表紙

     

resources

rss1  rss2  atom03

ないからある

昨夜の運動が過ぎたようで、足も怠いし、腰も痛い。あさから2時間ほど軒まわりの草引きをしたものの、それが限界で、午後はのんびりとしようかと思っています。

体調が許せばこの時期なら草引きでもして、そうでなければ本でも読むとか、昼寝をしていてもいいわけです。そんなふうなことと同じことかどうかは別として、如来のご廻向のお念仏ということに納得いかなければ自力修行でもお題目でもよいわけです。

もっと言えば仏教でなくてもよいわけで、たとえば結婚式をキリスト教式で挙げるのならそれを機会にキリスト教に帰依してもよい。かなり前によく言われたのは、日本人は子供が生まれたら宮参りと言って神社にお参りし、結婚式は教会の神父さんにお願いして、葬式はお坊さんで、宗教がないということでした。

そういうものの言い方をなさる場合の宗教というのは、いったい宗教というものをどう定義しての上での宗教なのでしょうと、こんなふうなことは以前にも書いた覚えがあります。

おそらくお釈迦さまの教えがお経というようなものにまとめられる以前の仏教、お釈迦さまが説法をなさっていた頃のお釈迦さまに近い方々がお聞きになった教えというのは、日本人には宗教がないとおっしゃる方の定義なさっている宗教にはあてはまらないのではないかと思います。

仏伝によればお釈迦さまの仏陀としての最初の説法の時、通りかかった行商人の方が何日か説法を聞かれてお釈迦さまと同じさとりを得られたとのことで、実は宗教というものの本質がここに凝縮されてあるように思います。

私は仏教徒ですからと言うまでもないところに仏教というものがある、というか、そこにしかない。今日たくさんの宗教があるなかで、今日だからこそ仏教というのは特殊な宗教であると言えるのではないかと思います。その仏教というのはお念仏の教えなのですが。