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自信教人信−1

自信教人信

「自信教人信 難中転更難 大悲普化 真成報仏恩」
(善導大師「往生礼讃」)

「自信教人信 難中転更難 大悲普化 真成報仏恩」
(智昇大師「集諸経礼懺儀」)

また云わく、仏世はなはだ値い難し、人信慧あること難し。たまたま希有の法を聞くこと、これまた最も難しとす。自ら信じ人を教えて信ぜしむ、難きが中に転た更難し。大悲、弘く普く化する、真に仏恩を報ずるに成る、と。(「教行信証」信巻)

また云わく、仏世はなはだ値いがたし。人、信慧あること難し。遇希有の法を聞くこと、これまた最も難しとす。自ら信じ人を教えて信ぜしむること、難の中に転たまた難し。大悲弘く普く化するは、真に仏恩を報ずるに成る、と。(「教行信証」化身土巻)


真宗大谷学園存立の精神
http://www.otani.ac.jp/sinsyu_gakuen/nab3mq00000130tk.html

清沢満之師「真宗大学開校の辞」

本学は他の学校とは異りまして宗教学校なること、殊に仏教の中に於て浄土真宗の学場であります。
即ち我々が信奉する本願他力の宗義に基きまして、我々に於て最大事件なる自己の信念の確立の上に、其信仰を他に伝へる、即ち自信教人信(じしんきょうにんしん※2)の誠を尽すべき人物を養成するのが、本学の特質であります。

(じしんきょうにんしん※2)の注釈文
「自信教人信」とは、親鸞が主著『教行信証』において、善導の『往生礼讃』より引用した言葉である。教育(「教人信」)は、自己を知る(「自信」)ことにおいて成立する。「自己を知る」とは、我々が根底に持つエゴイズムの自覚である。それは、近代的理性のみを是とする瑜瓩雖瓩諒顕修悗竜い鼎でもある。「真宗の精神」は、このような人間凝視を可能とするものである。それは教育の実践において、自己を問い続け、有限なる自己(理性の有限性)を再認識することで「共生」の世界に立つことである。このような実践者を、「自信教人信の誠を尽すべき人物」と称するのである。