので枯れ葉や枯れ竹が一面にあって、それが栄養分になっていて、土も肥えているに違いありません。

・・・窓からみえる田圃に水が入れられて、田植えを待つばかりになっています。うちの裏山の土が肥えているといっても、田圃の土ほど肥えてはいません。田圃の土は盗む人がいるくらいです。

肥料袋に入った肥料などというものなどない時代から、たくさんの収穫が得られるように様々な工夫を重ねて肥やしてきた土のある田圃というのは、ある意味文化財ではないかとも思います。

何か文化といえば絵画や文芸というようなものを連想しがちだと思いますが、むしろ生活と切り離せないところにあるものこそが文化であって、それは決して人間だけの力では創り出せないものなのだと思います。

分かれ目

前回本堂のお花を立てたのが先月28日のお講さんの前でしたが、早くも菊の花びらが落ちてきていて、今日は暇に任せて立て直し。

何しろ材料がないから、古いもののなかから使えそうなものを探して何とか格好をつけないといけないので、結構手間取って、終わってみれば1時間以上かかっています。

たとえばこういう花立てということを、作業にするか、仕事にするか、勉強にするか、聴聞にするか、そういうところにも分かれ目というべきものがあるのでしょうね。

忙しくしているときなどはそれこそやっつけ仕事になりますが、やっつけ仕事でした花をご覧になった方が、綺麗に生けてあると言ったりなさると、皮肉なのかな、そんなにお粗末だったかなと思ってしまいます。

少し心得のある方が立てておかれるのを見て、それをまねして生けたときなどは、さて、ご覧になる方がどう思われるだろうかと思ったりしてしまいますが、まるで学校のテストが採点されて返ってくるのを待つようなことですね。

お花を立てるということも、本当なら聴聞になるべきことだと思いはするのですが、なかなかそうはいきません。早くも五月になり、水も温んできて、すぐにまた毎日「格闘」しなければならなくなるのでしょう。

相変わらず聴聞はできないとしても、せめてお念仏もうしながら格闘したいと思うのは、今はまだ余裕があるからなんでしょうね。

歯切れが悪い

親にでも死なれて、迷っているのは我々である。娑婆世界でのいのちのご縁がつきた方は、ご本願の南無阿弥陀仏によってお浄土に生まれておられて、もうはや還相のおはたらきとなって下さっている。

それを、道に迷っているんじゃなかろうか、地獄に落とされるんじゃなかろうかと思うのは死者への冒涜であり、それが死者への冒涜であるだけでないのは言うまでもないことである。

こんなふうなことは、ネット上でも実際に会う僧侶からもよく聞く種類のお話であって、もちろんそれに異存があるわけではない。異存があるのではない言葉が、妙に引っかかる時とそうでない時があるのは、それを言う人に依るのではないかと思ったりしている。

実際のところ、葬儀に際してもろもろの仏教に由来しない俗習を避けるのであれば、中陰思想は仏教ではなく、七七日の勤行は過去に仏教が誤って取り入れた俗習であるから行わないという方が筋が通る。

故人を偲んだり遺族が仏教の教えにであうためにお勤めするのが中陰勤行であるなどという意味の後付けもやめるのが潔い。片方の足は俗習の上に乗っけておいて、もう片方の足で俗習を蹴飛ばすようなことをしているから、僧侶の言葉も聞く者にとっては歯切れが悪い。

昭和の時代の名のある政治家の言葉だったと記憶しているけれども、あの坊主は葬式をやらなければ実にいい坊主なんだけど、というのがある。

貧乏人は麦を食べろといった政治家もいた時代だから、何とも言えないけれども、これは今の時代だからこそ大いに耳を貸さなければならないことを含んだ言葉であると思う。

中陰

うちのお寺に伝わっていた様々な法要式次第のなかで、中陰の勤行でお浄土に還られたのが女性の場合は五七日をもって満中陰とするというのがありました。多くのお寺がいつの時代までかそうであったと思います。

近所まわりの他派を含む真宗寺院の知っているすべてのお寺が男性も女性も七七日、四十九日をもって満中陰となさっていますが、去年までうちのお寺は女性の場合は五七日で満中陰にしていました。

なぜ女性は五七日で満中陰とするのかということについて、自分でも調べ、何人ものご住職方にお尋ねもしたのですが、納得のいく説明はありません。

なかには中陰が三ヶ月にわたるのを避けるためだとおっしゃる方もありましたが、三十五日では三ヶ月にわたることは少なくなるでしょうが、なくなりません。

仏教の側からの何らかの理由があるはずで、私個人は密かに第三十四、三十五願が関係しているのではないかと思っていますが、裏付けになるようなことは一切見あたりません。去年からは女性の場合も七七日をもって満中陰とするということになりました。

そもそも「満中陰」だ「忌明け」だということは、真宗の教義からどう説明されるのでしょう。江戸時代にでも仏教一般の習慣を取り入れただけではないのかと思ったりしますが、確かなことはわかりません。

葬儀や七七日のお勤めは、あまりお寺にお参りもなさらず、年回法要にもお参りなさらない方たちにも真宗の教えに耳を傾けていただく機会であるわけです。

一対一の並列

昨日の午後には風が少しおさまったようにも思えたのですが、何のことはない、夜中まで吹き通しでした。お講さんの今日は、昨日の嵐は何だったんだという感じの、春らしい暖かな日です。

早朝からぬれ縁、向拝、山道を掃除してへとへとに疲れ、ちょうど田圃仕事の忙しい時期なのにお参り下さる方たちへ、ちょっとした資料のようなものを作っていたらもうどなたかが鐘をついて下さいました。

お参りの皆さんのなかに一人暮らしの方が二人おられて、お互いに昨日はどうしてたのと気遣っておられました。一人でいる者だからわかる一人でいる人の気持ちというのがあります。

阿弥陀さまをたのむ気持ちも、阿弥陀さまをたのむ人だからわかるというところがあるのでしょう。

何度か書いたことですが、同朋だとか同行というのは学校のクラスのような一対複数のその複数の者同士の関係ではなく、一対一の並列であって、阿弥陀さまと真向かいになっている者同士の関係だと私は思っています。

お講さんが終わって、同朋新聞と寺報を配って、お昼をいただいたら眠気に負けて眠ってしまいました。嵐のうちに伸びているに違いないタケノコが竹にならないように、山へ行かなければなりません。

台無し

この2・3年夏場の台風でひどい風に吹かれることがあまりなくて、台風の風がどんなものだったのかよく思い出せないのですが、今日の風は台風のような風です。

明日のお講さんに備えてぬれ縁を拭き、山道と向拝を掃いておいたのですが、台無しです。風で本堂が揺れますので、本堂のなかも土埃が落ちています。風は少しおさまってきつつあるのですが、時折ひどく吹きますし、雨もまだ降っています。

こういう時に限って、翌日にはからっと晴れるのです。至る所にちぎれた笹の葉と枯れ葉が舞い落ちていて、ぬれ縁も濡れたままでしょう。明日は早起きしないといけないですね。

思うとおりに行かないことが楽しいと、そうおっしゃる方もあるようですが、私などはなかなかそうは思えません。なるほどあらゆるものごとが思うとおりに進んだなら、それはそれで楽しくないのかも知れませんが、実際には思うとおりに進まないことが多いわけです。

すべて思うとおりに進んで、それで楽しく思えないという経験がありませんので、思うとおりに行かないことが楽しいとは思えないということもあるのでしょう。

思うとおりに行かないことは、楽しいとは思えませんが、思うとおりに行かないことを苦にはしないでおこうとは思っています。思うとおりに行かないことがあるのは、前もってこちら側に思うところがあるからで、それは多分に自分に都合のよいことを含んでいるわけです。

藤の蔓

裏山の藪の一角に少しだけ木の残っている所があって、柿の木などもあったのですが、十年ほども前から藤の蔓が至る所にはびこり、木を枯らせ、枯れ木をちぎって、今ではちょうどこの時期にきれいな白い花を咲かせています。

木や竹に巻き付いて伸びていった蔓は、高いところから何本も細い蔓をだらりとぶら下げています。それはまったく触手というのがぴったりの絵図で、今は白い花がきれいではあるのですが、放っておけばどこまで「勢力」を拡大するのだろうと思えてきます。

地中を這って根を至る所に張り、木でもあろうなら蔓を伸ばしてどんどん巻き付いていくのですが、ついには巻き付いた木を枯らせてしまい、枯れた木を引きちぎって網のような蔓で空中に掲げています。もうその場所には巻き付く木も竹もありません。

地面から伸びるかなりの太さの蔓を切ればいいのですが、建物にかからない限りほったらかしておいて、どうなるものなのか見届けようと思っています。

巻き付いて高く伸び、力余って巻き付いた木を枯らせて、さて、どうなるのか。寄生しているわけではないので成長は続くのでしょうが、巻き付く木がなくなれば地面にどさっと落ちるほかないのではないかと思います。

