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自信教人信−2

自信は往相のご廻向である。だから、自分が(衆生が)信じるということでない。あくまでも私(衆生)となっていてくださる法蔵菩薩さまのおはたらきである。つまり、能信でなく所信。

この部分の言葉だけを取り出して、字面を追うならば、自信は自分が信じるということにもなるのだろうけれど、そうではない。

教人信は還相のご廻向である。いったいどこかの誰かがご信心いただいて、その人が他の誰かに「教えて信ぜしむる」などということがあり得るだろうか。

往相のご廻向をいただいて一心にお念仏もうす姿に、曾我師はそれを「後ろ姿」とおっしゃったようだけれど、他の人が感じとるところが何かある。それはいわば法蔵菩薩さまと法蔵菩薩さまの仏仏相念であり、念と念との念念相続である。

往相廻向も還相廻向も体はひとつの如来のおはたらきである。自分(衆生)が何らかのはたらきを作すのでなく、自分(衆生)は如来のおはたらきをいただく身としてある。