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四苦と法印-1 (3/7)

私が生まれる前からあって、生まれたら私になる何かというようなものは無いというお話をしたことがありますが、それを無我といいます。

正しくは諸法無我と言いますが、この無我といいますのは、この考え方がなければ仏教とは言えないという法印といわれるものの一つです。

私が生まれる前からあって生まれたら私になる何かはない、それが無我ということのもともとの意味です。無我ということでよく耳にしますのは、無我の境地というような言い方ですが、これは仏教で言う無我とは別のものです。

あらゆるいのちあるものに生まれる前からあって生まれたらそれになる何かはないというのは、いのちあるものの実際を言うことでして、それは境地ではありません。

縁起であって、無我である。あらゆるものごとがご縁に因って起こり成り立っています。

ご縁に因らないものがあると仮定すれば、我というものはあるかも知れないけれども、そのご縁に因らないものがあるとする仮定が事実ではないわけですから、我はありません。

諸法無我という諸法というのは、あらゆるものごと、すべてということです。

(続きます)