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如来 (3)

これはまた別の話になるのですが、教行信証総序の文に「大聖一代の教、この徳海にしくなし」という文章がありまして、「この徳海」と申されますのは円融至徳の嘉号、つまり南無阿弥陀仏という本願念仏を指すわけで、こういうことは親鸞聖人は「竊かに以みれば」という言葉をつけておっしゃるのですが、何をもってお釈迦さま一代の教が円融の至徳であり万行の円備である本願念仏にしくなしとおっしゃるのか、これはおおいに考慮されるべきことであろうと思うのです。

聖道門の教えとされるお経のなかに三時の教え、正法・像法・末法という教えを説いているものがありまして、親鸞聖人は五十二歳の時に「已にもって末法に入りて六百八十三歳なり」と書いておられます。ちょうどこの親鸞聖人五十二歳の年には既存の仏教の側からの働きかけで二度目の念仏禁止令というものが出されたようで、そういうことから容易に想像できるほどまでに聖道の諸教を宗とする既存仏教からは実際に行証というものが廃れていたようです。

既存仏教の行証は久しく廃れていたのですが、しかし、本願念仏の教えというものはますます広く民衆にとけ込み、正法・像法・末法という聖道門に教えにある時代の特長などというものをまったく感じさせないほどにその証道はいよいよ盛んになっていました。

そういう現実があり、その現実から浄土の真宗の教えこそがお釈迦さまご出世のゆえんであると親鸞聖人は結論なさったのではなく、お釈迦さまを如来といただく、釈迦如来といただくところから浄土の真宗の教えこそが真実の教えであると親鸞聖人は感得なさった。そうして、現実をみれば浄土の真宗の教えこそが真実の教えであることは明らかであった、現実がご自身の感得なさったことを裏付けていた。そういうことであったのだろうと思うわけです。