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生活-1-5 (2/28)

自分で自分を裁くというか、自分を自分で批判するというか、それは必ず自分を許すためであると言えるのではないでしょうか。

それだけでも悪であるに違いないのに、仏さまを道具にするというか利用するとなると、これはさらに深い悪であるといえるでしょう。

そういうことばかりをしていて、いわば罪のうえに普段自分では気がつかない罪を重ねているのが凡夫である私です。

お文に「我が身の罪のふかき事をば、うちすて、仏にまかせまいらせて」という一節があります。

反省しても、懺悔しても駄目だということでもあると言えるのではないかと思います。

自分が罪が深いと気づかされると、すぐにそのうえに罪を重ねることしかできないから、反省しても懺悔しても駄目だということです。

「我が身の罪のふかき事をば、うちすて、仏にまかせまいらせて」ということは、そもそも何が善で何が悪かも分からないこの私のすべてを阿弥陀さまにおまかせするということだと言えると思います。

自分自身を斟酌することはなかなかうちすてることはできないのでしょうが、それをそのまま阿弥陀さまにおまかせするのです。

(続きます)