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聞思

何気なく国語辞典には掲載のないある言葉をキーワードにして検索していたらある大学のサイトに行き着き、そこの先生が書いておかれるらしい文章に出会いました。

検索のキーワードにした言葉については私なりのいただき方もあるのですが、その大学の先生の文章の内容と相容れるところはありません。具体的なことをもっと書けばいいのでしょうが、「聞思」の「思」ということが何を対象とするかがまったく逆であるというにとどめます。

確かに今時の学生さんにご本願やお念仏ということは理解され難いと予定することはありがちなことなのでしょう。しかしながら、有り難い教えの根本のところを、それが理解されることが難しいだろうというような理由で、いわば今風にアレンジするようなことは、いかがなものかと感じます。

考えてみれば、仏教というのはそんな風な「アレンジ」によってまったく仏教にあらざるものに変化してしまった歴史もあったわけで、受け入れられやすいようにアレンジするということは、たとえばお釈迦さまがアートマンという言葉を用いてアナートマンを説かれたのとはまったく意味合いが違います。