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教学研究所編「正信念仏偈」の「成等覚証大涅槃」の説明のなかで、「大涅槃」は「迷いのもとである煩悩を断滅して、生死の苦海をこえ渡ること。大といわれるのは、そのさとりが個人的解脱の境地でなく、あらゆる衆生がみなすくわれる完全なさとりであることをあらわす。」とあります。

涅槃ということを「滅」と解釈して、さらにその滅を煩悩の滅としているから「煩悩を断滅して」という説明になるのでしょう。涅槃は、時代が経つにつれてのことのようですが、さとりとも解釈されています。もともとは、(たとえば蝋燭の火を)吹き消した状態を意味するとのことです。

滅というのが何の滅であるのか。これについてはどなたかの本で、単に煩悩の滅であるのではなく、一切の滅であるということを読んだ覚えがあり、滅とは一切の滅であるという説明の方が私にはすんなりとはいってきます。

正信念仏偈には「不断煩悩得涅槃」という言葉があり、これとの整合性ということを考えても、少なくとも滅とは単に煩悩の滅をいうのではなく、ですから「大涅槃を証する」に煩悩の断滅ということは前提にも条件にもならないと考えるのが適当ではないかと思えます。

同朋新聞の古田先生の正信偈の説明でも「煩悩を断滅して」という文言はありませんし、特にこの部分では古田先生は解釈の理由を述べておられたように思います。

思いますに、教学研究所編というからにはお一人の執筆ではなく、複数の方が現代語訳・解説に関わっておられのでしょう。ですから説明文の調子も変わっていますし、言ってしまえば一貫性に欠ける部分があるのではないかと思います。

何人かがそろって「折衷案」をひねり出すというようなことだったという気はありませんが、教学研究所として出版するのであれば、もう少し練られたものであってほしかったという思いはします。