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四苦と法印-7 (3/13)

悟りの世界、悟りによって観るあらゆるものごとは、未だ悟りを獲ないものが実際に確実なものとしてあると見るものすべてが寂滅していて、ご縁そのものとしてあり、すべてが静まっている。

けれども、ご縁に因って道理がわからなくなっているこの私、悟りを獲られないこの私は、常にあらゆるものを苦としてしまう。これが一切皆苦ということであって、一切皆苦という法印は、道理がわからないこと、悟りが獲られないことを踏まえているわけです。

このあたりが先ほどもうしました興味深いところでして、一切が苦であるところにすくいはない。何もかもを苦としてしまい、何もかもが苦でしかないならば、そこにどんなすくいがあるというのでしょう。

仏教は釈迦牟尼仏、お釈迦さまの教えであり、同時に仏になる教えである。仏になるということは悟りを得るということであり、すくわれるということであるのに、一切をみな苦としてしまって、すくいがないのが仏教の法印だというのです。

この一切皆苦という法印が法印としてあるのは、すでに阿弥陀さまのおはたらきによるすくいがあるということだと私はいただいています。

(続きます)