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血の涙

ご本願というものはすでに成就されたものである。未だ成就しないうちはご誓願であって、ご本願ではない。法蔵菩薩さまの不可思議兆載永劫のご本願修行のご苦労あって、ご本願は成就されたものである。お経本にそう書いてある。

確かにそうなのであって、間違いはないのだろう。けれどもそうなると、ご本願はどこにあるかといえば、これまたお経本の中に書いてあるものとはならないだろうか。現にそうなってはいないだろうか。



ご本願というのは今、この私、この一人をすくわんとして私となっておはたらき下さっている法蔵菩薩さまが、この私に於いて成就させようとなさって下さっているものである。

「仏願の生起の本」は五劫思惟のご誓願建立のところにある。では、「仏願の生起の末」は、どこにある。今この私に於いて法蔵菩薩さまが成就させようとご苦労なさって下さるここにあるのではないだろうか。

南無阿弥陀仏に満ち満ちる本願念仏のなかにいのちのご縁をいただきながら、私は今まで阿弥陀さまに背き続けている。これからも、することなすことおよそすべて、私となってご苦労していて下さる法蔵菩薩さまをなき者にすることばかりである。

ご本願をお経本の中のこととし、法蔵菩薩さまを物語の中で阿弥陀さまとなられただけの方としてしまっているこの私である。五逆罪のひとつに「仏身から血を出す」というのがあるそうだけれども、私のすることなすこと、法蔵菩薩さまが血の涙を流されないことは何一つない。

如来の大悲というのは「恩徳讃」で唱和するだけのことでなくて、この決してすくわれることがない私に、それでも、だからこそ、おはたらきくださるものでした。