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白い壁

朝の散歩のときには本当に寒くて、もしかして11月なんじゃなかろうかなどと思ったのですが、昼間になると結構暑いです。お尻をおろして草むしりをしていても汗が出てきます。

昨夜はひどい霧が出ていました。うちの在所は土地が低くて、どの道を通っても出かけるときには上り坂を上らなければならないのですが、土地が低いから霧がでると他所よりも濃くなります。

雪の降りしきる冬の夜などもそうなのですが、霧の濃い夜も車に乗ってハイビームにして走りたくなります。ライトの光が白い壁を作るのを見てみたくなるのです。さすがに実際にはもうそんなことはしないのですが。

雪や霧にライトがあたると目の前に現れる白い壁には実態がありません。壁ではありませんから、突き当たることなく走れます。それを楽しんでいると、突然対向車が現れて驚いたりすることになります。

私はもう頭が傷んでしまっているのかも知れません。たとえば窓から隣の在所の家並みが見えるのですが、あれは本当に「ある」ものなのだろうかなどと思ってしまいいます。雪や霧にライトがあたって見える白い壁のようなものとどんな違いがあるんだろうかと考えてしまいます。

なるほど確かに目で見て手で触れるものというのは「ある」ものなんでしょうが、その「ある」というのはどんなふうな意味での「ある」なのでしょうか。如来のおはたらきというのは目で見ることも手で触れることもできないのですが、これほど確かに「ある」もの(こと?)はありません。

たとえば「ある」ということ、ただそれだけの言葉が意味することにもさまざまな違いが「あり」、どういう意味で言うのか、どういう意味に受けとめるのかが、たとえば仏法というものをも大きく変えてしまうのでしょうね。

光がなければ壁はなく、光があたれば壁があるように見えるんだけれども、その壁というのは実際に「ある」のではない。これは実におもしろいことだと思います。