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他力真実のむね

他力真実のむねをあかせるもろもろの聖教は、本願を信じ、念仏をもうさば仏になる。そのほか、なにの学問かは往生の要なるべきや。(歎異抄第十二章より抄出)

「本願を信じ、念仏をもうさば仏になる。」とは、何とも簡潔でしかも要点を言い表した言葉なのかと感心させられる。

本願を信じる、念仏もうす、仏に成ると分解しなくてもよいものを分解してみて、本願を信じるとはどういうことかといえば、これは如来の方からのおはたらきによって信ぜしめられるということである。

また、念仏もうすとはどういうことかといえば、如来のおはたらきによって本願を信ぜしめられた者が阿弥陀さまのお浄土に生まれたいと願うということである。

また、仏に成るとあるが、「即身成仏は真言秘教の本意、三密行業の証果なり。」と第十五章にあるとおりで、即身成仏でないことはいうまでもなく、往生を得て、不退転に住すということである。

「本願を信じ、念仏をもうさば仏になる。」ということをまとめれば、至心廻向、願生彼国、即得往生 住不退転であり、本願成就文に見覚えのあるとおりである。

だから念仏往生を明かす聖教が「他力真実のむねをあかせるもろもろの聖教」であり、念仏往生が「他力真実のむね」である。歎異抄はこういうことをしっかりとおさえてある。