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「運ぶ」

お講さんだったのですが、昨日の疲れに加え、朝から山道の掃除をしたら、そこまでで限界が来てしまいました。

雨に濡れた桜の葉を掃くのも大変ですが、草刈り機がまき散らした草の葉を掃くのはさらに大変です。乾いていたら何でもないのですが、ひったりとコンクリートに張り付いていますので普通に掃いてもびくともしません。

報恩講までにしなければならないことは山ほどあって、予定に従って済ませていこうと思ってはいるのですが、なかなかその通りには運べません。

さて、「運べない」と書いたのですが、この「運ぶ」というのは興味深い言葉だと思います。確か清沢満之さんの言葉だったと思うのですが、「天命に安んじて人事を尽くす」ということにつながるものがあるように思います。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉が意味するところを真宗で言えばどうなるかということで「天命に安んじて人事を尽くす」とおっしゃっているわけで、ですから「天命」は「天命」ではないのでしょう。

我々は「運ぶ」ということを、言わないまでも我々を主語として使うことが多く、我々は人事を尽くして事を運ぼうとするのでしょうが、我々の知覚のおよばないところで、それこそが本当に「ある」ものである如来のおはたらきがある。

コンクリートに張り付いた草の葉一切れでさえ、まったく我が力だけでは1ミリたりとも動かすこともできないのが実際であるわけです。