かなり前に報恩講のお話に来て下さった方が紹介して下さったのを虚覚えているのですが、「朝顔は バカな花だよ 根のない竹に 命までもと しがみつく」という歌(?)があるようです。

繁盛

こんなことはまったくの愚痴で、他人さまが何をしたか何をしなかったかが私の問題になるのではないのですが、いろいろ考えさせられることもありますので、一応書いて残しておこうと思います。

住職さんたちが集会をなさる、その会所がどこかのお寺の本堂ではなくて庫裏の一室だったとしても、やはり最初には本堂で簡単でいいから短い偈文でもいいから勤行をするのが本当ではないかと思うのです。

もちろんどこかでご本尊に向かって合掌礼くらいはなさるのでしょうが、本堂にお参りもせず、勤行もせずに集会が始まって終わる。結構な話し合いがなされて結構なことが決められて、結構なことが予定されるのでしょう。

それが仕事だからお念仏の教えをお取り次ぎするというなら、その人にとってお念仏の教えは取扱商品のようなもので、それがお題目であってもよいということにもなりかねないと思うのです。

お念仏がお念仏を生む歴史ということを昨日書いたのですが、その歴史を我が身を通して証明するということが、すなわちご信心いただくということだとも言えると思います。

お念仏の教えが取扱商品になってしまって、そうすると、その商品が行き届けば行き届くほど教えが教えでなくなっていくことになる。そんなことが真宗の繁盛であるはずはありません。

大悲無倦

我亦在彼摂取中 煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我

教学研究所編「正信偈」によれば、ここのところの和訳は

我またかの摂取のなかにあれども、煩悩、眼を障(さ)えて見立てまつらずといえども、大悲ものうきことなく、常に我を照らしたまう、といえり。

となります。「あれども、見立てまつらず」「見立てまつらずといえども、常に我を照らしたまう」となるわけで、つまりは大悲が常に我を照らしていて下さることを強調する言い方になっています。

教学研究所編「正信偈」にここについての説明はやはりないのですが、如来の大悲のおはたらきを強調すると同時に、私が煩悩に眼を障えられてそのことに気がつかないということ、気がつこうがつこうまいが如来の大悲は常に私を照らしていて下さるということをおっしゃっているように思います。

私は凡夫であって、常に煩悩にまみれている。如来の大悲が照らしていて下さるという事実に気づくはずもない身である。けれども、そういう身であるからこそ、如来はすくわずにはおかないとおっしゃるのである。だから「極重悪人唯称仏」ということになるのだと思います。

極重悪人唯称仏と、源信僧都がおっしゃる。それはあるいはご自身におっしゃっているのかも知れないけれども、親鸞聖人は真受けにされて、如来の大悲のおはたらき、その不可思議をますます有り難くいただかれている。そこにお念仏がお念仏を生む歴史の証明があるのだと思います。

唯称仏

極重悪人唯称仏

唯称仏ということについても教学研究所編「正信偈」に説明はありません。そのままに唯仏を称すべし、ということなのでしょう。

唯ということ、これが難しいと思います。同朋新聞で古田先生は「(早く自分へのこだわりから離れ、思い上がりを捨てて)ただ、素直に『南無阿弥陀仏』を称えるしかないと、源信僧都は言っておられます」と書いておかれます。

極重の悪人である私は、雑行雑修をすてて、専修念仏の道をあゆませていただくほかにないわけで、ただ南無阿弥陀仏とお念仏もうすのですが、そこにまたいわゆる自力の心、雑念というものが入りこんできます。

源信僧都が唯称仏とおっしゃる、それをいただかれる親鸞聖人は、自力の心、雑念などがはいりこんでも、それでもただ南無阿弥陀仏と称するのであるとおっしゃるのではないかと、これは私がそう思います。

源信僧都が極重悪人唯称仏とおっしゃる、それを親鸞聖人は真受けなされて、あるいは源信僧都もご自身に向かっておっしゃったことかも知れない極重悪人唯称仏の極重悪人は自分のことであって、ただお念仏もうすのであるといただかれた。

それをまた私が、極重悪人はこの私であり、自力の心や雑念が入りこんできたとしても、ただ南無阿弥陀仏ともうすほかにないのであるといただく。それが、人がお念仏を伝えるのではなくお念仏が伝わるということであるのだと思います。

ですから、唯ということは、私の唯ではなくて、如来の回向が唯である。私が南無阿弥陀仏と称えるときに自力の心持ちが入りこむかどうかは、この唯は与り知らないことであると、そういうことでなかろうかと、これは私がそう思うのです。

極重悪人

極重悪人唯称仏

極重悪人ということについて、教学研究所編「正信偈」には特に説明はありません。同朋新聞平成20年3月号の古田先生の「正信偈」には
(ここから)
「極重の悪人」とは、極めて重大な悪をはたらく人ですが、それは、どのような人なのでしょうか。法律に違反すること、それは悪です。また、法律には違反しなくても、世の道徳・倫理に反すること、それも悪です。しかし、それよりも、仏の教えに従えない人、真実に背く人、何とかして救ってやりたいと願っておられる仏の大慈悲心に逆らっている人、それが「極重の悪人」なのです。
(ここまで)
という説明があります。

仏教一般で言う悪人ということなら、十悪とされることをしてしまう(った)人を指すのでしょうが、ご開山の教えに即していうなら古田先生の説明のようなことになるのでしょう。

世間道の悪というものがあり、また出世間道の悪があります。その出世間道の悪のなかに、歎異抄の言葉を借りて言ってみれば聖道浄土の変わり目がある、そういうことになるのでしょう。

正信偈のここのことをいえば、源信僧都は誰に呼びかけておられるのかといえば、間違いなくそれは親鸞聖人にであって、正信偈をいただく私にしてみれば、私にということになるのでしょう。

ただお念仏もうしておればよいのだと、頭でわかっていてもわかっていない私です。じっと座ってお勤めをしていても、心の中では今日の朝ご飯は何にしよう、お昼に脂っ気の多いものをいただいたから晩はお茶漬けでいいかなどと思っていたりする私です。

生き甲斐

遅まきながら部屋を夏仕様に戻しました。本当の夏場はまたさらに夏仕様にしますので、春秋仕様という方があたっていますが、とにかく、ストーブとコタツを部屋から撤去しました。

気がつけば、そういう作業に約2時間ほどもかかっています。なかなかできない拭き掃除なども一緒にしての話ですが、それにしても思いのほか時間がかかることです。

30年ほども前の話でしょうか、いわゆる主婦の家事労働は一日あたり2800円と算定されていたように覚えています。今はどれくらいになっているのでしょう。

のんびりと過ごせる朝に、ときどきボ〜っとして部屋から通勤通学の風景を眺めたりするのですが、私のかなりひどい視力の目にもたくさんのご婦人が車に乗って仕事に行かれるのがみえます。

家事労働の算定額よりお給料の方がたくさんだということだけではなく、それぞれの仕事に家事労働にはない手応えを見つけておられるということもあるのでしょうね。

手応えを生き甲斐などというといかにも大袈裟だとは思いますが、男性にしても女性にしても、どんな仕事にしても、それぞれに手応えがあって、それが「生き甲斐」だと感じられることもあるのだと思います。

果たして生き甲斐というのは、そういうところに感じることを本当に生き甲斐と言っていいものなのだろうかと、作業を終えてお茶をいただきながら、ふと思ってしまいました。

初物

昨日今日の日中の暖かさのせいか、タケノコがざっと見た範囲で10本弱顔を出しています。やはり例年より早いです。

笹をやっつけ仕事で刈って、乾いた頃だから熊手でかき集めていたら、もうかなり伸びているものもあってびっくりです。

かき集めた笹を燃やしながら、一本だけとったタケノコをゆがいてアクを取って、笹が燃え尽きるのを待ちかねて料理して、お昼にいただきましたが、やっぱり旬のものは美味しいですね。

他に入れるものがなかったのでタケノコだけを煮たのですが、これぞタケノコという感じでした。もちろんゆがいただけの熱々のタケノコのおさしみもいただきましたとも、はい。

タケノコというのは竹の子ということなんでしょうが、子と言えるちいさいうちだから美味しくいただけるわけで、竹になってしまったら細工物の材料にはなりますが、食べられません。

子と言えるちいさいうちでも、ゆがいてアクを取らなければなりません。ただ料理をしただけでは、とても食べられるものではありません。

というようなことを書いているものの、まだ仕事が残っているのでうまくおさまりませんが、つまり人間も他力のおはたらきにアクをとっていただかなければならないということが言いたいわけです。

さて、午後の部の仕事をまたぼつぼつと始めることにします。

不条理の前提

昨日の更新を終えてからサイト内のファイルを少しいじっていたら、更新情報が表示されなくなりました。何をどうしたらそうなったのかがわかっていれば、解決は早かったのでしょうが、それがわからないものだから手こずりました。

お陰様でhttp://www.hyuki.com/yukiwiki/wiki.cgi?MagpieRSSでMagpieRssの復習ができましたが、原因はMagpieRssではなく、weblogスクリプトが自動で作るRSSファイルが一部破損していたためでした。自分で直接いじったわけではないファイルのために動作すべきものが動かなくなるということもあるわけです。

