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源信和尚

自分でもつまらないことを書くとは思うのです。

今日、第六祖・源信僧都の部分を書いた「かも知れない」をアップしたのですが、教学研究所編「正信偈」には源信和尚(げんしんかしょう)とあります。

和尚(かしょう)とは僧侶の位の一つであり、特に天台宗にあっては戒を授ける師の僧(高徳の僧侶をいうこともある)いうようで、僧都もやはり一般に僧綱、僧侶の位をいうようです。

同朋新聞の古田先生の「正信偈」など、一般的には源信僧都と言い表されていますが、教学研究所編では何か意味があって和尚と表記しているのでしょうか。私の持っている教学研究所編「正信偈」が古いために和尚なのでしょうか。

確か「真宗の眼目」だったと思いますが、親鸞聖人は出家得度の前から「念仏」ということはご存じであって、この源信僧都の徳を慕って源信僧都のおられない比叡山に行かれたんだと、曾我先生はおっしゃっています。

出家得度するにあたっても、当時もいろいろな道があったに違いありません。いろいろな道があったけれども、この源信僧都の徳を慕って比叡に行かれ、比叡を降りて法然上人と出逢われたわけです。

七高僧のなかでどなたが重要でどなたは重要でないということはありません。親鸞聖人は正信偈にあってはこの源信僧都も単に源信とおっしゃっているのですが、それは逆に何かしら親しみというか慕情というか、そういうものを持っておられたということではなかろうかと思ったりします。

確か曾我先生は真宗の眼目の中で親鸞聖人といわず親鸞という、そのわけについても言及なさっていました。