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真宗の生活

毎年「法語カレンダー」や「今日の言葉」を申し込むときに「真宗の生活」という小冊子をいただいています。内容はほとんどが書き下ろしではなく、何かに掲載された文章なのですが、いろいろな方がいろいろなことを書いておられます。

真宗の生活ということは、真宗という生活、真宗とは生活であり、生活が真宗であると私は受けとめていますが、どうなんでしょう。2010年版の「はじめに」という表紙裏の文章を読むとそうでもないような感じがするのです。

「真宗の生活」というときの「の」は、これはたとえば「楓の枝」というときの「の」とは意味合いの違う「の」であって、だから、真宗という生活、真宗というのは生活ですよというような意味だと私は思っています。

得度を受けたから真宗の僧侶だ、帰敬式を受けたから真宗門徒だというのは、制度とか規則のうえでのもことで、得度を受けても真宗という生活をしていない人もいらっしゃるでしょうし、帰敬式を受けていなくても真宗の生活をなさっている方もいらっしゃるでしょうというようないわずもがなのことを言う気はないのです。

一昨日の疲れが出て何もする気になれず、歩いて5分ほどの楓の新緑の何とも綺麗な隣のお寺まで行って、緑の下で寝そべってみようと手元にあった「真宗の生活」を持って出かけて、帰ってきたところです。

メガネを忘れたので本を読みませんでしたが、つきつめていけば真宗という生活はお念仏もうす生活、お念仏のなかで暮らすことなんだろうというようなことを考えました。