あるものごとを結果とするとき、その結果には必ず原因がありますが、その原因がわかる場合と、わからない場合があります。原因がわかれば対処の仕方もあるでしょうが、原因がわからなければどうでしょう。

結果とするものごとをそのままに受けいれるほかに手だてがあるのでしょうか。結果とするものごとにいかにあらがっても、それはいわゆる対症療法であって根本治療ではありませんから、結果とするものごとそのものが消えてなくなるわけではありません。

不条理という言葉があります。そういう言葉があるのは、不条理だと受けとめなければならないものごとがあるということなのでしょう。前提として、結果とするものごとにあらがう心があるのだと思います。

不条理を不条理ではなくお陰様といただくことができるとすれば、その前提としてあるのは何なんでしょう。

生死

昨日書いたばあちゃんの葬儀の日に「初参り」があります。本堂のぬれ縁や階段、向拝やそのまわりを掃除している間に留守電にメッセージが録音されていました。

生死といいますが、人は生まれ人は死にます。しかし、如来のいのちは生まれもしないし、だから死にもしない。朝ご飯を抜いて掃除した空腹と疲れのなかで、何だかつくづくとそんなことを思わされました。

もう十年ほども前になるかと思いますが、真宗大谷派のご住職が輪廻はないが転生はあるという趣旨のことを書いておかれるのを読んだことがあります。いわゆる前世を記憶する子供がいることがその根拠になっていたように覚えています。

仏説観無量寿経には生死之罪という文言が何カ所か出てきますが、印象に深いのは下々品のところでしょう。うろ覚えのまま書きますが、令声不絶 具足十年 称南無阿弥陀仏 於念念中 称仏名故 除八十億劫 生死之罪だったでしょうか、間違っているかも知れません。

転生があるなら、人間の命の総数は初めから決まっていることになるだろうし、阿弥陀さまの本願念仏によって八十億劫にわたる生死の罪を除いていただく人は誰もいないに違いない。

硬直した思考で言うならそういうことになるのではないかと、横になって休んで少しましにはなったものの、いまだ少しフラッとする頭が、そんなふうなことを考えています。さて、そろそろ重い身体を持ち上げて、空腹の虫をなだめる準備をすることにしましょうか。

葬儀

この二三日の寒さは異常低温と言えるのではないでしょうか。一度少し暖かくなってからの寒さは余計に身体にこたえます。

ご門徒のばあちゃんが享年99歳でお浄土へ還られました。お敬い(当地ではお内仏の報恩講をこういいます)にお参りすると大きな声で正信偈を唱和して下さったのが思い起こされます。

晩年は耳が遠くなられ、お勤めのテンポが合わなかったのですが、できるだけ私があわせるようにしました。手芸が趣味で、それは細かい仕事のしてある「作品」がいっぱいです。

このばあちゃんの住んでおられるところは、たぶん50年以上前からのことですが、村で祭壇を購入しておかれて、どこの家でも葬儀の時には隣近所の方が準備をなさって、その祭壇を使われます。

最近、葬儀は要らないというようなタイトルの本が発売されたそうです。要るという理屈もつけられるし、要らないという理屈もつけられるわけで、要らないという理屈が書かれているのでしょうか。

そういう本の出版によって、いろいろな議論が起こって仏教といわゆる付きの仏教というか仏教のようなものとが篩にかけられるのは結構なことかと思ったりします。

ちなみに、葬儀というものそれ自体は要不要が議論される性質のものではないですよね?

本堂の樋

本堂の樋を直して下さることになり、すでに足場が組まれ、お昼前には板金業者さんが樋のサンプルを持って来て下さいました。

銅板の樋は近頃の酸性雨のために傷みが早いということで、ステンレスはどうかということだったのですが、既製品では小さすぎるようです。

酸性雨対策として銅板の表面をコートしたものがあって、大きさも今のブリキ製の誂えものと大した変わりはなく、これに落ち着きそうです。

今かかっている樋がいつ新調されたのか、私は覚えがありません。昭和63年か平成元年に瓦の葺き替え(というか、葺き直し)をしていますが、その時に痛みのひどかった所の部分直しをしていただいたのは覚えています。

昭和46年か47年には北西に傾いていた本堂をまっすぐに直す工事をしていただいて、その時にも足場が組まれましたから、その時に今の樋がつけられたのかと思います。

近隣のお寺の多くがこの20年ほどの間に大がかりな修復工事をなさったように思いますが、そういう巡り合わせの時期なのでしょう。いわゆる「宗門檀那請合之掟」が関係しているのではないかと思ったりします。

うちなどはもう他所様のような大がかりな修復はできないのですが、部分直しなら今のところしていただけますので、経費を負担していただくのは心苦しくもあるのですが、有り難いことです。

野菜があること

少し風が強いものの、晴れているので外の仕事をしなければいけないのですが、疲れが出て、休んでいます。

思い返せば子供の頃から疲れやすい体質(というのがあるのかな?)だったのですが、学生の頃にはスポーツをして身体も少しは鍛えられて、何とか人並みになっていたのです。

年を重ねるにつれ、いわば貯金を使い果たしたようで、ひどいときには一軒お参りしただけでも帰ってくると動く気になれないこともあります。

おとなしく部屋でキーボードでも叩いているのが似合っているのでしょう。とはいうものの、食事時ともなればやっぱりお腹は減るわけで、今日などはコンビニへお弁当を買いに走る気にもなれません。

残り物のおみそ汁と、冷蔵庫にあったほうれん草と卵を炒めたものと、味付けのりで済ませたのですが、これが何とも美味しい。食事を済ませたというより堪能したと言いたいくらいです。

若いときは肉も魚も身体がほしがりましたが、すでに野菜で十分な肉体年齢になっているのでしょう。いまだにときどきは肉や魚もほしいと思うのは、それは若いときに身についた「癖」なんでしょう。

野菜が適している年になったときに、野菜があること。これって実はとても有り難いことに違いないんですよね。ということで、ごちそうさまでした、なむあみだぶつ。

水は

水は方円の器に従う。なるほど、と。それでは私も早速今日から水のようになりましょうと、思ってなれるものなら少なくともお念仏の教えはもとよりなかったに違いない。

人間がもとめるのが生活規範、道徳だけであるのなら「宗教」は誕生したのだろうかという問いは、言い方をかえれば生活規範や道徳を説く教えは「宗教」と言えるのかということになるのだろう。

古来より性善説・性悪説などといわれるものがあるようだけれども、二説ともにいまだに滅びないのはどういう理由に依るのかを考えれば、人間というもの、その心が複雑であることは容易に推察される。

ある宗教団体が凶悪犯罪を犯した。それだから宗教はこわいものだという人もいるけれども、もとより宗教は別の意味でこわいものだった。釈尊ご在世当時、世の中には「釈迦が来て人をさらっていく」と言う人もいたそうだ。

今の世相を言えば、表層を言うに過ぎないのだろうけれども、釈迦にさらわれる人もなく、「仏教なるもの」を説く人のなかにも仏教を説く人はいないということになるのだろうか。

人間を定義して、仏陀の教えに依らなければすくわれないものといえば、いかにも見聞が狭いと罵られそうだが、罵る人もやはり仏陀の教え、お念仏の教えによってしか決してすくわれないのだと私は思う。

春の日曜の午後

今日は朝からお講さんで、少し散り始めてはいるもののちょうど桜も見頃、暖か過ぎもせず、寒くもなく、何なら終わってからみんなでお花見でもしたいくらいでした。

今こうして部屋にいて駄文を書いていても下の駐車場に車が止まり、ドアが開いたりしまったりする音が聞こえます。近場で春を楽しもうというなら、うちのお寺のお花見で十分です。

日曜ということもあるのか、散歩をする人もいつもより多いように思えます。桜の下で一休みなさる方もいるようで、春の日曜の午後を絵にでも描けばまったくこの通りになるのではないかと思えます。

こじつけるようなことを言えば、「春の日曜の午後」は絵に描けません。描けるのは、桜が咲いていて、散歩する人がいて、花の下で一休みする人がいる風景で、その風景が春の日曜の午後を思い浮かばせるわけで、こういうことは多々あります。

直接に「そのもの、そのこと」が描いたり説明したりできないものごとを、他のものごとによって表現する。間接的に描いたり説明したりすることによって「そのもの、そのこと」を思い浮かばせる。こういうことを権などと言ったりするのでしょう。

絵なら絵に描かれているものだけが作者の描きたいことではないに違いないのと同様に、作者のいないあらゆるものごとに、現れているものごとだけがあるものではないに違いありません。

勧一切

阿弥陀さまのお浄土は真実報土です。そこに方便化土があるということが言われるのは、お念仏をいただく私の心が真実ではないからです。およそ人間というものに真実はあることがないに違いありません。

