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如来 (1)

如来所以興出世   唯説弥陀本願海
五濁悪時群生海   応信如来如実言
(正信念仏偈 大谷派勤行本P.8)

親鸞聖人はここでお釈迦さまを「如来」とおっしゃっています。教学研究所編の解説本では、ここでいわれる「如来」は「釈尊や三世の諸仏をさす」とありまして、広義では「私たちに聞かれる仏という名それ自体が、如来である」とあります。

釈迦如来楞伽山   為衆告命南天竺
龍樹大士出於世   悉能摧破有無見
(正信念仏偈 大谷派勤行本P.15)

ここでははっきりと「釈迦如来」とおっしゃっていますので分かりやすいのですが、ともかく、親鸞聖人はお釈迦さまを「如来」としておられたわけで、「如来所以興出世」の如来についての教学研究所編「正信念仏偈」の説明はなるほどお説ごもっともなのですが、「如来所以興出世」の「如来」は普通に解釈すればお釈迦さまのことを如来とおっしゃっているということになると思います。

ところで、お釈迦さまのことを一番最初に「如来」とおっしゃったのはどなただったのかと申しますと、実はお釈迦さまご自身が一番最初に「如来」とおっしゃったのです。ここのところは大変興味深いところです。

お釈迦さまの最初の説法を初転法輪と申しまして、これは六年間の苦行を共にした五人の比丘に対してお釈迦さまが自ら得た正覚の内容を説かれたのですが、このときの説法を聞いた五人の比丘の一人、コンダンニャという名前だったようですが、この人がすぐにお釈迦さまと同様の正覚を得たのです。

すぐにということですので、なんらかの行を修したということではなく、お釈迦さまの説かれた法を聞くこと、つまり聞法によってこのコンダンニャという人は正覚を得たということになります。お釈迦さまはこのコンダンニャという人が正覚を得たことを確認なさって、そこではじめてご自身のことを「如来」とおっしゃったのです。

「如来」というのは、如は真如・一如のことでして、つまり真実の世界、そこから衆生のもとに来るものという意です。一般的な解説などではそういうふうに説明されているのですが、お釈迦さまがご自身を「如来」とおっしゃった経緯をふまえると、少し変わった意味合いが付け加えられるのではないかと思います。