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真宗門徒

今月4日に叔母がお浄土に還らせていただかれまして、明日は二七日です。浄土宗のお葬式でした。私も参列していたのですが、葬儀式のなかでお導師さん(浄土宗でもそれでいいんでしたっけ?)が「法名」と仰ったので、隣に座っていた義兄(真宗の住職)に「今、法名っていわはったな?」と確認したのですが、「うん」と。

ですからおそらく「法名」と仰ったのは間違いないのですが、調べてみても浄土宗では派に関係なく法名という言い方はしないようで、明日の二七日にお参りして尋ねてみようかと思っています。

で、調べて分かったのですが、「観阿弥」「世阿弥」というのは、お能を大成なさったこのお方たちのお名前は「法名」なんですね。時宗(当時はまだ時衆)でもやはり戒名とは言わず法名と言い、男の人の法名には「阿弥陀仏」が付いたんですね。

入弥陀位と言ったらしく、今では使われないようですが、たとえば観阿弥さんは観阿弥陀仏を省略した言い方らしいです。さらに阿弥陀仏を省略して観阿とも言うようで、時宗の教えによるのでしょうが、何かもったいない感じがしますね。

うちのお寺では去年ご正当の報恩講に団体参拝しまして、参拝者さんの中のたくさんの方がおかみそりを受けられました。本山嫌いの私が寺役をしていた間には上山は一度もしませんでしたので、本山で法名をいただきたいという方が沢山になっていたのでしょう。

法名をいただいたから安心だと、つい本音をもらされる方もあります。法名をいただいて、仏弟子としてのこれからが大切なんだというのは、確かに間違いなどないのでしょうが、「教科書」そのままのような気がします。実際のところは教科書のようにはいかないのが常です。

何をもって真宗門徒というのか。こういうことは、はっきりと教えに聞き、私に思い続けるべきことだと思います。