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輪転

輪転機というのは、新聞を印刷したりするのに今も使われているんでしょうね。何年も前に観た映画では、大手の新聞社で新聞が印刷される場面に輪転機がありました。輪転というと、やはり還来生死輪転家を思い浮かべてしまいます。

「『我』は過去・未来を実体として分かち造り、その間に現在を仮設します。過去と未来という二つの輪転機に同時にかけられる現在という一枚の紙に印刷されるのが生死です」ということを書いたことがありますが、これは「現在」と題しています。

ひと息ごとのいのちが現にあるのは今であって、その今が過去と未来に挟まれているから、過去に執すると今が後悔と不満になり、未来に執すると今が不安と渇望になる。

過去は過ぎ去ったから過去であり、未来は未だ来ていないから未来であって、過去だ未来だというのは常に今です。過去があるのも未来があるのも今であって、過去というもの、未来というものがあるのではなく、言ってしまえばそういう概念が今ある。

私たちはどうしても過去・現在・未来というように時系列を組み立てたがります。なるほど紙に書かれた歴史はそれでいいのでしょうが、実際にある、というか、実際に私が活かされてあるのは歴史的現在であって、それはけっして過去・現在・未来という時系列に属するものではありません。

概念に振り回されると歴史は紙に書かれただけのものになってしまうというようなことを、ある方のお話を聞きながら思い、それをここに記録しました。紙に書かれたものも教えではあるのでしょうが、教えをいただくということは、決して紙に書かれたものをいただくことではありません。