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繁盛

こんなことはまったくの愚痴で、他人さまが何をしたか何をしなかったかが私の問題になるのではないのですが、いろいろ考えさせられることもありますので、一応書いて残しておこうと思います。

住職さんたちが集会をなさる、その会所がどこかのお寺の本堂ではなくて庫裏の一室だったとしても、やはり最初には本堂で簡単でいいから短い偈文でもいいから勤行をするのが本当ではないかと思うのです。

もちろんどこかでご本尊に向かって合掌礼くらいはなさるのでしょうが、本堂にお参りもせず、勤行もせずに集会が始まって終わる。結構な話し合いがなされて結構なことが決められて、結構なことが予定されるのでしょう。

それが仕事だからお念仏の教えをお取り次ぎするというなら、その人にとってお念仏の教えは取扱商品のようなもので、それがお題目であってもよいということにもなりかねないと思うのです。

お念仏がお念仏を生む歴史ということを昨日書いたのですが、その歴史を我が身を通して証明するということが、すなわちご信心いただくということだとも言えると思います。

お念仏の教えが取扱商品になってしまって、そうすると、その商品が行き届けば行き届くほど教えが教えでなくなっていくことになる。そんなことが真宗の繁盛であるはずはありません。