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目に鱗

前回書いたことの関連です。

浄土宗の檀家である私の叔母の場合、戒名というか法名というのか、七文字なんですが、願い寺の和尚さんの説明によるとその中の二文字が「戒名」で、全体としては「法名」と言うとのことで、それが正解だとして、ネット上にある情報って何なんでしょう。

いわゆる「お寺さん」の発言はネット上にたくさんあって、その多くはその方の宗派以外を考慮に入れないことが多いと思っているのですが、一般的な情報として、たとえば wikipedia (でしたっけ?)などにある記述は公平というか、一般的というか、正確であると思っていたんですが、そうでもないんですね。

・・・最近特に「御伝抄」に書かれてあることに疑問を覚えることが多いです。ですから、御絵伝の絵解きなどというのも信用できないことが多くて、少なくとも学問的にご開山のご生涯を知る上での資料として御伝抄は除外すべきではないかと思ったりしています。

どこかのサイトで得た情報によると、絵解きというのは明治時代に禁止されたとか。それがどういう理由に依るのかは知りませんが、たとえば六角夢想のところの絵解きの解説にはまったくいただけないものがあって、それがまた最近そのままで説明なさっていたりするとか聞くと、首をかしげざるを得ないわけです。

で、他人様のなさることはその方のご判断としておいて、問うべきは自分がどうかということです。私に再興されるべき浄土の真宗というもの、これを如来の智眼はどうご覧になるのか。

眼から鱗が取れるという表現があって、これはキリスト教の聖書からできた言葉らしいですが、それはともかく、鱗のあるお魚さんの眼にはじめから鱗ってあるんでしたっけ?

・・・鱗なんてない眼に鱗を付けていて、それで物事を見て分かったように思っていて、ある日あるとき目から鱗が落ちても、鱗が落ちたと思って見ているその眼に鱗が付いているのが私なんでしょうね。