正信偈では極重悪人唯称仏と続いていくわけですが、極重の悪人だからただ一心にお念仏もうす他ないものを、極重の悪人だと思わないから雑行に心が動くのでしょう。

しかしながら思いますに、雑行を修するということは、やはりそこに菩提を求める気持ちというか、すくわれたいと願うこころがあるからであって、なにも求めず何も願うことがなければ正定行だ雑行だという区別すらなくなるわけです。

すくわれたいと願うこともなく過ごす人というのは大概がほどよいぬるま湯につかっていいるような状態で、湯が冷めればもう寒くてたまらなくなるわけです。ですから、偏帰安養勧一切とありまして、一切の人にお念仏を勧められる。

寒くてたまらなくなるというと、もう正定行だろうが雑行だろうが何にでもとびつくに違いない。事実、歴史的にみれば観無量寿経という教えが弘まれば他の教えも俗習も一緒にしてお念仏を唱えるようになったわけです。そのあたりのことも曾我先生の「真宗の眼目」に書かれていたように思います。

お念仏の教えが弘まるということには、一概にはよろこべないところもあったわけですが、曾我先生の言葉を借りれば、観経宗が終わりを告げて本来の大無量寿経宗に立ち帰った。それが浄土真宗というものであったわけです。

報土化土

日本における源信僧都の業績は、中国における道綽禅師の業績に似たところがあるように思えます。道綽禅師はお釈迦さまご一代の教えを聖道門と浄土門におさめられ、浄土門にこそ通入すべしとお示しになりました。

源信僧都は、お釈迦さまご一代の蔵経を五遍読まれて、その教えを念仏一行におさめとられました。その業績が日本の浄土教の原型となっているわけです。

源信僧都のさらなる業績は、阿弥陀さまの報土に報土と化土を弁立されたことです。お念仏を執持する心に深い浅いということがあり、一心一向にお念仏を修する専修念仏は深く、お念仏を他の行をまじえて修する雑修は浅い。

専修とは他力念仏であり、雑修とは自力念仏だと言えると思いますが、それはお念仏の側に他力・自力の区別があるのではなくて、お念仏もうす側の心によって区別しなければならなくなるということでしょう。

お念仏は他力のおはたらきであるけれども、お念仏もうす側の心によって自力の念仏にもなり、だから、阿弥陀さまのお浄土、報土のなかに真実と方便の区別をうむことにもなる。そういうことだと思います。

真実報土だ方便化土だという難しいことを言わなければならないのは、お念仏をもうす側、お念仏をいただく側の心のありようによるのであって、なるほど確かに私の心をのぞいてみれば、それは大いに頷けることであるのです。

懈慢界

教学研究所編「正信偈」に<要点>として書かれたあることを抜き書きしておきます。一部管理人が要約した部分もあります。


源信僧都が『往生要集』で示された化土を、親鸞聖人は『高僧和讃』に、

本師源信和尚は 懐感禅師の釈により
    処胎経をひらきてぞ 懈慢界をばあらわせる

と、懐感の『群疑論』という書物を引き、『諸仏処胎経』の中に、懈慢界という化土を説いてあるといわれる。すなわち十万億土の彼方にある西方浄土に往ききらないで、途中で足ぶみをしてしまう、そこが懈慢界である。

懈怠の心がありあなどる心がおこって、そこで停って前進することができない。つまり、浄土の教があるけれども、その教に徹底しないで途中で停滞する意味の世界に名づけたものである。

ふつう、われわれはもっぱら念仏の一行を修する方が懈怠であり、あれこれできるだけの諸善万行を修せんとする方が懈怠をこえているように考える。けれども、念仏の一道を専修せしめるのは、極重悪人の自覚によって如来回向の信を執持する心が深く牢固だからであり、諸善万行をたのむのは、その執心が浅く不牢のために、なお自己の理知努力を立場として、これを捨てきれず、仏智をどこまでも自己の外に仰いで対象的に求める心にもとづく。仏智を疑惑して自己満足にとじこもれば、そのゆきつくところは懈怠と憍慢でしかないのである。

源信のこのような専雑執心の浅深を判じて報化二土を弁立するという事業には、本願念仏の一門に帰しつつも、なお払拭されずにこびりついている我執による信仰の功利性・体験主義化の秘密が、鋭くあばかれて、そこに純粋な信心を磨き出すことになったのである。

源信和尚

自分でもつまらないことを書くとは思うのです。

今日、第六祖・源信僧都の部分を書いた「かも知れない」をアップしたのですが、教学研究所編「正信偈」には源信和尚(げんしんかしょう)とあります。

和尚(かしょう)とは僧侶の位の一つであり、特に天台宗にあっては戒を授ける師の僧(高徳の僧侶をいうこともある)いうようで、僧都もやはり一般に僧綱、僧侶の位をいうようです。

同朋新聞の古田先生の「正信偈」など、一般的には源信僧都と言い表されていますが、教学研究所編では何か意味があって和尚と表記しているのでしょうか。私の持っている教学研究所編「正信偈」が古いために和尚なのでしょうか。

確か「真宗の眼目」だったと思いますが、親鸞聖人は出家得度の前から「念仏」ということはご存じであって、この源信僧都の徳を慕って源信僧都のおられない比叡山に行かれたんだと、曾我先生はおっしゃっています。

出家得度するにあたっても、当時もいろいろな道があったに違いありません。いろいろな道があったけれども、この源信僧都の徳を慕って比叡に行かれ、比叡を降りて法然上人と出逢われたわけです。

七高僧のなかでどなたが重要でどなたは重要でないということはありません。親鸞聖人は正信偈にあってはこの源信僧都も単に源信とおっしゃっているのですが、それは逆に何かしら親しみというか慕情というか、そういうものを持っておられたということではなかろうかと思ったりします。

確か曾我先生は真宗の眼目の中で親鸞聖人といわず親鸞という、そのわけについても言及なさっていました。

任せる

ウグイスの声を聞きながら、藪の笹刈り。身体を動かしていると汗が出てきますが、部屋に戻って休んでいると少し寒く感じます。

桜が咲いても、なかなか楽しむ時間はないですね。追われるという言い方があって、時間に追われる、仕事に追われるといったりしますが、実際に仕事や時間が追ってくるのではありません。

時間や仕事を追うものにしているのは追われる私であることが多いのですが、追われなくてすむようにしたつもりでいても、やはり追われてしまうことが多いです。

時の流れに任せるというようなことをいったりもしますが、つまりは時間に追われながらもがきにもがいて、結果的には追い越されることもあって、それでもよしとしなければならないわけで、そういうことも含めて任せると言っているのでしょうか。

任せるということは、私(私たち?)の場合おしなべて逆らったり抗ったりすることを含めていっているように思います。本当に任せるということとはほど遠いような気がします。

で、それで良いとかそれではいけないとかいう話ではなく、最終的にはやはり「任せる」しかないのが私(私たち?)であるわけで、実は任せるということに「本当に」とか「本当にではなく」ということはないのではないかと、これは山仕事の合間にふと思っただけのことです。

カーブ・ミラー

うちのお寺の前の道は以前は農道で、舗装もされていなかったのですが、町道になって舗装もされてからは、通勤の車がたくさん通ります。

私の部屋の窓から見える所がT字路になっていて、ときどきぼんやり見ているのですが、しっかりと一旦停止する車はまずありません。

そのT字路の一旦停止しなくてよい側の道がうちの庫裏の東側のところでカーブしていて、対向車が見えない状態です。かなり危ない場面を見たこともあったのですが、いつの間にかカーブ・ミラーが取り付けられました。

そういうのを設置するのにも、「年度末」は関係しているのでしょうか。ともあれ、一応カーブ・ミラーを見れば対向車があるかないかはわかるようになりました。

ところが、今度はどうも直進してくる車が以前ほどにはスピードを落としません。カーブ・ミラーを見られるところで対向車がないことを確認したら、勢いよく直進してきます。

無ければないで危ないと思いますし、あればあったで、また危ないと思います。何か便利なものというのは、便利さゆえの落とし穴があるものだということもできるのですが、それよりも、便利さにあぐらをかきたがる私たちはいったいどれほど横着なのかと、そう思ってしまいます。

門徒会役員総会

今日はうちのお寺の門徒会役員総会でした。会長さんがご病気で、やっと退院されたばかりで、副会長さんが中心に議事を進行して下さいました。こんな小さなお寺でも、総会で話し合うことはたくさんあります。

加えて、今年は世話方さんの改選の年で、まったく経験のない方も幾人かおられ、門徒会規約の確認もしなければなりませんでしたので、例年に比べて少し時間がかかりました。来年のご遠忌の団体参拝の件もありますしね。

団体参拝の人数が組から割り当てられるというのは、上からのお達しで、致し方ないのでしょうが、こちらとしては困るところもあります。貸し切りバスで行くようですので、決められた人数以上でも以下でも不都合ができるのでしょう。

それにしても、うちが所属する組の上山する日時は、真四句目下のお勤めではないのに、声明講習会は他所と同じように(?)真四句目下の講習です。次回で3度目になる講習会には5人の割り当てがありましたが、一度も誰も行っていません。

