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四苦と法印-9 (3/15)

あるいはまた、お釈迦さまを医王とお呼びすることがありまして、医王というのは言ってみれば医者の中の王様、治せない病気はないお医者様というような意味のお釈迦さまの別の言い方です。

これも不生であるがゆえに不病とでも言えばいいのでしょうか、病というのもいただくばかりのご縁のひとつであるという道理をわきまえるなら、決してそれが苦にはならないということをいうのであって、病気の症状がなくなるということを言うのではありません。

お釈迦さまの伝記である仏伝によりますと、お釈迦さまはひどい下痢の症状の出る病気で亡くなられました。亡くなったというのもいかにも道理に反している私たちの言い方ですが、病気というか、症状がなくなるのではないのです。

お釈迦さまは病気とか症状が苦にならなくなる道理を説くことをもって医王と呼ばれたのですが、科学的なものの見方が染みついていると、お医者様のなかの王様だからどんな病気でも治すんだと自分が勝手に解釈をしてしまって、そんなことはあり得ないと言い出します。

自分の解釈の仕方が間違っているかどうかを問題にすることなく、仏教はあり得ないことを言うものだと決めつけてしまうわけで、こういうことはよく考え直さなければならないことだと思います。

科学的なものの見方というのは、私たちが道理がわからなくなることを助長して、妄念のなかにさらなる妄念を産み出すもととなります。見えるものだけがあるものではないし、経験したからといってすべてがわかるわけではないということをさらにわからなくさせます。

(続きます)