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明仏教

本師源空明仏教

この部分、教学研究所編「正信念仏偈」の意訳には
(ここから)
わが師源空上人は、特に仏の教えを真に人間のためのものとして明らかにして下さいました。
(ここまで)
とあります。

また同朋新聞の平成20年5月号の古田先生の解説には、法然上人が、人が次々に襲ってくる悩みや悲しみから解き放たれる道を真正面から学ぼうとなさり、比叡山で天台宗の修行や学問に励まれ、また、南都の法相宗をはじめとする諸宗の宗義の研鑽にも努められ、比叡山の誰からも一目置かれるようになっておられたことをあげ、
(ここから)
これらの修養によって、法然上人は、当時、日本に伝わっていた仏教の教義の最も深いところを究められたわけです。このことを親鸞聖人は「明仏教」(仏教に明らかにして)と詠っておられるのだと思います。つまり、当時の仏教の教義に精通しておられたということです。
(ここまで)

古田先生の解説は、続いて、しかし、法然上人はそれらの学びからは心から喜べる人生の答えを見いだされず、直接に釈尊のみ教えの中に答えを探されたことをあげ、
(ここから)
釈尊の教説である厖大なお経と、それらのお経に対する先人たちの解釈などを精力的に学ばれたのでした。この意味でも、親鸞聖人は、法然上人のことを「明仏教」(仏教に明らかにして)と讃えておられるのだと思います。諸宗教の一つである「仏教」ではなくして、釈迦牟尼仏の教えの全体を解明されたということです。
(ここまで)
とあり、この後、善導大師の教えに出遇われて「ただ念仏して」という教えが釈尊のご本意であることを法然上人はお気づきになったと書いておかれます。

引用が長くなりましたが、要するに阿弥陀さまの本願念仏こそがお釈迦さまの本来の教えであることを明らかにされたことが「明仏教」であると言えると思います。

源信僧都のように一代経を五遍読まれたかどうかは知りませんが、お釈迦さまの教え全体というものがつかめないうちは、これこそが本当に仰りたかったことだとは言えません。

「深く経蔵に入る」という言葉がどこかにありますが、これこそが本当の釈尊の教えであるというようなことは、そういったことだけでは得られない種類のものであるに違いないと思います。