ちなみに、前の住職が組長をしていたとき、報恩講に参勤したら声を出さないように、出してもできるだけ小さく出すように言われたそうです。わからなくはありません。さて今回は事前に声明講習会をして、大きな声でお勤めをしてもいいのでしょうか。

輪転

輪転機というのは、新聞を印刷したりするのに今も使われているんでしょうね。何年も前に観た映画では、大手の新聞社で新聞が印刷される場面に輪転機がありました。輪転というと、やはり還来生死輪転家を思い浮かべてしまいます。

「『我』は過去・未来を実体として分かち造り、その間に現在を仮設します。過去と未来という二つの輪転機に同時にかけられる現在という一枚の紙に印刷されるのが生死です」ということを書いたことがありますが、これは「現在」と題しています。

ひと息ごとのいのちが現にあるのは今であって、その今が過去と未来に挟まれているから、過去に執すると今が後悔と不満になり、未来に執すると今が不安と渇望になる。

過去は過ぎ去ったから過去であり、未来は未だ来ていないから未来であって、過去だ未来だというのは常に今です。過去があるのも未来があるのも今であって、過去というもの、未来というものがあるのではなく、言ってしまえばそういう概念が今ある。

私たちはどうしても過去・現在・未来というように時系列を組み立てたがります。なるほど紙に書かれた歴史はそれでいいのでしょうが、実際にある、というか、実際に私が活かされてあるのは歴史的現在であって、それはけっして過去・現在・未来という時系列に属するものではありません。

概念に振り回されると歴史は紙に書かれただけのものになってしまうというようなことを、ある方のお話を聞きながら思い、それをここに記録しました。紙に書かれたものも教えではあるのでしょうが、教えをいただくということは、決して紙に書かれたものをいただくことではありません。

いよいよ当地でも桜の開花です。満開まではまだまだのようですが、咲き始めました。冬の間は枯れたかのように思えるあの木のどこにあれほどの花を咲かせる勢いがあるのでしょう。

地面の上の目に見える幹や枝の一本一本を目には見えない地面の下の根が活かしているのでしょう。目には見えない地面の下の根も含めて、一本の木であるということでしょう。

何年も前に強い風が吹けば庫裏に倒れてくるのでではないかと思える銀杏の大木を切ってもらったのですが、あくまでも木を切ってもらったのであって、気を無くしてもらったのではありませんので、土の上には数十センチの高さの切り株があり、毎年毎年新芽を出します。

新芽を放置しておけば数年で木になって、私の手には負えないほどの大きさになるでしょう。切り株は決して木とはいいませんが、では木とは何かといえば、私たちが普通に思うものだけが木ではないと言えます。

目に見えるものだけをみて、手で触れられるものだけに触れて、そうしてそういうものだけが実際にあるものだと思っているのが私たちですね。だからよくて半分なんでしょう、私たちの知恵というのは。せいぜい半分だけ知って、それで全部がわかったようなつもりでいるのでしょう。

桜が終わると、今度はタケノコとの格闘が始まります。まさに格闘です。何とか引き分けと言える程度までこちらの体力がもつかどうか、年を重ねる毎に自身がなくなっていきますが、今は桜の花をみて、根を思うだけにしておくことにします。

身につく

4月になりましたので山道横の掲示板の言葉も書き換えて、山門横の黒板には4月の行事予定を書き込んで、いよいよ22年度の始まりなんだなと思うのですが、新年度とか、もう私にはほとんど関係のないことです。

もう少しすると学校では新入生が入学式を迎えるのでしょうが、近所の高校の制服の指定業者になっている知り合いの話によると、毎年毎年クレーマーが増えて、困り果てることがあるということです。

例えば、入学式の前日の夜に電話をしてきて、やっぱりサイズが小さいからもう一つ大きいサイズのを明日に間に合うように持ってきてくれとか。そんなのはまだ対応の仕方もあるようなのですが、最近多いのは代金をまったく払ってくれないことだそうです。

法事などでお話をしても、道徳を言うと「わかりやすくてよい話」と褒めて下さるのですが、仏教を言うと「むずかしくてわからへん」と言われることが多いようです。

私の浅い経験から言えば、すぐに褒める人はすぐに貶す人で、いちいちの反応を気にせず、ご開山の教えのなかで、今どうしても伝えたいと思うことを話すのがよいと思っています。

いつまでもそんなことを言っていられないのでしょうか。ものを買ったら代金を払いましょうというようなことは、どんなに世の中がかわっても、誰かに教えられなくても、自然と身につくことのはずだと思うのですが。

この「身につく」というのは、興味深い言い方です。身につくというときの身は、仏教でよく使われる「我が身は〜」「この身は〜」の身ということではないかと思ったりしますが、身についたことが他人様の鼻につくことだと困ったことになるのでしょうね。

聞こえる (3/31)

みんなが
  いのちを
 自分のものだと
   おもって
  暮らしている

慈悲の悲は
 阿弥陀さまの
そうじゃないんだよと
 おっしゃる心
  なのかも知れない


やはりこの時期にしては寒い今日、少しだけ外の作業をしましょうということで、何を思うともなく身体を動かしていると、動いている身体が温かくなってきます。

土の付いた手指を冷たい水でごしごし洗うと、その時は冷たくて仕方ないのですが、少したつと、手が内側から驚くほど暖かくなってきます。

土に聞き、雑草に聞き、刈り残した笹に聞き、自分の身体に聞き、部屋にいては聞こえてこないことがいっぱいです。人からは聞こえてこないことがたくさんあります。

吹雪 (3/30)

昨日こうやって駄文を書き終わって、外を見たら吹雪でした。雪が降るなどというような生やさしいものでなく、吹雪いていました。

暖冬という言葉があるなら、寒春という言葉もあるのでしょうか、今日もたまらない寒さです。朝などはストーブをたかなくては起きる気になれません。

土筆が異常発生かと思えるほど一面に顔を出し、早くもスギナが勢いよく伸び始めているのに、横殴りの吹雪。4月半ばに雪が降ることはありましたが、吹雪くというのは記憶にありません。

かと思えば、東京ではもう桜が咲いているんだとか。お花見をしている人がテレビに映っていたという人があり、びっくりです。東京と滋賀は緯度はほとんど同じです。

もう少し暖かくなれば、すっかり暖かくなるまでにしなければならないことがいっぱいあって、早く手を着けたいのですが、外での作業はお尻に火がつかないとできませんね。

完全休養 (3/29)

少し身体を休めたくて一日中何もしないでいますと、かえって気分的に疲れます。そういうこともあって、毎月発行している寺報を平成9年7月のものから読み返しています。

いつの間にか自分が書いておく文章よりも、訃報欄にばかり目が行くようになって、近所のあのばあちゃんが亡くなられてからこんなに経つんだったっけとか、あの方の葬儀は特に暑い夏のまっ盛りで、七條の裏にまで汗が染みていたとか、そんなことばかり思っています。

毎月毎月書くことがあったものだと思っていたら、曾我先生の行信の道をそっくりそのまま書いていたりする時もあって、やっぱりかと。このサイトを今のような作りにしたのが昨年の1月で、表紙の記事が数ヶ月まるまる「行信の道」になっていたりします。

これはあくまでも自分が検索するときに便利なようにしようということもあって、意図したわけですが、まるまるではなくても、門徒さんに配る寺報にもいろんな方の文章を引用させていただいたわけで、出典は明記しているものの、本当は駄目なんでしょうね。

そういうずるいことがあるとしても、文章が残っているものだけで十数年、残っていないものも含めると確か二十年と少し、よく頑張ったものだとも思うのですが、なかなかどうして。

もう何年も前に亡くなられましたが、組内のあるご住職は50年間毎月毎月ガリ版刷りの寺報を出され、50年分をまとめて町内の印刷屋さんに頼んで本になさっています。そういうことを知っている者も、もう少なくなりつつあります。

それは新しいご住職が誕生なさっているということでもあるんだと思うと、頼もしくも思えますが、私の知る限り3つのお寺が誰も住んでいない状態で、別の2つのお寺は坊守さんだけが住んでおられます。この先どうなるか分からないのならまだよいのですが、確実に無住になるでしょう。

お講 (3/28)

朝、八時半になろうかとする頃、本堂のストーブに火をつけたら梵鐘が響きました。お講にお参りの方がついていて下さって、ありがたいことです。

昔は永代経と言っていた行事の次の日のお講さんですので、お参りも少ないかと思っていましたが、そこそこお参りもあって、まずは勤行からです。

来月のお講さんでの話が王舎城の物語にからんできますので、今日は「王舎城の悲劇」と題されたビデオを見てもらって、それから少し話を付け加えようと思ったのですが、ビデオの調子がよくありません。

長い間ビデオを見てもらう機会もなく、前もって確認しておくなどということは考えもしなかったのですが、テープが悪いのか機械が悪いのか、終いにはテープがヘッダーに絡まってしまいました。

仕方なく観経にある王舎城での出来事を説明したのですが、ビデオのようにはいきません。初めから説明をする気でいたらもう少しは筋道だった話ができたのでしょうが、後になって思い返してみると、言うべきことが抜けていたりして、不十分な話になってしまいました。

