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生(しょう)-1 (2/15)

いきなり難しいんですが、「衆生無生にして虚空のごとし」ということがたくさんのお経のなかに出てきます。ここでいう生とは生まれるという意味での生です。あらゆる人が無生であると仏教ではいうのです。

無生とはどういうことかともうしますと、生が無いということです。こんなことを言いますと、いや現に生まれてきているよ、生まれたから今ここにこうしているんだとおっしゃるかも知れません。

仏教の言う無生ということは、私たちが生、生まれるということについて持っている見識が間違っていて、生ということは、私たちが思っているような生、生まれるということではないということです。

私たちが思っている生、それが生まれるということであることは以後略しますが、それは私が私として生まれるということではないかと思うのですが、いかがでしょう。普段こんなことは考えたりしないですね、改めて考えてみなければならないことだと思います。

皆さんがどうお考えになるかは今は置いておくとして、ひとつ言えることは、私が私として生まれるなら、私は生まれた時から私でなければならりません。ですから、言ってみれば私が生まれる前に生まれたら私になる何かがなければならないということです。

私が生まれる前からあって生まれたら私になる何かというのは、それはたとえば霊魂のようなものかと思うのですが、そういうものは無い。そういうものによって生まれてきたのではない。あらゆるものごとがご縁に因って生まれ、成り立っているのであって、私が生まれる前から生まれたら私になる何かはありません。
(続きます)