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首なし幽霊

「お西の説教、首なし説教、東の説教、幽霊説教」というのを聞いたのは、たぶんもう20年以上も前のことですが、なるほどと思ったことというのは覚えているものですね。

「首なし」というのはつまり南無がなく、阿弥陀仏、その徳ばかりを説くということです。「幽霊」というのは、幽霊には足がないといわれることからの喩えで、南無はあるけれども阿弥陀仏がないということです。

西も東も真宗ですから説くのは南無阿弥陀仏しかないのですが、本派と大派の「お話」の特長の違いを喩えておっしゃったわけです。

私はその時は本派の方のお話を聞いたことがありませんでしたが、大派に関してはなるほどその通りだと思ったものでした。ちなみに、これをおっしゃったのは大派の方でした。

今さらながら、「首なし」だろうが「幽霊」だろうが、まだ南無があり、阿弥陀仏があるうちは「お話」にはなるのだろうと思います。

南無阿弥陀仏もなく、南無もなく阿弥陀仏もなく、南無阿弥陀仏につながるわけでもないものは「お話」なのでしょうか。少なくとも「説教」ではないでしょう。

南無もなく阿弥陀仏もなければ、喩えて言えば「首なし幽霊」ですね。