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無明の構図 (2/9)

私たちの稚拙な知恵は往生と成仏とを分断しますが、それはちょうど凡夫の実に生あり死ありと思うようなことと同じになるのではないかと思います。

実に生あり死ありとしたうえで、生と死を分断しますが、仏の智慧ではどうなのかと問うことは、すでに棚の上に上がっているわけです。

あるいは実に生あり死ありとする者には往生と成仏とはまったく別のことになるのが必然なのかも知れません。

実に生あり死ありとするところに、往生を遂げる主体があり、それが阿弥陀さまの無量寿に還って一体となるというような構図ができあがるのでしょう。それは何かとあまりにも似ていないでしょうか。

無明による輪廻をのがれることができない者が無明のなかで描く構図は、それがいかに精巧にできているとしても無明の闇を深くするだけです。