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方便

お昼ご飯をいただいた後、山仕事ができないので、本堂のぬれ縁に座ってタバコを吸いながら、降る雨を恨むように眺めていたら、板金屋さんが来られました。

まだ一部しか新しい樋がかかっていない状態で、今日は雨降り。雨水の流れでも見にいらしたのかと思えば、そうではなく、屋根に反りがある部分に細工をしなければならないとのことで、現場で確認するために来られたそうです。

既製品の雨樋なら簡単に細工はできるけれども、別注品なので難しくて、思案しているとおっしゃいます。酸性雨対策のコーティングを施した銅製の既製品を使うんじゃなかったっけと思っていたら、屋根の反りにあわせるその部分だけは既製品をそのまま使うわけにいかないのだそうです。

つまり既製品を細工して別注品を作るということのようですが、細工するのは板金屋さんではないのかなと思いながらも、思案しておられる様子を見て、それ以上はお聞きしませんでした。お寺の仕事もたくさん手がけておられる方ですので、間違いはないでしょう。

素人考えという言葉があります。たいていの場合、素人考えでしたことは後になって不都合ができてきます。玄人の方には経験があるわけで、自分が失敗した経験がなくても、仕事の先人から伝えられていることのなかには、失敗から得られたことがたくさんあります。

僧侶というのを仮に職業(仕事?)として、先人から伝えられていることってあるのでしょうか。たとえば登高座の作法などはまさに先人から伝えられたものなのでしょうが、伝えられているようにしなかったとして、何か不都合はできてくるのでしょうか。

何もないように思えるのですが、どうなんでしょう。だからといって、何かが言いたくてこれを書いているわけではなく、本当にあるんだろうかと思いをめぐらしているだけです。

いろいろ考えるなかで、確かなことではないかと思うのは、僧侶というのは職業(仕事?)ではないんじゃないかということです。道交法違反で切符を切られるときに職業はと訊かれれば僧侶と応えはするのでしょうが、それこそが方便と言える類のことではないかと思います。