表紙

     

resources

rss1  rss2  atom03

蝉の声

昨日7月7日、今年初めて蝉の声を聞きました。高校生の頃から耳鳴りがするのですが、耳鳴りではなく、蝉でした。

蝉の命は一週間だとか。それを短い、はかないと思っても、では自分の命はどうなのかというところまでなかなか思いが至らないわけです。

俗に「鶴は千年亀は万年」とかいうようですが、それに比べれば人間の命も短くはかない。そもそも、短いはかないと言っているのは比較してのことで、命を生命という意味に限定しています。

如来のいのちは無量である。

その如来のいのちが、いま、わたしとなっていて下さる。

わたしとなっていてくださるいのちを、いま、私が生かされている。

私の無明があらゆることを相対比較のスケールで計量して、南無阿弥陀仏を忘れてぶつぶつぶつぶつと言うけれども、すでに無明の闇は破られてあり、如来は衆生がすくわれるべき法を成就しておいて下さいます。

ただもう南無阿弥陀仏をお念仏もうさせていただけばよいのであって、私が私のものにしてしまっている命と如来のいのちと二つあるのではないのですから、帰ろうなどといわずとも、自然に如来のいのちに還らしめられるのです。