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明日はお講さん

かなり昔の話ですが、年回法要の後のお話で、難しいことばかり話していないでもっとわかりやすい話をしたらいいのにさ、とおっしゃる方がありました。

そうおっしゃるご本人さんは、私の覚えている範囲では報恩講などにお参りなさったこともない方で、法事の時などでお話している時は、いつもわざと顔を背けていらっしゃる方です。

わかりやすい話をしているつもりですが、難しいですかと尋ねてみれば、親戚の法事に行ったときに来たお坊さんなんかはお経の間の休憩の時に株価の話をしていておもしろかったとおっしゃる。

ご法話はどんなお話でしたかと尋ねると、よく覚えていないけど、なかったんじゃないかとおっしゃる。そうでしたかと言うほかにありませんでした。

その方の奥さんがお浄土へお還りになったのが3年ほど前だったでしょうか、それ以来すぐ近所に子供さんのご一家の家があるものの一人暮らしです。一人暮らしで暇だから、親鸞さんのことを聞きに行ってきたと、最近になっておっしゃいます。

話を聞けば、行ってこられたのは団体名を明かさない宗教法人さんの講演会(?)で、ご文章っていってお勤めの後に読むのは、あれは蓮如さんの手紙だって言っていたよと私におっしゃるのです。

その方の奥さんの中陰のお勤めのとき、若い方のお参りが多かったので、そういうこともお話しした記憶があるのですが、同じことを言っていても、衣を着た坊主の話は古くさくて、難しくて、わからないということなのでしょうか。この方ほど極端ではないにしろ、そういうことはあるのではないかと思ったりします。

明日はお講さんです。お勤めの後のお話はいつも半時間ではすみませんが、1時間はかかりません。衣を着た坊主の話は古くさく思われるのではないかというような理由からではなく、20年にはなりませんが、20年近く前から、ふつうの服に間衣・和袈裟でお勤めしてお話ししています。