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再解釈

信に知りぬ、聖道の諸教は、在世正法のためにして、まったく像末・法滅の時機にあらず。すでに時を失し機に乖けるなり。浄土真宗は、在世・正法・像末・法滅、濁悪の群萠、斉しく悲引したまうをや。ここをもって経家に拠りて師釈を披きたるに、「説人の差別を弁ぜば、おおよそ諸経の起説、五種に過ぎず。一つには仏説、二つには聖弟子説、三つには天仙説、四つには鬼神説、五つには変化説なり。」しかれば四種の所説は信用に足らず。この三経はすなわち大聖の自説なり。(教行信証、化身土巻)

説教、法話というお話は「お取り次ぎ」であるはずで、ですから「大聖の自説」に基づき、あるいは親鸞聖人の確認なさった説に基づくはずです。

・・・どうも最近は「大聖の自説」ではなく、説教者の自説とまでは言わないまでも自己流の解釈による説教が多いようです。

時代社会に適応するということは必要だと思いますが、自己流の解釈をもとにして「大聖の自説」を再解釈するようなことは避けなければならないことに違いありません。