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春の日曜の午後

今日は朝からお講さんで、少し散り始めてはいるもののちょうど桜も見頃、暖か過ぎもせず、寒くもなく、何なら終わってからみんなでお花見でもしたいくらいでした。

今こうして部屋にいて駄文を書いていても下の駐車場に車が止まり、ドアが開いたりしまったりする音が聞こえます。近場で春を楽しもうというなら、うちのお寺のお花見で十分です。

日曜ということもあるのか、散歩をする人もいつもより多いように思えます。桜の下で一休みなさる方もいるようで、春の日曜の午後を絵にでも描けばまったくこの通りになるのではないかと思えます。

こじつけるようなことを言えば、「春の日曜の午後」は絵に描けません。描けるのは、桜が咲いていて、散歩する人がいて、花の下で一休みする人がいる風景で、その風景が春の日曜の午後を思い浮かばせるわけで、こういうことは多々あります。

直接に「そのもの、そのこと」が描いたり説明したりできないものごとを、他のものごとによって表現する。間接的に描いたり説明したりすることによって「そのもの、そのこと」を思い浮かばせる。こういうことを権などと言ったりするのでしょう。

絵なら絵に描かれているものだけが作者の描きたいことではないに違いないのと同様に、作者のいないあらゆるものごとに、現れているものごとだけがあるものではないに違いありません。