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撞着

昨日は第二日曜で、うちのお寺のお講さんでした。組内の比較的お若いご住職方の「お話し」の練習の場として、うちのお講さんを提供するようになって、どれくらいたつんでしょう。

練習の場を提供していてもあまりお越しいただけないのですが、昨日は40歳くらいでしょうか、初めてお会いするご住職が来てくださいました。

緊張してあがっておりますとおっしゃって始められたお話しは、そのお歳の方にはめずらしく(?)、ご自身の生活から感じ取られたことのお話でした。

奥さんと共に、奥さんに叱られながらの子育てと、子に育てられていらっしゃるご様子が伺われ、それはそれで耳にすんなりと入るお話しでした。

お隣の臨済宗のお寺で、何かのご法要の後に「余興」として落語などをなさったところ、お参りもたくさんだったようで、ご門徒さんから「うちの寺でもやろう、若いおねぇちゃんの演歌歌手でもよんだらみんな参りに来るに違いない」というようなことを頻りにいわれ、少し困っているとのこと。

いろいろな意味での「経営」(?)ということを、お寺も考えなくてはならない時代なのでしょう。こういうことは、しかしながら(江戸時代以後?)いつの時代も常にあったのでしょう。

お参りがなければ話にならないし、お参りが多くてもお念仏の教えがなければ話になりません。

矛盾ということと撞着ということは少し違うわけで、これは撞着ですね。