正信偈の「与韋提等獲三忍」の説明の準備として王舎城の物語を話すわけで、王舎城の物語を話すのが目的ではないわけですので、よいとしておきましょう。・・・それにしても肩から腕まで、怠いというか痛いというか、この疲れが抜ける頃には桜の花が咲くのでしょうか。

春の法要 (3/27)

本日、春の法要を終えさせていただきました。といっても、明日は28日ですからお講さんです。これも含めての春の法要ではあるのですが。

とぎれとぎれにしかお話を聞かせていただけなかったのですが、もしかしたら組内で最年長のご住職の方のお話は、味わいがあり、深みがあるように感じます。

聞いている人に疲れが見える頃には話をする方も疲れる。話をする方が疲れを感じる頃には聞いている方も疲れてくるというようなことを曾我先生がおっしゃっていたように思いますが、話をなさる方が落ち着いておられると、お聞きする方も落ち着いて聞くことができるものです。

たとえ同じ話であっても、話す人によって聞く方には違って聞こえるものですし、同じ人の同じ話でも、聞く人によっては違う聞き方をしてしまうということもあるでしょう。

準備の疲れが出てすでに疲れ果てていますが、明日はまたお講さんでお話をします。筋道を考えずに、その場で思うことを話すのですが、さて、聞いて下さる方はどんなふうに聞いて下さるのでしょう。

環境 (3/26)

掃除をしていて、並べてある石の間に落ちている枯れ葉が取れないので、石をどかしてみると、小さなカエルが隠れていました。保護色になっているので、手で触るまでそれがカエルだとは気がつきませんでした。

そうとは知らずに生き物を手で触ったときのあの感触を、何といえばいいのでしょう。

まだまだ寒いこの時期、しかも冷たい雨の中、石の下に隠れるのは、やはり生き物の本能というか、智慧というか、そういうもののなせることなのでしょう。

習性というのは、字の通り習い性なのでしょうが、そこに本能、智慧というもののはたらきがあるから習い性となるに違いないんだと思えます。

いのちそれぞれのあり方に合ったことが習性になるのであって、根本のところでは、人間様が寒い冬にたくさん着物を着込むのと同じことなのでないのでしょうか。

今日たまたま安眠を妨げて驚かせたカエル君も、感覚が鈍くなってしまった右手で引っこ抜いた草も、それを高いところから見ている竹も、それぞれがどれだけの本能を与えられ、生きる智慧をもっているのかなどということは、二本足でふんぞり返ってあわや転げそうになる人間様には分からないことです。

環境ということを問題にしないわけにいかなくなってきていますが、人間様が環境と言うときには必ず人間様の考える範囲での環境であって、もちろんそれでよいわけですし、それを超えることはできないわけですが、環境というのは、本来はきっと人間様が言っている範疇のもの・ことではないのではないかと、そんなふうなことを思いました。

発見 (3/25)

朝から合羽がなかったので、グラウンドコートを着ての草引きです。腰を下ろせないので、ひどくこたえます。降りしきる雨に、文句を言おうにも言いようがありません。

あれは確か22日、午後からプラス2時間のワンセット頑張っておけばこんな雨の中で草引きなんてしなくてよかったのにという後悔は、先に立たないから後悔であるわけです。

お昼ご飯をいただいてこれを書いているのですが、気がつけば雨があがってきています。・・・大方そういうことなんだろうと、私のすることは。

そう思いながら、昨日の疲れも相まって早くもダウン寸前なのに、こんな駄文を書いているなんてどうかしているのでしょうね。

草引きをしていて、一つ発見があったのが収穫でしょうか。あのスギナという草は、目に見えるところは弱々しい草そのものですが、土の中の根、地下茎と言った方がいいのかも知れませんが、もう完全に木の根ですね。

あれだけの生命力を見せつける草ですから、そういう仕掛けがあるのが当然なのでしょうが、雨でかなりぬかるんだ地面でないと分からないことが分かりました。眼に見えないところにこそ肝心なことがひそんでいるものなんですね。

やめられない (3/24)

地元の中学校の体育館が改築されました。改築というのではなく、修繕と言った方が適切なんでしょうが、改築と言っておられますので改築なんでしょう。

二十日の土曜日に初めて使わせていただいたんですが、フロアのワックスの臭いがまだまだ強くて気分が悪くなりそうでした。とはいうものの、やはり張り替えられたフロアはストップも効いて、いいもんです。もっとも、ストップが効き過ぎるのも膝にこたえて困るんですが。

ボールの跳ね返りが悪いところもなくなり、ボードも透明のものになり、おまけにルールの変更を先取りして、フリースローレーンも長方形、ノーチャージエリアの半円形のラインもあり、3ポイントラインもリングから遠くなっていました。何だか初めての体育館のようで、感覚がくるってしまいました。

さて、今日も行くぞ、バスケの練習、老体にむち打って。何しろこの前は3 on 3以降の練習で一本もシュートが入らなかったから、まだ今年が始まっていません。怪我しないように恐る恐る動いていて、若い人に迷惑をかけていることが分かっていながら、やめられないんですよね。

疲れが出て春の法要に差しさわったりしたらどうしようなどということは、考えないことにしていますとも、はい。

山寺 (3/23)

朝から雨模様で、昨日の疲れもあって今日は完全休日。ということで、散髪に行ってきました。

雑用があったり寒かったりで、一ヶ月ぶりでしたが、もはや丸刈りとは言えない状態だったのがきれいになりまして、気分もすっきり。

やはり頭はこうでなくっちゃと思いながら、まだ寒いから帽子を着けるのを忘れると風邪を引いたような感じになって頭が痛くなるから、気をつけないと、と。

さて、昨日全部は掃除できなかった裏庭の様子が気になって、廊下から見てみるときれいに掃除した部分としていない部分が分かれています。

雨が降るだけならいいのですが、風が吹けば裏山の枯れた笹の葉が一面に降り散って、元の木阿弥になります。今のままの状態ならいっそその方が見た目も潔いくらいです。

うちのような山寺からすれば町中のお寺がうらやましいのですが、町中のお寺には町中ならではの悩みのタネもあるのでしょう。すべて都合よくできているなんてことは、何に関しても、あり得ないことに違いありません。

朝から (3/22)

久しぶりの晴天でしたので、朝から草引き。といっても2時間程度で身体が限界になるので、ぼつぼつとしかできません。

朝のうちは晴れていたのですが、午後からはお日さまもあまり顔を出さず、少し寒く感じるくらいだったのですが、土の中はそうでもないようです。

例年ならこの時期はまだ例のスギナは生えていないのですが、特に裏庭には土筆の孫のようなのがいっぱい出てきています。今年もまたスギナやドクダミとの根比べが始まるわけです。

勝とうなんて始めっから思ってはいません。何とか勘弁してもらえるところまで根比べして、後は放置です。

いろいろ送ってくるお寺さん向けのダイレクトメールには強力な除草剤が紹介されていたりしますが、使える場所がないですね。この草にだけ効いてこの木には無害なんていうことはあり得ませんから。

・・・著名な方の本を読んだり、聖典を開いたりしているよりも、草引きなどをしているときに頭にうかぶことの方が、何というのでしょう、身に染みることが多いです。

法性の常楽 (3/21)

言い飽きたし、聞き飽きたことなのですが、何度確認しても本当には身に入りませんのでまた書きます。苦に対して楽があるのではないことが常楽であるという言い方ができると思います。

普通に私たちが楽だと思っていることは、苦に対しての楽です。比較、相対の楽です。苦がなく楽ばかりがあるとするならば、楽があたりまえになって楽が楽でなくなる、そういう楽です。

常楽というのは字の通り常である楽なのでしょうが、楽が楽でなくなるなら常ということは言えません。ですから常というのは変わらない、なくならない楽ということでもあるのでしょう。

無生(法)忍というのは、簡単に言えることではないのですが、あえて簡単に言えば不生であって不滅である、あるいは不生であるがゆえに不滅であるといえるのでしょう。

この無生(法)忍を獲るならば、即証ですから時をおかずということになりますが、ただちに法性が常楽であることを証する。悟りそのもの、あるいは悟りによる智慧そのものこそが苦もなく楽もない楽であることを証する。

証するということは、つまり悟る、お釈迦さまと等しい智慧を得るということですが、善導大師のお勧めは、やはり十分に注意をしながらいただくべきことであるに違いありません。

獲三忍 (3/20)

私が何かしらの願いをもってもうす南無阿弥陀仏ではなく、如来回向の南無阿弥陀仏が私の口を割って出てくださる。

声を発するのはなるほど私の口であろうけれど、そもそも確かな私などどこにもいないし、その私が所有する口などというものが確かなものとしてあるのではないからには、そこから発せられる南無阿弥陀仏は如来の回向の南無阿弥陀仏である、そういう言い方もできると思います。

ともかく、如来回向の南無阿弥陀仏の一念の後には、韋提希夫人と同じく「三忍」を獲ることになる。ここの「える」は獲るですから、未だ得てはいない。得るならば、即ち法性之常楽を証するということでしょう。

