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分かりやすさ

何を今さらと我ながら思うものの、備忘、記録ということで、かなりおおざっぱな書き方で書いておこうと思います。

煩悩というもの(あるいは「こと」)は、もともとは私と離れてあって、常に私はそれに縛られているというようなことではない。

私というときにはすでに我執があり、だから煩悩がこの身のことを私と言わせていると言うこともできる。

私がいて、その私が煩悩をおこし、おこした煩悩に自ら縛られるのではない。

私が煩悩なのであり、煩悩が私なのである。煩悩を断ずるということは、私と煩悩とが別にあるとしなければ発想できないことで、そういうことを説く仏教がむしろ仏教としては特殊なのである。

お念仏の教えのなかで、私がいてその私が煩悩をおこすという言い方は一種の方便である。

分かりやすく説明するときにそういう言い方をするのであって、けれどもそのわかりやすさが大きな誤解をまねいているのだと思う。