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お講さん

今日のお講さんでは、何がそんなふうな話につながっていったのかは別として、涅槃といわれるような悟りを生きているうちに得ることができるのか、それともお浄土に生まれてのことなのだろうかと問うことは実は無意味であるというような話になりました。

往生と成仏というようなことにつながるかと思うのですが、すでにいのちを私のものとして、その上で、悟りを得るのが私にいのちがあるうちかどうかを問うのはおかしなことです。

いのちは自分のものではなく、如来のいのちが今(仮に)私となっていてくださると言いながら、さて、悟りを得るのは自分にいのちがあるうちかどうかと問うのは相撲の土俵の上でレスリングをするようなものです。

その喩えがたとえになっているかどうかが微妙なように、あまりうまくは話せなかったのですが、そんなふうなことを話しました。9時からのお講さんですが、早くから来て私の手の回らなかったところの掃除などしてくださり、ありがたいことです。

10時半を過ぎて、暑くなってきたのでそろそろ終わりましょうかと言うと、家より本堂の方が涼しいとおっしゃいます。家で冷房を効かせておられる方はあまりいらっしゃらないようです。今年の暑さはどういうことなんだろうと、そんな話になりました。

今日話せなかったこともたくさんあって、来月のお講さんでまた続きというか、繰り返しというか、付け加えるようなお話をしなければなりません。9月になれば少しは涼しくもなるでしょう。正信念仏偈のお話もいよいよ来月か再来月で終わりそうです。