喜・悟・信の三忍を獲るというのですが、韋提希夫人はお釈迦さまの教え、それが具体的には仏説観無量寿経であったのですが、お釈迦さまの教えによって三忍を獲られました。

仏説観無量寿経に示されたお釈迦さまの真意は何であるかといえば、念仏といえば称名念仏であり、称名念仏によって定善散善の善人も凡夫も逆悪の人も等しくすくわれるということであり、このことを明らかにされたのが善導大師であったわけです。

善導大師がもう一つ明らかにして下さったのは、韋提希夫人もまた実業の凡夫であるということでした。我々と同じ実業の凡夫が実際にすくわれていく姿が仏説観無量寿経に示されてある。これらのことについては仏教史観の問題として実者か権者か現生不退の自覚原理としての欲生我国の招喚勅命の前半部分は大いに参考となります。

即証法性之常楽については、同朋新聞の古田先生の説明が分かりやすいと思います。以下の通りです。

「楽」は、苦に対する楽ではなくて、私たちが認識する苦と楽をともに超えた安楽のことを言っておられるのです。

一念相応-2 (3/19)

教学研究所編「正信偈」の「慶喜一念相応後」の解釈は

万劫の初事(はつごと)と喜びめでる一念の感応となって後

となっています。
また、同朋新聞平成19年12月号での古田先生の解釈は

真実の信心に目覚めさせてもらった人の一念の喜びの心が、本願を発された阿弥陀仏のお心に合致(相応)するならば

とあります。

もちろんここの一念は慶喜の一念ですから、「喜びめでる一念の感応」も「真実の信心に目覚めさせてもらった人の一念の喜びの心」もその通りなのでしょうが、どちらも「慶喜」に重きが置かれていて、「一念」があまり重要ではないかのような感じを受けるのは私だけでしょうか。

厳密に言えば、如来からいただく一念に衆生の喜ぶ心も何もなく、あるのは如来の願心だけであるということになると思います。

つまり、「相応」するのはあくまでも一念である。喜ぶ心が相応するのでない。このことが大事であって、言ってみれば「慶喜一念 一念相応」ということになるのではないかということです。

確かに必ずすくうのであるから、すくわれたいと思いなさいよと願われていたことを初めて知らせていただいてもうすところの南無阿弥陀仏は慶喜の一念なのでしょうが、慶喜の一念であろうが仏恩報謝の一念であろうが、仏の願心に相応するのは一念であって、仏恩報謝の一念は相応しないというのではないでしょう。

一念相応-1 (3/18)

        慶喜一念相応後

与韋提等獲三忍 即証法性之常楽

上記三句に関する教学研究所編「正信偈」による言葉の註釈は以下の通りです。


慶喜:真実の教法を聞き、得るべきものをすでに獲て喜ぶこと。

一念相応:信の一念が仏智と相かなうこと。

韋提:印度マガダ国の頻婆娑羅王の妃で、つぶさには韋提希夫人と言う。その子阿闍世のために深宮に幽閉せられ、苦悶の末にお釈迦様の来臨をあおぎ、『観無量寿経』をきいて信仰の人となられた。

三忍:喜・悟・信の三忍。忍は確認の義で、智慧をあらわす。他力の信の上に確かに得られた三種のはたらきを言う。喜忍とは信心にそなわる喜びの心、悟忍は仏智を了し迷いの夢からさめた心、信忍は本願を信じて疑いのない心。

法性の常楽:涅槃の妙境のことで、さとりの本性にかなった永遠絶対なる楽しみの境地。

四苦と法印-10 (3/16)

今日の私たちは、いろんなことについての自分の受けとめ方が正しいのかどうかを問い直すことをしなくなっていて、すでに縁起という道理がわからなくなって生老病死だけでなく一切がみな苦であるとしている、その自分の有り様が見えなくなっています。

それは、目に見えて手で触れることができるものは確かなものであって、自分は経験すらしていなくても証明されたことは信じるという科学的なものの見方が染みついてしまっているからだと思うのです。

重力というのですか、そういう力の働きがあって、タバコの箱を持ち上げておいて手を離すと落ちます。持ち上げておいて手を離すとタバコの箱が落ちることは科学が証明しました。だから目に見えなくても重力はあると、働いていると私たちは思っています。

重力と同じではないのですが、目には見えないし、手で触れることもできないけれども、阿弥陀さまのおはたらきがある。むしろ、本当にあると言えるのは阿弥陀さまのおはたらきだけである。南無阿弥陀仏と具体的に現れていて下さる如来のご信心だけが、本当にあって、それこそが本当に信ずべきものである。

これは何によって証明されるのか。何によって証明されれば私たちは信じるのでしょうかと、そういうふうに今の私たちは考えがちなのでしょう。仏教は誰かが証明したことを私が信じるということではありません。阿弥陀さまがすでに南無阿弥陀仏となっておられる、これは証明といえば証明なのでしょうが、その阿弥陀さまのご信心を、私が信じるのでなく、阿弥陀さまからいただくのです。

聞というは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。これを聞という。私たちはひたすらに聴聞し、ただ南無阿弥陀仏とお念仏もうして仏とならせていただくのである。仏教はこのこと一つを教えているのです。

四苦と法印-9 (3/15)

あるいはまた、お釈迦さまを医王とお呼びすることがありまして、医王というのは言ってみれば医者の中の王様、治せない病気はないお医者様というような意味のお釈迦さまの別の言い方です。

これも不生であるがゆえに不病とでも言えばいいのでしょうか、病というのもいただくばかりのご縁のひとつであるという道理をわきまえるなら、決してそれが苦にはならないということをいうのであって、病気の症状がなくなるということを言うのではありません。

お釈迦さまの伝記である仏伝によりますと、お釈迦さまはひどい下痢の症状の出る病気で亡くなられました。亡くなったというのもいかにも道理に反している私たちの言い方ですが、病気というか、症状がなくなるのではないのです。

お釈迦さまは病気とか症状が苦にならなくなる道理を説くことをもって医王と呼ばれたのですが、科学的なものの見方が染みついていると、お医者様のなかの王様だからどんな病気でも治すんだと自分が勝手に解釈をしてしまって、そんなことはあり得ないと言い出します。

自分の解釈の仕方が間違っているかどうかを問題にすることなく、仏教はあり得ないことを言うものだと決めつけてしまうわけで、こういうことはよく考え直さなければならないことだと思います。

科学的なものの見方というのは、私たちが道理がわからなくなることを助長して、妄念のなかにさらなる妄念を産み出すもととなります。見えるものだけがあるものではないし、経験したからといってすべてがわかるわけではないということをさらにわからなくさせます。

(続きます)

四苦と法印-8 (3/14)

南無阿弥陀仏が実際にはたらいていて下さって、一切をみな苦としてしまう私を、決して自分の力ではすくわれることがない衆生をこそすくって下さる。こういうことが、裏返しにとでも言えばいいのでしょうか、一切皆苦という法印の、言葉には出ていない内実であると思います。

これはもう余談になりますが、たとえば、死ぬということ、死ということについて、よく死んだことがないからわからないとおっしゃる方がありまして、今日の私たちが考え直してみる必要のあることを表している言い方です。少なくとも仏教的な観点からの言葉ではありません。

実際に目に見え、手で触れることができるものは確かなものであって、そうでないものは確かなものではないというふうに考えるのは、その根本に科学的なものの見方があるからです。それが染みついているから、目に見え、手で触れることができるものは確かなものだと思ってしまうのです。

自分が実際に経験したことがなくても、他人様が実体験とか理論によって証明なさったことは信じるのが今の私たちです。生きている人のなかに死んだことがある人はいないから、死ぬということはわからないとおっしゃるような方も、宇宙の始まりはこうだと、そういうことをおっしゃいます。

(続きます)

四苦と法印-7 (3/13)

悟りの世界、悟りによって観るあらゆるものごとは、未だ悟りを獲ないものが実際に確実なものとしてあると見るものすべてが寂滅していて、ご縁そのものとしてあり、すべてが静まっている。

けれども、ご縁に因って道理がわからなくなっているこの私、悟りを獲られないこの私は、常にあらゆるものを苦としてしまう。これが一切皆苦ということであって、一切皆苦という法印は、道理がわからないこと、悟りが獲られないことを踏まえているわけです。

このあたりが先ほどもうしました興味深いところでして、一切が苦であるところにすくいはない。何もかもを苦としてしまい、何もかもが苦でしかないならば、そこにどんなすくいがあるというのでしょう。

仏教は釈迦牟尼仏、お釈迦さまの教えであり、同時に仏になる教えである。仏になるということは悟りを得るということであり、すくわれるということであるのに、一切をみな苦としてしまって、すくいがないのが仏教の法印だというのです。

この一切皆苦という法印が法印としてあるのは、すでに阿弥陀さまのおはたらきによるすくいがあるということだと私はいただいています。

(続きます)

四苦と法印-6 (3/12)

三法印という時には諸法無我と諸行無常、もうひとつは一切皆苦ではなくて涅槃寂静という三つで三法印といいます。法印を四つとするときには一切皆苦があるのですが、三法印というときには一切皆苦はなくて、諸法無我と諸行無常と涅槃寂静が法印なのです。これは興味深いことだと思うのですが、どう興味深いかはひとまずおいておくことにします。

涅槃寂静ということ、これは簡単に言いますと、諸法無我、諸行無常ということが本当にわかって悟りというものが獲られるならば、その悟り、悟りの世界とか、悟りによって観るならばと言う方がわかりやすいかも知れませんが、悟りとはご縁がご縁そのものであって、ご縁がご縁としてそのままにあり、何かが生まれることも何かが変わることも何かがなくなることもなく、何ものをも苦とすることがないから寂静であるということです。

涅槃というのは普通に言えば悟りということですが、この悟りというのは、生老病死が苦である私にとって、どうしても得られないのです。

言ってみれば道理がわからなくなることもご縁に因るわけで、ご縁に因って道理がわからなくなっている私には、悟りは得られないままである。

得られないままだから生老病死が苦でしかない。生老病死だけでなくて毎日の暮らしの中の何もかもが苦でしかない。一切が苦である。

(続きます)

四苦と法印-5 (3/11)

お釈迦さまは、悟りを得てまず最初に説法をなされたときに不死の法を説くとおっしゃったそうです。不死の法といいますと死なない法、いつまでも生きられる法だと私たちは思ってしまうのですが、そういうことではなくて、不生であるから不死であるということを説くとおっしゃったのです。

すでにご縁をいただいて生まれた私たちは、道理がわからなくなっています。インドから伝わった仏典などを当時の中国語に翻訳する時、直訳すると不死の法となる言葉があって、それがわからないから甘露の法、さらには妙法と当時の中国のお坊さんは言葉を変えられたそうです。

あらゆるものごとがご縁に因って起こり、成り立っていて、不生であるから不死である。お釈迦さまが明らかにして下さったそういう道理は、今の私たちもわからなくなっているのですが、インドから中国へ伝わった時点でも、もうわからなくなっていました。

道理がわからなくなると一切皆苦となります。一切、すべてがみな苦である。これも先ほどもうしました法印のひとつです。繰り返しになりますが、この考え方がなければ仏教ではないというのが法印です。

法印は一般的には四法印といって四つあるとするのですが、今もうしました一切皆苦というのを入れずに三法印という場合もあります。

(続きます)

四苦と法印-4 (3/10)

すべてご縁をいただくばかりであるのに、若さにとらわれ執着すると老いることが苦になります。健康であることに執着してとらわれると病むことが苦になります。まだ若くてもこれからどんどん年取っていくと思うと、若いうちからもう老ということが苦になり、健康であっても病が苦になります。

同じような言い方をしますと、死んでいなくても死が苦になるということになりますが、少しこれは違ってくるんだと思います。

死んでいないのに死が苦になるというのではなく、私が生まれる前からあって、生まれたら私になる何かがあって、私が生まれたのでないのに、私が生まれたという思いにとらわれ、執着するから死が苦になる。確かに私として生まれたこの私が、私の思いに反して死ななければならないということが苦になるということだと思います。

生まれていないものは死にません。不生であるがゆえに不死である。それが道理です。生まれていないものは老いないし病まないし、死なない。ところが、その道理がわからなくなっています。私が私として確かに生まれたと、いつの頃からか、思っていると気がつかないままに道理に反することを思っています。

(続きます)

四苦と法印-3 (3/9)

生老病死ということをいいますが、これは四苦と言われるもので、無我であって、無常であるから変わる。その変わるということのなかに生もあり、老もあり、病もあって死もあるということです。

私がいて、その私が変わるのではなくて、生老病死と変わるのを私と言っているのです。生ということについては、ここにいるみんながすでにそのご縁をいただいています。

次は老ですが、若いからといって病というご縁はいただかないということも、老いているから必ず病気になるということもないわけです。死ということも、老いたり病んだりしなくても、生まれてすぐに死というご縁をいただくこともありますし、生の前に、生まれる前に死というご縁をいただくこともあるわけです。

ですから生老病死は順序を言うのではなくて、生も老も病も死も、それらがすべてご縁に因るのだということを言うわけです。

先ほど生老病死は四苦と言われると申しましたが、それらが苦であるのは、私が生まれたという思いに執着する、あるいは若さに執着する、健康であることに執着する、そういうことに執着する、とらわれるところに生も老も病も死もみんな苦になってしまうのです。

生ということ、あるいは老も病も、死ということも、そのこと自体に苦という性質があるのではないのです。それ自体に苦という性質がないことを私が苦としてしまうのです。

(続きます)

四苦と法印-2 (3/8)

すべてが無我であって、すべてご縁に因っています。縁起であり、無我であるから、無常です。常であることがないわけです。いただくご縁のままに変わっていきます。諸行無常という言葉はご存じかと思いますが、これも法印のひとつです。

この考え方がなければ仏教とは言えないという仏教の根本的な考え方である法印のひとつであって、芸術とか感覚というところで言うことではありません。無我であって、だから、だからと言えると思いますが、だから無常であるという事実をいうのです。

私というもの、人間というもの、すべて無我であって無常である。無常であるということは常であることがない、ずっとそのままで変わりなく続くということがないということです。

今ここに若い方もおられますし、お年を召した方もおられますが、オギャーと産声をあげた時すでにその姿だったという方はおられないわけで、それぞれの年月の間にそれぞれのご縁をいただかれて、いまここにそれぞれのお姿でおられるわけです。

無常であるということは、いただくご縁に因って変わるということでもあるわけですが、変わるということのなかには、例えば老いるということもあり、病むということもあります。

(続きます)

四苦と法印-1 (3/7)

私が生まれる前からあって、生まれたら私になる何かというようなものは無いというお話をしたことがありますが、それを無我といいます。

正しくは諸法無我と言いますが、この無我といいますのは、この考え方がなければ仏教とは言えないという法印といわれるものの一つです。

私が生まれる前からあって生まれたら私になる何かはない、それが無我ということのもともとの意味です。無我ということでよく耳にしますのは、無我の境地というような言い方ですが、これは仏教で言う無我とは別のものです。

あらゆるいのちあるものに生まれる前からあって生まれたらそれになる何かはないというのは、いのちあるものの実際を言うことでして、それは境地ではありません。

縁起であって、無我である。あらゆるものごとがご縁に因って起こり成り立っています。

ご縁に因らないものがあると仮定すれば、我というものはあるかも知れないけれども、そのご縁に因らないものがあるとする仮定が事実ではないわけですから、我はありません。

諸法無我という諸法というのは、あらゆるものごと、すべてということです。

(続きます)

一段落 (3/6)

本来のでない座業の方が一段落してというか、一段落つけて、そろそろうちのお寺の春の法要の準備をしなければなりません。春の法要であって、春期永代経ではありません。

そういえば何年か前まで本山の春の法要に相続講会員物故者の「永代経」があったのですが、もうないですね。追弔会になっています。いつからなのか分かりませんが、そういうことなのでしょう。

台風のような風で舞い落ちた木の葉の掃除が一応できているのは、表だけで、裏はそのまま。用事で車で出かける時に裏山から落ちた枯れ枝をどかしただけで、掃除なんてこれっぽっちもできていません。

寒さにもめげずに草も少しのびてきています。梅の花が咲けば喜んで、桜はまだかいなと思うのですが、草がのびると喜んではいられません。そういうものなんでしょうが、そういうことでいいのかと。

そういえば、毎年11月くらいに刈り取る庫裏の東側の山の笹も、まだ一部残ったままです。刈り取った笹も燃やせていません。しなければならないことがいっぱいですが、したいことが先に立って、なかなか手が着けられません。

他にすべきことがあるのにこんな駄文を書いているわけで、そういうものなんでしょうが、そういうことでいいのかと思いながら、できることから手を着けて、できるようにしていくしかないですね。

はたらきのまま (3/5)

昨日の台風のような風で、境内が大変なことになってまして、座業もさることながら、放っておけませんので少し掃除などしましたが、かえって気分が晴れてありがたいことでした。

せっかくつぼみが膨らみ始めている桜の枝が折れるのではないかと思うほどの昨夜遅くまでの風でしたが、今日になると嘘のように静まっています。春先の天候は、やはり変わりやすいですね。

お昼頃には日も差して汗ばむくらいでした。日当たりのよい川の土手に蕗の薹かツクシが顔を出しているのではないかと思って見て歩きましたが、まだのようです。

まだ顔を出してはいませんが、土の中では着々と準備が進んでいるのでしょう。誰かに命じらるわけでもなく、決まった日時に間に合わせないといけないわけでもなく、本来そなわっているはたらきのままであるのでしょう。

温暖化とか気候変動とかいろいろ言われていますが、自然のことは自然のままに行われます。強い風が吹いて、木の葉が境内に散らばって、あわてて掃除しなければならないのが人間です。